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にせ∞かみ  作者: 和久井 透夏
座天使暴走編
63/71

#60 だが断る

「何を言っているの、鞠亜」

突然の鞠亜の申し出に咲耶もかなり困惑しているようだった。


「咲耶ちゃんは私の存在を消し去って、私が雛月ちゃんを取り込んで雛月ちゃんの代わりをすれば良いんだよ。

そうしたら咲耶ちゃんの嫌いな私は消えるし、私はずっと大好きな咲耶ちゃんの側にいられるでしょう?

それでも私が側にいるのが嫌だと言うのなら、その感情ごと私に流してくれたら良いよ」

ニコニコと満面の笑みを浮かべながら鞠亜が笑う。


咲耶は「あ」だの「う」だのと何かを言いかけては言葉にならず、また何かを言おうとして言葉につまる。

という状態でかなり混乱していた様だが、かまわず鞠亜は話を続ける。

「咲耶ちゃん、まずは落ち着こう?とりあえず一時的に私に整理できない感情を全部流してくれたら良いよ」


咲耶の手を取りながらニッコリと鞠亜が微笑む。

「頷いて、許可してくれるだけで良いから。後は全部こっちでやるから。

それで落ち着いてまた考えたら良いんだよ」

優しく語りかける鞠亜に、すぐに俺は疑問を持った。


まるでなにをどうすれば雛月の替わりになれるのか全て解っているかのような言い方だ。

祟られ体質のことで苦労してきた鞠亜だが、その辺の呪術関係に関しては親父達が禁じていたこともあってほとんど解らないはずだ。

魂の片割れである佐倉はその辺に関してはエキスパートの様だが・・・・。


まずい。


やっと事態を把握した俺が声を上げたのは、咲耶がよく解らないという顔をしながらも鞠亜に釣られて頷いてしまった後だった。

直後咲耶はその場にへたり込んで放心していたたが、しばらくして意識を取り戻し鞠亜を見上げた。

「気分はどう?咲耶ちゃん」


咲耶に目線を合わせる様にしゃがみこんだ鞠亜に、咲耶はふにゃりと間の抜けた笑みを浮かべた。

「えへへ、鞠亜好き~」

先程とは打って変わって急に鞠亜に対してかなり好意的になった咲耶の態度は、鞠亜から精神干渉を受けた結果なのだろうが、雛月が暴走する前より鞠亜に好意を抱いているように思えた。


