暗い雨は唐突に。
世界は戦火に包まれてた。
いつ頃だっただろうか、日本が第二次世界大戦を明けて始めて開戦宣言をしたのは。
余りにも唐突過ぎるその宣言の裏には確かに他国を圧倒する戦力があった。
まずは中国から始まり、朝鮮、インド、などのアジア圏からまたその遠くの米国までその戦火を広げた。
日本はそれでも勝ち続けた。それも圧倒的な差で。
明らかにおかしいものだ。人海戦になれば中国が負けるはずも無く、ましてや圧倒的な技術力を持つ米国が日本に負けるはずがないのだ。
しかし、それでも日本は勝ち続けた。そんなことがあっては世界がおかしくなるのは時間の問題だった。
世界の覇国日本。独裁で無慈悲な国に変わり果てたそこはかつてそこにあった『優しさ』がなくなっていた。
日本の世界独裁。しかしながら、それは長くは続かなかった。日本が独占してきた技術がどこからか漏れたのだ。
そこから始まる、敗戦国の下克上。各国はその技術を使い、戦力を最集結させ日本を集中砲火する。
それでも日本が無くなることは無かったが、大打撃を受けたのは確かだった。その隙をつかれ、日本には覇権は無くなり唯の国へと成り下がってしまう。
今ではなんとか冷戦まで持ち込めはしたが、周りの国からの牽制で動けなくなっている。
敵国からの不法侵入や拉致、大量殺人などが多発し、力を失うのもまた時間の問題だ。
そもそもいつから日本と言う国は狂い始めたのだろうか? 核の保有も認められ、戦争をするだけに特化した国へと変わってしまった。
しかし、それのおかげか国全体での経済力は世界の頂点に君臨し、富豪と呼ばれるものが増え続けていた。皮肉な事に、戦争をすればするほど、日本の経済は豊かになった。
貧富の差は確かにあるが、それでも飢え死にするものは0に等しかった。何故か、理由は簡単だった。その差によって職業の幅が増えたのだ。
工場地帯は武器などの補充の為に大幅に増え、病院などは戦争での飛び火の影響で増え続ける負傷者の為に比例して増えていく。
それだけでもかなりの人を雇えるものだが、一つ、今までの日本では普及していなかった職業が今が当たり前になっていた。
その内容はと言えば、料理、洗濯の家事に加え、ペットの世話や人の世話、庭の世話までもこなし、更には人の介護や護衛、家庭教師や秘書をもこなすまさに万能な職業。
職業の名前は、執事にメイドという、いわゆる従者というものだった。
この従者を普通に言うのであれば、主人の身の回りの世話や、家事や秘書の紛いごとをするだけの者達だが、今の世の中の従者はまさに完璧な人間が初めて就ける職業だ。
夜の道だけではなく、日が照らす道でも危険がそこらに転がっている。家を出て、近くの店に買い物へ行くだけでも気が付かぬうちに血の海が広がるという事が普段から起こりうるのだ。
そんな中にただの人間が身をさらすというのはただの自殺行為に他ならない。そう、『ただの』人間なら、だ。そこで必要とされるのが、『ただの』人間から逸脱した異常な人間。
睡眠中に銃弾が飛び、その首にナイフが襲い掛かり、真上からの爆撃が降り注ぐ。そんな中でも『ただの』人間を無傷で守りきる事ができる力を持つもの。それが『異常な』人間からなる従者。
彼らはその手で銃弾や刃を受け止め、爆薬を爆風の範囲に届くまでに打ち落とす。例えそれが何キロメートル先だろうがお構いなしに。自身の主さえ守れるのなら何でも、どんな手を使ってでもやりとげる。
それが、今の世の中での従者という職業だ。
1
雨が崩れたアスファルトを幾度も叩きつけるように降り注ぐ。
空はどす黒い雲に隙間無く覆われ、太陽の光が隠れ、辺りは深夜のように明かりも無ければ視界が黒に染まってしまうほどに暗かった。
たまに見る雷が遅れて響く轟音と共に空を走り、外を瞬くように照らす。その一瞬の光が二人の人影を映し出した。
一人は勢いよく振り続ける雨など構いも無しに傘を地面に転がし、アスファルトに膝を立て、力無く手と頭を下に垂らし、もう一人はその背中を見つめていた。
再び雷が鳴り響き、世界がもう一度瞬くように照らされる。
照らされた世界は酷い有様だった。
恐らくそこには建物があったのだろう、柱のように立てられた木材の四角い枠組みを中心に瓦礫が広く高く、そこに山を作っていた。
その山の周りには火薬の臭いが立ちこめていた。また、瓦礫と成果てた木片や石片には焦げた跡がそこらについていた。
それらを見ると建物がなんならかの爆撃によって吹き飛ばされたことが容易に想像できる。
「なぜ、こうなってしまったのでしょうか」
膝をつく人影が小さく呟く。雨音にかき消されるほどの小さな呟きだったが、その声は後ろに立つもう一人の人影には聞こえていた。
「わからない」、人影は淡々とその呟きに返答する。
その問いの答えは誰にも分かるはずも無い。そもそも、その建物が爆撃されたのは味方であるはずの自国の誤射だったのだ。たまたま目の前にある建物に直撃したに過ぎない。
だが、問いかけた本人はそれで納得できるわけがない。そこには最愛なる家族とこれ以上にない親友がいたのだ。だからこそ、納得なぞしたくなかった。
「私は滑稽だ……」
またポツリと呟く。その声は震えていた。雨に打たれる寒さのせいでは無い。その人影にあるのは唯一つ、怒りだけだった。
「全てを捨て、貢献してきた自国に裏切られたようなものですから――」
力無く笑いながら地面に広がる血を目に写す。
この瓦礫の下には何人もの大切な人だったものが埋もれている。
ただ無力にも、雨にながされその血肉が目の前まで流れるのを見ることしか出来ない。
「……、私はこのことを忘れません」
長年共に過ごした家も、家族も、親友も、全てを一度にそれも一瞬にて目の前で失う。その出来事は人の心を壊すには十分だった。
「もはや私には生きる価値もない。だが死ぬ事はお嬢様がお許しになるはずも無い」
雨がふる暗い空を見上げる。その暗い空が今の人には丁度よかった。
綺麗な空も、そこに広がる太陽の光も流れる雲も、今もそしてこれからも彼には必要が無かった。
「――……復讐。全てを理不尽に奪ったこの世界に、そして無力な自分自身に」
今彼に必要なのは怒りに満ちた顔と心を覆い隠すような真っ黒な世界だった。