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王四公国物語-双剣のアディルと死神エデル-  作者: 浅水 静
揺籃(ゆりかご)の章
3/22

第02話 ロミーとニコ

時間をちょっとだけ戻して、ロミルダとニコラウスの回。

 フェルゼンシュタイン王国の貴族階級は、王族血族の『大公』家、(正式には国内ではないが)四公国の支配者のみに叙される『公爵』家、門閥の『候爵』家、国境線に面した各地域を収める『辺境伯』家、そして名門や法衣貴族とされる『伯爵』家、『子爵』家、『男爵』家とここまでが上位階級であり、それらの下に『準男爵』家、『騎士爵』家が下級貴族としてつづく。


 ニコラウスの実家であるブルメスター騎士爵家は、ディングフェルダー領内の神公国との境界に接する土地に知行地を与えられ、その一帯の領区と呼ばれる土地の税の徴収、治安維持などをその生業とする、いわいる代官職に任じられていた。ブルメスター家とディングフェルダー家とは『寄り子』『寄り親』と呼ばれるの関係である。


 ロミルダが14歳になったばかりの頃、自分の行く末に多少の不安を覚えていた。


 父がブルメスター騎士爵家の直臣であり、フローエ家は地位的に『郷士』として近隣いくつか村のまとめ役、立場的には貴族では無いがただの平民でもない。特に他の領区と違ってブルメスター領内ではかつて敵国だった神公国との境界に接している為、非常時に戦闘に参加できるように家臣家の女性にも武術の心得を持たせるのが、この治世がつづく現在でも習慣として根付いている。


 だが、そうなると一つ問題が発生する。


 (誰が夫より強い嫁を欲しがるってのよ!?)


 事実、今年19歳になる姉は貰い手が無く、行き後れていた。フローエ家の嫡子には一番上の兄がいるため、跡継ぎには支障は無いのだが流石に娘2人とも穀潰しでは、家計にかなりの負担をかけているのは明らかだった。


 姉には今、ブルメスター家を通して、その上のディングフェルダー家に嫁ぎ先を探してもらおうとの話が出ている。だが、ロミルダの分まで頼めるほど厚かましくはなれない。


 (やっぱ、ハンターかなぁー?)


 幸いな事にロミルダには弓と槍の才があった。ブルメスター領区は、開墾地面積は少なかったが、それを補って余りある動物資源の豊富な猟場が点在してる。一人では、実入りの良いエールデヴォルフや鹿系のガッツェーラなどは難しいが、兎や狐などの小型の獣はそれほど苦労せずに狩れる。

 

 決して裕福とまでは言わないが、生きていくには充分だろう。成人前にそんな決心をした中、一つの転機がロミルダにやってくる事になる。


 槍の修練を終えた時間にニコラウスが尋ねて来た。


「ロミー、ちょっと、いいか?」


 なんとなく、予感はしていた。


 ニコラウス自身、ブルメスター家の三男坊と言うこともあり、置かれている環境的にはロミルダと大差は無かった。ただし、兄弟の仲で一番、剣の腕が優れている為、次兄を先置いて別の領区の跡継ぎが娘しかいない家への婿入りの話が出ていたのだ。


ロミルダとニコラウスは、同い年で兄妹のように過ごしてきた。幼い頃は淡い恋心のようなものも抱いた時期も合ったが、成長するにつれて貴族社会の結婚というものがどういう事なのか一般的な価値観を身に付けるにしたがって、恋愛で結婚に結びつくなど、平民ならまだしもロミルダの立場では夢想でしかないを理解せざるおえなかった。


 どこに向かうかも知らされないまま歩かされて、一向に話を切り出さないニコラウスに対して、ロミルダも少々焦れて来た。


「……ニコ、一体、何なの?」


「俺、成人したらあの家を出る事にしたんだ」


 立ち止まったニコラウスは振り返って、しかしロミルダと目を合わせずに言った。


 ロミルダにとっては、有る意味予想の範疇内の報告である。ただ、兄妹同然で過ごして来た間柄のその片方が疎遠になる事を思うと寂寥感に胸が痛む。


「……そう、良かったじゃない……。

 向こうは騎士爵家なんだっけ?