そもそも、雛月は元々咲耶の一部だが、そこに鞠亜という外部からの影響が加われば完全に別物になってしまうだろう。

完全に咲耶とは違う、別の人間が咲耶の精神を掌握し、支配する事になる。

要するに鞠亜が、というか恐らく実際は鞠亜の片割れの佐倉が咲耶を支配することになるだろう。


とりあえず、今すぐすべき事は、

「・・・・文月」

「わかってる」

俺が声をかければ文月も同じことを考えたらしい。


「私も咲耶ちゃん大好き。

そうと決まれば雛月ちゃんの所に戻ろう。恵瑠ちゃん達にも説明しなきゃ」

嬉しそうに鞠亜は咲耶の手を取る鞠亜の足元に魔法陣が浮かび上がったかと思うと、二人の姿は忽然とその場から消えた。


「この次元は物質界よりは多少霊界に近い分呪術は発動させやすいが、それにしても鞠亜はあんなにあっさりと転移の術を使えるような人間だったか?」

呆れたような、皮肉めいたような様子で文月が肩をすくめた。

「そんなわけ無いだろ。間違いなく佐倉の影響だ。どこまで意識を共有しているのかは知らんが」


「しかし、確かに咲耶は雛月がいないと精神面が脆弱すぎるな。咲耶の心の成長を待つにしてもやはりそれまでは雛月が必要か。

いや、それよりも今はいかにして咲耶を鞠亜から取り戻すかだな・・・」

文月が考えるように腕を組む。


「そういえば、なんでそんな精神面が脆弱な咲耶の分身の雛月が咲耶本人も耐えられない様な感情をあんな平気な顔して受け止められるんだ?」

それは、俺の口から意図せずこぼれた疑問だった。


「・・・・・なあ龍太、今ある仮説を立てたのだが」

しばらくの沈黙の後、文月はそう言いながら開きっぱなしになっていたドアから咲耶の部屋に入ると窓を開けた。

同時に、急に文月の思考が俺の頭の中に流れ込んできた。


・・・・・・・・・・これは一体。


「とりあえず雛月と悠人はすぐに恵瑠達に見つからないように適当に深い次元に放り込んだが、早めに回収してやったほうが良いだろう」

急に話題が変わったが、俺は文月の言葉に同意しながら龍の姿となって窓から飛び立つ文月の背に跳び乗った。


窓の外に広がる白い霧を少し進めば、すぐに柿芝と雛月の姿を見つけた。

柿芝は俺達の姿を見るなり、ちゃんと説明してくれるんでしょうね。と呆れたようにため息をついた。




鞠亜が雛月に成り代わろうとしていると判明した時に真っ先にすべき事、それは雛月とその雛月を捕らえている柿芝を速やかにその場にいる佐倉と修司から引き離す事だ。


なんだかんだで柿芝には現在雛月を結界で閉じ込めるだけでなくは昨日から雛月からの精神干渉を防ぐために俺と佐倉と修司三人に結界を施してもらってもいたので、柿芝の能力使用の許容量がどれ程の物なのかはわからないが、現在それなりに消耗しているはずだ。


加えて相手はつい先程まで鞠亜と魂だけでなく肉体まで共有していた佐倉と、言ってしまえばその弟子の様な立ち位置になる修司だ。

修司の情報はほとんど無いのでどう判断して良いかわから無いが、あの佐倉が資質を認めていたということは警戒しておくに越したことは無いだろう。


一通り柿芝に咲耶を迎えにいった後のことを説明すると柿芝は盛大にため息を付いた。

「つまり、現在鞠亜さんが雛月に成り代わって咲耶さんを支配しようと企てていて、佐倉さん達もそれに加担している可能性があると」

「どちらにしろ鞠亜が佐倉達に合流すれば一緒になって咲耶を支配しようとするんだろうな。

俺が佐倉の立場でもそう考える」


でしょうね。と俺の話に相槌を打つと、深刻な顔になった。

「しかも咲耶さんを正気に戻すにしても咲耶さんの精神が酷く乱されると取り込まれた人間にも影響が出るということは、極度に咲耶の精神を乱す行為も危険ということですよね」


「向こう側に佐倉がいるならその辺も察して注意していると思うけどな」

付け足すように俺が話すと柿芝は訝しんだ様子で、僕はもう今回は手を貸しませんよ。と眉を潜めた。


「要は咲耶さんの精神が安定するように努める事は決まっていて、その方法や責任者を誰にするかで揉めてるってことですよね?

別に佐倉さん達にそれを任せても佐倉さん達も魂を取り込まれている以上、下手なことは出来ないでしょうし、それによって変わるのは咲耶さんの眷属の中での勢力図だけですよね。

既に咲耶さんに取り込まれた人間達の魂の安全が保障されているのなら、僕にとっては誰が咲耶さんにとっての腹心になっても構いませんし、それなら僕が手を出す理由もありません」


