#4 能面さん
「ねえ、この前お昼に咲耶ちゃんが話してるの聞いて思ったんだけど、高尾君って∮(ふぁい)ちゃんねるにスレ立てた事ある?」
突然、俺に言ってきたのは同じクラスの早瀬オルカだった。
日直の帰りのごみ捨てを一緒に行った帰りだった。
「あるけど、もしかして見た?」
俺は何をとは言わずにきいてみる。
「”寺の息子だけど質問ある?”ってやつでしょ?リアルタイムで見てたよ」
小首をかしげながら早瀬が答える。
早瀬とはあまり話した事は無かったがまさかネラーだったとは。
それから俺と早瀬はちょいちょい話すようになった。
そして解ったのは早瀬はPIG板も覗くが基本はオカルト板の住人で、怪談とか黒魔術とか異世界に行った話とか大好きらしい。
あんまり咲耶とは近づけたくない気もしたが既に友達らしい。
そういえば、咲耶と鞠亜と3人で楽しそうに話しているのも見た事があった。
ある日の日曜、近所のコンビニでたまたま早瀬と会った。
せっかくなので最近気になっている事を聞いてみた。
「なあ、鞠亜と咲耶って、その・・・最近どうなんだ?」
早瀬はきょとんとした顔で
「どうって何が?」
と聞き返してきた
「いや、あいつら最近前以上にスキンシップが激しいと言うか仲が良すぎると言うか・・・」
要するに俺は咲耶と鞠亜がその後付き合いだしたかどうか知りたいんだ。
鞠亜にはきくにきけないし咲耶にきくのはなんというか、俺のプライドが許さない。
「ん~?二人はいつも通りだよ~もともとラブラブだし、付き合ってるんだし普通じゃない?」
・・・なんてこった、あの宣戦布告から一ヶ月も経たないうちにもう二人は結ばれてしまったと言うのか。
しかもこの様子だと女子達の間ではすっかり周知の事実となってしまっている。
修司の言葉を思い出し、確かにもう俺が身を引いたほうが良いような気がした。
悔し紛れにもう少し二人の事をきいてみることにした。
「やっぱりか~。ちなみにいつから付き合いだしたか解るか?」
なるべく平静を装って早瀬にきいてみると予想外な答えが返ってきた。
「う~ん、いつかは知らないけどもう一年の一学期の時にはもう付き合ってたはずだよ。去年の夏休み前には咲耶ちゃんが鞠亜ちゃんは私の嫁宣言してたから」
ちょっと待て、そんな話は今はじめて聞いた。
と言うか、それじゃあ計算が合わない。
「早瀬、その辺聞いた事ないんだが、詳しく教えてくれないか?」
とりあえずここは早瀬に聞いてみるしかない。
早瀬は少し考えた後
「少し長くなるけど、この後時間大丈夫?」
ときいてきた。
特に予定も無かったので大丈夫だと答えたら、早瀬はにっこりと笑って
「じゃあ情報料という事でこれよろしく」
と炭酸飲料を渡してきた。
こいつ、ちゃっかりしてやがる。
その後俺と早瀬は少し歩いて近所の公園ベンチに腰掛けた。
早瀬は炭酸飲料を飲みながら一年の頃の事を話し出した。
話をまとめるとこうだ。
一年の初めの頃、鞠亜は同級生からだけでなく上級生の男子からもモテまくっていた。
しかし、それを妬ましく思う女子達も当然いるわけで、次第に鞠亜は咲耶以外の女子からハブられるようになったらしい。
事が起こったのは次が体育の授業で女子達みんなが着替えている時だった。
一部の女子達から名前こそ出さないが明らかに鞠亜に対して言いがかりのような陰口言っていたというのだ。
それもわざと本人に聞こえるように。
鞠亜は顔を強張らせ、涙ぐんでいた。
そのとき、咲耶がその女子達の前に歩いていって行ってこんな感じのことを言い放ったらしい。
「何を勘違いしてるのか知らないけど、鞠亜は男なんて興味ないわよ?私と付き合ってるもの。つまり私の嫁。鞠亜が男にモテモテなのが気に入らないみたいだけど、これってむしろチャンスだと思わない?どんな男が来たって鞠亜はフるんだから、その相手が傷心してるときに慰めるようにして近づけばあなたに対する好感度だって上がるんじゃない?」
一瞬教室の時が止まったそうだ。
その後、陰口をたたいていた女子達は鞠亜に謝った。
それからは他の女子達も鞠亜に友好的に接するようになったらしい。
早瀬曰く
「穿った見方をするならみんな鞠亜ちゃんを妬んで遠ざけるより仲良くして男を釣る餌にしたほうが自分達に得だって気づいたんじゃないかな。成美君が来た時だってみんな温かい目で見てたでしょ?どうせ成美君がコクったって振られるのが解ってるからじゃないかな」
