#53 奈落の権化
大広間には百は居ようかという佐倉家親族の屍が散乱している。
「結構あっさりだったわね」
屍から魂を回収しながら咲耶が無邪気に笑う。
「後は悠人君達が侑子さんを仕留めてその魂を私が取り込めばいいのよね?
予定よりこっちは早く片付いた私も向こうに混ぜてもらおうかしら」
上機嫌そうに咲耶が侑子さんを閉じ込めた結界の方に向かう。
しかし、結界は咲耶が足を踏み出した瞬間に崩れた。
「あらあら恵瑠ったら、知らない間にこんな悪いお友達を作っていたのね。
全く、だから監視は常に付けるべきだって言ったのに・・・」
煙の様な大量の蒸気に包まれながら侑子さんが出てきたが、その他には人影が全く見当たらない。
侑子さんの手足を見れば、皮膚が酷く焼け爛れていたが、本人はそれを物ともしていない様だった。
「私はね、子供が悪いことをしたら、それが例えよその子であってもしっかり叱ってあげるのがその子の為でもあると思うの」
薄ら笑いを浮かべながら低い声でそう話す侑子さんに、なぜだか俺は親に叱られている時の様な居心地の悪さを感じた。
本当はそんなレベルの話ではないのに。
狼狽しかけたものの、すぐに俺は我に帰り咲耶を背に乗せて飛び退く。
間髪いれずにさっきまで咲耶がいた場所の畳が真っ二つに切り裂かれる。
どうやら柿芝達は侑子さんの体に刻まれた、身体一つで強力な魔術を発動するための魔法陣を全ては潰しきれ無かったらしい。
これは少し、いや、かなり厄介かもしれない。
咲耶の足元に倒れている佐倉を横目で見ながら俺は心の中で呟いた。
そもそもどうしてこんなことになっているのか、話は約一週間前、俺達が鞠亜を迎えに行ったものの、結局そのまま返されてしまった日まで戻る。
咲耶を家まで送って家に帰る途中、佐倉からライポでメッセージが届いた。
明日、俺や咲耶、柿芝と大事な話をしたいので、俺達三人のうち誰かの家に集まれないかというものだった。
「龍太の家でいいんじゃないかしら?一番広いし」
と、すぐに咲耶からメッセージが来た。
「僕の所じゃなければどこでもいいです」
それから少し間を置いて柿芝からもメッセージが届く。
実際、佐倉が何か仕掛けるつもりでも、ただの話し合いのつもりでも、俺の家が一番都合が良さそうではあったので俺はそれを了承した。
大体の時間を決めた後、佐倉は、このことは別に家族や籠目教、鬼灯の人間に話してもいい。というか話してくれた方が都合が良い。なんだったら家に何らかの仕掛けを施してくれて一向に構わないと言い出した。
翌日、終業式を終えて午前中に学校から帰り、制服から着替えてくつろいでいると玄関の呼び鈴が鳴った。
玄関からの聞き覚えのある声に階段から顔を出して玄関を覗けば、咲耶と輝美さんが立っていた。
その後親父に呼ばれ、俺も客間に行けば、再び呼び鈴が鳴った。
親父はすぐに迎えに行き、しばらくして現れたのは柿芝だった。
佐倉の方からこちらに出向いてきて、更にその事について特に口止めも何もされなかったのは、佐倉なりに俺達に誠意を見せようということなのか、それとも何か他に目論見があってのことなのかは解らなかった。
しかし、それなら知らないよりは知っていた方が良いだろうということで、俺は佐倉からの申し出を受けて家に帰った後すぐにそのことを親父に相談した。
おかげで、今俺達が座っている客間の襖で仕切られた隣の部屋には万が一に備えて輝美さんと早瀬の母親であり、鬼灯でもそれなりの手練であると思われる交子さんが待機している。
親父も万が一に備えて警戒はしてくれている。
少し時間が経って、約束の時間丁度に佐倉はやってきた。
客間に案内し、茶を出した所で佐倉は自分の後ろを振り向いた。
「よろしければ、お二人もこちらで一緒に私の話を聞いてもらえないでしょうか?」
輝美さん達の気配は完全に消えていたはずだが、やはり佐倉には通用しないらしい。
「じゃあお言葉に甘えてご一緒させてもらおうかしら」
襖が開き、輝美さんがそう言って出てきて机の端に座った。
続いて交子さんも最近こんなのばかりで自信をなくすわ、等と言いながら反対の机の端に座る。
二人が席にするのを確認した後、佐倉は口を開いた。
「今日、皆さんにお集まりいただいたのは、佐倉家が毎年親類を集めて年明けに親族会をするのですが、それに是非参加して頂きたいからです」
それは、佐倉家の人間に俺達を紹介したいということなのだろうか?と俺が首を捻っていると、佐倉が言葉を続ける。
「別に皆さんを佐倉家の親類に紹介したいとか、そういうことじゃありません。
ただ、先輩達には佐倉家の新年会に来た人間を一人残らず殺すためのお手伝いをして欲しいんです」
その場の空気が凍った。
佐倉の目が鋭く光る。コイツは本気だ。
「現在私は佐倉家の人間から力も制限され、更に命も魂も握られた状態です。
このまま行けば来年の親族会で天野先輩も成美先輩も同様の状態に置かれて、最終的には私達の魂を完全なものにするための儀式で殺されることになるでしょう。
・・・・・・・・だから、殺られる前に殺るんです」
佐倉の目が据わっている。
咲耶は共感したように頷いている。
