飛田俊雄の場合 07
第七節
「ごめんなさい。勝てなかった」
どの程度意識しているのか分からんが、口調もCAの影響を受けていた。
「有難うございます。ヒントは掴めました」
前に出る斎賀。
「おい…」
「僕が分析してお伝えします。もしも負けたら最後はよろしくです」
そう言って飛田の前に進む斎賀。
「CA制服ですか…パイロットさんなんでもしやと思ってました」
「私の世代だと『スチュワーデス』の方がしっくりくるんだがね」
「メタモルファイター同士でこういう会話が相応しいかどうか分かりませんが…正直、一度は着てみたかった制服なんですよ」
「ほう、ならば勝ちを譲ってくれると?」
「いえ、飛田さんの女子高生姿の方がみたいです」
格闘技の心得は無いはずだが、何となく構えを取る斎賀。
こいつの場合は、ハッタリと心理戦が強いからなあ…と橋場は思った。最初に自分の能力を宣言しちゃうのも作戦の内なんだろう。
それにしても…。
橋場は隣を見るのに躊躇していた。
男を女にするのはしょちゅうやってたし、スカートだってめくりまくってきた。
それにしてもこの制服はエロい。制服ファンでない俺が言うんだから間違いない。エロい。
そもそもどうして黒ストッキングである必要があるのか。あんなに動きにくそうなタイトスカートにもってきて…。
「ごめんなさい。橋場さん」
「お前…口調も影響受けてんのか?」
「そうみたい」
何故か頭一つ大きくなっている…ヒールの影響もあるだろう…光だった。
何となくお化粧の甘い香りがする。女性ものの下着特有のせっけんみたいな甘い香りと大人の女性の体臭がミックスされた何とも魅力的なフレーバーがすぐ隣から漂ってくるのである。
「では行くよ」
出会い頭のパンチをブロックせずに、払いのける斎賀。
そしてすぐに距離を取る。
「…ほう、どこまで気付いてる?」
「何となくです」
「怖いねえ。そういうキミには短期決戦が相応しいな」
元々メタモルファイターは猛烈に素早く動ける。ただ、メタモルファイトとなるとお互いが同じ程度には動けるので余り意味が無い。
敢えて斎賀はスピード勝負に出た。
急激に距離を取ったかと思うと一目散に突っ込み、突如方向転換…するかと思うとスキをついて逃げながらの蹴りを放った。
「うおっ!」
どうにかブロックしたものの、飛田の表情には明らかに焦りの色がある。
「…お見事。武闘派には見えないのに、知略だけでよくそこまで動けるね」
「どうも」
「ところで、CAの制服がどうこう言ってたね」
「今は関係ないでしょ」
「私は関係者だ。欲しければ調達するが?」
「夢の無いことを言わないでください。内部の人がそんなこと言っちゃ駄目です」
やり取りを続けながらも全く警戒を解かない斎賀。
ぐいっ!と目の前に迫ってくる飛田。
突き飛ばして距離を取ろうと両手を前に出し、その後バランスを崩さないために横に広げる様に薙ぎ払う。
だが、飛田は更に上を行っていた。
突き離し攻撃を横方向に避けることも見越していた斎賀に対し、それをダッキング(かがみ)でかわして、カウンター気味にボディにタッチしたのだった。
「っ!」
もんどりうって背後に転がる斎賀。
接触された掌の感覚がわき腹に残る。
「効果的に相手に触れればいい。何も実際にぶん殴る必要など無いのだよ」
「…ん?」
斎賀が自分の身体を見下ろした。
「あああっ!」
「一点集中だ。髪の毛に注目したのは見事だが、そこまでだったね」
「っ!そういうことを…」
「次に何が起こると思うね」
「それは…」
一陣の風が吹き抜けた。
「敵のおしゃべりに付き合っちゃいけない。鉄則だ」
斎賀の脇を走り抜けた飛田が、背中を見せながらつぶやく。
三人の新米ファイターは言葉を失っていた。
「特にキミみたいに頭が回るタイプはね」
「…っ!」
斎賀は絶句していた。
既に勝負はついてしまっていたからだ。
視線がいつもよりも高い。
踵の下に妙な感覚がある。
脚を動かすと、表面がいつもよりも厚ぼったく感じ、それでいてするりと滑らかにも感じる。
ひんやり冷たく、官能的な肌触りが、ある意味いつもよりも敏感になったように感じる脚のふとももまでを撫で、何かが膝下まで脚の動きを拘束していた。
軽くよろめいたことでブラジャーに包まれた自らの乳房の重さを感じる。
「これは…」
目の前に翳した手は、白魚の様に細く長く美しい女性のものだった。
斎賀は一瞬にして、CA…旧スチュワーデスにされていた。女性への性転換に加え、女装させられていたのである。意識させる暇もなく。
メタモルファイトを始めてから、ここまでの完敗は初めてだった。
「なんてこった…」
橋場はそう言ってまた絶句した。
あの斎賀ですらなす術なく変身させられてしまった。あいつはスチュワーデスに憧れてたみたいなふざけたことをほざいてはいたが、それにかこつけて態と負ける様なことは決してしないだろう。
「素材がいいのかな。とてもよく似合ってる。素敵だよ」
「…」
心なしか、上品なメイクの下の“綺麗なお姉さん”斎賀の頬が赤らんだ気がした。
「さて…」
飛田が橋場の方を見る。
「もう一人いたと思ったが?」
(続く)