とのことらしい。
・・・女って恐い。
俺はそんな事があったなんて、まったく知らなかった。
鞠亜が辛い時に全く気づいてやれなかった。
その辛い状況をやり方はどうあれ救ったのが咲耶なら、鞠亜の言っていた
”私と一緒に居てくれて、私が困ってる時はいつも助けてくれる”
と言う言葉も納得できる。
しかし俺はあることに気づいた。
「でも、ということはみんな表面上は仲良くしてるけど、本当は今も大部分の女子達にとって鞠亜は利用するだけの餌なのか?」
不穏な俺の表情を察してか、早瀬は少し目を見開いて手を振りながら否定した。
「違う違うさっきはちょっと言い方が悪かったけど、みんな鞠亜ちゃんのことはちゃんと友達だと思ってるよ」
早瀬は携帯を取り出すと、あるサイトを出して俺に見せてきた。
「知ってる?うちの学校の裏サイト」
なんとなく噂は聞いた事があった。
「一年の初めの頃は鞠亜ちゃんへの罵詈雑言のオンパレードだったんだけどね、ほら見て」
そこには鞠亜を褒め称える言葉が並んでいた。
「もともと鞠亜ちゃんって、可愛いし、頭いいし、性格もいいから、今は女子の間でもアイドルみたいになってるよ。もともとみんな鞠亜ちゃんに敵わないって思ってるから好きな人とられちゃうと思って、あんな事になっちゃったんだと思うよ」
いや十分恐いんだが。
しかし鞠亜と咲耶がいじめを避けるために表向き同性愛者のふりをしている、ということは早瀬にこれ以上聞いても現在の二人の事は解りそうにない。
俺がそう思っていると、
「あ、そういえばさ、最近うちの学校で流行ってる”能面さんの呪い”って話知ってる?」
早瀬が携帯をいじりながら俺に聞いてくる。
なんだそれ。
「これこれ、なんだか知らないけど最近何人もこの夢を見た人がいてちょっと話題になってるの」
早瀬が別の携帯サイトを見せてくるので読んでみる。
なんでも女の顔の能面を被って着物着た奴に追いかけられる夢らしい。
要点をまとめるとこうだ。
”能面さん”とやらは夢に現れて、こちらにゆっくりと歩いて来る。
簡単に逃げ切れそうだが、その夢の中ではいくら走っても前に進まない。
そして後ろからじわじわと能面さんが寄ってきて両手を肩にかけて耳元で”お母さん”だとか”兄弟”だとかを囁いて消えていく。
すると数日以内にそいつの能面さんに言われた関係に当たる人が怪我をする。
「といっても、指ちょっと切ったりレベルなんだけどね」
と早瀬は続ける。
「え、身近に居たのかその夢見た奴」
俺が尋ねると早瀬は俺の前に絆創膏が張られた指を見せた。
「金曜の家庭科の授業の時うっかり切っちゃったんだけど、友達がね、その2日前に能面さんの夢を見て”眼鏡かけた友達”って言ってたらしいの」
早瀬は自分の眼鏡を外していじりながら言った。
マジか・・・。
「まあ前置きはこれくらいにしておいて、本題はこれからなんだ」
早瀬はそう言いながら眼鏡をかけなおした。
そしてこう続けた。
「昨日の朝方にさ、私も見たんだよね。能面さんの夢。”新しい友達”って言ってた」
おい待てそれって・・・
「最近私が仲良くなったのって高尾君くらいなんだよね~」
飲み終わった炭酸飲料のボトルを隣のゴミ箱に捨てながら早瀬は言う。
「今のとこ元気?」
俺の前に立ちながらニコニコした顔で言う早瀬。
何でそんな楽しそうなんだお前。
「まあ、特に何も無いけど・・・」
俺がそう答えると早瀬は満面の笑みで
「そっか、じゃあ気をつけてね。何かあったらいつでも連絡してね。月曜楽しみにしてるから!」
とか言い出した。
「何が楽しみなんだよ。何を期待しているんだお前は」
とつっこめば
「ごめん、ごめん、実際に自分の身の周りで怪談みたいな出来事がほんとに起こってるのかと思うとついテンション上がっちゃって」
とあんまり反省してなさそうな返事が返ってきた。
そうだ。早瀬はこの手の話が大好物だった。
その後、俺たちは連絡先を交換して別れた。
でも、俺はそんなものはただの偶然やこじつけだろうと思っていた。
しかしその日の夕食準備を手伝っている時に俺はうっかりピ-ラーでにんじんの皮と一緒に指の皮まで剥いてしまった。