柿芝の言い分ももっともなので俺もその言葉に頷いた。

「まあそうだろうな。俺達も柿芝があちら側に付かれさえしなければ、それで良い」

今俺達にとって一番困るのは柿芝が鞠亜達側に付いてしまうことなので、柿芝が傍観を決め込んでどちらにも手を出さないと言うのならそれ以上は望まない。

実際昨日から柿芝には働いてもらいっぱなしだったので、顔には出していないが相当に疲労も溜まっている事だろう。


「・・・・さっきから思ってたんですが、どうして結構危機的状況なのにそんなに落ち着いてるんですか?」

俺の返事は柿芝にとっては以外だったらしく、柿芝は一瞬間の抜けた様な顔になったがすぐに気を取り直して俺に尋ねてきた。

返事をしようとした瞬間、隣の文月が口を挟んだ。


「恵瑠が鞠亜の話を聞いてそれに乗った所で、主犯は鞠亜で咲耶と強く結びついてるのも鞠亜だからな。

もし主犯が佐倉なら違ったかも知れないが、相手が鞠亜ならまだやりようはある・・・・・だろう?」


今言おうとした事を全くその通り文月は言い当てた。

まさかとは思っていたが、やはり俺と文月の精神の同一化が進んでいるらしい。

大方咲耶が無意識に俺の中に文月を重ねたり文月に俺を重ねたりした結果だろう。お陰でさっきからお互いの考えていることが手に取る様に解る。


元々思っていたことが先程咲耶の前で言い争っていた辺りで表面化したのだろう。

なにしろ今はそんな事あるごとに力があちこちで暴発しそうになってもその思いつきや思い込みを忘却させてしまいこんでくれる雛月がいないのだから。


考えてみれば咲耶は基本的に自分の力をコントロールできていたし、本人が意図しない形で決定的な力を発揮したのも部屋全体に雛月や他の物との繋がりを絶つ結界を施された部屋で厘さん達の実験を行った時だけだった。


いわば雛月は今まで咲耶の精神の平衡を保ち、負の感情だけでなくちょっとした雑念も咲耶から取り上げる事により日常的な咲耶の力の暴発も抑えてきていたのだろう。

咲耶だけでなく雛月にもその自覚は無い様だが。


そして今の状況から考えると咲耶から自分にとって都合の悪い感情や考えを根こそぎ奪い取って満足している鞠亜はこの咲耶の力の暴発について気付いていないのだろう。

放っておけばその内佐倉が気付いて何らかの対策を練るかも知れないが、佐倉は既に俺と文月の存在を一部混同して認識している節があるので今すぐこの事態に気付く可能性は低いだろう。


「特に説明する理由も無いから放置しておいただけだが、お陰で何とかなりそうだ」

と頭に浮かんだが、それを思ったのは俺なのか文月なのか。

柿芝はそんな俺たちを見て不思議そうな顔をし、雛月はそれより早くこの結界を解けと催促してきた。




咲耶の気配を辿って霧の中をしばらく進んで行くと、目の前に建物が現れた。

それにはどれも見覚えがあって、いつの間にか俺達が通いなれた学校への通学路であることに気付く。

どうやら結界で作られた別次元の世界に俺達が住んでる町をそのまま再現している様だ。


路肩の掲示板やガードレールまでどれも記憶にあるそのまま再現されていてもし今文月に連れられてここに来るまでの記憶を消されたら、そのままここが俺が昔から住んでいる町だと錯覚してしまいそうだ。

