#55 支配する毒
この章には〔残酷描写〕〔15歳未満の方の閲覧にふさわしくない表現〕が含まれております。
苦手な方はご注意ください。
切り裂かれて畳に転がる小夜と深冬さんの断面を見れば水が滴っており、先程叩き斬られた畳の辺りも湿っている。
恐らく空気中の水分を集めて高速で物体に当てて当たった部分を吹き飛ばして切断する、ウォーターカッターの様な物なのだろう。
実にえげつない。
ただその分座標を決めてしか発動できないらしく、空気中の水分の変化にさえ気を配っていれば避けられないという程ではない。
俺は上下前後左右、あらゆる方向から飛んでくる斬撃を咲耶に当たらないようにかわしながら考える。
「ちょこまかと鬱陶しいわね!」
侑子さんが苛立った様にそう言った瞬間、全方向から同時に回避不可能な密度で水の刃が形成される気配を感じた。
同時に咲耶が頭上へと手をかざす。
たちまち目の前には何枚もの畳が現れ咲耶を水の刃から守るように覆った。
畳は次の瞬間にはバラバラに切り刻まれたものの、畳で侑子さんから俺達が直接見えなくなっている隙に畳によって作られた隙間を縫う様に俺は咲耶を乗せて逃げようとした。
ところがそれと同時に、
「これで終わりよ」
と侑子さんの声が聞こえた。
先程の侑子さんの水の刃の飛沫が俺達にかかったかと思うと、それらは一気に俺達の元に集まり、たちまち俺達は巨大な水の球に閉じ込められてしまった。
慌てて身体を捻り咲耶の方を見れば、口元を押さえ必死で空気を逃すまいとしている。
まずい。このままでは咲耶の息が続かなくなるのは時間の問題だ。
「その中にいるかぎり、もうどんな魔術も使えないわ。それに」
言いながら侑子さんは俺達の入った水の球に手をがざした。
直後、俺達の閉じ込められた水の球が少し狭くなり、押しつぶされる様な水圧に身体が軋んだ。
押し返そうと念動力を使おうとするも、それには全く手ごたえが感じられず、ただじわじわと身体への圧力が増していくだけだった。
体当たりしようにも思いの外俺達と外とを遮る水の球の結界は強固で、ちょっとやそっとじゃびくともしない。
そもそもこんな状態では上手く体を動かすことも出来ず、満足に力を加えることもできない。
不意に俺の目の前の水が赤く染まる。
咲耶を見れば、力なく俺のすぐ上の位置に浮いていた。
髪でよく見えないが、状況からして吐血している、鼻血も出ているかもしれない。
多分内臓が潰されている。
こんな怪我でも安全な場所で安静にしていれば咲耶ならすぐにでも回復するのだろうが、今の様にずっと危害を与えられ続けられるところに閉じ込められた場合、ただダメージが蓄積していくだけだ。
「こうやって捕らえてしまえば、神人だろうとただの人間と変わらないわ」
そう勝利を確信した様に侑子さんは話すが、次の瞬間後頭部に近くに転がっていたおわんを投げつけられ、その得意気な顔は曇った。
「まだ誰かいたのね」
静かに侑子さんが後ろを振り向いた瞬間、俺達を押さえつけていた圧力は無くなり、少し間を置いて俺達を覆っていた水の球は消え、俺達は大量の水と共に畳の上に落ちた。
邪視持ちの人間に悪意を込めて視られた人間は急に絶望的な感覚に囚われ、その度合いによって廃人の様になってしまったり、自殺したり、ショック死してしまうらしい。
画面を通して一方的に視るだけだったり、直接視ても目を合わせなかったりする場合は威力も落ちるらしいが、護身する間も無く不意打ちで直接目を合わせたのおかげか、あの侑子さん相手に殺す事はできないまでも戦意を喪失させることは出来た様だ。
侑子さんの目の前に立つサングラスをしていない深冬さんの顔を見る。
なんて事は無い普通の目だ。
なのに、こちらには悪意を向けられていない、目も合っていないはずなのに既に気持ち悪くなってくる。
これが邪視の呪いの力なのだろう。
咲耶は深冬さんと小夜が殺された直後、こっそりと二人の魂を回収していた。
最初から逃げ回るのは俺に任せて自分はその間に深冬さんを侑子さんの死角でばれないように復活させ、隙を見て目を合わさせるつもりだった。
