#3 そんなんでいいのか
咲耶には物心ついた頃からよく振り回されていた。
俺の親父と咲耶の母親は古い知り合いらしく、保育園に入る前から一緒に遊ばされていた。
思えばあの頃から咲耶は俺の事を下僕だとか子分のような扱いをしていたような気がする。
鞠亜と知り合ったのは、小学校へ入る少し前だ。
咲耶と違って控えめで優しい鞠亜にこんな女の子も居るんだと衝撃を受けたのを覚えている。
小学校に上がると可愛くて性格の良い鞠亜はクラスの人気者だった。
咲耶も元々活発なだけが取り柄のような奴だったので、気がつくとガキ大将的な立場になっていた。
その頃から鞠亜は咲耶とべったりだったし、咲耶も相変わらず親分顔して俺に絡んできていた。
遊びに行くときは、俺たち3人はいつも一緒だった。
高学年になって男女でグループが分かれるようになってもそれは余り変わらなかった。
中学に入学した時は結構俺に話しかけてくる奴も多かったが、話しかけてくる男のほとんどは鞠亜目当てだったように思う。やたら鞠亜の事きいてきたし。
鞠亜と咲耶以外女子とは入学以来、事務的なことしか話した記憶がない。
気がつくと俺は新しく友人を作るタイミングを逃していた。
別に特別困ってたわけじゃない。
体育の時間だって別に二人組を作る時に誘って断られる事はないし、いじめられてもいない。
ただ、休み時間馬鹿な話をして盛り上がったり、どこか一緒に遊びに行くような男友達が居なかっただけだ。
修司は転校初日こそ敵かと身構えたが、次の日少し話してみるとゲームや漫画の趣味が合ってすっかり意気投合した。
久しぶりにできた同性の友達は、最近自分の人間関係に閉塞感を感じていた俺の心を軽くした。
* * * * * *
俺の目の前に黒いもやが現れた。
もやはやがて人型になってこちらに歩いてくる。
ヤバイ
ヤバイ ヤバイ ヤバイ ヤバイ
それが何かは解らなかったが、体中が警報を鳴らしている。
逃げたいのに、目をそらしたいのに体がまったく動かない。
「来るな!」と叫びたいのに声がでない。
目をつぶっても開いても同じ光景が見える。
もやはゆっくりと俺近づいてくるとものすごい勢いで俺の首を絞めてきた。
苦しいのと恐ろしいので俺は完全にパニック状態になり、声もでないのに叫び、触れもしないのに腕を振り回し、体制を変えられる訳でもないのに必死で足をばたつかせた。
・・・意識が遠のき、もうだめかもしれないというところで自分の叫び声で目が覚めた。
時計を見ると午前2時を回ったところだった。
体中に嫌な汗をじっとりとかいているのがわかる。
そして首にはさっきまで思いっきり絞められていたような感覚があったが鏡で確認してみると何もなかった。
ここ最近、俺は毎日同じ夢を見る。
といっても毎回内容は微妙に違った。
あるときは殴られ、あるときは蹴られ、またあるときは頭を踏みつけられながら延々と俺の人格や存在を否定する言葉を浴びせられた。
一日一回だけの時もあれば一日に何度も同じ夢を見ることもあった。
共通しているのは相手がいつもあの黒いもやだということ、そして常に俺は逃げることも反撃することもできないままそいつにやられっぱなしということだ。
しかも日に日に感覚がリアルになってきている。
早く何とかしないと、起きたとき本当に俺の体に同じことが起こるようになってしまうかもしれない。
本気でそう思えるほど俺は追い詰められていた。
俺はもう一度寝る気はしなかったので、体を起こして原因を考えててみた。
