#5 好きな人
蝉の声がうるさい。
汗をタオルでぬぐった俺は、駄菓子屋でアイスクリームを選んでいた。
不意に俺は後ろから左肩をつかまれた。
振り返ると、そこに能面さんがいた。
・・・ということは、これは夢なんだ。
「好きな人」
耳元で能面さんが囁く。
・・・好きな人って・・・鞠亜。
鞠亜が危ないのか?
俺が驚きで硬直していると、能面さんは霧のように消えてしまった。
目が覚めたとき俺は全身の血の気が引いていくのがわかった。
好きな子・・・能面さんは確かにそう言った。
結局、鞠亜からカミングアウトされてからも俺はズルズルと諦めきれずにいた。
俺はオルカに鞠亜と咲耶ができているといわれても、鞠亜のことが今も好きだ。
つまり、俺の好きな子と言えば鞠亜のことだ。
俺が鞠亜を危険にさらしているような気がして気が重くなった。
部屋の壁にかかった時計に目をやった。
8時10分。学校が始まるのが8時半、学校まで歩いて15分。
身支度も含めると走ってギリギリ間に合うかどうかの時間だ。
ヤバイ。このままじゃ遅刻決定だ。
と言うかなんでめざまし鳴らなかった!?
携帯を見ると電源が切れている。
そうだった。
昨日咲耶から電話があった後また夜中に起こされるのが嫌で電話切った後そのまま電源も落としたんだ。
・・・という事は昨日本当に咲耶が夢に出てきてその後電話かけてきたのか?
携帯の電源を入れるとその液晶には8:13と映し出された。
俺はすべての考えを後回しにして、急いで身支度を済まし学校に向かった。
教室に着くと始業時間ギリギリなのに鞠亜が教室にいなかった。
嫌な予感がしたが、朝の会の途中で鞠亜が教室に入ってきた。
頭を凍ったタオルで冷やしていた。
休み時間にきいてみると、朝、教室へ向かう途中、階段を踏み外してしまったらしい。
早すぎる気もするが、能面さんの呪いがこれで済んだのならもう鞠亜が他にケガをする事もないだろうと俺はその時思った。
鞠亜が保健室に氷を返しに行った後
「それはそうと、約束どおり夢に出たでしょう」
咲耶が得意気に話しかけてきて一瞬何のことかと思ったが、昨日の約束のことを言っているらしい。
そういえばそんな事もあった気がする。
能面さんのインパクトですっかり忘れていたが。
はいはいすごいすごいと軽くあしらいながらせっかくなので今の鞠亜との状態を聞こうと咲耶に話しかけたところでチャイムが鳴った。
「じゃあ話はライポできくから音を消しておくように」
咲耶はそう俺に耳打ちして自分の席に戻って行った。
いやまじめに授業受けろよ。
しかし他の誰にも聞かれたくない内容だったのでちょうどいいのかもしれない。
ライポと言うのはチャット形式で会話ができるアプリだ。
授業が始まってしばらくしてから咲耶からライポが飛んできた。
「で、ききたいこととはなんだ」
今更だがライポでもそのしゃべり方なのかよ。
などと思いつつ俺はとりあえずききたかった事をきいてみる。
「鞠亜とは、どういう関係なんだ?」
表向き付き合っているらしいけど、本当の所どうなんだとか、お前は鞠亜の事どう思っているんだとかききたい事は色々とあったがいざきこうとするとこんな言葉しか出てこなかった。
まあ、どういう関係もなにも幼なじみと言われればそれまでなんだが。
「鞠亜は私の妾だが」
いや、今そういうのいいから。
咲耶の反応はと言えば予想外と言うか、予想通りと言うか、中二病的な答えだった。
とりあえずその辺はスルーして質問を続ける。
「お前と鞠亜が一年の頃から付き合ってるって話きいたんだけど」
するとしばらくたってから返事か来た。
「そうでも言っておかないと鞠亜は妬まれやすからな。鞠亜に男ができたならそれはそれでかまわない」
・・・ということは咲耶としては鞠亜が男にモテてそれを僻んだ女子達にいじめられるのを避けるために付き合ってるふりをしているが、鞠亜に彼氏ができたらそのままそいつに鞠亜を譲る。ということだろうか?
