#6 雛月
くしゃみとともに倒れた先生は、生徒達に呼ばれて来た他の先生達に担架で運ばれていった。
後から聞いた話によるとぎっくり腰だそうだ。
ぎっくり腰と言うとそう大したケガでは無いように感じるが、実際は激痛で一週間は起き上がれないそうだ。
授業は急遽自習となった。
俺は修司の事が心配だったので今のうちにのケガの状態を尋ねるメールを送った。
病院ならすぐに返信はできないだろうな、と思っていると思いのほか早く返信が来た。
どうやら修司のケガは軽い打撲だけで別に大した事はないそうだ。
ただ頭も打ってしまったので病院で精密検査を受けていて、今は待合室で待機しているらしい。
俺は検査で何も無い事を祈りつつ、あることが気にかかっていた。
能面さんの夢を見てからケガをするまでの時間がどんどん短くなっている。
しかも怪我の程度もひどくなってきているのだ。
このままでは取り返しのつかない事態に発展するかもしれない。そんな気がした。
だって鞠亜に能面さんが抱きついて離れなくなったっていうのだから。
つまり鞠亜に取り憑いたってことなのだ・・・。
クラス内は監督の先生も居ないという事もあり、仲の良い者同士で集まって課題をやっている所もあった。
鞠亜の方を見ると椅子を持ってきたらしい咲耶と課題のプリントをやっていた。
しかし咲耶のほうはしきりに携帯をいじっていた。
昼休み、俺たちはとりあえず能面さんの噂の出所を探ってみることにした。
まず、早瀬に教えてもらった女子話をにきくと、他のクラスの女子に能面さんの話をされた次の日に能面さんの夢を見たらしい。
その子に話を聞くと彼女自身は能面さんの夢は見てないが、掲示板で能面さんの夢を見たをいう話をみて、面白そうだからみんなで話して盛り上がっていたらしい。
他にも能面さんの夢を見たことがあるらしい人が何人か見つかったので話を聞いてみたが、結局どれも最後はうちの学校の裏サイトの掲示板に書かれていた能面さんの夢を見たという体験談に行き着いた。
咲耶の話によると能面さんの話はうちの学校の裏サイトでしか見つからなかったらしい。
その体験談は一番古いものでも3ヶ月前のものだった。
そしてその体験談が書かれる1ヶ月前に能面さんの話の原型らしいものがあった。
それはよくある閲覧は自己責任で、などと注意書きがされているタイプの話で、文の最後にこの話を見た人は近いうちに能面さんが夢に現れるかもしれません。
などと書かれていた。
内容はある日女の子が能面さんの夢を見て”彼氏”、と言われ、次の日彼氏がケガをする。その彼氏が後日、能面さんの夢を見てケガをする。というのものだが、その中に
”能面さんはそうやって呪いを夢の中でかけて実現させる事によって力を蓄え、現実の世界に実体化しようとしているのです。”
という文があった。
放課後、俺達は早瀬に能面さんについて何か知ってる事はないかきいてみた。
こういうことはやはり詳しそうな奴に聞いたほうがいい。
鞠亜にも了解を取って今鞠亜に起こっている事、今日修司や先生に起こってしまったことなどを話した。
しかし早瀬の反応は予想外のものだった。
「いやいや、それはさすがに話ができすぎているというか、偶然でしょ?」
そう言って笑い飛ばす早瀬。一昨日の反応が嘘のようだ。
余りにも一昨日と反応が違うのでどうしてそう思うのかきいてみた。
早瀬は何か言いかけて黙った後、意を決したように口を開いた。
「だって、能面さんの話は元々私の作り話だもの」
どういうことなのか。
早瀬の話をまとめるとこうだ。
早瀬はある日、学校で嘘で流した怪談がやがてまことしやかに噂されるようになり、本当に怪奇現象がおき始める。と言う内容の怪談を読み、自分でもやってみたくなったそうだ。
早速学校の裏サイトに元となる怪談を書き込んだが反応は薄かった。そこで夢に能面さんが出てきた!と名前を変えていくつか書き込みをし、自分でも周りに能面さんの話をして噂を広める事にした。
やがて本当に能面さんの夢を見た!と言い出す人間が出てくるようになり、先日自分も能面さんの夢を見て自分の作り話だった噂が本当になり一人で大盛り上がりしていた。
ということらしい。
その時点で軽くとはいえケガ人が既に複数出てるんだから少しは考えろよ。