先を歩く文月の後を柿芝と雛月と三人で歩きながら思った。


先程と比べれば多少霧は晴れたが、まだうっすらと靄のかかった状態の町を更に進むと少しして二つの人影が見えた。

佐倉と修司だった。


「作戦会議は済みましたか?」

にこやかに佐倉が言い放つ。


まあな。と俺が答えれば、修司が

「恵瑠ちゃん、和解するんじゃなかったの?なんでいきなりケンカ腰なのさ」

と口を挟んだ。


「え、別にそんなケンカ腰なつもりは無いわよ?」

不思議そうな顔で佐倉が修司を見れば、修司は苦笑いをしながら

「うん、じゃあもう少し対話路線で話してくれるかな。

言い方って大事だと思うんだ」

と佐倉を窘めた。


対して佐倉も修司がそこまで言うのならと引き下がる。

恐らく佐倉としては一応対話という体は取るが、別に事を荒立てても構わないと思っているのだろう。

しかし修司は穏便に話し合いのみで解決したい様だ。


「ゴメンね、恵瑠ちゃんも悪気があるわけじゃないんだ」

と修司は頭を下げたが、はたしてコイツは今のこの状況をどの程度理解しているのだろうか。


俺達の魂は咲耶に取り込まれ完全にその管理下にある。

そして咲耶は管理下にある魂に様々な力を付与できたり逆に取り上げたり出来る、つまり咲耶のの管理下の魂間での力の優劣は完全に咲耶のさじ加減で決まるのだ。


現在鞠亜はその咲耶の精神を支える雛月に、平たく言えば取って代わろうとしているのだ。

その場合、鞠亜は立場上は魂を咲耶の支配下に置かれた一人に過ぎないが、実際にはその咲耶を思うように誘導できるようになる。

その気になれば咲耶の負い切れなかった感情を全て咲耶に流し、完全に咲耶に心を閉ざすように促し、丸ごと鈴木咲耶という存在を乗っ取ることだってできるはずだ。


そうなれば大元の鈴木咲耶という存在は鞠亜だけの物となり、それは結果的には元の咲耶の人格の消滅を表す。

しかも鞠亜と佐倉が同一の魂を持っているということは、イコール佐倉が咲耶に丸ごと取って代わることとなり、そんなチャンスにあの佐倉が気付かないはずも無く、また見逃すはずも無かった。


今、俺達の前佐倉と修司がに立ちはだかっているのも雛月の奪取とその雛月を取り込んだ佐倉が鞠亜の元へ向かうまでの足止めというところだろうか。

ということは、ある程度のお膳立ては必要なのだろうが、佐倉は修司に単独で俺達を足止めしておくだけの力がある認めていることになる。

それが単純に戦闘力なのか、動きを止めたり拘束したりする類の物なのかはわからないが。


「悪気がないのはいいが、今この状況で何を話し合えって言うんだ?

それともわかりやすく拳で語り合えとかそういうことなのか?」

俺が挑発するように言えば、佐倉もやっぱりそれが一番早いですよね!と満面の笑みを浮かべた。

やはり佐倉的には早々に戦闘に持ち込んでとっとと雛月を奪取したいらしかった。


「そうか、それはよかった」

そう文月がニヤリと笑った瞬間、文月、佐倉、修司の三人の姿は忽然と消えた。


「・・・じゃあ、行くか」

後ろにいた柿芝と雛月に声をかけると、二人は狐につままれた様な顔をしてこっちを見ていた。

「一体何をしたんですか」

「そうだよ!何やったの!?」

柿芝と雛月が驚いて聞いてくるので俺は歩きながら二人に説明する事にした。


単純に、文月が俺の住む町の記憶を頼りにこの町とは別にこことそっくりの町をこことはまた別の次元に作り、佐倉と修司をそこに引きずり込んだだけだ。

もっとも、引きずり込まれた先の世界でも俺達そっくりに化けた文月の眷属たちがいるので、俺と文月の気配の違いも気付いていなかった佐倉達は気づいていないだろう。


普通に考えれば現在鞠亜とも魂をいつでもシンクロさせて完全体になれる佐倉に文月が単体で挑んでもまず勝ち目は無いが、そもそもこちらは最初から佐倉に勝とうなんて考えていない。

俺が咲耶の元に行って鞠亜を何とかするまで佐倉を鞠亜から引き離して足止めしてくれさえすればそれで良いのだ。


どうやら文月はそういうことに関してはかなりの得意分野らしく、恐らくその老猾さを存分に発揮して、はったりをかましたり精神攻撃をしたりしながら佐倉達を十二分に引き付けてくれる事だろう。


咲耶に取り込まれる前、限られた力でどうやって社を取り壊そうとする関係者をいかに精神的に追い詰め、震え上がらせ、最終的に自滅するよう仕向けることに腐心してきた成果でもあるのだろうが。


「うわぁ・・・・・」

俺が話し終わると柿芝が若干引いていた。

咲耶からは文月のことは拾った蛇神としか聞かされていなかったらしい。

雛月はなんだかよくわからないけど文月はすごいらしいというかなりアバウトな感想を述べていたが、多分本当にそれ位にしか思っていないのだろう。


そうこうしている内に咲耶の気配の元へとたどり着いたが、そこは先程と同じ咲耶の家だった。

・・・・・・すごく、デジャヴを感じる。

さっきとの違いは今度は家だけ出なく庭も町も、隣に鞠亜の家もあるということだろうか。


結局、自分の家が一番落ち着くということなのだろう。

「柿芝、俺この後お前に結界張れとか言うけど、実際には何もしなくていいから。

適当にフリだけやってくれないか」

家に入る前、俺は雛月に気付かれないように柿芝に耳打ちした。


「それはいいですけど、本当にフリだけで良いんですか?

