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にせ∞かみ  作者: 和久井 透夏
座天使暴走編
61/71

#58 丸投げの代償

「つまり、その鞠亜ちゃんを消したのが雛月ということかい?」

中村さんが確かめるように尋ねる。

俺は無言でそれに頷いた。


「もし仮にそういう事なら、無理に咲耶ちゃんに鞠亜ちゃんのことを思い出させて咲耶ちゃんに対しての脅威を増やすより、少なくとも来年までは鞠亜ちゃんにそのまま消えてもらっていたほうが良いだろうね」

中村さんがそう話せば、隣にいた親父もそれが無難だろうなと中村さんの意見に同意した。


思わしくない話の流れに溜まらず俺は口を挟む。

「待ってください。今回俺達が鞠亜の記憶を思い出せたのも雛月の力が咲耶に制限されていて不完全な物だったからです。

だけど咲耶は今、雛月に記憶を操作されていることに全く気付いていない」

言うなれば今の咲耶は自分が作り出した別の人格に記憶を奪われている状態なのだ。


「もし今の状態の雛月を放置すれば雛月の咲耶への精神干渉がより深くなり、そのうち咲耶が雛月にかけていた制限も外されて俺達の中から完全に鞠亜の記憶を消されてしまうかも知れません。

そうなってからでは手遅れです」

俺がそう言い終われば、親父は確かにこのまま雛月を放置して咲耶ちゃんへの干渉が強まるのは好ましくないだろうと腕を組んで呟いた。


「だけど、鞠亜ちゃんを生き返らせるのと雛月の干渉を妨げるのは別だよ。

雛月のことはこっちでも対策を考えてみるけど、それでも鞠亜ちゃんを生き返らせるのは来年以降の方が良いだろう」

中村さんの言葉に俺は耳を疑った。


雛月だけでコレだけ大規模な記憶の改ざんができるのだから、今の咲耶その気になれば人が一年消えていたという事実だって簡単に書き換えられるだろうとか、問題はどうやって咲耶を説得するかだとか言っている中村さんに、


「なんでそんなに鞠亜を消したがるんですか」


と尋ねれば、

「じゃあ聞くけど、龍太君はその鞠亜ちゃんという子一人と咲耶ちゃんと咲耶ちゃんが魂を取りこんだ人達全員とどちらが大切なんだい?」

と聞き返された。


確かに状況から考えれば鞠亜も雛月同様に咲耶にとっての脅威でしかなく、咲耶の家にアルバムを持って行った直後、家に残してきたアルバムも携帯のアドレスからも存在が完全に消されてしまった今となっては鞠亜の事を中村さんと親父思い出させる術も無かった。

しばらくの問答の末、結局俺は二人を説得する事ができなかった。




「・・・・・・・・という事があの後家に帰ってからあったんだが」


俺が昨日の夜の出来事を説明し終えれば、すぐに佐倉が噛み付いてきた。

「なによそれ!なんでまーちゃんが悪者みたいになってるのよ!

大体龍太の父さんは小さい頃からまーちゃんのこと知ってたんじゃ無いの!?」


俺達の記憶の中から鞠亜が消えていることが発覚した翌日、俺は修司の部屋で修司、佐倉、柿芝と四人で集まってこの問題について話し合っていた。


「やっぱり天野さんの記憶が無いって言うのも大きいんだと思う。

実際龍太のお父さんだって小さい頃から天野さんのことを見てきた訳だけど、今はその記憶もさっぱり無いんじゃその辺の考え方も変わってくるんじゃないかな」

修司も佐倉を宥めてはいたが、釈然としない様子だった。


「というか籠目教の人の予知自体、咲耶さんが一度魂を取り込んだ人間の物ですから十分雛月の力の影響圏内なんじゃないでしょうか。

雛月が咲耶さんに鞠亜さんのことを思い出させたく無いから、そうやって周りを混乱させるような予知を視せた可能性もあると思うんです」

柿芝は籠目教の人間の予知自体に疑問を持っている様だった。


「でも鞠亜の存在を隠したいならむしろその予知を阻害して何も起らないことにした方が都合が良いんじゃないか?籠目教の咲耶への関心もより高まってしまう訳だし、結果雛月への籠目教の監視の目も厳しくなるだろう」

