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孤の中のひきこもり、外界を知らず

作者: クロイB級

ひとりは好き。


誰にも邪魔されない。


意味もなくボーッと夕日をみているのが好き。

特に雨上がりの紫とオレンジが混ざり合う空は大好き。

公園のベンチで適当な音楽を聞きながら見上げる。


音楽は好き。


誰にも干渉されない。


外界へのシャッターを閉めて小さな窓から人の川の流れを見るのが好き。

特に都内の大きな駅西口のハローの人のタトゥーを見るのが大好き。

大きな柱にもたれかかって紫とオレンジを背景に蒼い目の人を視線で追う。


そんな日常の帰り道。

スーツを着た男に肩を叩かれた。

そして振り返った私の前に立ち勝手に何かを話し始めた。


私の邪魔をする。

私に干渉をする。


この男は何者だ。

夕日の逆光に照らされ顔はよく見えない。

ヘッドホンから流れるやかましいロックに声はよく聞こえない。



一通り何かを説明した後、深く頷いて紙切れを渡してきた。

芸能プロダクションがどうこうという肩書きと、11桁の数字。

それを渡すと男は満足気な様子で背を向ける。

最後に一言『また会おう』

唯一読み取れた言葉だった。



帰ってから思う。

果たして私の日常を邪魔し世界に干渉してきたあの男は何者か。

乱暴にポケットに突っ込んだ紙切れを取り出す。

くしゃくしゃの紙面には11桁の数字。

眺めながらもう一つのポケットからスマートフォンも取り出した。

音楽プレイヤーのおまけとなりつつある本来の電話機能だけど全然使えるはずだ。


特になんてことない。

自分を変えたいとか、芸能人になりたいとか馬鹿らしい。

ただ私の日常を犯したあの男に仕返しするだけ。

そう。これは悪戯電話。

地味~な嫌がらせなんだ。

別にあの男がとても嬉しそうな楽しそうな様子が気になったとかそんなんじゃない。

心臓の高鳴りはきっと悪戯への高揚、興奮。


画面上で指を滑らせ番号を打ち込んでいく。

ひとつ、ふたつ、みっつ……


全部打ち終わってコール音。

心臓の高鳴りがさらに大きく。

エアコンが効いているはずの部屋は汗ばむほどに暑い。

ワンコール、ツーコール、スリーコール……


『おかけになった電話番号は電源が入っていないか電波の届かないところにあるため……』


私の緊張を返せ。

あ、いや、緊張じゃないけど。


大きく溜息を吐いてスマートフォンをベッドに投げる。

馬鹿らしい。

私らしくない。

人と関わらないようにシャットアウトしてるのに自分から手を伸ばすなんて。

何だか疲れた。

激しいロックでも聞いてモヤモヤを吹き飛ばそう。

ベッドに投げたスマートフォンを手に取り、手の中で振動が起きる。


「ひゃっ!」



思わず出た情けない声と同時にスマートフォンを離す。

再びベッドへと落っこちたスマートフォンの画面には11桁の番号。

つい最近、というかさっき見てた番号。

心臓が再鼓動を始める。

部屋は驚くほど静かでバイブレーションの振動音がうるさい。


悪戯するつもりがされてしまった。

どうも調子が狂う。

なんだあの男は。

文句の一つでも言ってやらねばならない。

だからこの電話には出るべきだ。

そう。文句を言うために出るのだ。

興味とか好奇心とは断じて違う。


恐る恐るスマートフォンを手に取り受話器のボタンをタップ。


「も、もしもし」


私の挨拶代わりの一言の後、電話の先の声が勢いよく話しかけてきた。


『その声はさっきの子かな?』

『電話にすぐ出れなくてもうしわけなかったね!』


嬉々とした男の声。

こんな声は久しぶりに聞いた。

シャウトばかり聴いていた耳には新鮮味があって、心地良く聞こえる。

とても文句を言い出せる雰囲気ではない。

というかこんな人に陰鬱とした声を聞かせるのは私の良心が痛む。

ロックはよく聴くが反骨心は特に芽生えてなかったらしい。

気は大きくなったと思っていたがどうやら勘違いだし、だいたい性根なんてそんなに簡単に変わるものか。

変わってたら『独り』を好むなんて思春期は卒業している。


グダグダと考えているうちに男は私に問いかける。

『というわけなんだけど、君もアイドルを目指してみないか?』


どういうわけかはわからないけど男はスカウトだったらしい。

そしてこの私をアイドルに誘っている。

いやいや、アイドルなんて夢見る少女じゃないんだからさ。

そんな私みたいな思春期も卒業出来てないような……私も夢を見ている最中か。


さて、返答を待つ男になんて声をかけようか。

正直アイドルはやるつもりはない。

私に独りの世界を抜け出す勇気はない。

手を差し伸べてくれた男には悪いけど、私はその手を掴めない。

フィクションのような面白いことが起きないかなんて思っていても結局はそんなもん。

ひきこもり舐めんな。


返事を待つ男に適当なことを言ってやんわり断った。

食い下がる男だったが面倒なのでそのままぶっち。

着信拒否にして任務完了。


そのままベッドに寝転がり目を瞑り今日も一日を無駄にした自己嫌悪と後悔がゴチャゴチャになった頭の中。

全てをかき消すためにヘッドホンを被り逃避する。

それは日課で三日もすれば今日のことなんて薄れて、今みたいなひどい感情も湧かなくなることを知っている。

さぁ寝よう。

明日は良いことがありますように。



私の世界は自己嫌悪で作られている。

私の日常は後悔で満ち溢れている。

それでもなおここから抜け出そうとしないのは神様の意地が悪いから。

私の性格をこんな風にした張本人。

ハッピーを生み出したくない捻くれた糞野郎。

私が毒づくのも糞野郎のせい。

私は悪くない。

そうやって逃げ込む自分の世界はひどく心地良い。

平和で閑散で自由で平等で脆弱なこの世界は壊せない。


私が動かないから私の物語は動き出さない。


いつものようにネガティブを巡らせ意識は沈んでいく。



日常はそう簡単には変わらない。


おやすみ今日の私。

明日の私をよろしくね。

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