咲耶なりに鞠亜を護ろうとした結果なのかもしれないが、それだとまた色々と問題も出てくる。
「女子だけならまだしも、男にも広まったら彼氏できるどころか男よりつかなくなるんじゃ・・・」
俺がそう答えるとさっきよりも早く返事が来た。
「男の方に選択権があるとでも?」
さらに咲耶は続ける
「鞠亜が迷惑していたのは毎日のように告白してくる男達だ。それが原因で女同士の人間関係も悪くなった」
それは早瀬からその辺の事情はきいたので知っている。
なおも咲耶の連投は続く。
「だから男の方から鞠亜に近づかなくさせるのも計画のうち。それに鞠亜に好きな男ができて、ある程度モーションかけた後に告白したら百発百中だろう」
確かにあんな天使のような子に迫られたら断る奴のほうが少ないだろうけども・・・
「じゃあもし鞠亜に彼氏ができたら表向きにも鞠亜と別れるんだな?」
念をおしてきいてみるするとまたすぐに返事が来た。
「別れないが?」
は?別れないって、じゃあ、
「じゃあ彼氏はどうすんだよ」
3人で付き合うとでも言うのだろうか、というか、おまえさっき鞠亜に彼氏できたらそいつに譲る。みたいなこと言ってたじゃないか!
などと思ってると
「表向きは私と付き合ってるままにして、裏で鞠亜と付き合えばいい」
と返事がきたが、釈然としない。
「別に悪い事してるわけじゃないんだし堂々と付き合えばいいじゃないか」
俺がそう答えると一人挟んで俺の斜め前の席の咲耶が盛大にため息をついているのが見えた。
「それをやって別れたら、男もいけるってことになって前と同じ状態になるじゃない」
言われてみるとそういう事になるかもしれない。
さらに咲耶が追い討ちをかけてくる。
「しかももう前と同じこと言っても通用しないから最悪」
確かに。
傍から見たら、一年以上付き合った相手をあっさり振って、他の男に走ったがまた別れた、みたいな状態になる。
また咲耶と付き合ってることにしたとしても、その場合相手をとっかえひっかえしてるように見えて女子からの印象は悪いだろう。
男からもあの子思ったより軽そうだし、男ともつきあえるんだったら俺にもチャンスあるんじゃね?
みたいなことになって前よりも収集がつかなくなるだろう。
でも俺だったら、鞠亜を泣かせるようなことはしないのに。
などと考えていると
「だからとりあえず彼氏とは表向き龍太が付き合えばいい」
咲耶からまた訳のわからない爆弾発言が飛び出した。
「なんでだよ!」
とすかさずつっこむと、
「そうすれば私や鞠亜といても自然じゃない」
もはやこいつはどこまでが本気でどこまでが冗談なのかわからない。
「じゃあ俺が鞠亜と付き合ったらどうすんだよ!」
思わずそう送った。するとすぐ返事が来た。
「鞠亜が龍太を選ぶとでも?」
うるせえ、泣くぞ?
そして俺はその日の昼休み、いつものようにイチャつく鞠亜と咲耶を見てうっとりする修司を尻目に、
「わたし、咲耶ちゃんが好きなの」
と言う先日の鞠亜の言葉を思い出し、一人咲耶に対する敗北感を募らせた。
帰り道、咲耶が能面さんの噂をどこからかきいてきたらしく、その話をしていた。
俺は心配していた鞠亜のことももう済んだと思っていたので、二人に実は、と今朝見た能面さんのことを話した。
能面さんが言ってたのは”幼なじみ”ということにして。
一瞬鞠亜は怯えたような顔をしたが、自分の番は済んだ事をきくと安心していた。
咲耶は喜ぶかと思ったが、しばらく考えるようなそぶりをして
「では、その能面さんは夢に出てきた時に逃げても、次の日また夢に出てくる。耳元でささやかれた関係の相手は指を切るとか軽いケガをする、ということか?」
そう尋ねる顔は妙に真剣だったが、どうせ中二病的な演出だろう。
「あの逃げ方で逃げても、また同じところから始まるというのが気になるのだ。一度逃げ切ってすっかり忘れた状態で前回とまったく同じところから始まる。まるで何か意思を持ってターゲットの夢の中に介入しているようではないか」
何かそれっぽい事を言い出したので、暴走しだす前に釘を刺しておくことにした。
「そもそも怖い夢の話としてはよくきく展開だしそう珍しくも無いんじゃないか」
咲耶はなにやらまだ納得していないようだったが、
「それに、能面さんが偶然じゃなく本当に夢の中に実在したとして、鞠亜が被害を受ける番はもう終わったんだから大丈夫だろ」