というか、素でその辺の事を雛月が気付いてなかった可能性もある気がする。

昨日、俺達が咲耶に鞠亜の写ったアルバムを見せた直後、咲耶に見せてないアルバムや携帯のアドレスまで、鞠亜に関するあらゆる記録が全て無くなった。

そんなことが出来るのなら、最初からそうしていれば俺達の記憶も戻ら無ずその方が雛月にとっても都合がいいはずだ。


「・・・・雛月って結構抜けてるんじゃないか?」

俺がそう呟くと、柿芝も佐倉も修司も三人とも複雑そうな顔をした。


「まあ、せっかく先輩達の記憶を改ざんしたのに元の記憶が蘇るような物をそのまま放置したり、鞠亜さんのことを覚えている僕をそのままにしていた辺り、否定も出来ませんがその抜けてる存在にあっさり記憶を改ざんされたのも誰だったのか忘れないで下さいね」


柿芝が俺に釘を刺すように言った。

確かにそうなのだが、なんと言うか力の範囲や効力に対して対応がちぐはぐな気がしてならないのだ。

行き当たりばったりというか、力を持っていて使い方もわかるが、それを使う時に何が起こるのかと言う事をあまり考えていない気がする。


思ったことをそのまま行動に移す子供みたいだ。

そしてこの事態を起こしているのが雛月だというのならそれも納得できる。

きっと雛月は元々咲耶のそういう幼い部分を切り離した存在なのだろうから。


「私が思うに、雛月自体の力はそう大した事無いんじゃないかと思うのよ。

私達が簡単に干渉を受けたのは私達と繋がっている咲耶さんのパイプを使って私達に干渉してきたからじゃないかしら。

だから咲耶さんから干渉を受けていない柿芝君の記憶はどうやっても改ざんできなかったし、その柿芝君が私達三人に結界を張ったから私達に干渉できなくなったってことなんでしょう」


佐倉が腕を組んで推測する。

それについては俺もそうなんじゃないかと考えていたので驚きはしなかった。


「正直、雛月がどうやって俺達を出し抜いたかよりも、俺が今聞きたいのは今佐倉が咲耶をどう思っているかなんだ」

俺がそう切り出せば、佐倉が不思議そうに首を傾げた。

「私が佐倉さんをどう思っているか?もちろん好きですよ?」

当然だろうと言わんばかりに佐倉の答えた。


「佐倉は咲耶のことをどういう意味で好きなんだ?」

続けて俺が尋ねれば、佐倉も先程と変わらない調子で答えた。


「どういう意味って、そりゃ側にいたいし、危険な物からは守りたいし、幸せにしたいと思います。

どうしようもなく愛おしいというか、例えばもし私が明日死んだなら迷わず咲耶さんの守護霊になってずっと側で見守りたいって感じですかね」


愛が重い。そしてそれをさも当たり前のように言い放つ。

明らかに咲耶に魂を取り込まれる前の佐倉なら言いそうもない内容だったが、俺は同じ様な答えをしそうな人物をを知っている。

鞠亜だ。昔俺が耕四郎の魂を取り込んでそれに引っ張られて影響された様に、佐倉も自分と魂を一体化した鞠亜に引っ張られている状況なのだろう。


「恵瑠ちゃんはいつから鈴木さんの事をそんな風に思うようになったの?」

ナチュラルに告白された佐倉の愛の重さに俺と柿芝が絶句していると、修司が佐倉にこれまた自然に世間話でもするかの様に佐倉に尋ねた。


「昨日の夕方までは、夏休みに修司お兄ちゃんに干渉している影を辿った時に初めて咲耶さんを見つけて、なぜだか物凄く興味が涌いて、適当な口実を付けてこっちに来て、だんだん咲耶さんを知るうちにどんどん惹かれていったんだと思ってたけど、まーちゃんの記憶が戻ったら、全然そんなことは無くてびっくりしたわ。