「でも、あれはあくまで私の作り話なんだからきっと偶然そうなったのをみんなが能面さんのせいだと思っているだけ・・・本当になったところでそんな、人を大怪我させるような力なんて無い、はず・・・・」
早瀬の顔がどんどん青ざめていく。
「そういえば」
と咲耶が呟いた。
「元の怪談読んだんだけど、あの話によると能面さんって呪いを成就させながら力を蓄えてるのよね?ということは、みんなが能面さんの夢を見てケガをするたびどんどん能面さんの力って強くなるんじゃないかしら。で、最終的には現実に実体化して。大暴れ、とか」
咲耶はニヤニヤと楽しそうに話す。
何でそんなに楽しそうなんだよ。こいつはこいつで事の重大さがわかってない気がする。
「ただの作り話に、そんなことできる訳無いじゃない!」
早瀬はそう怒鳴って帰ってしまった。
咲耶は相変わらずニヤニヤしていたが、鞠亜はオロオロしていた。
その日はとりあえず鞠亜にいつも持ち歩いている塩を渡して別れた。
親父に相談したかったが、遠方でのうちの宗派の会合があるらしく、親父はしばらく寺に居ない。
大事な用事がある中でこんな相談したところでただ心配をかけるだけのような気もする。
それに、手が無いわけじゃない。
鞠亜の夢の中に入って能面さんをどうにかすればこの呪いは終わるかもしれない。
鞠亜と別れた後、咲耶からこの話をきいた時は正直、何言ってんだこいつ。と思った。
咲耶は意図して人の夢に入れる。確かにこれは俺がこの前体験済みだ。
それに咲耶が夢に出てきた時、俺は一回は能面さんから逃げ切っている。つまり夢の中への介入は可能と言う事だ。
親しい人間同士だと精神が近く、お互いの夢が繋がる事があると昔親父が言っていたのを思い出した。
不可能ではないかもしれない。
その日の夜、俺と咲耶は前回と同じ教室の夢の中に居た。
「なあ、鞠亜の夢に行くにはどうすればいいんだ?」
俺が尋ねると咲耶は首をひねった。
「おかしい、鞠亜の気配が呼び出せない。夢を見ていないみたいだ」
言ってる事はよくわからなかったが、どうやら鞠亜は今夢を見ていないらしい。
そりゃあんな事があった後じゃ、なかなか寝付けないだろう。
それから俺たちはしばらく夢の中で鞠亜を探したり待ったりしたが、結局鞠亜は見つからなかった。
朝、登校すると鞠亜が気持ちやつれていた。
昨日は能面さんの夢を見るのが恐くてずっと起きていたらしい。
修司は何事も無かったかのように登校してきた。
結局、体のどこにも異常は無かったらしい。
そして心配した女子達に取り囲まれていた。
爆発しろ。
授業が始まると鞠亜はノートをとる姿勢のまま寝てしまっているようだった。
やっぱり眠かったのだろう。
それからしばらくして
「やめて!!!」
という鞠亜の声でクラスは静まり返った。
冷や汗をかきながら夢から覚め状況を把握した鞠亜はそのまま
「すいません、気分が悪いので保健室行ってきます」
と言って教室を出て行ってしまった。
そしてその後すぐに俺と咲耶にライポでメッセージが入った。
「どうしよう次はオルカちゃんがケガしちゃう」
俺は思わず隣の席の早瀬を見た。咲耶も早瀬を振り向いて見ていた。
早瀬は俺たちがこのタイミングで同時に振り向いたのを見て何かを察したのか
「すいません、私も気分悪いので保健室行ってきます」
と教室を出て行った。
そのすぐに廊下のほうから鞠亜の悲鳴が聞こえてきた。
咲耶は先生が止めるよりも早く教室を飛び出し、俺もそれに続いた。
他にも何人かの生徒が教室から出てきていた。
階段の前に行くと若干服の乱れた早瀬と泣きそうな顔の鞠亜が居た。
何があったか聞くと、どうやら早瀬が階段から転落したらしい。
そしてその時頭から落ちそうになったところを鞠亜が何とか受け止めたらしい。
早瀬の足には擦り傷があったが大したことはなさそうだ。
しかし、早瀬はそんな事など全く見えていないように放心しきっていた。
二人はそのまま保健室に向かい、その他の生徒達は先生に促され、ザワザワと各々の感想を述べながら教室に戻っていった。
昼、俺と修司と鞠亜と咲耶の4人で給食を食べていると、当然のごとく話題は昨日修司があった事故の事になった。
話の内容は昨日俺がメールできいたことがほとんどだったが、ポツリと修司が言った。
「そういえば、車にぶつかる前、誰かに押された気がしたんだんだ、振り向いたら誰もいなかったんだけど。目の端に着物のすそ見たいのが見えた気がするんだ」