途中で咲耶と俺は水の球に閉じ込められてしまい、中途半端に再生された深冬さんの身体が自力で再生し、まともに動ける程回復するまで俺達はは何もできなくなってしまった。
だが、そのおかげで侑子さんの注意が完全にこちらに向いておわんを投げつけられるまで深冬さんの存在に気付かず、結果不意打ちに成功したので結果オーライかもしれない。
「・・・・・死ぬかと思ったわ」
しばらくして酷く咳き込みながら咲耶が体を起こした。
恐らく今までの経験上、この程度では咲耶は死なないとは思ったが、不意打ちが失敗してあのまま閉じ込められたままだったらどうなってしまったのかは解らなかった。
「こっちも死ぬかと思いました」
聞き憶えのある声に視線を向ければ、全体的にボロボロになった柿芝と俺の身体に入った文月が現れた。
柿芝は深冬さんと目を合わせたまま座り込んだ侑子さんを見ると、納得したような様子でそういうことですかと呟いた。
話を聞くと、どうやら二人は清實さんに別次元の結界に閉じ込められていたらしい。
作戦開始直後、柿芝と文月は早速侑子さんを結界に閉じ込め、炎で燃やした。
しかし、柿芝が炎を燃やすとほぼ同時に侑子さんは辺りに大量の水を発生させて炎に当てた。
量から見て、空気中の水を集めるというよりはどこかから水を転移させて着てそれを操っている様だったらしい。
通常の火なら水をかけられたら消えて終わりだろうが、柿芝の炎は人体や家屋を一瞬で消し炭にし、焼けた地面がガラス質に解けるレベルの超高温だ。
そんな物を閉鎖された空間でと大量の水とぶつけたら、水が一気に蒸発して気化・膨張して結果的に結界はその力を抑えきれずに爆発・崩壊する。
しかし水を分子レベルで操れる侑子さんは自分の周りだけその水蒸気をガードし、直撃を受けて一時的に動けなくなった柿芝と文月を新しく張った結界に放り込み、更にその結界内と二人の体内の水分を全て奪い二人をミイラ状態にして閉じ込めていた様だ。
おかげで二人は侑子さんの結界が解けるまで肉体が再生できず動けなかったらしい。
「なあ、話してるとこ悪いんだけど、この人に早く止めを刺してくれないか。
この人抵抗力強くて今この場では殺しきれないし、今日は力を使いすぎたせいかかなりしんどいんだ」
俺達が現状を報告し合っていると、横から深冬さんが助けを求めてきた。
見れば額に玉のような汗を浮かべて息を切らしてかなり辛そうだった。
それを受けて柿芝が侑子さんの元へ向かった。
「解りました。すいません気が付かなくて」
そう言って柿芝が刀を出し、侑子さんを刺そうとした瞬間、急に動きを止め急に後ろに跳び退いた。
「全員下がって!深冬さんも邪視を解いて早く!!」
そのただならぬ様子に全員訳もわからないままに侑子さんから距離を取った。
「一体、急にどうしたの?」
咲耶が尋ねれば、こういうことですよ。と柿芝が近くに転がっていた蓮華を一本侑子さんに向かって軽く放り投げた。
蓮華はゆるい放物線を描いて侑子さんに当たると思った瞬間、行きと全く同じ、録画映像を巻き戻ししたかの様な動きで柿芝の手元に戻って来た。
「侑子さんに向けた攻撃が全てそのままこちらに跳ね返る仕掛けをされている様です」
警戒した様子で柿芝が言う。
考えてみれば、ついさっき肉体丸ごと新しくなったばかりの深冬さんに作戦決行時の疲れなんて蓄積されているはずがないのだ。
つまり深冬さんがあんなに辛そうにしていたのはそのまま自分の呪いが知らない内に跳ね返ってきていたからなのだろう。
しかし、当の侑子さんはいまだ自身を守る結界の中で焦点の合わない目で美由紀さんのいた辺りを見つめ続けていた。
おかしい。もしこの結界が侑子さん自身で張ったものなら、なぜ侑子さんは未だに深冬さんの邪視に当てられたフリをし続けるのか。
俺達が隙を見せたときにでもまた襲い掛かってくるのかとも思ったが、それならせっかく無力化して捕まえておいた柿芝と文月を開放する意味がわからない。
そもそも、最初からこんなことが出来るのならなぜせっかく閉じ込めて追い詰めた咲耶を開放したのか。
・・・・・たぶん、侑子さんは本当に深冬さんの邪視に当てられ戦意を喪失してしまったのだろう。
ただ、まだ俺達に対抗しようとしている人間がいる。