 だけど皮肉なものよねー。片や武術の才能が有るゆえに行き後れ、片や才能が有るので先が安泰とは……まぁ、真っ先にあたしに報告に来たのは認めてあげるわ」


「……え?」


「……え?」


 ロミルダには、何故ニコラウスが困惑した表情を浮かべているのか意味が分からなかった。


「あーーー、あの縁談に話か……あれは兄上に譲った」


「……え?」(どういうこと?じゃあ、なんで家を出るって……)


「ハンターで生きて行こうと思う」


「……え?」(それなら、何故そんな事をあたしに報告に?……)


「うまく仕事としてやっていけるか分からないけど―――」


「……ちょっ―――」


「軌道に乗ったとしても当分は余裕が無いかもしれないけど―――」


「ちょっと、待ちなさーーーい!」


 ロミルダは鼻息荒く、ニコラウスの話を途中で遮った。


「あ、あ、あんたっ!……ま、まさか……あたしに……一緒に来いなんて言うつもりじゃないでしょうねっ!?」


 ロミルダは、自分の鼓動が早くなっている事を自覚していた。


「なんでお前は……俺より先にそれを言っちまうんだよ……」


 ニコラウスは片手で顔を覆いながら、空を見上げるように仰け反りながら呟く。


「あんたっ、自分が何を言ってるのか、分かってるのっ?」


 ロミルダは自分の耳が熱を帯び始めているのに気づいた。


「ああ、分かってる」


「貴族じゃなくなるのよっ!平民になるって事なのよっ!」


「ああ、分かってる」


「……あたしを選んで……貴族の地位をふいにするなんて……バカじゃないの!?」


「ああ、分かってる」


「……。

 ……。

 ……後になって、……『やっぱり止めた』とか無しだからっ!

そんなの……そんなの許さないからっ!」


 ニコラウスは、その瞳に涙をいっぱいに溢れさせたロミルダの顔を自分の胸にそっと押し当てるように抱きしめた。


 ニコラウスと手を繋ぎ、来た道を戻る道すがら、ロミルダは自然とにやける顔と、妹として先に嫁いでしまう事を姉になんと言おうかと思案する顔を交互に繰り返す事になる。


 その後、両家の話し合いは意外な程、あっさりとまとまった。


 ロミルダのフローエ家としては、父が姉のマチルダの方を先に嫁がせたかったようで少々、渋り気味だったが、自分の仕えるブルメスター家と血縁を結べる事に不満がある訳で無し。


 ブルメスター家の方と言えば、ニコラウスの長兄は、既婚者で奥方の懐妊の知らせ、次兄は騎士爵家へ婿入りが本決まりの、三男坊が早々に自立を決意し家を出たとしても問題ない状態だった。


 そんな訳で順調に婚約と相成った。ただし、次兄婿入りの為の持参金の用意があるので、当分、結婚式はお預け状態だったが。


 小さな空き家の借り入れを決め、二人での生活をスタートさせるべく奔走する事になった。ハンターズ・ギルドに登録して講習を受け、成人を迎えて直に認可証の取得する事を一つの目標とした。


 少しでも資金確保の為に仮認証期間も積極的に狩猟に出ていた。初めは兎や狐で慣らしたが、どうしてもギルド正式認証がまだの為、ギルドの買入価格が低く、かなりの数を狩らなければならなかった。


 試しに午前中一杯を移動に費やし、狼の出没する場所まで足を運ぶ。狼のエールデヴォルフは、肉はもちろんだが特にその毛皮の需要は非常高い。北方地域での一般的な防寒具としてだけでは無く、盾や防具として、また金属盾の内張りと多岐に渡る。


 だが、エールデヴォルフのような猛獣に分類される種は、人間を見ると積極的に襲う。反射速度や移動速度が完全に他の動物より劣っているのが人間だからという説が一般的らしい。狼狩りもハイリスク・ハイリターンという訳だ。


 とは言え、物心ついた頃から武器を持たされてきたニコラウスとロミルダとっては、然して苦戦を強いられる事は無かった。一日おきに二、三匹を狩るだけで資金的にかなりの余裕が出来る程だった。