それを聴いた瞬間、俺達3人の空気が凍った。
放課後、俺と鞠亜と咲耶は体育館の裏まで早瀬に呼び出された。
「階段から落ちる時、背中を押されたの。それで、その時体をねじって振り向いたら見えたの。能面が」
俯いたままだったが、早瀬の声は震えていた。
「あの時、鞠亜ちゃんが下に居なかったら、私確実に頭から下に落ちてた。もしかしたら、し、死んでたかも・・・」
早瀬は背中を丸めて自分の腕を抱えていたが震えているのが解った。
「それで、私達はどうしたらいいの?」
咲耶が空気も読まずに遮る。今くらいは自重しろ。
早瀬はしばらく黙ったあと、ガッ!と効果音がつくほど勢いよく俺の両肩をつかんだ。
「高尾君、寺の息子なんでしょ?お父さんすごいんでしょ?助けてよ!なんとかして!このままだと、ほんとに現実に出てきちゃうかも・・・!」
最後のほうはもう涙声だった。
俺が早瀬の鬼気迫る雰囲気に圧倒されて何も言えずいると、
「できるんじゃないかしら、龍太なら」
と後ろから咲耶が声をかける。
何を勝手な事を、と言う前に
「ほんと?」
早瀬が涙を浮かべながら上目遣いで見てくる。
「お、おう、任せてくれ・・」
思わず出た言葉に自分でもおどろきつつ、俺は自分で自分をを2、3発殴りたい気分になった。
「じゃあお願いね?」
早瀬は両手で俺の手を握ってそういった後、
鞠亜に抱きつきながらこんな事になったお詫びと階段で助けてくれたお礼を言っていた。
鞠亜はそんなのいいよと言いながら早瀬の頭をなでていた。
咲耶の目が爛々と輝きとても楽しそうなオーラを出しているのだけが気になった。
早瀬と別れた後、俺は咲耶に
「今は親父も居ないんだぞ、どうすんだよ!」
と詰め寄ると、咲耶はにたりと笑いながら
「何のことはない、昨日やろうとした事を今日すればよい」
などと言い返してきた。
「昨日って?」
鞠亜がきいてきたので簡単に昨日の作戦を説明した。
「そっか、二人とも私のためにそんな事考えてくれてたんだね。ありがとう」
他人の夢の中に入る話を聞いても驚くどころか、普通に受け止める鞠亜を見て
「驚かないのか?」
ときいてみた。すると鞠亜はにっこり笑って
「小さい時にね、毎晩狐に追いかけられる夢を見てた時期があって、寝るのが恐いって咲耶ちゃんに話したら、『じゃあ私が鞠亜の夢の中に行ってそんな奴倒してあげる!』て言ってホントに夢の中に出てきてその狐を追い払ってくれたことがあるの。それから狐の夢は見なくなったし、恐い夢から逃げるおまじないも教わってね、それから私は夜寝るのが恐くなくなったんだよ」
なにやら楽しそうに小さい頃の思い出を語り始めた。
・・・そんな話俺は初耳なのだが、
「さて、そうと決まれば今日は龍太の家で格ゲー祭りだ!」
そして間髪入れずに咲耶のこの残念発言である。
それ、ただ俺んちで格ゲーしたいだけなんじゃないかと。
ていうか、こいつは本当に能面さんの呪いを何とかする気はあるのだろうか。
結局その日咲耶は本当に俺の家で格ゲー祭りと称し、暗くなるまで俺と鞠亜を巻き込んで格ゲーで遊んでいた。
それでもゲームに夢中になって楽しそうにしている鞠亜を見て、もしかしたら咲耶なりに鞠亜の緊張をほぐしたかったのかもしれないと思った。
一番夢中になって楽しそうだったのは咲耶だったが。
その日の夜、夢の中で俺がうちの寺の前に立っていると咲耶が飛んできた。
夢の中なので気にしない。
「今度は鞠亜の気配があるぞ」
自信満々に咲耶が言うのでとりあえずそのまま咲耶に手を引かれて歩き出した。
すると突然目の前が真っ暗になり、目の前に鞠亜と鞠亜にまとわりつく能面さんが居た。
体中にピリピリと嫌な空気を感じた。
そして鞠亜はぐったりとして眠り、うなされている様だった。咲耶はつかつかと鞠亜と能面さんの方に近づいて行き、能面さんを容赦なく殴りつけて鞠亜を引き剥がした。
俺はすかさず鞠亜を連れて能面さんから遠ざかった。
鞠亜が目を覚まして辺りを見回した。
「龍ちゃん?咲耶ちゃんも、来てくれたんだね」
微笑む鞠亜の向こうに近づいてくる能面さんが見えた。
ヤバイ、あいつこっち来る。そう思った時、
「動けないよ。あなたは動けない」
叫んでもいないのに咲耶の声があたりに響いた。
瞬間、能面さんの動きが止まった!!