恐らくこの結界はその人物の仕業だろう。
佐倉家にいた人間は皆咲耶が魂を取り込んだと思ったのだが、どうやら生き残りがいた様だ。
しかし、結界だろうがなんだろうが呪術的な物をことごとく切り裂く柿芝の刀が切れない様な強固な結界を作れるということは、そいつは相当な使い手であることは間違いないだろう。
侑子さんを守る結界を張っておきながらも助けに来ない所を見ると、この状態からまた何か仕掛けてくるつもりなのかもしれない。
今すぐそいつを千里眼で探し出して魂を取り込もうと咲耶に提案すれば、
「さっきから何度も試してるけど全く気配が探れないの。何かに阻害されてるみたいに何も視えないのよ」
と考え込むように咲耶が言った。
柿芝は辺りを見回したかと思うと、辺りに倒れている佐倉家親族の山の中から鞠亜と修司を見つけると二人が倒れているすぐ側に立った。
加えて俺達にもすぐ近くで倒れいている佐倉を捕まえて置くように指示をした。
「なる程、人質になりそうなのはここにもいたな」
と文月が佐倉の体を起こしながら感心したように言った。
確かに佐倉家の計画を考えれば、今佐倉達に死なれるのは困るはずだ。
「今すぐ出て来ないと、佐倉さん達全員の首を欠き切って咲耶さんに取り込んでもらいますよ?」
刀を握りながら柿芝が静かに、しかしよく通る声で言った。
・・・・・・何も起こらなかった。
佐倉達に対して新しく結界を張られた形跡も無かった。
相手にとって佐倉たちの生死はそれほど重要では無いということなのだろうか?
それとも先程の深冬さんの復活を見た後では、咲耶が後から殺した人間を生き返らせることも出来ることも、侑子さんの口ぶりからして俺達が佐倉の仲間であると解ったので特別危険を冒してまで守る必要も無いと判断したのか。
だとすると相手にとっての佐倉の人質としての価値はゼロに等しい。
それからしばらくの沈黙が続いた後、
「咲耶さん、今気付いたんですけど、三人の魂を取り込んだ後、三人に仕込まれた呪いから犯人を逆探知して干渉し自害させて、その魂を回収すれば万事解決だと思いませんか。
咲耶さんならその程度容易いですよね」
と話して柿芝が刀を振り上げた。
精神干渉を受けていて相手と直接繋がっているのならいざ知らず、かけたらかけっぱなしの呪いから犯人を逆探知は無理だろう。繋がりが弱すぎる。
仮に出来たとしても、相手を自害させる程深くは干渉できないだろう。
柿芝も多少なりとも精神操作系の術の心得があるのならそれはわかるはずだ。
だから、あえてここまで言いきっているのは恐らく柿芝がおびき出そうとしている相手へのはったりだろう。
普通の術者ならそんなことは出来ないと言いきれるが、咲耶達は神人だ。
それ位出来ても不思議では無いと思うかもしれない。
咲耶もそれを察したらしく、ああ、その手があったわね。と調子を合わせた。
そして柿芝が刀を振り下ろそうとした瞬間、
「待った待った、話し合おうじゃないか」
と、柿芝が望んだのであろう声が聞こえ、侑子さんの前に白髪交じりの五十代位に見える身なりの良い中年の男が現れた。
しかし、俺と咲耶はその姿を見て固まった。
なぜならそれは先ほど俺達が直接首を刎ね魂を取り込んだ、紅鏡の意思決定機関、金に属する一人、百山万里さんだったからだ。
なぜ、先程咲耶が取り込んだはずの百山万里さんがここにいるのか。
事前の作戦会議で金に属する幹部四人は佐倉から写真で見せてもらっているので柿芝もすぐにその異常に気付いたらしく、刀を構えた。
「だから話し合おうといっているだろう。とりあえず刀は構えたままで良いから話を聞いてくれ」
口では困ったように言いつつも、万里さんからは全く焦りという物は感じられず、余裕綽々といった様子だった。
「君達の行動理由は大体察しが着くが、君達は私達を少々誤解している様に思う」
万里さんは真面目な顔になると、ゆっくり語りかけるように言った。
「誤解?そもそも貴方は何で僕達がこんなことをしていると思うんですか?」
柿芝が訝しげに尋ねる。
「君達は私達が恵瑠ちゃんや鞠亜ちゃん達を無理矢理支配して自分達のいいように扱おうとしてると思っているんだろう」
違うとでも言いたいのかよ?