 そんな中、いつもの狩場である男と……いや、どうみても少年に見えるハンターと遭遇する。街道から大きく外れたこの場所で狩りをするならハンターか仮認証、つまり最低でも自分たちと同い年なのであろうが、小柄な風貌のせいでずっと幼く見える。


 その少年は三匹の狼に囲まれていた。


「マズイ!助けないとっ!」


「……いや、大丈夫そうだ」


 急いで弓に矢を番えようとしたロミルダをニコラウスが制止する。


 そう言われてロミルダが少年の方に目を戻すと、既に一匹目の狼がその喉元から大量の血を流して地に伏していた。


 そして、残りの二匹がほぼ同時に少年の上体と足に目掛けて飛び掛かる。だが、少年はユラリと倒れるような動作の後、高く飛び上がった方の狼の下へ体を滑り込ませ、その喉元をその右手に握られた短めの弧を描いたような剣で一閃させた。


 そして左に握られていた同じ形の剣は、足元を狙って飛び込んで来た方の狼の喉元に地を這うような軌跡で吸い付くように宛がわれ、刃がほんの少し喰いこんだ瞬間に軌道を変えて――薙いだ。


「……凄い……なにあれ……」


 ニコラウスもロミルダも、自分より腕が立つ人間がいくらでもいる事は熟知している。だが、ここまで鮮やかに、それも自分達と変わらぬ年齢の者の剣技に魅了されたのは初めてだった。


「ああ。見かけによらず、かなりの腕だ。

 それもあの双剣、ここいらじゃ見ない形だけど……あの刃の赤紫色はブルーメタルじゃないかな?

 貴族か、大金持ちの商家の子息かな?」


「お坊ちゃんなのにこんな辺境で狩り?」


「……『訳有り』なんだろう……そういった家の事情に触れないのは貴族の心得さ。

 向こうだって良い顔しないだろうよ」


「うん、気をつける」


 それは二人にとっても後悔は無いとはいえ、平民へと格落ちする未来が見えている以上、他人事では無かった。


 彼と二度目に遭ったのは、ギルドでの講習の席であった。


 そして、三度目――。


 いつものように狼を探し、四匹の群れに遭遇した。気取られないようにその狼達を注視しながら、風下に回りこんだ。ここまではいつもの狩り方だったが、ロミルダが矢を番えようとした際に背後から気配を感じ振り返ろうとしたのとほぼ同時に左腕に激痛が奔った。別の三匹の群れが風下に居たのにその時ようやく気付いた。四匹の群れのほうに気を取られたせいもあったが、今まで順調に稼げていたので慢心もあったのだろう。


 咬んだ狼はニコラウスが素早く切伏せたが、ロミルダは防具のない二の腕を深く咬まれていた。


 残り二匹が唸り声を上げていた。そしてもっと最悪な状況に追い込まれる。始めに狙いを定めていた四匹に気づかれたのだ。ニコラウスがロミルダを庇いながら剣と盾で威嚇して、背後を取られないように位置を少しづつ移動する。


「槍を揮えそうか?」


 ニコラウスが背中越しに聞く。


「なんとか……でも、かわされると……終わるわね」


 ロミルダは槍の柄を脇で押さえ、右腕を絡ませるように内手で持ち半身の姿勢でニコラウスの左側に立った。『突き』は片手だけでは威力が足りない。腕だけではなく体全体で槍を扱う時の構え。


 槍を握るロミルダの右手にはっきりと分かるほど汗が滲む。


 その時――狼が一匹変な声を上げて、横に転がっていった。ピクピクと痙攣させている。


『手伝いましょうか?』


 突然。


 そう、本当に突然、目の前に現れた。それも狼が半円状に二人を半包囲していたその中心にあの双剣の少年が立っていた。

イチャコラ回。


ちなみに上級貴族と下級貴族は、中世ヨーロッパ等のそれとは違い、どちらかというと日本の戦国時代の大名と家臣の関係が近いと思っていただければ良いかなと思います。

爵位自体は、戦などで功労が有った家臣を上級貴族からの申請で王から叙爵するという形です。知行分の税が違います。

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