#66 覚醒の予兆
「じゃあ、よろしくね」
咲耶が要にそう言って笑いかけた瞬間、要の身体は灰になった。
要がいけ好かない笑みを浮かべたのとほぼ同時にその身体は激しい炎に包まれ、消滅した。
しかし一拍置いてその身体は何事も無かったかの様に再生した。
「これで貴方も私の物ね」
笑みを崩さずに咲耶が言えば、要は光栄だと心底嬉しそうに笑った。
それに思うことが無い訳では無かったが、今は放っておくことにした。
「じゃあ要のことも一旦一区切り付いた所で、ここからの脱出法について説明しますね」
佐倉は咲耶と要の話の切れ目に手を叩いて注目を集めると、直後咲耶になにやら耳打ちをした。
何の話かはわからないが咲耶はその佐倉の言葉に頷く。
「そろそろ私が張った結界を突破できない事に業を煮やして何かしてくると思うので一応気を付けといてくださいね」
準備運動の様に身体を捻ったり伸ばしたりしながら佐倉が咲耶に言い、咲耶がわかったと返事をする途中で俺達の目の前は真っ暗になった。
すぐに佐倉がいつか見たことあるような光の球を出して明りを灯す。
暗闇の中に佐倉の顔が浮かんだ。
「結界の周りに影を貼り付けて光を遮断したみたいですね」
そんな佐倉の分析を聞いている間にもドーム型の結界がミシミシと軋んでいる様な音がする。
「では上部の結界を解きますので、後は手筈通りに」
咲耶の手を握りながら佐倉が言えば、咲耶もそれに静かに頷いた。
直後、頭上から外の黒い影が結界の中に流れ込んでくる気配があった。
そしてそれを押し返す様に光る魔法陣が空中に浮かび上がる。
佐倉が何語かわからない呪文を詠唱している中、咲耶は頭上の魔法陣の中心の下に立ち、佐倉と繋いでいない左手を魔法陣へと伸ばした。
すると魔法陣の中心から人の手らしき物が出てきた。
すかさず咲耶がその手を握って引っ張り出せば、20代から30代位の男女数人が魔法陣から出てきた。
「この人達があの黒い影を操っていた術者みたいですね。とりあえず取り込んじゃってください」
佐倉が彼等を見てそう言い終わる頃には、既に三人の肉体は燃やし尽くされ、咲耶に魂を回収されていた。
同時に結界を覆っていた影が消えた。
後の佐倉の説明によると、佐倉は俺達に危害を加えようとしていたあの黒い影を使って、逆に術者の方を召喚したらしい。
今回の状況を考えれば、状況を逐一把握して臨機応変に対応する必要があるので直接操作するタイプの使い魔が送られてくるだろうと佐倉は考え、その使い魔を使って直接使い魔を操っている術者をこちらに引きずり込む術式を張ったらしい。
「術の発動に必要な条件も力も、全て鈴木先輩がいれば解決できますからね。
大抵の術は従来の準備や過程を無視して発動できます」
と、佐倉は上機嫌に語っていた。
「でもさっきの影を操っていた術者を取り込むのはいいけど、どうやって外に出るんだよ?」
そう俺が尋ねれば、佐倉は静かに目を細めた。
「ここまで来れば後は簡単ですよ?」
「今取り込んだ術者の中で、外の結界の管理をしている術者の内誰かと精神的または肉体的強い繋がりを持つ人はいますか?」
「・・・・さっき取り込んだ若い方の男の人、今外で結界の管理してる人と夫婦みたい」
「それは好都合です。その人を魂と肉体はそのままに、意識が無い状態で生き返らせてもらえますか?」
咲耶は佐倉に言われた通り、先程召喚して取り込んだ術者の一人をその場に蘇らせた。
「今から私が送るイメージの模様をそのままこの人の身体に転写してください」
佐倉が咲耶の手を握ってそう話した直後、俺達の目の前に横たわる男の手の甲や首、額に赤い模様が現れた。
服を着ているので解らないが、きっと服の下にも模様が浮き出ているのだろう。
「この人とその奥さんの身体をこちら側と結界の外とを繋ぐ扉にします。
通り抜ける時にこの人と奥さんは死にますが、大丈夫、魂を取り込みさえすればまたすぐに生き返らせることができます」