俺は納得できない。
俺と万里さんの目が合った。
「だとしたらそれは大きな誤りだ。彼女達は人類の希望なんだ」
万里さんが力説する。
佐倉と鞠亜が人類の希望・・・?それは、二人の大元の魂である全智の天使であるというラジエルと何か関係があるのだろうか。
「ラジエル書というものを知っているかね?宇宙創世に関わる全ての秘密が記されるとされる書物で、かつてそれを手にしたエノクは生きたまま天に昇り、神さえも脅かす程の絶大な力を持つ天使、メタトロンになったという。
そのラジエル書を書いたラジエルの知識をもってすれば、人類を神人に、新たなステージへと進化させることも可能なはずだ」
先程とは打って変わって力強く万里さんが言い切る。
つまり、万里さん達は佐倉達を使って地上にラジエルを呼び出した後、その知識を使って人類を神人にするつもりなのだろうか。
しかし、それにはいくらかの問題があるはずだ。
神人になるにはそれなりの血統や魂、精神が必要とされるはずであるし、それに・・・
「仮に恵瑠ちゃん達の命と引き換えにその天使を呼び出したとして、貴方の言うことに賛同して協力するのなら、最初からこんなことになってはいないと思わない?」
咲耶が冷たく言い放つ。これはきっと、この場にいた全員が思ったことだろう。
「まあそうだろうね。もし仮に今ラジエルを完全な状態でここに呼び出しても、きっと賛成するどころか我々を糾弾するのだろう」
万里さんは肩をすくめながら困ったように笑った。
「だから、支配するんだ」
万里さんがそう話した瞬間、急に咲耶が倒れた。
続いて俺と深冬さんも全身の力が抜け、無様に畳みに横たわることになった。
見れば文月も同じように力が入らなくなってしまったらしく、倒れまいと片膝を立てて座り込むのがやっとという様子だった。
結果、この場に立っているのは柿芝と万里さんだけになった。
何事かと俺達の様子を見て刀を構える柿芝に万里さんは目を見開いた。
「驚いた。君は彼女の眷属じゃないのか。恵瑠ちゃんの魂から辿っても繋がらないということは、恵瑠ちゃんの眷属という訳でも無い。第一恵瑠ちゃんは現在自分の眷属を作れないはず・・・・加えてその人間離れした回復力!
君は、そこの彼女と同じく自力で神人になったのか」
興奮したように万里さんが話す。
「咲耶さんに、彼女に何をしたんですか」
顔は見えないが、その声からは確かな怒りを感じた。
「なに、やっと毒が回ってきただけさ。彼女、咲耶ちゃんは結構な数の魂を取り込んでいるだけでなく、取り込まないまでもそこそこ干渉している人間も多いらしい。
毒が回るのも時間がかかったが、毒が回りきった今、咲耶ちゃんは既に我々の物だ」
子供に言い聞かせるように言う万里さんの声に、腸が煮えくり返る様な気がした。
文月もそれは同じだった様で、
「貴様・・・・!」
と万里さんに殴りかかろうとして、万里さんからの干渉によるものなのかあえなく俺達と同じ様に畳みに横たわることになった。
万里さんの口ぶりから、これは咲耶に何かしらの干渉をし、咲耶だけでなく、咲耶が取り込んだ全ての者を支配下に置こうとするものだろう。
いつ仕掛けられたと考えたが、思い当たるのは一つしかない。
最初に咲耶が取り込んだ万里さんの魂がダミーであったのなら、そこに取り込んだ相手に対して発動する何らかの呪いが施されていたのだろう。
「さて、物は相談なんだが、君は眷属を一人も連れていない所を見ると、まだ自分の本当の力やその使い方を知らないんじゃないか?