1、ただ疲れているだけ、もしくは俺自身の俺に対する何らかの不満が高まって見た夢。
2、咲耶に付き合わされた肝試しで実はヤバイ物を拾ってきてしまった。
3、俺を恨む何者かの怨霊もしくは呪い
まあ普通に考えると1なのだがどうも釈然としない。
特に最近は鞠亜との関係が進展しそうな予感もありむしろ俺の頭の中もっとハッピーなはずである。
実際起きているときは夢のことよりもそっちの事の方ばかり考えてしまう。
鞠亜がヒントをくれて以来ここ一週間、意識してしまって反ってあまり話せていないのだが。
・・・夢を見だしたのもそのあたりのような気がする
偶然かもしれないが。
そういえば最初にあの夢を見だしたのは、咲耶に付き合わされて午前二時に学校に行った日の夜だ。
その時、俺の部屋のふすまがすっと開いた。
一瞬ドキッとしたが、そこに居たのは親父だった。
さっきの声を聞きつけて起きてきたらしい。
親父は部屋に入ってくるなり
「最近、学校で変わった事とかないか?」
と言って俺のベッドに腰掛けた。
「例えば、誰かと喧嘩したとか、恨みを買うようなことはしてないかと聞いてるんだ」
親父はそう続けた。
「恨みを買った覚えは無いけど・・・」
そう前置きをして、俺はここ一週間同じ夢に悩まされていること夢の内容を親父に話した。
親父は俺の話を聞き終わった後
「その最初の夢があった日、何があったか思い出せるだけ詳しく話せ」
と俺に言った。
「あー、あの日は確か、転校生がうちのクラスに来たんだよ」
「その転校生はどんな奴だった?」
話し出すといきなり親父が食いついてきた。
「どんなって、すっげーイケメンだったよ。女子も騒いでた。で、鞠亜と仲良くなって、俺と咲耶とも話すようになったんだ。お母さんがアメリカ人みたいで金髪・・・」
そこまで言いかけて親父の顔険しくなっていることに気づいた。
「なんだよ」
恐る恐る聞くと親父は言いづらそうな顔して
「いや、そのお前に憑いてる奴、たぶんそいつだ。そいつの目、青くないか?」
その通りだ。俺は一気に体中の血液が凍りついたような気がした。
「でも、修司は・・・」
そこで俺はやっと思い出した。
おそらく修司は鞠亜が好きだと言うことを。
そして、俺は最近鞠亜の好きな人というのが俺らしいと言うことに気づき、いつ告白しようかと舞い上がっていたということを。
初対面の相手でも心を読んだように相手に合わせて話し、いつのまにかすっかりその場に馴染んでしまうような、気がつくと一週間もしないうちにクラスの中心的な存在になっているような修司が、いつも一緒にいる俺と鞠亜の間の雰囲気に気づかないものだろうか。
ましてや自分が好意を持っている相手の事だ。
たぶん修司は気づいているんじゃないだろうか、俺と鞠亜が両思いらしいということに。
今は付き合ってないが、俺が近々告白しようとしてる事に。
当然表面上は仲良くしていたとしても面白いわけが無い。
・・・つまり修司は俺に嫉妬をしているのだろうか?
「何か気づいたみたいだな、いいか、生霊は基本的に幽霊と違って祓えない。生きてる本体があるからだ。生きてる人間は基本的には死んだ奴なんかよりずっと強いんだ。だから、変にそれを自分でなんとかしようするんじゃないぞ、それよりもその本体である人間と和解する事が大事だ。本人のためにも」
親父は俺にそう語りかけた。
「本人のためにも?」
俺は最後の一言が気になった。