あえてこの術を使うとそれに使われた人間は死ぬが、魂を取り込んでおけばまた生き返らせることが出来ると説明した辺りに、なんとなく咲耶に他人の命を奪うことに対する罪悪感を薄れさせようという意図が感じられたが、今は変に勘ぐっていても仕方がないので頭の端にとどめておくだけにした。
「結界から出られれば、後は簡単ね」
咲耶が不敵な笑みを浮かべると同時に、俺の頭の中にこの後の咲耶の予定が流れ込んできた。
別に予定といっても、なんの捻りも無くただ結界の外に出た後どうやって卜部さん達を取り込むかという方策だけだったのだが。
そしてその考えを受け取ったのは佐倉と要も同じだったらしく、まあそうなりますよね。そんな簡単にいくものだろうかと呟いている。
俺が別にコレでも押し切れるとは思うし、ダメならその都度対応すれば良いだろうと言えば、咲耶もそれに満足そうに頷いた。
実際、ここまで念入りに咲耶を結界の中に閉じ込めようとしているということは、それだけ咲耶に外に出られるのを恐れているということだ。
それに咲耶が取り込んだ姫巫女の人数はわからないが、それでも咲耶の力が急激に強くなっている事は側にいれば咲耶の纏っている気ですぐに解る。
普通にやり合えば、今の咲耶なら単純に力で押し切る事も出来るのではないかと思える。
「ところで咲耶。ひとつ提案があるんだが、佐倉と要には一度引っ込んでもらった方が良いんじゃないか?」
「何でよ?」
「この作戦のこと考えたら、頭数を減らして少しでも向こうに自分達の方が優勢だと思わせた方が都合が良いんじゃないか?」
俺がそう提案すれば、咲耶はそれもそうね。と頷いた。
佐倉と要はその決定に不服そうではあったが、最終的には二人とも咲耶の決定に従うことになった。
名前も知らない術者夫婦を生贄にして開いた結界からの出口を俺と咲耶が抜けると、俺達を確認するなり臨戦態勢に入っている卜部さん達が目の前にいた。
「あら、悠人君がいないわね」
その場に倒れた結界からの出口になった女の人の魂を回収しながら咲耶が辺りを見回す。
「それにしても、せっかく作戦も成功して戻ってきたというのに、随分と恐い顔ね」
わざとらしく小首を傾げながら咲耶は卜部さんの方へ歩いていく。
「さっき私が結界に引きずり込んだ三人もこの人も、魂は回収したからいつでも生き返らせることができるし心配は要らないわよ?」
卜部さんの周囲に緊張が走ったのが解った。
「君は、誰なのかな?」
卜部さんが引きつった笑みを浮かべながら咲耶に尋ねる。
「私は私よ。鈴木咲耶。他の誰でも無いわ」
対して咲耶は笑いもせず真っ直ぐに卜部さんを見つめ返す。
「それを証明できるかい?」
「そうね、それならここにいる全員を私が取り込んで皆私と魂を共有すれば私が何者であるかすぐに解ると思うのだけど、どうかしら?」
卜部さんの問いに、咲耶はニッコリと笑う。
「それはあまりに乱暴じゃないかな」
すぐさま卜部さんが咲耶の提案を一蹴する。
「そうかもしれないけれど、他に方法が思いつかないんだもの。何か代案があれば聞くわ」
別段機嫌を損ねた様子も無く、卜部さんの顔を覗きこむように上半身を倒しながら咲耶は卜部さんを見上げた。
「じゃあこういうのはどうかな。君が本物の咲耶ちゃんかどうかは悠人君に決めてもらう。
ただそれまでの間は他の姫巫女が咲耶ちゃんの体を乗っ取って操っている可能性もあるから一度結界の中に戻ってもらって、咲耶ちゃん本人だと判明すればすぐにこちらから結界を解いて君を開放するよ」
「嫌よ」
今度は咲耶が卜部さんの提案を一蹴した。
「そう言って私を結界の中に閉じ込める気でしょう?今だって私がこうして自力で出てこなければ、私を外に出す気なんて無かったくせに」
雑談をするような軽さで咲耶は笑うが、その目は笑っていなかった。
