小林みのりの場合 09
第十二節
帰り道を歩いている群尾と瑛子。
「…ここまでは分かったよ。結局その後はどうなったの?」
「わかんね。とりあえずみのりちゃんは無事に家に帰ったんだよね?」
「電話して確認したから大丈夫。かなり泣いてたみたいだけど、ガンとして何も喋らなかったらしい」
「…なんつー義理堅い子なんだろね…あんなクソ野郎に仁義を通すことなんて無いのにさ」
「フォローしなかったってことは全貌が明らかになるまでに少し時間が掛かるかもしれないけど、これで解決だよ」
「フォローってどういうこと?あたしがしくじったっての?」
「いや、大丈夫だよ」
「あたしバカだから分かんない。ちゃんと説明して」
「まず、今回の被害者…じゃなくて加害者の炉木だけど、その場でそういう行為に及んだってのは…まあ、性欲が強かったんだろうね」
「ド変態だよ。もう訳が分かんない」
「そういう風に女の子になったことなんて無いから分からないけど、混乱と自暴自棄でそういう行為に及んでしまうのは理解出来なくもないなあ」
「ちょっとやめてよ」
「まあともかく、炉木はもう終わりだよ」
「…っつっても死んだ訳じゃないしね」
「命があるってだけさ。社会的には完全に死んだ」
「社会的にって?」
「男が女にされるってのは、生物的な機能はもとより、社会的な立ち位置も逆転するってこと…なんだけどもう一つあって、「自己同一性」が立証できなくなるってことでもある」
「だからわかんねーって」
「要するにイケメンではあるけど、中年男性だった炉木根はこの世から消滅してしまったのさ」
「でもあいついるじゃん。女になってるけど」
「そこがポイントさ。どんなに主張しても彼女…今は女性らしいからこう呼ぶね…は自分が炉木本人であることは立証できない」
「…ま、そうか」
「瑛子さんの持つ能力の凄さはこれだよ。殺してないのに相手を完全に封じ込めたんだ」
「まあ、確かに男のアレはもうないから女をコマすことは出来んけどさ…」
「不満そうだね」
「まさかとは思うけど、男が悪人で女が善人とか思ってないよね?」
「まさか」
「女にされたからって人格はそのまんまなんだから、ヤらないかもしれないけど逆恨みで何をしでかすか分かったもんじゃないよ」
「その可能性は常にある。けど、もう瑛子さんのコントロール下にある訳だよね?」
「…そっか」
「少なくとも、みのりちゃんを始めとした自分たちよりも年下の被害者を食うことに対して制限を課せばいい」
「…男の子が狙われたりして」
「だったらそれも無しにすればいい」
「えっと…どうすればいいの?」
「直接触るのが発動条件みたいだけど、とりあえずコントロールは一度掛かっちゃえば距離は関係ないみたいだから、性別問わず年下に襲い掛かろうとしたら…お腹壊すとかいうのじゃどう?」
「…なんか『西遊記』の孫悟空みたいだな」
「知ってるの?」
「子供の頃絵本で読んでもらった」
「まあ、そういうこと」
「分かった。そんなイメージしとくわ。にしてもヌルいよなあ…」
瑛子が大きく伸びをして頭の後ろで手を組んだ。
「制裁としてってこと?」
「そらそーだ。嫌ってほどパンチをブチ込んでぼっこぼこにしてやりたかったのに」
「…いや、案外そうでもないよ」
「そーかなー」
「そうともさ。住んでるところだって追い出される。他人なんだから」
「…でも、言い張れば?自分は自分だって」
「瑛子さんが大家さんだったとして、おっさんと契約したのに未成年の女子高生が来て『オレだオレだ』って言ったらどうする?」
「叩き出すね…そっか」
「そういうこと。恐らく教育委員会にいるとかいうパパとも絶縁。全てを失って身一つで放り出されることになる」
「いい気味だ!」
「瑛子さんの能力の素晴らしいところは、相手にここまで過酷な社会的制裁を与えておきながら、間違いなく罪に問われないことさ」
(続く)