「ああ、生霊を飛ばすと言うのは自分自身を削り取って相手を攻撃しているようなもんだ。だから癖になって続けているとどんどん命が削りとられていくし、あまりに恨みの念が強すぎると削られたほうが本体みたいになってしまってやがて本人も死んでしまう。まあ、一番被害こうむるのは生霊飛ばされたほうなんだけどな」
人を呪わば穴二つ、ということだろうか。しかしこれで夢の正体も解った。
それなら行動を起こすのは早い方が良い。
やっぱり俺の親父はすごい、改めてそう思った。
朝、俺は人知れず気合を入れて学校に向かった。
今日の俺の予定はこうだ。朝、俺は鞠亜をこっそり呼び出し告白する。
OKをもらった後、昼休みに咲耶と修司に報告する。
放課後は4人でどこかに遊びに行って親睦を深めつつ修司と和解。
すべてがそう簡単に上手くいくがどうかは解らないが、これが今俺にできる精一杯の行動だ。
鞠亜にあそこまで言わせてしまったのだから、これ以上鞠亜に恥をかかせるわけにも行かない。
教室に着くと俺は真っ先に咲耶と話している鞠亜の元に向かった。が、
「おはよう天野さん鈴木さん、龍太」
絶妙なタイミングで修司がやって来た。
軽く挨拶を交わし雑談をしながら完全に出鼻をくじかれた俺は中休みこそ告白するぞと自分に言い聞かせた。
これを逃したら後が無い。
今夜安眠するためにもなんとか鞠亜を呼び出さなければ、と俺が悶々と考えているとチャイムが鳴った。
中休みだ。すぐに鞠亜の元へ向かうとそこには修司も居た。
「あ、ちょうどよかった。龍ちゃん、成美君、放課後ちょっといいかな?」
鞠亜から、放課後何かのお誘いがかかった。
「うん?大丈夫だよ」
「大丈夫だけどどうしたんだ?」
俺と修司が疑問を投げかると、
「大事な話があるの」
人差し指を唇の前に持ってきて少し小声で言う鞠亜。かわいい。
しかし鞠亜の大事な話とは何だろう。
そこで俺一人が呼び出されるなら解る。
しかし修司も一緒となると解らない。
まさか修司の前で告白、ということはないだろうし・・・
と思っていると
「じゃあ私着替えに行くから」
と教室を出て行ってしまった。そういえば次は体育だった。
昼休み。
鞠亜は給食を食べ終わると早々に咲耶とどこかに行ってしまった。
咲耶がまた何か企んでなければいいが。
その後二人は昼休みぎりぎりまで帰ってこなかった。
そして放課後。
俺と修司は鞠亜に屋上まで呼び出された。
「今日は二人に大事な話があるの」
鞠亜はずいぶんと深刻そうな顔をしている。
いったいどうしたのだろうか、俺と修司は鞠亜の次の言葉を待った。
「龍ちゃんはもう知ってるでしょ?私の・・・好きな人の話」
まさか・・・
「・・・鞠亜ちゃん好きな人居るの?」
修司は平静を装っているが顔が引きつっている。
「うん。その人はね、小さい頃からずっと私と一緒に居てくれて、私が困ってる時はいつも助けてくれる、鈍感だけどとっても可愛い人なの」
修司が俺のほうを見た。
いつもの涼しい顔からは想像もつかない焦った顔をしていた。
「僕だって!」
修司が鞠亜に告白しようとしていた。
「私は!」
鞠亜が修司の言葉を遮る。
「私は・・・咲耶ちゃんが好きなの!!」
「「・・・・・は?」」
俺と修司の声がハモる。
今のは何かの聞き間違いじゃないのか、いやでも確かに咲耶って・・・俺の知る限りそんな名前の奴は一人しか居ない。
「咲耶ちゃんって鈴木さんの事・・・?」
修司がすべての思考が停止したような顔で尋ねる。俺もたぶん今あんな顔をしている。
え?ていうか、だとしたら何で俺ら呼びだされた?