「困ったな、事態をちゃんと把握するまでは下手な手は打てないと慎重に慎重を重ねたのだけど、どうやらすっかり誤解されてしまったらしい。
まだ咲耶ちゃんにはこの結界の中に入っていてもらわないと困る。しかしこの様子だとこちらの説明も聞き入れてくれそうに無い。
大変不本意ではあるが、ここは力ずくでも結界の中に戻ってもらわなくてはならないな」
そんな卜部さんの言葉に、
「わぁ~、とっても白々しい言い訳をありがとう」
と嘲る様に咲耶が茶々を入れた。
「まあ外に出たら全員取り込むつもりだったし、どうせ人払いとかはしてあるのでしょうし、話は一回死んでもらってから聞くわ」
笑みをたたえながらも確かな狂気をはらんで爛々と輝く咲耶のその瞳目に、俺は見覚えがあった。
この目は、禊の儀を行う途中で突如咲耶の身体を乗っ取り、その日籠目教本部の敷地内にいた人間全員を手にかけた千と同じ目だった。
炎は一瞬で広がり、瞬く間にその場にいた俺達以外の人間を焼き尽くしたかに見えた。
しかし、それは卜部さん達の即席で作ったと思われる結界に簡単に阻まれてしまった。
「少し、結界の使い方について教えてあげよう」
卜部さんがそう話した直後、咲耶の左脚だけを覆うように立方体の形の結界らしき物が現れたかと思うと、それは一瞬にして消えてしまった。
同時に倒れそうになる咲耶を俺が支える。
「痛くはないだろう。左脚だけ別の次元に送ったんだ。
だけど違う次元に存在しているだけで、君の脚はちゃんと存在しているし確認できないだけで繋がっている。
だから、再生なんて出来ない」
言い聞かせるように卜部さんが話す。
直後、俺が卜部さんに向かって雷を落としてみるも、当たり前の様に結界で弾かれてしまった。
「両の手足と胴体を一つ一つ別の次元に送れば君は完全に身動きが取れなくなる。
大丈夫さ、結界の中に入った後は全部戻してあげるから」
卜部さんがそう話している間にも咲耶の身体はどんどん別の次元へと飛ばされていく。
回避できるかと飛び回ってもみたが、そこまで広く飛び回れないように辺りを結界で覆われて逃げることもままならない状態で複数の術者により同時に複数の箇所で触れると身体の一部を別の次元への転移されてしまうらしい立方体方の結界があちこちで展開されているのだから、まともに回避できようはずも無い。
まあ、お陰で向こうはすっかりこちらに気を取られてくれている様だ。
俺の身体が半分になり、咲耶が左脚に加えて右膝から下と右腕を無くした所で、卜部さん側の攻勢は止んだ。
というよりも、それどころではなくなった。
卜部さんのすぐ後ろに立っていた女の人が、突然チェーンソーを手に奇声を発しながら暴れまわる。
彼女は結界の中に引きずり込まれた女の人の幼なじみで、小さい頃から苦楽を共にした親友だった。
なぜ彼女がこんな事態になぜ陥っているのかといえば、俺達を攻撃するのに夢中になって精神的な防御がおろそかになっている隙に咲耶が取り込んだ女の人を通じて精神干渉し、自分が誰でなぜここにいて何をしているのかという記憶そのものを書き換え、この場で周囲の人間を殺すには十分な程のトラウマと強迫観念を植えつけたからだ。
もちろんチェーンソーは咲耶が物質化したものである。
そしてやはり鬼灯の人間というのは、大体決まった血統ごとで固まって社会生活や婚姻等を行うことが多いらしく、始めにチェーンソーを持って精神暴れた女の人以外にも、結界に引きずり込んだ三人を通じてその場にいるほぼ全員に深く精神干渉できると咲耶は笑った。
しかし、あまり大人数の記憶を書き換えてしまうと後々周囲の人間の記憶も使った修復が困難になってしまうので、咲耶は適当に数人に精神干渉をして武器を与え、身体能力を強化するだけにした様だ。
しかしそれでも被害は甚大だった。
明らかに犯人は咲耶だと解っていて、こちらに攻撃しなければならないのに、咲耶からの精神干渉のせいで全くこちらに攻撃出来ずにいる。