100%俺のドジではあるが、”能面さんの呪い”が成就してしまった。
折角なので指に絆創膏を貼った後、早瀬にメールで報告してみるとすぐに
「能面さん SUGEEEEEEEEEEEEEEEEEEEE!!!!!」
とテンション高めの反応が返ってきた。
そしてそのメールの後にもう一通、
「能面さんに指名されてケガしたりした人は近いうちに能面さんの夢を見るらしいよ!私も見たし!」
というメールが送られてきた。
いや。それ嬉しくないだろう。
まだ偶然かもしれないが、もしそうじゃないなら。
話を聞く限り近しい人間ばかり狙われるようだし、たとえちょっとしたケガでも周りの人間にそんな事が起きるのは普通に嫌だ。
特に鞠亜には”能面さんの呪い”の被害に遭わせる事や夢を見させる事は避けたい。
・・・俺はその日の晩、能面さんの夢を見た。
しかし、能面さんから走って逃げている時、なぜか隣で冷めた目の咲耶が俺の事を見ていた。
俺が突っ立ったままの咲耶に
「なにしてんだ逃げないと捕まっちまうぞ!」
と怒鳴ったが、
「走っても進んで無いだろうに」
と返された。
しかしそうしている間にも能面さんは俺たちに近づいてくる。
自棄になって手を平泳ぎのように動かしていると、
「そんなことしなくても逃げられるではないか」
咲耶が不思議そうな顔でそう言った。
「どうやるんだよ!」
俺は半ば自棄になって叫ぶ
「大の字になって、頭の上から自分の足の下まで一本の光の柱を通して光を外へ放出する星になるイメージをしてみろ」
咲耶は夢の中でも相変わらず訳の解らない事を言っていたが、なぜかその時、俺はその言葉が理解でき、すぐに実践した。
能面さんが俺のすぐ後ろまで来ていて着物の袖が目の端に見えたがギリギリのところで俺は星になりその夢から脱出した。
目が覚めるともう体中にじっとりと汗をかいていた。
最近、こんな目覚め方をよくするなと思いつつ体を起こす。
窓の外は明るくなり始めていた。
その日の昼。
ふと思い出したので
「・・・なんか、今朝夢の中に咲耶が出てきてげんなりした」
とこぼすと
「わ、私だって咲耶ちゃんの夢たまによく見るもん!」
と鞠亜から謎の牽制を受けた。
たまによくって、どっちだよ
「つまり君は幼なじみ属性だったら誰でも良いのかい?見境ないなぁ」
修司からはまさか俺のお気に入りの百合空間を壊そうってんじゃないよな?という謎ではない圧力をかけられた。
当の咲耶はというと
「あー私も見たわ、龍太が能面つけた人から平泳ぎで逃げようとする夢」
などと言っていた。
ん?夢の内容まで話したか?
「龍太ビビり過ぎ。起きた時汗だくだったんじゃないの?」
咲耶はまるで見てきたように話す。
「なんだよ見てきたみたいに言いやがって」
俺が思わずそう言うと咲耶は事も無げに
「だって見てきたもの。なんだったら今夜もう一回あんたの夢に行ってあげてもいいわよ?」
などと言い出したので俺も
「よし、じゃあ今夜出て来いよ」
と言い返す。
鞠亜と修司は冗談だと思ったらしく
「あ、ずるい、なら私も龍ちゃんの夢に出る~」
「じゃあ僕も今夜龍太の夢に出るからよろしく」
などと言っていた。
* * * * * *
俺は一人教室で席に座っていた。
ぼんやりしていたら、ドアが開き咲耶がやってきた。
咲耶は俺の前までやってくるとなぜかドヤ顔で
「約束どおり来てやったぞ!」
なんて言っているが俺はなんのことだかわからない。
「何がだよ?」
首をかしげてそう返すとその答えに腹を立てたのか、
「ちょっとそこで待ってろ!」
と言って教室から出て行ってしまった。
しばらくボーっとしてると教室にどこかで聞いた事のあるような音楽が響き始めた。
あ、俺の携帯の着メロだ。
そこで俺の目は覚めた。
俺の携帯がなっている。
携帯の時計を見ると、夜中の2時5分だ!
電話は咲耶からだった。
「せっかく私が約束どおり夢に出てやったのに、なんなんだその態度は!」
怒鳴る咲耶の声を聞きながら、俺はぼんやりする頭でそういえば昨日そんな約束したかもしれないと思い
「ああ悪い悪いそういえばそんな約束したな」
とりあえずの謝罪を口にし、咲耶の文句を聞きながら俺はまた眠りに落ちていった。
なんで俺の夢の中に咲耶がやってくるんだろうと思いながら・・・。
次回更新予定は6/14です。