でも、咲耶さんのことを思う気持ちが薄れないのはきっと咲耶さんと精神や魂のレベルでも深く結びついているまーちゃんの魂と私の魂が一体化した影響なんだと思う」


咲耶への思いのたけを聞いたときは少し心配にはなったが、思いの外佐倉は冷静だった。

佐倉がこれだけ自分の今の状況を冷静に分析できているのなら、咲耶に鞠亜の記憶を取り戻させるのもまだいくらかやりようはあるかもしれない。

「その鞠亜の魂の記憶を読み取ったりってできるか?」

俺が尋ねれば、昨日記憶が戻ってからとっくにやってますし、記憶は一通り視ましたよとの答えが返ってきた。


なんだ考えることは同じかと思いつつも俺は確認の意味も込めて佐倉に再度尋ねる。

「じゃあその鞠亜の記憶も視て現在魂を共有している佐倉に聞きたいんだが、鞠亜が咲耶に危害を加える可能性はあるか?」

「そんなの、ありえないに決まってるじゃないですか」

間髪入れずに帰ってきた期待通りの答えに、だよな!と応えつつ勝手に口元が釣り上がるのを感じた。


鞠亜が咲耶に危害を加える、まして咲耶を殺そうとするなんてありえない。

もしそんなことがあるとするならばきっと本人達も意図しないような不慮の事故の様な物だろう。

しかしそんな物は鞠亜相手じゃなくても誰でも起り得る事だし、鞠亜じゃなくても起こりそうな物だ。

なら俺達が鞠亜を生き返らせない理由なんて無い。


「ただ、どうして雛月は鞠亜さんの存在を消し去ろうとしていたんでしょうか?」

話がまとまりかけた所で投げかけられた柿芝の疑問に、いくつかの仮説は立てられたがどれもしっくり来る物ではなかった。

しかしそれで俺達がやることが変わる訳でも無いので、その疑問はそのまま放置され、その後特に言及されることはなく終わった。




俺達が鞠亜を生き返らせるために立てた作戦は至ってシンプルだった。

咲耶に鞠亜のことを思い出させる。それだけだ。


咲耶の中に鞠亜の記憶が蘇れば、後は咲耶が肉体を再生させて佐倉から魂を引っ張ってきて肉体に入れればそれで鞠亜は生き返ることができるはずだ。

しかし当然雛月もそんな風に俺達が考えることは解っているはずで、それなりに妨害もしてくるだろう。

だからそれなりにいつかの方法は考えていた。


俺達は昼過ぎ頃、周囲にあまり人のいない土手下のベンチ等が置かれているだけの空き地に咲耶を呼び出した。

昨日車に跳ねられたという達也さんは、咲耶を迎えに行った時に何事も無かったかの様な元気な姿で出迎えてくれた。

昨日のことを聞けば、ちょっと当てられて転んだくらいで大げさだと笑っていたが、達也さんからは確かに咲耶の気配も感じて、昨日咲耶に魂を取り込まれたのだろうという事はわかった。

