小林みのりの場合 05
第八節
「エーコお姉ちゃん!来ちゃ駄目!ないしんしょが!」
「…ないしんしょ?」
一瞬たじろいだ炉木だったが、すぐに余裕の表情に戻る。
「どうしたのかね?キミは部外者だね」
このやり取りだけで瑛子の血管は更にブチ切れていた。
「テメエ…生きて帰れると思ってんじゃねえぞ…」
「なんて口のきき方だ…やはり女は年を取ると駄目だな」
「ここで何しくさってた」
「指導だよ。個人的にな」
「子作りの指導か?この腐れ外道が」
「お姉ちゃん!いいから!あたしは大丈夫だから帰って!」
大粒の涙をこぼしながらみのりが叫んだ。
ボキボキと拳の指を鳴らす。
「…悪いねみのりちゃんさぁ…あたしはこういうの余り気が長くない方でよ…」
殺気だけで人が殺せそうなド迫力だった。殴り掛からないのはみのりがいるから以外の理由は無い。
「へっ!どうする!どうすんだ!?殴るかよ!殴ってみやがれ!どうなるか分かってんだろうな?」
ギリシャ彫刻みたいな美貌が醜く歪む。
こいつはこの恵まれた容姿で数多くの関係者を騙してきたのだ。
「みのりちゃん帰りな」
「でも…」
「このせんこ…先生の指導はあたしが替わって受けといてやるから」
「ほう…身代わりになるってのか?」
「ああ。可愛い従姉妹にこれ以上苦労は掛けられねえからよ」
「でも…」
「いいから帰りな。大丈夫だから」
「みのり!」
突然大きな声を出す炉木。
「分かってるな?ここでのことは絶対に誰にも言っちゃだめだぞ?」
涙をぽろぽろこぼしながら何度も頷きつつ走り去るみのりだった。
「さて…どうしてくれるのかな?」
瑛子は視線を伏せたままだった。
「…地獄に行く前に言いたいことがあるなら言えよ」
あのキレやすい瑛子がここまでガマンしているのはよっぽどのことだ。
「ふん!何だねそれは。アニメの見過ぎだ」
「とりあえず覚悟しろ」
「…みたところそれほどの腕っぷしがあるようには見えないが?」
「試してみるか?」
「その前に言っておく」
第九節
「キミはあのみのりを助けた積りなのかもしれないが、大きな間違いだ」
「ほう」
「あの子は絶対にこのことは喋らない。誰にも、一生だ」
「…」
「そしてキミがボクにパンチの一発も当ててみるといい。あの子の一生は終わりだ」
「…」
瑛子はこれほど醜悪な美男子を見たことが無かった。てっきりロリコンだというから脂ぎったデブを想像していたのだが、実際は正反対だった。だからこそみんな騙されてきたのだろう。
「教師ってのは内申書を握ってるんだよ?一生の生殺与奪の権利を握ってる。ここでムチャクチャなことを書いてどこにも進学出来ない様にしてやろうか?」
「…」
冷めきった目でにらみ続ける瑛子。
「聞いてるのかね」
「続けろよ」
「キミだって同じだ。どこの高校の誰なのか知らないが、僕を殴れば傷害罪だ。若い女の子のみそらでそんな武勇伝刻んで少年院でも行くかね?ああ?」
「…」
「分かっただろ?キミの無力さが」
「それで?」
「そうだなあ…ある条件を飲めば許してやらんこともない」
「…」
瑛子はあごでしゃくるように指示をした。続けろという意味だ。
「とりあえず脱げ」
「…」
「十四歳以上は興味の対象外だ。ましてやキミみたいに粗暴な女子高生なんぞお断りだが、僕と素敵な時間を過ごせば今回の粗相は水に流してやろう」
「…」
「その代り…」
「…何だよ」
「これから毎週一日はここに来るんだ。そしてその事は誰にも話すんじゃない。いいな?」
「駄目だ。やっぱりガマンできねえ」
一歩踏み込むと、肩口にパンチを打ち込んだ。
「…っ!!」
悲鳴を上げる間もなく吹き飛んだ炉木が跳び箱にぶつかって派手に色んな物をなぎ倒す。
「立てよクソが!まだ始まってもいねえぞ」
(続く)