この家位ならまだ結界を張る余裕もありますけど」

「いや、フリだけでいいんだ。それで十分だし、今はむしろ咲耶の物でない力が加わる方が良くない」


柿芝は不思議そうな顔をしながらも了承してくれた。

その後俺はまた前回と同じ様に鍵を開けて家の中に入ると、柿芝と雛月を引き連れて咲耶の部屋の前までやってきた。


「咲耶、入ってもいいか」

ノックをした後声をかければ、ドアは内側から開いた。

「あら龍太じゃない。それに柿芝君もいらっしゃい。

雛月も丁度良い所に来たわ、いま呼ぼうと思ってた所なの」


まるで、いつもの調子の咲耶が俺達を出迎えた。

俺達を部屋に迎え入れるなり咲耶は隣にいる鞠亜の肩に手を置いた。

「これから鞠亜に雛月の魂を移植しようと思うの。

今の状態だと色々不安だけど、鞠亜が何とかしてくれるって言うし、鞠亜なら信頼できるわ」


鞠亜にくっつきながら嬉しそうに咲耶が話す。

「・・・そうか、良いんじゃないか。

でもそれなら雛月を鞠亜に移植する前に一応この部屋に結界を張った方が良いよな。

邪魔が入るかも知れないし」


邪魔?と咲耶が聞き返すので、鬼灯や籠目教の人間が、雛月の不完全な精神干渉にずっと気付かない訳ないだろ?と咲耶に言えば、咲耶は急に大人しくなった。

中村さんや輝美さん、親父等籠目教の一部の人間は記憶の矛盾に気付いていた様だが、鬼灯の方は正直よく解らない。


そして鬼灯も籠目教も今この状況を完全に把握して監視しているとも思えなかったが、それでは都合が悪いので可能性がある、程度に含みを持たせて咲耶に伝えた。

案の定咲耶は苦い顔をしたので、結界を張るにしても咲耶の魂を取り込んだ人間なら自分達と咲耶との繋がりを利用して方策を練ってくるかもしれないので、ここは咲耶に魂を取り込まれていない柿芝に結界を張ってもらうのが良いだろうと提案した。


柿芝に出来るだけ強固な奴を頼むと言って、結界を張るフリだけしてもらうと同時に、部屋の中空気が閉じ込められたような、圧迫感のあるものに変わった。

コレで咲耶の思い込みによって咲耶の手による、咲耶自身では解除できない、佐倉にも破れない強固な結界が出来上がった。


ここまで来れば後一息だ。


「後は雛月を鞠亜が取り込むだけだけど、まさか今の雛月をそのまま取り込ませるつもりじゃないよな?」

俺が咲耶にそう問えば、咲耶はきょとんとした顔で首を傾げた。

「それじゃダメなの?」


「それじゃあ結局鞠亜の中に雛月が存在することになって今までと何もかわんねーよ。

全部鞠亜に任せるって言うなら、一回雛月の存在を完全に消して鞠亜に取り込ませないと意味がないだろう?」


大きくため息をついてなるべく呆れた様子で言えば、咲耶も

「・・・・・それも、そうね」

と納得した様だ。


「ところで鞠亜、雛月の魂を取り込んで受け止めるってことは、今まで咲耶が取り込んできた人間全員分の心の闇を背負う事になるんだが、大丈夫か?」

続けて鞠亜にも問いかける。

「もちろんだよ!私は最初からそのつもりで咲耶ちゃんに提案したんだから」

こっちは即答だった。


「ちょっと!何勝手に皆で話し進めてるのよ!それってつまり私に死ねって言ってるじゃない!」

雛月が興奮した様子で俺に詰め寄ったが、元々咲耶の中で拒絶されて生まれた雛月が、今度はそれを全て受け入れてくれる鞠亜の一部になるのだから、むしろコレは喜ばしいことなんじゃないか?と話せば、雛月はしばらく沈黙した後、