「今日二人を呼んだのはね、宣戦布告しようと思ったからなの」
鞠亜は真剣な顔で言っているがますます意味がわからない。
しかし鞠亜は続ける。
「二人とも咲耶ちゃんの事が好きなんでしょ」
「「え」」
俺と修司本日二回目のハモりである。
「・・・どうしてそう思うんだ?」
話が超展開過ぎてついていけないが、俺はとりあえず一番の疑問をぶつけてみた。
「見てれば解るよ。龍ちゃんは、いつも休み時間は真っ先に咲耶ちゃんのところに来るよね」
それは鞠亜が咲耶の席に休み時間中いつも居るからであって、鞠亜目当てなのだが。
「それに龍ちゃん、私と咲耶ちゃんの前じゃ態度が違うもの。私とはそうでもないのに咲耶ちゃんにはよくつっかかったり文句言ったりしてるよね。なのにいつも一緒に居て咲耶ちゃんが何かに誘ったら絶対参加するし、咲耶ちゃんがやる事には文句言いつつも必ず協力するじゃない。咲耶ちゃんの気を引こうとしているんでしょ?」
鞠亜は確信に満ちた目で語る。
物は言いようとはこのことか、俺が咲耶の誘いに乗るのは鞠亜もセットで来るからだ。
それに前回の肝試しのような事もあるので鞠亜が心配でというのが主である。
それと咲耶の言ってる事に協力するのは咲耶はどうせ俺が何を言っても聞く耳持たずあれやこれとやりだすので俺が協力しなかったところで鞠亜の負担が増えるだけだと思っているからだ。
というか、俺自身咲耶の中二病にはうんざりしているのでまさかそんな見方をされているとは思わなかった。
そして鞠亜は今度は修司の方を向いて話し出す。
「成美君は、転校初日に咲耶ちゃんと話してから、しょっちゅう咲耶ちゃんに話しかけてるよね。休み時間中もわざわざ咲耶ちゃんの席まで来るし」
だからそれは鞠亜目当てだろう。と俺は内心突っ込む。
「二人とも男の子だし龍ちゃんは私よりも咲耶ちゃんと付き合い長いし、成美君はかっこいいけど、私、二人に負けないくらい咲耶ちゃんのこと好きなの!」
・・・あれ?そういえば何か忘れているような
「・・・もしかして、昼休み鈴木さんと居なくなったのは・・・」
修司が言い出してやっと気づいた。まさか・・・
「うん。咲耶ちゃんに告白してきたの」
「「!!!」」
もはや言葉にならない。
鞠亜ってここまで行動力があったっけ・・・?
「そしたらね、またいつもみたいにじゃれてると思われちゃって、がんばって伝えようとしてるうちに昼休み終わっちゃったの」
咲耶、それはいくら同性とはいえ鈍すぎだろ・・・しかしと言う事はまだ二人は付き合っていないと言う事になる。
・・・今だけは咲耶の鈍感さに感謝した。
「本当はね、咲耶ちゃんにちゃんと思いが伝わって、そしたらたぶん咲耶ちゃんは優しいから自分にその気が無くてもその場でフる様な事はしないだろうから、だから、横から手を出される前に咲耶ちゃんに気のありそうな二人を牽制しておこうかと思ってたの」
鞠亜は困ったように笑いながら言った。
「まさか告白そのものが伝わらないとは思ってなかったんだけど。でもフられてもめげずにアプローチしていくつもりだったから、今はそれでもいいかなって・・・それで、二人には先に宣戦布告しておこうかと思って」
闘志あふれる瞳で俺たちを見つめる鞠亜。
もうどこからつっこんでいいのかわからない。
修司のほうを見ると放心していた。
気持ちは解らないでもない。
そこで屋上のドアが開いた。
「鞠亜~話は終わった~?十分過ぎても来ないから来ちゃった~」
咲耶だ。
どうやら鞠亜から十分で終わると待たされていたらしい。
しかし、時間を過ぎても帰ってこないなら話が長引いてるのかもとかいろいろ考えろよ!
「ごめんね~今終わったとこ~」
と鞠亜。
いやまだ終わってないだろ。
とりあえず俺と修司にかけられた誤解を解かなければ!
俺が口を開こうとしたその時、修司が俺の肩に手を置いた。
「いいじゃないか、さっきの天野さんの話聞いただろう?彼女は本気だし僕達が誤解を解いてが彼女に告白したところで誰も幸せになれるとは思えない」
どうしたんだこいつ、急にさわやかな顔をしだして一体・・・
「それに見てみなよ、あの二人を」
目を向けるとそこにはいつものようにイチャイチャする咲耶と鞠亜。
「なんか、他の男に取られるのは許せないんだけど、鈴木さんなら良いかなって、と言うか女の子同士がそんな風にイチャイチャしてるの見てたらなんだか・・・興奮すr・・・」
「言わせねぇよ!?」
俺は、軽くキレた。
その瞬間、急に体が軽くなったような気がした。
・・・・・・・・・・そんなんでいいのかお前。
その後、俺たち4人は俺の家でゲームをして遊んだ。
俺はもう黒いもやの夢を見る事はなくなった。
修司や鞠亜との仲もすっかり元通りだが、以前よりもスキンシップが増えた気がする鞠亜と咲耶、そしてそれをうっとりした目で見つめる修司を見て、俺は友人達が少し遠くへ行ってしまった気がした。