その刀や炎からして、鬼灯に属しているのだろうがその様子からして、まさかとは思うが君は自分の血統の大元の神がなんなのかも知らないんじゃないのか?
我々の所に来て協力してくれれば、その全てを知ることもできるし、我々は実力主義でよそ者にも寛容だから力があればいくらでも評価しよう。
排他的で血統主義、生まれた家の格によって個人の扱いが決まるようなどこぞの旧時代的なコミュニティとは違うからね」
挑発する様に万里さんが言った。
しかし、当の柿芝はしばらく黙ったまま何も言わなかった。
「それにもし君が望むのなら、彼女は君にあげてもいい」
万里さんがそう提案した時、ちらりと咲耶の方を見たのが解った。
「そうですか。それは魅力的な話ですね」
柿芝のその言葉に俺の中で何かどす黒いものが渦巻いたが、そう言った後、柿芝はこう続けた。
「だけど、それ以上に僕は貴方達のその考えに虫唾が走るんですよ」
瞬間、柿芝の周りに炎が上がったが、それは柿芝の周りだけに留まった。
「ああ、さっきの侑子さんの周りにあった結界ですか」
随分と低い声で柿芝が呟く。
「あんまりコレはやりたくなかったんですけど、仕方ないですね」
柿芝の目が暗く光る。
「朱里さんの結界を信じます。咲耶さん、禊の儀の事はこれでチャラです」
そんな声が聞こえた瞬間、柿芝の方から眩い光が見えた。
一瞬、熱を伴った強い光に、身体が焼かれるような気がした後、俺の意識は途切れた。
次に俺が気が付いたのは焼け焦げた空き地だった。
真っ黒な、一度解けて固まった様な地面はきれいに佐倉家の敷地内だけで終わっており、それより先には朝と変わらぬ普通の景色があった。
俺は人の姿のままその場に立ち尽くしていた。
目の前には座り込んで咲耶を抱きかかえる朱里さんの後姿があり、周りには柿芝と奏も居た。
四人は遠足などで使われそうな白い無地のシートに描かれた魔法陣の中にいた。
初めに奏が俺に気付き、驚いた様に声を上げると皆俺の方を向き、少しして咲耶が体を起こした。
「大丈夫、もう力も普通に使える様になったわ」
「そがんこついうても、あくまで向こうからの干渉を遮断しとるだけで根本的解決になっとらんけん、無理はできんとよ?」
スッキリしたという様子で伸びをする咲耶に朱里さんが横から釘を刺した。
それと同時に俺の頭の中に咲耶からの情報が流れ込んでくる。
記憶と思考が同時に物凄い速さで頭の中を駆け巡っていく。
結果から言えば、柿芝は侑子さんと万里さんを取り逃がした。
柿芝的には極力火力を自分と万里さんの辺りに集中させたらしいが、それでもその火力はすさまじく、佐倉家の家は一瞬で消し炭となり、咲耶も干渉を受けていて満足に力が発揮できなかったとはいえ、咄嗟に防御に全ての力を注いでも普通の人間なら致命傷レベルの全身大火傷を負い、しばらくは動けなかったそうだ。
なぜ取り逃がしたと解ったかと言うと、佐倉家の敷地内は柿芝と咲耶以外は完全に消し炭になったにもかかわらず侑子さんと万里さんの魂を見つけられなかった事と、佐倉家の敷地を焼け野原にした直後、
「それは残念、しかし我々はいつでも君を歓迎するよ」
という万里さんの声が辺りに響いたからだそうだ。
作戦決行前に朱里さんが前もって施した佐倉家を覆い、外からはたとえ家が全焼しようとも前と同じ様に家が立っているように見える結界と、更にその外側を覆う様に施された人避けの結界のおかげで対外的には何も起こっていないように見えるだろうと朱里さんは言っていた。
結界の強度もかなりのもので、実際佐倉家の敷地の外には被害は一切起きていないらしい。
その後は佐倉が前もって用意していた、外部からの干渉を遮断する魔法陣の中に咲耶を入れ、回復を待った。
目を覚ました咲耶がその話を聞いて、力を使って軽く身支度を整えた後、より強い力も使えるかどうか試しにおれを生き返らせた。という事の様だ。
「そいで、恵瑠ちゃんは生き返らせられるとね?」
朱里さんが不安そうに咲耶に尋ねると、咲耶は静かに目の前に手をかざした。