達也さん本人は全くそれに気付いていないようだったが。


早速昨日の話の続きと鞠亜の名前を出してみたが、今度は咲耶は鞠亜の名前すら聞き取れなくなっていた。

何か言っているのはわかるのに、それがなんなのか全く認識できないらしい。

次に地面に鞠亜の名前を書いてみたが、それも同様に文字というのは解るがそれの読みがど忘れしたように頭から消えてしまって解らなくなると咲耶は言っていた。


流石に咲耶もこの事態の異常性を理解したのか青ざめていたが、俺はやはりこんなことをできるのは雛月しかいないという確信が強まった。

咲耶と鞠亜の幼稚園や小学校の頃の昔話を俺がすれば、どういう訳か咲耶は必ず転寝をし始め、目を覚ますと毎回俺が話していた内容を覚えていなかった。


若干イラッとしたが、それも雛月の仕業とはわかっていたので、目を覚ますたびに謝ってくる咲耶に対しては特に腹は立たなかった。

「咲耶、今雛月を出せるか?」

このままじゃ埒が明かないので雛月を直接を呼び出して結界に閉じ込めた方が早いと思い咲耶に問えば、咲耶はまた困ったような顔をした。


「誰よ雛月って、それも私が知ってないとおかしい人なの?」

どうやら雛月は俺達に自分が犯人であると考えている事を察したらしく、咲耶の中から自分の記憶も消してしまった様だ。

「じゃあ文月は知ってるか?」

と咲耶に問えば、文月なら知っていると咲耶は答え、同時に着物を着た人間の姿の文月が現れた。


俺以外は文月のこの姿を見るのは初めてだったらしく、軽くざわついたが俺が咲耶の使いの文月だと紹介すると、それ以上は追求されなかった。

柿芝は文月はこんな姿にもなれるのかと感心していたようだったが、修司と佐倉は文月の存在自体知らなかった様だ。

昨日咲耶を乗せて飛んでいった龍だと言うと二人はまた驚いていた。

しかし、なぜ今回は人間の状態で出てきたのだろう。


「文月、雛月って解るか?」

俺が文月に問えば、

「ああ、こいつだろう」

と何匹かの蛇に巻き付かれて拘束されている雛月が俺達の目の前に現れた。


・・・・・文月の記憶の改ざんも忘れていたらしい。

雛月もつくづく詰めが甘いと思う。

文月は初対面の時から鞠亜に憑依した雛月のことを警戒して咲耶に警告していたのに。


すかさず柿芝が雛月の周りに結界を張って雛月を閉じ込めた。

それと同時に俺達を守っていた柿芝の結界が解かれた。


「咲耶さん、もう雛月は鞠亜さんのことを思い出そうとしても邪魔は出来ません。

今から僕達で鞠亜さんのことを思い出すので、咲耶さんはその記憶を覗いてみてください。

そして、鞠亜さんのことを思い出したら元通りに生き返らせてあげてください」


柿芝が雛月を結界に閉じ込めながら言った。

「咲耶、天野鞠亜は俺達の幼なじみで、お前の親友だった子だ」

咲耶は俺の言葉に目を見開いた。


「まり、あ・・・・」

しばらく間があって咲耶が呆然とした様子で呟けば、咲耶のすぐ後ろで

「なあに?咲耶ちゃん」

と聞きなれた声がした。


振り向けば、鞠亜がまるで最初からそこに居たかの様に立っていた。

俺達が口々に鞠亜が戻ったことを喜んだが、ふと咲耶の方を見れば、相変わらず青ざめたままだった。

「どうしたんだよ咲耶?」

そう話しかけても咲耶はその場に固まったままだった。


「私、鞠亜に、なんてことを・・・・」

咲耶が泣きそうな顔で何か後悔している様なことを呟いていたが、鞠亜はそんな咲耶を後ろから抱きすくめた。

「そんなことどうだっていいよ。またこうやって咲耶ちゃんと一緒にいられるんだから」

いつもと変わらぬ鞠亜の様子をなんとなく懐かしく思ったが、どうにも咲耶の様子がおかしかった。


「嫌っ!」

咲耶は突然鞠亜を突き飛ばすと、そのまま姿を消してしまった。

同時に、何か体中の力が一気に抜けたような気がしたが、それはすぐに収まった。


鞠亜はと言えばその場に立ち尽くして、よほど今の咲耶の態度がショックだったらしく

「嫌?嫌って・・・・嫌、嫌・・・・?」

と先程の咲耶の言葉を反芻しながらうな垂れていた。


「私との繋がりを切った状態の咲耶にあんなことしたら当たり前じゃない!解ったら早くここから出してよ!」

直後、柿芝の結界に閉じ込めらていた雛月が結界の中から抗議をしてきた。

「・・・・・どういうことだ?」

雛月の言いようが引っかかって聞き返す。


「だから咲耶は基本的に鞠亜のことが嫌いで、そんなのは自分じゃないって否定して生まれたのが私なの!私と繋がってれば普段涌いてくるそんな感情も全部私に流されるけど、今はそれが遮断されてたからああなるのは当たり前なの!」

