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Ater―漆黒を狩る者―  作者: WRRRRYYYYYYYYYYYYYYY!!!!!
一章―黒―noir
3/17

グレイ―gry―①

ブランディ。

通称二足、もしくは掃除屋と呼ばれる陸生の草食哺乳類であり、古くから人に飼われてきた家畜である。人になれやすく、臆病だが、高い知能を持ち、信頼できる主人が命じれば日の中へも飛び込んでいく勇猛さを持ち合わせている。かつて存在した二足歩行の小型恐竜を思わせるような姿をしており、平均的なものでは体高は一メートル半に少し届かないほど。全長は、長くつき出した尻尾と長い首を会わせれば、三メートルを優に越える。

頑丈な骨としなやかな軟骨、そしてそれを包む頑丈な筋肉から構成された、バランスを取るための尾。発達した大きな後ろ足と、大地を掴む筋肉質の爪先から考えるに、走る事に特化した生き物である事は見間違えようもなく、古来から人類が騎乗、輸送目的で改良してきた結果がはっきりと全面に押し出されていた。

今でこそ、運送の面では機関車にその座をとって変わられてはいるものの、いまだに、騎乗用としては健在。その走り方は、首と尻尾を一直線上に水平にピンと伸ばし、腰に重心を置き、尾で釣り合いをとると共に、それを左右に振ることで進行方向の舵取りを行うという一種独特のものである。そのため、荷は腰につけるというのが基本となっている。

野生のブランディが、草原を颯爽と駆け抜けていくのを見たのは、もう三年ほど前になるだろうか。茶色や、灰色の毛並みに太陽がしまを作っていた。人の足の高さほどに繁った草むらの中を、縞模様の獣がパッと風のように、一直線に疾駆する。後脚の盛り上がった筋肉の上を滑り落ちていく光。その瞬きが一瞬のうち車窓の外に流れていった。機関車の窓からちらりと見えたそれは、その印象と共に今でも覚えている。この数年間であまり見られなくなった光景だ。

からだ全体に走る縞模様が示すように、ブランディは草の茂みに隠れるのに最適な姿をしている。美豆かいながらの適度な柔らかさを備えた体毛は、ふかふかと柔らかい。その毛が作り出す模様は一見すると臆病な草食動物とも見受けられるが、その実情はそれとはいささか異なる。

長く伸びた顔の先には囓歯類特有の大きな門歯が唇の隙間から垣間見みえる。滴り落ちる涎が泡を作り口角にたまっていた。掃除屋のなの通り鋭く丈夫な歯は、硬いものだろうが柔らかいものだろうが植物ならばなんでも軽くかみちぎる強靭さに、腹が減っていれば腐肉でも漁り、脳は愚か、骨の髄まで割ってくらう貪欲さを備えている。いざとなれば、その剃刀のような歯は、天敵にたいする痛烈な反撃手段となるのだ。





それを思い出したのは、グレイ・アンダーソンにとっては幸運だった。

あ。と鼻面を撫でようと伸ばしたした手が硬直したのも一瞬、指を反射的に引っ込める。また、ブランディは視力の優れた目は顔の後ろの方に少し張り出すようについているため、視野が広く接近する天敵を素早く見つける他、餌を見つけやすいといった利点もある。その真っ黒な眼球が隙の無い動きでぎろっと指を睨んだのは確かだった。感情の無い目に、五本の指がはっきりと反射していた。

左手の紙一重の所でで暑く生臭い息がかかり、遅れて鼓膜がかちりと歯を打ち合わせる音を拾った。引っ込めるのと入れ違いになるようにぱくりと蛇のように稲光を彷彿とさせる動きで、赤ぐらい洞が目の前で音をたてて塞がる。その拍子に湿気たブランディの鼻息をつい胸底一杯に吸い込んだのは、全くの不幸だった。ぼろ雑巾を牛乳で濡らして1週間放置しておいたような口臭。ぬるりと液体の感触。グレイは驚いて左手を放し、何とか難を逃れた。「うぉっ!」情けない声が唾の乾いた口からもれ、その勢いのまま左手を竦めたコートの内に引き寄せる。何が起こったかはわかっている。不意打ちされた心臓を抱え、グレイは、目の前の実行半を睨んだ。