「咲耶のこと、これから守ってくれる?」

と鞠亜に尋ねた。


当たり前だよ!とこれまた鞠亜が即答すると、雛月はそっか、とだけ言って寂しそうに笑った。

全員が納得した所で、俺も雛月と別れるのは悲しいのでせめて最後は俺に雛月を消させてくれないかと申し出ると、雛月は静かに頷いた。


咲耶と雛月もしんみりした様子で頷いてくれたので俺はいつか咲耶の身体を乗っ取った千がやった様に念動力の力を加える範囲を紙の様に薄くして、しかしそれ以上に強い力をかけて雛月を切り裂いた。


同時に雛月の気配が薄れていくのがわかった。

本来、咲耶の魂の一部であり肉体を持たない雛月は物理攻撃をした所で死にはしないし消えない。

第一切り裂くこと自体できないんじゃないだろうか。

しかしそれがなぜ今出来たのかと言えば、一重にこの雰囲気に咲耶が飲まれて俺が雛月に攻撃を加えれば雛月は死ぬと思い込んだからだろう。


「なあ柿芝、もう雛月を包んでた結界を解いてやってくれ。

このままじゃ鞠亜も取り込めないからな」

俺が柿芝にそう話して柿芝が結界の解除を行った直後、部屋の中に耳をつんざく様な悲鳴が響いた。


どうやら無事成功したらしい。


悲鳴の主の鞠亜は狂った様に壁に頭を打ちつけたり体中を掻き毟ったりしてのた打ち回っていた。

一方咲耶は突然のことにしばらく何が起こったのかわからない様だったがすぐに鞠亜を念動力で壁に押さえつけると、そのまま一気に肺と首を圧迫した。


やがて鞠亜が意識を失うと咲耶は

「鞠亜に何をしたの!?」

と鬼の形相で俺に詰め寄った。


俺は素直に答える。

「別に俺は何もしてないよ。ただ、咲耶と鞠亜の望んだ事がそのまま実現できるようにアドバイスしただけだ」

「私がこんな事望むはずないじゃない!」

しかし咲耶はそんな訳がないと噛み付いてきた。


ので、一から説明してやることにした。

「雛月を取り込めば、嫌でも咲耶だけでなく今まで咲耶が取り込んできた人間の心の闇を全て受け止めることになる。

例えば現代においては毒でしかない千の倫理観に触れたときの咲耶のストレスとか、深冬さんのトラウマの臭いしかしない過去とか、鞠亜に寄ってきた悪霊が悪霊になるまで募らせた憎悪とか、今までは全部雛月に押し付けてただろう?

だがおびただしい量のそんな感情をまとめて正面から受け止めようとしたら普通発狂するだろう」


「そんな、でも雛月はなんともなかったのに・・・・」

俺の服を掴んだまま愕然とした様子で咲耶が呟いた。

「多分雛月は最初からそんな感情が渦巻いている中で生まれて、それがあることが当たり前だったからな。

言ってみればその感情の意味すら理解しないままただそこにある物としか認識していなかったんだろう」


どういうことなのかと呆然とした様子で咲耶が先を促すので俺も文月の仮説を述べていく。

「要するに雛月は自分に押し付けられたどんな感情も、ただの雑音程度にしか感じていなかったんだ。

だからこそ自分の感情との差別化も出来たけど、自分以外の感情はすべてただのエネルギー位にしか考えてなかったんだよ。

結果遊びでとんでもない呪い人形を作り出してしまったりする訳だ」


咲耶は声も出ない様子で静かに俺の話を聞いていた。

「だけど鞠亜は雛月とは違う。雛月の中に溜め込まれた感情の意味もそこに込められた思いも理解できる。

だからこそああなったんだ。

咲耶だってその感情の意味が理解できるからこそ自分では扱いきれなくて雛月に押し付けたんだろう?」


俺が言い終わる頃には咲耶はヘナヘナとその場に座りこんでしまった。

さっきまで鞠亜にその辺の思考能力を奪われていたのかもかも知れないが、雛月も消え、鞠亜の意識が落ちてしまった今、新たに上がってきた疑問を咲耶から取り上げる存在はいない。