駄々をこねるように雛月は言ったがその発言に俺達は凍りついた。

今、俺達の認識を根本から崩された気がする。




その後俺達は雛月に質問を重ね、そこから得られた結果をまとめる。

咲耶は小さい頃から俺のことが好きだったが、すぐに俺が鞠亜のことが好きなことにも気付いた。


当然いきなり現れて俺を取った鞠亜のことは気に入らないが、当事俺の家に頻繁に連れられてきていた鞠亜は大人達からも気遣われる対象で、そんな鞠亜を嫌ってへそを曲げても誰も自分の味方になってくれないことは子供ながらに気付いていたらしい。

鞠亜と一緒にいると度々怪奇現象に巻き込まれたりもしたが、その事はあえて我慢して、全く気にしていないし自分は鞠亜のことが好きで一緒にいるということにすれば周りの大人への受けも良かった。


そんなことを続けていたらどういう訳か、俺よりも鞠亜から好かれる様になってしまった。

鞠亜には同情する面もあったし、長く付き合っていれば情も湧いた。


しかし相変わらず俺が鞠亜のことが好きだったのでそれは気に入らなかった。

咲耶は何をやっても華があって周りから加護を受ける鞠亜が妬ましかった。

が、それで鞠亜を嫌ってしまってはますます鞠亜が悲劇のヒロインになり、自分が悪者になってしまうだけだと咲耶は感じた。


だから咲耶は俺のことが好きなのも、それで鞠亜のことを嫌っているのも全ては自分じゃなく、もう一人の自分だということにした。

そういう設定を作った。それが雛月の始まりだった。

咲耶はそれから、怪奇現象に見舞われても俺が鞠亜のことが好きなのだなと感じた時も全てそれは自分じゃなく雛月がそう思っているのだと思うようにした。


やがて日常であった嫌な事や悲しい事も全て雛月が感じていることでそんな目に遭っているのは自分じゃないと思う様になった。

咲耶は余計な感情から開放され鞠亜と素直に仲良くできる様になり、その鞠亜と一緒にいるせいで怪奇現象に遭ったり巻き添えで不審者の被害を受けたりしても本当に全く気にならなくなった。

母親が家に居なくても別に問題は無いと思うようになったし、鞠亜のことが好きな俺をからかう余裕も出来た。


だからこそ小学校の終わり頃、鞠亜に寄ってきた悪霊に殺されかけても精神は全く動じず、直感的に感じた自分が助かる方法を実践し、自分の魂と肉体を結びつけることに成功して神人として覚醒するに至った。

その一件から更に咲耶は自分の手に負えない感情は何でも雛月に押し付ける癖が付いた。


しかし咲耶は成長するにつれ、なぜ自分が雛月を作ったのか、雛月の役割とは何だったのかも忘れてしまった。

なんとなく嫌な予感がしたのか始めは雛月を鞠亜から遠ざけていたが、しばらくするとなんで遠ざけていたのかも忘れて雛月を鞠亜の護衛に付けた。


雛月も始めは鞠亜へ対して良い感情は持っていなかったが、丸一日鞠亜と一緒に過ごすとそんな感情は完全に消えた。

それが鞠亜の祟られ体質の原因でもある魑魅魍魎に対する魅了による物だとはすぐに解ったが、四六時中嫌いな相手にくっついているよりは、好きな相手にくっついている方が楽しいと思ったし、そうやって鞠亜の側にいれば咲耶から流れ込んでくる様々な憎悪や嫌悪からも開放されることが出来た。


そういう意味では雛月は鞠亜に対してもそれなりに感謝していたので雛月からも鞠亜にちょっとしたお返しをする事にした。

それが、鞠亜の心が不安定になりそうな物から鞠亜の興味を奪うことだった。

結果、鞠亜は精神が不安定になるような悪霊の姿は視なくなった。大好きな咲耶が目の前で刺されてもその事態が理解できなかった。いきなり幼なじみの中身が人間じゃなかったと伝えられてもそれは大したことじゃないと思った。