ややあって、俺の目の前に佐倉が現れた。
「できたわね」
何でもない様に咲耶が言い、佐倉はさっきの俺と同じ様に咲耶から事のあらましについて直接イメージを送られて説明を受けているらしく、しばらく黙っていた。
「・・・・・・・・・つまり、可能性は考えなかった訳ではないですが、私もまーちゃんも修司お兄ちゃんも既に鈴木先輩に取り込まれてしまったんですね」
ため息をついて頭を抱えながら佐倉が呟いた。
「ええ、そうよ」
咲耶が返事をすれば、佐倉はそうですかと頷いた。
佐倉は最初咲耶に取り込まれることについて難色を示していたが、その割りには実際に取り込まれた今は随分と冷静だった。
「まあ背に腹は変えられません。
母達は私達に利用価値がある以上、本気で殺そうとする事は無いだろうと考えていましたが、まさか味方に一瞬にして消し炭にされるとは思いもしませんでした」
言いながら佐倉が柿芝を見れば、不可抗力だと言いつつも居心地悪そうに目を逸らした。
まさか意識も無く、力も完全に遮断されていたとはいえ、神人でもある佐倉の肉体がこんなにも簡単に消し炭になってしまうとは思っていなかったらしい。
佐倉は自分の手を握ったり開いたりしている。
新しい自分の体の認識をしているのだろう。
「それに、咲耶さんにも呪いがかかってしまったとしても、魔法陣が機能している今なら可能でしょう」
「可能って、何がだよ?」
主語が不在の佐倉の言葉に俺が尋ねれば、佐倉はそんなの決まっているでしょうと俺の方を振り向いた。
「咲耶さんに新しい肉体を作ってもらって、私とまーちゃんの魂を入れて完全な状態になるんです」
つまり、咲耶の力を借りることにより、佐倉家の魔術に頼らずとも地上にラジエルを降臨させることができるということだろう。
「そして一旦私達の呪いは私達の魂の所有者となった鈴木先輩に全て肩代わりしてもらいます。
肉体は一度完全に消滅しているので肩代わりするのは魂の方だけです。
そうすれば私はラジエルの知識の記憶にもアクセス出来る様になって、この忌々しい呪いを消す方法もわかるはずですし、この後追撃する時にもかなり有利になります」
佐倉の一旦咲耶が三人分の呪いを肩代わりすると聞いて引っかかったが、その呪いを無効化するための魔法陣なのだろう。
それよりも気になるのは、
「追撃って、どこに逃げたか解るんですか?」
俺が尋ねるよりも前に、柿芝が俺が聞きたかったことを佐倉に尋ねた。
「その程度の探索なんて、ラジエルの知識をもってすれば簡単なことでしょう。
それに、向こうが体勢を立て直す前に叩いておかないと。
母は神人では無いから私達の様にすぐは肉体は回復しないし、万里おじ様みたいな相手は準備させる時間を与える程こちらが不利になります。つまり、潰すなら一秒でも早く動いた方が作戦の成功率も上がるわけです。
今だって、神人三人がかりで奇襲してこの有様です」
確かに、侑子さんも万里さんもあの立ち居振る舞いはどこか小慣れている感じがした。
親族同士の新年会に自分のダミーを出席させるという行動自体にも万里さんの用心深さが感じられる。
これが経験の差というものなのかもしれない。
「ですが、さっきの襲撃で二人の計画の支持母体はほぼ潰せました。
残るは後二人です。というか、その二人が主犯なんですけど、とにかく、今日中に仕掛けます」
そう宣言する佐倉の目は鋭く光っていた。
「私もうっかり変な呪い受けちゃった以上、二人を取り込んでこの呪いを解かないと帰れないわ」
咲耶がおどけたように言う。
「僕も咲耶さんが他の人間から干渉受けるのは困りますし、何よりその干渉する側の人間は個人的に根絶やしにしたいタイプなので異存は無いです」
咲耶と柿芝の目にも確かな決意が表れていた。
目を閉じて、咲耶が倒れてからの万里さんの言葉を思い出す。
・・・・・・このまま生かしておく訳にはいかない。咲耶をこんな目にあわせて、絶対許さない。
自分の中の黒い何かがそう告げた。
次回更新予定は6/6です。




