プロローグ 04
男の時よりも若干高くなった身長に高いヒールが慣れない。
少し動くたびに制服の下に着こまれた女物の下着の感触が全身をもてあそんだ。
特にストッキングとスリップ、スカートの裏地のコンボはついさっきまでハイジャックルックだった覆面男…もう覆面もしていないし、男でもないが…を打ちのめす。
「ふむ。中々の美人だね。まあそうしたんだが」
「な…何が…起こって…!?」
手に持っていたライフル銃はどこかに雲散霧消していた。
よろめいて後ずさる美女に、かつての覆面男の面影は欠片も無い。
シートベルトを外し、機長が立ちあがった。
すらりと背が高いキャビンアテンダント…旧スチュワーデス…に負けない高身長である。
「見ての通り、君はもうキャビンアテンダントだ。どうかね?全女性あこがれの制服に身を包んだ気分は」
「え…え…えええええっ!?」
「まあ、私は毎日見慣れてるので特に感想は無いがね」
目の前に白魚の様な手の指を翳しているCA。
見つめる茫然とした顔も、そして翳された指も美しい。
「出発前で幸いだ。誰にも目撃されていないのもね」
新米スチュワーデスは背筋に冷たい物が流れ落ちた。それがブラジャーのひもで一旦止まったのは内緒である。
「キミの仲間も全員スチュワーデスにさせてもらう。どうせメールでも使ってるんだろう?連絡しておきたまえ」
「誰が…そんなことを…」
「おやおや…機長に逆らうCAでは困るな。これからの人生のこともある。悪いがファーストキスはもらうよ」
「えええっ!?」
「そんなに凛々しい美女になってるのに小娘みたいに可愛らしいリアクションはどうかね。まあ、余りにも慣れていてもそれはそれで初々しさが無いがね」
機長はスタイルのいい美女CAに近づき、背中を抱いた。
「やめろ…この野郎!」
「もっとプロとしての言葉遣いになりたまえ」
目の前に顔を持って来る機長…飛田。
化粧が抜群に上手く行っていることもあるが、とにかく素の造形が美しい“綺麗なお姉さん”と成り果てている覆面男。
そこに知的さを際立たせる紺を基調とした制服が貢献しているのは明らかだった。素脚の露出が少ないうっすらと肌色が透ける黒ストッキングは逆に妖艶である。
「あ…機長…おやめ下さい…」
元・ハイジャック犯は自分の口から信じられない言葉が意思に反して漏れていることに絶望し、子猫みたいに身をくねらせて胸の谷間を強調してしまっていることに気が狂いそうだった。
未だ男を知らなかったさくらんぼの様な唇にロマンスグレーのざらついたそれが押し付けられた。
「ん…ふぅ…んん…んんん…」
機長の手がお尻を撫で回している。黒ストッキングにスカートの裏地とスリップがこすれ、衣擦れの音が響く。
覆面男は先ほどまでハイジャック先の仲間への連絡方法を考えていたのが現実ではない気がしていた。
機長の手によって、スリップの縁の刺繍が押し付けられて少し痛いことが分かった。
ジャケットの中に突きいれられた手がカッターシャツの上から元・覆面男の身体を撫で回す。
未だ離してもらえぬ唇の持ち主である顔の目尻から一筋の涙が零れ落ち、大理石の様に滑らかな美貌の頬を伝う。
元・覆面男は、何故か勝手にスケジュールを確認し、この先のフライトに備えるCAとして働く自らの未来像が脳に浮かんできているのを感じていた。
やっと唇が離れた。
「今は人手不足でね。最初は契約社員になるが、私が推薦しておくから安心して働くといい」
「いや…あたしは…男…です…」
「どこが男かね?」
意地悪く…はないが、さも当たり前の様に言う飛田。
ぱあっと頬が赤くなるCA。
「テロリストも結構だが、要は就職難なんだろ?バブル時代みたいな高給は支払えないが、当分は安泰だ。しっかり働きたまえ」
「そんな…本当に?」
「ああ。もう戻れない」
くらっと来る新米CA。
「そう悲観するな。外見は問題なく美人だし、合コンとやらでCAは引く手あまただそうだ。男にも不自由すまい」
絶望の表情を浮かべるCA。
その先には余裕の笑顔を浮かべる機長がいた。
(続く)