「咲耶、まずはちゃんと自分で考えよう。それで今すぐは無理でも少しずつその感情も自分で受け止めていこう。

雛月も今は咲耶にとって必要だって事はわかった。

だけどずっとこのままだと雛月は根本的に物の捕らえ方が違うからまたトラブルになる。

でも、だからといって他の人間にその役目をやらせちゃダメなんだってことも解っただろ」


座り込む咲耶の背をさすりながら語りかける。

咲耶はそれからしばらく肩を震わせ声をあげて泣いた。

しばらくしてそれが収まった時、咲耶はおもむろに立ち上がると鞠亜の元へ向かい、鞠亜の魂から再び雛月を作り出した。


しかし新しく出来上がった咲耶そっくりの雛月の目は虚ろで座り込んだまま空を見つめていた。

そして俺は同時に、その場にある咲耶の気配がどんどん薄れてきていることに気付いた。

「何をやってるんだ咲耶」


尋ねると微かに咲耶が笑い声を漏らした。

「最初からこうすれば良かったのよ。

雛月ならどんな感情も受け止められると言うのなら、私が雛月になっていしまえば良かったのよ。

私なんてもう要らなかったのよ」


その咲耶の言葉に不穏な気配を感じて何を言っているんだと俺は尚も問い詰めたが、咲耶は静かに首を横に振った。

「雛月は価値観が違いすぎて問題を起こしやすいならさ、龍太がそれを止めてよ。

雛月は龍太のこと大好きだから、きっと龍太の言う事なら聞くと思う。

私は、なんかもういいや、もう全部が嫌になっちゃったよ。

コレが私が最後に自分で考えて決めた答えだから」


泣き腫らした赤い目で困った様に咲耶が笑う。

ああ、咲耶が死ぬってこういうことだったのか。

と頭の隅でぼんやりと思う一方で、俺の中に何と表現したらいいのかわからない感情がこみ上げてきた。


「ざっけんな!!!」


気が付くと俺は咲耶の額に思いっきり頭突きをしていた。

力一杯やりすぎてマジで痛い。

咲耶も突然のことに目を白黒させている。

痛みのせいなのかそれ以外の理由なのかはわからないまま、涙目になりながら俺は咲耶に怒鳴る。


「何でそういう結論になるんだよ!

馬鹿なのか!?

確かに自分で考えて決めろと言ったけどそれを何でも俺が無条件で賛成すると思うなよ!!?

大体俺はさっきから今は雛月に感情の一部を任せつつも無理のない範囲で自分の感情を少しずつ処理して成長しろっつってんだろ!!

何年かかってもいいんだよ!

十年でも百年でも千年でも俺もいくらでもそれに付き合ってやるよ!

だから自分の存在を消すとか最初から嫌な事から逃げようとしてんじゃねえよ!

俺も鞠亜もそんなの気にしないって言ってんだろうが!

いいから早く雛月に送った自分の魂戻せ!!

全部丸く収まっても中身が咲耶じゃなきゃ意味ないんだよ!!!」


だんだん自分でも何を言っているのかわからなくなってきたが、それでもまだ気持ちは治まらない。

だがなんとなく言いたいことは伝わったらしく、咲耶の気配がいつものしっかりした物に戻った。

が、耳まで顔を赤くして俯いてしまった。


「・・・・あの、僕なんでここにいるんでしょうか。すごく居た堪れないんですけど」


振り向けばげんなりした顔の柿芝がいた。


次回更新予定は7/11です。

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