ひきつれた鳴き声が耳についてたまらない。

ブランディは笑っていた。にやりと笑ったその顔に、驚きよりも先に腹の底が篤くなる。さっきまでのは、噛みつくための演技か。灰を被ったように全身煤けた毛並みの雄は、洗い鼻息を息を意欲吹き出した。追撃こそしてはこなかったが、代わりに形のよいほっそらとした首をもたげ、ぶるるる....と唇を剥き出しにしてにやりと頬を笑みともとれる形に歪める。身長百八十センチの自分おりもまだ頭一つ二つうえの高さにあるブランディの顔できるだけを無視して、グレイは腹にたまった檻を一瞬吐き出した。その間にさわる独特の鳴き声がいつもより得意気なのは、気のせいでは無いだろう。その表情が本当に笑みかどうかの判別はつけられなかったが、その態度から狙ってやった事は明白で「くっそ..やりやがって」と応じるグレイは、驚きより反射的な怒りが先にたつ質だ。素知らぬ顔で、プイと生意気な面を背けるブランディの手綱をせめてもの仕返しと首を締める勢いで強く引っ張る。殴り付けないのは、せめてもの理性の現れだった。

ブランディは、なつきやすく、じょうじゅんな動物である。しかし、それはあくまで基本的に、だ。

種類、性別、性格。いわゆる個体差。手綱を取ればそいつの性格がわかる。といっていたのはこいつを買った牧場の主だった。その主人曰、こいつは狂暴、しかも頭が切れるのだそうだ。グレート種の雄。しかも購入した牧場の中で一番体の大きな奴。その牧場ではむれのリーダーだったそうだ。恵まれた巨大な体躯で鋭い門歯、筋肉を兼ね備えた顎ですきあらば噛みつこうとしてくる上に力が半端ではなく、珍しくおとなしくしていると思って撫でてやろうとしたら結果がこれだ。

風が吹き込み、にらみ会う二人の間の空気を緩慢に下記乱す。ブランディは顔を動かしてはおらず、素知らぬ顔で目だけを器用に背けて見せた。知らねえよ。というくどうで応じたこいつは感情を逆撫でする天才らしい。視界に入った異物をもう追う事はない。どうでもいいと言わんばかりの悪びれもしない様子。明らかに、飼い主に向ける態度ではなかったが、グレイもまた明らかにこのブランディにはよい感情を欠片ももっていない事を考えるとお互い様といったほうがいいかもしれない。購入してから三ヶ月。いまだにちらともなつかないブランディに手を焼いている。普段からお互い先刻の噛みつき未遂といい、気にくわない動物だ。畜生の癖に三ヶ月前に購入したばかりのブランディは、このリーダー各の一頭を含め、四頭揃ってみな狂暴。そしてどいつもこいつも揃ってかみぐせがある始末だ。そして、どいつもこいつも揃ってグレイにはなつかないというところもまた共通点。好かれないというより、反りが会わないといったほうが正確かも知れない。生まれつきのものだ。怯えられているのとも違う。だかつの如く嫌われているのでもない。

薄く笑ったように唇をめくった灰毛の雄のかおに、舐められているのだ。といった言葉が重なった。ふん。と鳴らした鼻息はブランディのため息か。湿った鼻面に疎らに生えた髭が馬鹿にするように呼気に揺らぐ。このブランディは、主人に対する礼儀というものを知らないのか、それとも躾が悪いのか。

全身灰色の縞模様に覆われた、巨大な雄は牧場のオーナーの弁を信じるなら、生まれて僅か五ヶ月で群れのリーダーとなり、一年後には手のつけられない暴れ馬と化していたというそうだが、真偽はともかく一般的なブランディと並外れて巨大なことには違いなく、その顔は傲慢と力の権化といった風情で、グレイは極力このブランディを無視するようにしている。

グレイは、巨大な灰色の毛並みの雄の手綱を慎重に手繰り寄せた。汗ばんだ右手で革紐をしっかり握り、左手をちらりと伺った。

良かった。噛まれてはいない。睨みつつもグレイがまず確認したのは左手。かみあとは、無い。ぬるぬると唾液が絡み付いているあけだ。口の中と全く同じ悪臭がする。もっとも噛まれていれば、それぐらいではすまなかっただろう。ブランディの歯は、凄まじく鋭い。肉を切り裂き、腱を断ち、骨まで砕くような鋭さだ。頑丈な樹木を紙ちぎるために進化した、武器と遜色無い切れ味の歯を恐れ、特殊な器具を噛ませておくのはそう珍しいことではない。

危ない。買っておいて損はない。絶対に買っておけ。

なるほど、じっさいに噛みつかれかけた身には、これ以上無いほど実感できる言葉だった。被害者。いわゆる、実践経験者の言葉の重み、親切心というやつだったのだ。指かみちぎられっぞ。骨まで砕かれる。下手すりゃ腕が使い物にならなくなる。とおおげさな言葉も嘘ではなく、金欠を理由に馬耳東風とばかりにオーナーの警告を聞き流したことを今更ながらにグレイはぬるりと唾にまみれた手先を丹念にぬぐいつつ後悔した。その結果がこの様だ。後で悔やむから後悔というやつである。