「龍太、結界!」
咲耶が叫ぶ。
結界?結界ってどう張るんだよ、俺があせっていると
「龍ちゃん、これ、」
鞠亜がこの前お守り代わりに渡した塩を出した。
俺はとりあえず俺達を取り囲む壁を作るようなイメージでその塩を俺たちの周りを囲むように撒いた。
すると塩がぱちぱちといいながら光りだし、透明の壁のようなものができた。
すると能面さんはあたりを見回し始めた。
俺たちが見えなくなったようだ。
夢の中でのイメージの力ってすごい。
一方咲耶は邪悪な笑みを浮かべて能面さんに話しかける。
「さ~て、私の妾と下僕が随分世話になったようだな・・」
どんなにかっこつけても下僕の一言で一気に頭悪そうな感じになることにいつになったらこいつは気づくんだろうか。
しかしここは夢の中、しかも相手は咲耶である。いったいどんな中二病技が飛び出すのか見物だ。
しかし俺の予想に反して咲耶の行動はと言うと、殴る、殴る、蹴り上げる、殴る、殴る、と流れは圧倒的だが思ったよりも泥臭いものだった。
俺としてはもっと派手な、大魔法的なものを想像していたのだが。
しかし、俺は咲耶のあの動きに見覚えがあることに気づく。
おい、あれはまさか・・・気がつくと頭上にゲージのようなものがある。
そしてゲージがマックスになった瞬間、
「千手観音菩薩・合掌!!」
そう叫んだ咲耶の言葉があたり一帯に響いた。
これは今日俺たちがやっていた格ゲーで咲耶のお気に入りのキャラの一撃必殺技の台詞である。
瞬間咲耶の背中から無数の手が生えてきて能面さんをものすごい勢いで殴りつける。
俺は思った。ああ、これがやりたかったんだな、と。
そして一撃必殺技を受けた能面さんはというと、ぼろ雑巾のように転がっていた。
「雛月、お食べ」
咲耶がそう言うといつの間にか能面さんを挟んだ咲耶の目の前にもう一人咲耶が立っていた。
そしてもう一人の咲耶は能面さんの腕をつかむとズルズルと蛇が獲物を飲み込むように丸呑みしてしまった。
俺と鞠亜が結界から出て
「おいなんだよ、ソレ」
ときくと咲耶はきょとんとした顔をして答えた。
「何って、雛月よ。さっきも言ったじゃない」
雛月のほうを見ると立ち上がり
「お初にお目にかかります雛月です」
そう言って頭を下げてきた。
咲耶と同じ顔でそういわれても気色悪いだけだったが、いつだったかの咲耶の中二病設定を思い出した。
咲耶の分身の『雛月』は不思議エネルギーとやらを食べて成長するらしいってやつだ。
いつも妄想の中で生きている咲耶だから、こうも簡単に夢の中に自分の考えたことを投影できるのかもしれない。
つまり、妄想の中で雛月を育てていて、それを夢の中に投影したんだ。
そしてもし現実にいる人間も自在に自分の夢の中に呼べるのなら、咲耶の言っている妄想も、あながち嘘とも言い切れないんじゃないかと思った。
次回更新予定は6/28です。