更に仲間であるはずの身内が突然映画に出てくるようなライフルを乱射したり爆弾を投げたりし始めるのだ。
結局十分と経たないうちに、リーダー格である卜部さん本人を除いて卜部さん側の陣営は全滅した。
卜部さん以外の魂を全て回収した所で、その魂の記憶を元に別の次元に飛ばされた俺達の手足を修復し、咲耶は卜部さんの前に降り立った。
「ところで、悠人君はどこへ行ったのかしら?さっきから姿が見えないのだけど」
ニッコリと笑いながら咲耶は卜部さんを見上げる。
「・・・・・・」
直後、咲耶の頭部を丸ごと覆う立方体の結界が現れたが、現れると同時に解除され、代わりに咲耶の手の中に先程結界の中に引きずり込んだ女の人の生首が現れた。
「この人、貴方の妹さんなのね。随分兄妹仲も良いみたい。
ところで私はちょっとしたストレス解消にこの人の記憶を丸ごと書き換えて、さっきの人達みたいにすることも、死ぬより辛い苦痛を永遠に味あわせることも可能なのだけど、貴方がそんなにいじわるだと何か憂さ晴らしをしないとやってられないわ」
女の人の生首を顔を卜部さんに見えるように向けて頭を撫でながら咲耶は言った。
その目には見覚えのある狂気の色が宿っていた。
「とりあえず、今貴方を覆っている結界を解除して」
咲耶のその言葉には有無を言わせない迫力があった。
「欲しい情報は全部貴方の魂に聞くわ」
卜部さんは自身を守る結界を解除すると同時に身体を燃やされ、咲耶に魂を取り込まれた。
「やられたわ。卜部さん達は、時間稼ぎの捨て駒だったみたい」
卜部さんの魂を取り込むなり咲耶は顔をしかめた。
咲耶が卜部さん達の魂から得た情報をまとめると、どうやら相手側の目的は二つあり、一つは姫巫女の魂を統合して暁津比売の力を持つ自分達に忠実な使い魔を作ること、もう一つは柿芝を上手いこと周りから引き離して連れ去ることだったそうだ。
「今までも鬼灯内で何とか悠人君を自分達の側に引き入れようとしてたみたいだけど、邦治さんがずっと目を光らせてて上手くいかなかったみたい。
鬼灯も一枚岩じゃないというか、恵瑠ちゃんの言う様に紅鏡みたいに鬼灯にも何かしらの勢力が巣食っているのかしらね」
ポツリと咲耶は呟く。
ここに佐倉がいたら間違いなくそうだそうに違いないと肯定するだろうが、それではそのまま咲耶が佐倉に良い様に誘導されかねないので、結界を出る時に一旦佐倉には退場してもらった。
同じ理由で要にも。
「咲耶は、これからどうしたい?」
そう尋ねれば、そんなことは決まっていると咲耶は即答した。
「悠人君を助けに行って、ついでにそこに居る全員の魂を取り込むわ。
私の周りで好き勝手されると目障りだもの」
満面の笑みで咲耶が答えるが、どうも俺は咲耶のその様子に違和感を感じた。
「咲耶、大丈夫か?さっきから少し様子が変だぞ」
しかし咲耶は不思議そうな顔をして首を傾げた。
「そうかしら?むしろ今はとっても気分が良いのだけれど」
そういいながら咲耶は俺に抱きつきながらぐりぐりと額を押し当ててきた。
また見覚えのある、しかし明らかに咲耶の物ではない仕草を目の当たりにして、ようやく俺は気付く。
咲耶に他の姫巫女達の癖や性格が出ている。
まるで自分と他の姫巫女を統合する様に。
だが、明らかにコレは意識してやっているというより無意識に勝手に出ている物だ。
冷や水を頭からかけられた様な気分になったが、同時に咲耶が姫巫女達の魂を統合して暁津比売になると言うのはそういうことを指していて、俺は最初からそれを望んでいたはずだと自分に言い聞かせ、咲耶の指示に従い柿芝が連れ去られたらしい、鬼灯に所属する人間達しかいないらしい山奥の村を目指すことにした。
村へ向かう途中、緊迫した状況にもかかわらず俺の背で無邪気に鼻歌を歌う咲耶に、やはりどうしても違和感は拭いきれなかった。
次回更新予定は8/22です。