そうやって雛月は今まで咲耶にやってきた様に鞠亜の心の平衡を保たせようとした。


咲耶はそれを見て鞠亜がおかしくなってしまったと焦った様だったが、雛月がいくら説明しても自分のせいだと抱え込もうとするのでその感情もまた雛月は取り込んだ。


禊の儀で咲耶と一体化した辺りから咲耶は自分の気持ちを自覚したようで少しずつ雛月から自分の感情を取り戻していった。

色んな人間や姫巫女の魂が自分の中で流れ込んでくる中で、無意識に自分という個を確立させようとしたためだろう。

俺のことが好きだとその時やっと気付いたし、告白もして受け入れられた。


しかし同時に大勢の生きた人間の魂を取り込んだ罪悪感にも襲われた。

その中で咲耶から新たに雛月に流れてきた感情もあった。

禊の儀で大量に咲耶に取り込まれた魂は、咲耶の中に乱雑に詰め込まれていた。


ところがそれの整理が終らない状態のまま咲耶は更に紅鏡の人間の魂を大量に取り込んだ。

加えてその中に仕込まれた呪いで一時的に自由を奪われたり等、最近の咲耶の魂は安定とは程遠い状態だった。

紅鏡で取り込んだ魂には、まともに受け止めたら精神に異常をきたすような激しい憎悪や恐怖等の負の感情も含まれていた。

そうして咲耶の中で様々な魂の情報が一緒くたにごちゃ混ぜになった。


雛月は咲耶の中のそのごちゃ混ぜの魂を少しずつ整理していった。

その中で見つけた明らかに咲耶では受け止められないだろうという魂や感情は全て雛月が引き受けた。

咲耶は今までずっと雛月にそういった負の感情を押し付けていたせいで咲耶自身はそういった物への耐性はあまり持っていない。

自身が強く抱いた負の感情といえば、幼少期に抱いた鞠亜への強い妬み位だ。


それが問題だった。咲耶は基本的に雛月に自分の負の感情を丸投げするだけで今まで自力でそれを解決することは一切やってこなかった。

つまり依然咲耶は鞠亜のことを根本的には嫌ったままだし、既にファザコンではあるが、表に出ていないだけで同時にマザコンでもある。他にも色々と精神的に幼い部分が成長もせずそのまま雛月の中に丸投げされて保存されているのだ。


今は極めて咲耶の魂が不安定な状態で、表面上は何も無くてもふとした瞬間何が原因でそれが決壊するとも限らない。

だから雛月は咲耶が佐倉の魂をを完全な物にするために鞠亜を蘇らせるのを遅らせた時、このまま魂の整理が完了するまで咲耶の中から天野鞠亜という存在には消えてもらった方が良いかもしれないと考えた。


なぜなら俺への好意を認めた今、咲耶の中にある唯一現在進行形の負の感情は鞠亜への妬みなのだから。

ふとしたきっかけで雛月の中にある、咲耶自身ではどうする事も出来ない様な負の感情がまとめて鞠亜に向かう可能性があるのだ。

そしてもしそんなことになれば、咲耶が鞠亜に何をするかわからないし、その結果、咲耶の咲耶自身へ向けた酷い自己嫌悪を呼び起こして自分の存在を否定し、自らを消滅させようとするきっかけになりかねない。


そしてついさっき俺達が雛月と咲耶の繋がりを遮断した状態で咲耶に鞠亜を生き返らせたせいで咲耶の中の今まで忘れていた感情が蘇って精神がかなり不安定な状態になってしまったらしい。