傷は無いが、唾をたっぷりと振りかけられた手はぬめぬめとべとついて気持ち悪いことこの上ない。生ぬるい粘液の塊は、顔に塗れば日焼けどめになるそうだが、そんな事をする気には全くといっていいほどならなかった。勿論、このまま、拭いて終わりというわけではない。ならばどうする。

こうするのだ。グレイは、濡れた左手を目前の鼻先に叩きつけた。

代わりに引き寄せたブランディの長い鼻面に、たっぷりと塗りつけてやる。丹念に丹念に、隙間なくたっぷりと。見れば灰色の大きな二足十は、先程の生意気な顔は見る影もなく、間抜けな面をさらしている。反撃をまるで予想していなかった事が見てとれる表情に「お返しだ」と低く吐き捨てて、裸の鼻先を乾いた左手でもう一度強く叩いた。

薄いぬの一枚通しても頭のてっぺんが焼けるような熱さの天幕は、不思議と今は熱さが気にならない。半眼になった黒い球体の表面に、歪んだグレイの像が逆さまに移る。鼻面に寄せた皺に、みるみるうちに先程までの余裕たっぷりの表情が崩れ、代わって怒りともとれる症状が滲み出てきた。湿度がほぼ零の荒野ではその程度の水分などすぐに飛ぶ。乾いた唾液はその主の顔の艶やかな毛並みを汚して蒸発した。二足のあだ名通りに退化した短い腕では顔はかけまい。グレイはにやりと笑って、「いい面だな。え?」と取って置きの作り笑顔を浮かべて声をかける。一転して愉快な気分だった。当然このなめいきな畜生に向ける愛情などあるはずがない。むしろ怨みつらみならそれ相応にある。先程の噛みつき未遂といい、今の態度といい。「え?そうだろ。いい顔だぜ。下町のどぶに顔をに突っ込んだようなやつだな」畜生が、言い返せないだろ。と手綱を掴み、ブランディの顔を引き寄せる。間は縮まり、調度額と額を付き合わせる格好となった。「どうなんだよ」と押し被せたグレイは、茫然自失の状態から、徐々に持ち上がってくう怒りを見た。あらかまさな悪感情をまじまじと浮かべてブランディの首がぐぐっと持ち上がり、全身の毛を逆立ててグレイを上からへいげいする。威嚇の体勢だ。

どうやら言葉は、はっきりと通じているようだった。

通常の一・五倍はある大きさの足でひび割れた地面を踏み鳴らし、ブランディの後ろ足がが目の前で地面をかく。巨体のそばまでよると、ムッとした湿気がまとわりついてくる。

一触即発。もともと相性の悪いやからだ。それも当然か。ここで喧嘩を買わぬ道理はないと嘯いたブランディの顔が、グレイの瞳に映り、犬歯を剥き出しにしたグレイの顔がブランディの瞳に移る。どちらがうえか思い知らせてやろうという気持ちは両者共通。気に入らねぇとあからさまに瞳が語っている。こいつの顔を見るだけでもイラつく。バチバチと間に火花がとび散るのを感じ、グレイは、笑みを深くした。ブランディは、応えて鋭い牙をもた口を大きく開く。白いテントの隙間から突き抜けた太陽光が、ぎらりと白い反射を生んだ。

「エエ?どうした。この糞野郎。てめえの―」

あわや暴力沙汰に発展するかと流れ始めた険悪な空気は「おいおい、そこら辺で止めとけヨ。お二人さーン」呑気な声に唐突に遮られた。不意うちとも言える形で発された声に、二人(一人と一頭)は口を閉じて振り向いた。「ったくなにやってんだヨ」複数の大小さまざまの黒い輪郭がテントの入り口を潜り抜け、ゆらりと笑みを逆光に浮かび上がらせる。

「ま、言いたい事は一ツ」

牧場で購入した残りのブランディ三頭を引き入れ、テントの入り口を閉じて影が立ち上がった。白い布を波打たせた声は若干疲れているようにも聞こえる。砂漠等で使われる簡易式のてントは二人と、四頭入っても少し余る広さの特注だ。暴れるブランディ三頭の手綱は手袋を嵌めた右手だけだ握り、長身そうくの体を真っ黒なスーツで包んだ姿は見慣れたものだ。「お前ら、本っっ当にのんきだナ」背後からの光源に照らされ、山高帽のしたをざんめん白い包帯で包んだおとこの影が、呆れた顔で二人をまじまじと眺めていた。突然の登場に気まずい顔をになりながらもたっぷりとこいらを睨み付けて、灰毛をなみうたたせブランディは入り口に佇む男の元へと向かい、すっかりなついた様子で己の主の頬に顔をすり付けた。

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