と言って俺は話を切ろうとした。
「でも、もし能面さんの話が本当なら、今度私が能面さんの夢を見たらそこで言われた関係の人がケガしちゃうんだよね・・・」
鞠亜が不安そうな顔でポツリと呟いた。
「大丈夫だよ、仮にそうだとしても、せいぜい指先を少し切る位だって!」
俺は鞠亜を元気付けようとしたが鞠亜の顔は暗いままだった。
やっぱり、こんな事咲耶はともかく鞠亜に話すべきではなかった俺は反省した。
次の日修司は学校に来なかった。
登校途中にトラックに撥ねられて病院に運び込まれたらしいと1時間目の初めに先生が言っていた。
教室は騒然となったが、先生の命に別状は無いらしいと言う言葉を聞いて皆少し安心した様だった。
その時ふと昨日鞠亜と能面さんの話をしたことを思い出した。
まさかと思い鞠亜のほうを見ると真っ青な顔をして、腕を抱えて少し震えているように見えた。
隣の席の女子が鞠亜の様子に気づいて心配して声をかけていたが、まったく気づいていないようだ。
先生も心配して保健室に行くか鞠亜に聞いていた。
結局鞠亜は1時間目が終わっても保健室から帰ってこなかった。
2時間目が終わったところで咲耶と保健室に鞠亜の様子を見に行った。
保健室に行くと、鞠亜はベッドの上で体育座りのような体勢でうなだれていた。
鞠亜は俺たち気づくと消え入りそうな声で俺たちに話しかけてきた。
「どうしよう、先生ケガしちゃう!今度は”先生”って言ってたの・・・私、今朝能面さんの夢見ちゃったの。”背の高い友達”って言ってた。でもそれだけじゃなくて、能面さん、私に抱きついて離れなかったの。でね、さっき夢でまた能面さんが出てきたの。」
俺たちは鞠亜をなだめながら今の状況を確認してみる事にした。
三人で話して現状で解っている事をまとめた。
・能面さんの夢を見ると夢で言われた関係の人が数日以内、早ければその日のうちにケガをする。
・修司の状態を見ていないのでなんとも言えないがおそらく呪いの威力がパワーアップしている。
・能面さんが鞠亜に憑いた可能性がある。
・鞠亜が寝るたびに能面さんが出てくる可能性がある。
可能性がある、とかおそらくとか言い切れない部分は多いがまずはこんなところだろう。
通常なら能面さんの夢を見たところで、ちょっとしたケガをするくらいで終わる。
しかし鞠亜は違う。
鞠亜は昔からよく人でないものや変な現象を引き寄せる、いわゆる祟られ体質なのだ。
だからもし能面さんの呪いが鞠亜に向かった場合、軽いケガでは済まないかもしれない。
そう思って心配していたのだが、どうやら能面さんは鞠亜に憑いて周りの人間を呪うつもりらしい。
俺と鞠亜が始めて会ったのも鞠亜のお母さんが鞠亜には悪いものがついているんじゃないかとうちの寺にお祓いをお願いしに来たときだった。
親父がその時、鞠亜についている悪いものはその都度祓うことはできるけど、根本的に鞠亜はそういう変なものを呼び寄せてしまう、そういう体質というか星の下に生まれてしまっているのでそれ自体はどうする事もできないと言っていた。
お守りなどもある程度は効果もあるが、それでも根本的な解決にはならないとも言っていた。
それからしばらくして鞠亜の家族は俺たちの町に引っ越してきた。
遊びに誘ってもいつも何かに怯えているようで
「私と遊んでもきっと恐い思いするよ?」
と困ったような顔して微笑む鞠亜を見て、俺がこの子を守るんだと強く思った。
そう・・・今こそ俺が鞠亜を守るんだ。
「龍太、確か昨日、龍太の前にオルカが能面さんの夢を見たといっていたな、その前は誰が見たといっていた?」
咲耶が鞠亜の背中をさすりながらきいてくる。
「同じクラスの友達って言ってたけど・・・」
言いかけたところでチャイムが鳴った。
あとできいてみるかと咲耶が呟く。
鞠亜はもう大丈夫だと言うので三人で教室に戻った。
次の授業は国語だ。
先生は鼻炎でくしゃみと鼻水が止まらないらしくマスクをつけていた。
先生が説明をしている途中でひどく大きなくしゃみが出た。
クラスの何人かはくすくす笑っていた。
しかし、その後先生はゆっくり膝から崩れ落ちるとそのまま倒れてしまった。
鞠亜の悲鳴が教室中に響き渡った。
次回更新予定は6/21です。