ただでさえ魂も不安定になっている今この状態で。


「咲耶に何かあったら咲耶だけじゃなくて貴方達も、咲耶が取り込んだ人間全員巻き添えくらうことになるんだからね!解ってるの!?」

憤慨した様子で雛月が声を上げる。




「ところで、さっきの雛月の発言にあるように、咲耶はお前のことを本心では嫌っている。それでもまだ咲耶のことは好きか?」

しかしそんな雛月の言葉を気も留めていない様子で、文月は鞠亜に尋ねた。

対して鞠亜も真っ直ぐ文月を見つめ返す。


「もちろんです!だって、本当は私のこと嫌いだとして、そうまでして私と仲良くしようとしてくれること自体が私はとても嬉しいから。

私はそんな咲耶ちゃんが好きだから、さっきはちょっとショックだったけど、たとえ咲耶ちゃんが私のこと嫌いでもやっぱり私は咲耶ちゃんのことが大好きです」


いや、もっと打算的な理由があったって言ってた気がするんだが。とは突っ込まないことにした。

「だから鞠亜のその無駄に広い心と慈愛に満ちた精神も咲耶にとって負担なのよ!」

と雛月が声を上げた。鞠亜のそんな咲耶のすることを何でも許して受け入れてしまう所が、咲耶にとっては自分が小さい人間の様に感じさせられ、ストレスになっているらしい。


「咲耶がどこに消えたのかは大体見当が付く。今から呼び戻しにいこうと思うのだが、一緒に来るか?雛月を監視する人間は多い方が良いのだが・・・・・」

文月はまたも雛月の抗議を何事も無いようにスルーすると、今から咲耶を迎えに行くので付いてくるかと鞠亜に持ちかけた。

鞠亜には咲耶のためにも是非付いてきて欲しいと文月が付け加える。


「もちろんです!咲耶ちゃんが今悩んでいるのが私への嫉妬だったり罪悪感だったりするなら、咲耶ちゃんがそんな物を感じる必要は全く無いってちゃんと伝えないと」

鞠亜は二つ返事で承諾したが、それじゃあ逆効果なんだってー!と後ろで雛月が叫んでいる。


「俺も付いて行くからな」

意気込む鞠亜を挟んで文月に言えば、

「当然だ」

と返された。


柿芝、修司、佐倉に囲まれた雛月はなおも何かを言っていた様だが、俺はあえて耳を貸さないことにした。

多分雛月が言っていた事も本当のことなのだろう。

だが、雛月が咲耶を今までそうやって守ってきたからといって、これからもそれで良いとは思わない。



これから咲耶はより多くの人間の魂を取り込むことになるだろう。

しかし、いつまでも雛月に負の感情を押し付け続けるわけには行かない。

そんなことを続けていては、その内雛月の持つ負の感情よりが大きくなり、更に咲耶ではそれを受け止められず、結果あらゆる感情に耐性のある雛月と咲耶の関係が逆転することになりかねない。


いくら雛月に力の制限を設けても、今の状態を続ける限り咲耶は雛月に依存した関係からは抜け出せない。

そして精神的に未熟な咲耶では発狂しかねない様な負の感情を雛月はいつでも咲耶に与えることが出来る。

コレばっかりは咲耶が雛月に自分の感情や様々な魂からの情報の処理を雛月に任せっきりにしている以上、咲耶としてもその繋がりを切ることは出来ない。


つまりある程度の負の感情が雛月に集まれば、雛月はいつでも咲耶を殺せる状態になるのだ。

いや、もしかしたらもうなっているのかもしれない。

そしてそれは雛月が意図せずとも何かの拍子に偶発的に起こってしまうかもしれない。


別に今すぐそれを自力で全て受け入れられるようになれとは言わない。

それでも、いつか雛月に雛月の持つ全ての負の感情をぶつけられたとしても、自分を見失わないような強さを付けられるように、咲耶は今からでも少しずつ精神的に成長していくべきだとは思う。


まずは親友に図らずも自分の心の内がばれて気まずくなった状態から一歩踏み出すことから始めるべきだろう。

そう考えると大したこと無いようにも思えてきたが、選択肢を間違えればそれこそ何が起こるか解らないのだから困った物だ。


「咲耶、自分で受け止めなきゃダメなんだ・・・」

思わず俺の口から言葉が零れた。




次回更新予定は6/27です。

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