「それで、それを手伝った場合、私達にはどんな見返りがあるのかしら?」
ニコニコと無邪気な笑顔をたたえて咲耶が佐倉に尋ねた。
「報酬は別途お支払いしますが、親族会には毎年佐倉家の親類が百人前後来るので、その殺した全員の魂取り込んじゃって良いですよ」
対して佐倉も爽やかな笑みを浮かべて答える。
「ほぼ一般人もいますが、今回のターゲットの中には十二人しかいない紅鏡の全てを取りまとめる組織に属する人間が四人いますし、それなりに取り込みがいはあると思いますよ」
と、更に佐倉は続ける。
「わかったわ。私も協力する」
即答だった。
確かに今後のことを考えれば咲耶がなるべく沢山の魂を取り込んで力を蓄えておいた方がいいのは解ってるが、昨日の今日で随分と迷いが無くなった気がする。
いや、ためらいがあるのは取り込んだ後の魂の扱いについての方だけだったのかもしれない。
一度魂を取り込めば例え死んだとしてもいくらでも咲耶の裁量で生き返らせることが出来る。
だからこそ、咲耶は人を殺すということにはあまり罪悪感は感じていないだろう。
ただ、人の魂が完全に自分の所有物となるという状態に、それをどのように扱って良いのかまだわからないのだと思う。
「悠人君はどうする?」
咲耶が柿芝の顔を覗き込めば、柿芝は苦い顔をして交子さんの方を見た。
すると交子さんが柿芝の目を見て頷いた。
「・・・・・・咲耶さんがそうするなら、僕もお供します」
・・・言わされている感が半端無い。
しかし、これで俺達は佐倉の計画を手伝うことになったのだが、俺はずっと引っかかっている事があった。
「佐倉、所で一つ聞いても良いか?」
「なんですか?高尾先輩」
話に割って入る様に佐倉に言えば、佐倉もそれに答える。
「どうしてお前は、咲耶が相手の魂を取り込んで自分の物にできることを知っているんだ?
少なくとも、昨日会った時にはもう知っていた様だったが、いつそれを知った?」
部屋の中が一瞬静まり返ったが、それは次の佐倉の言葉ですぐに破られた。
「なんとなくです」
「は?」
適当な事を言ってはぐらかそうとしているのかとも思ったが、話していくとどうもそれも違うようだった。
佐倉の魂はラジエルというあらゆる秘密や神秘の全てを知り尽くしている天使の物なのだが、現在佐倉はその知識のほとんどを思い出すことが出来ないらしい。
魂を分けた鞠亜と魂を深いレベルでシンクロさせればその知識を呼び起こす事が出来るらしいが、現在鞠亜の魂は咲耶から深く干渉されており、かなり魂の距離が近く強い絆で結ばれているせいで鞠亜と魂をシンクロされると漏れなく咲耶からもばっちり干渉を受けることになり、迂闊にできないそうだ。
そして一度魂にも深く干渉できる程まで咲耶と強く結ばれてしまった縁は簡単には切れず、更にそれは咲耶にも鞠亜にも周りの人間にもどうにも出来ないのでお手上げ状態らしい。
「だから、完全な情報では無いんですが、それでもその記憶の切れ端に、咲耶さんによく似た存在が引っかかってるんですよ。
その存在は確か咲耶さんみたいな顔で、あらゆる物を自分の中に取り込み、同時に生み出すことができるんですよ。確か」
眉間にしわを寄せて首を捻りながら唸る様に佐倉が言う。
「随分とアバウトな説明ね。何か他に思い出せる事とか無いの?」
一方咲耶は興味が涌いたらしく机に身を乗り出して佐倉に尋ねる。
「性質的には、闇そのものというか、暗闇の母神というか・・・・・仏教用語で表すのなら『奈落の権化』みたいな存在だったと思います」
要するに、地獄がそのまま人の形をして現れたもの、とでも言いたいのだろうか。
しかし、その表現は中々言い得て妙でもあった。
咲耶がこの世に存在している以上、咲耶に取り込まれた人間の魂は成仏することも無く、たとえ致命傷を負ったとしても咲耶がそれをいくらでも治すことが出来る。
咲耶自身自分の身体を一から再生できるのだから、もし咲耶の周りに咲耶を完全に殺し得る存在がない場合、咲耶の寿命は半永久的なものであり、それによって咲耶に魂を取り込まれた人間も咲耶の裁量によっては永遠に行き続ける事が可能となる。
ところがそれらは全て咲耶の裁量に委ねられているので、場合によっては天国にも地獄にでもなる。
正に死者の国がそのまま地上に現れた様でもある。
そして籠目教の人間が望む様に、咲耶が全ての存在の魂を取り込むことが出来たなら、それはきっと神霊も人も全てが同じ次元に存在し、今の様な時間の概念の消滅した世界になるのだろう。
「ところで、お前の立ち位置的に、その奈落の権化と手を組んで、挙句自分の親族の魂をまとめて売り渡す様なことをしていいのか?」
俺がそう尋ねれば、佐倉の口から天使らしからぬ言葉が飛び出した。
「状況が状況ですし、彼等は悪魔に魂売り渡したかの様なことをしましたので、実際に売り渡されても文句は言えないんじゃないでしょうか。
そして、そんな人間と繋がりがある以上、残しておくと追々何されるか解りませんし、多少の巻き添えの犠牲は仕方ありません」
「まあ家族と離れ離れは寂しいものね。
たとえ地獄でも大切な家族が落ちてしまったのならなら、一緒に落ちたいのが人情よね」
咲耶が佐倉の言葉に同調するように話すが、その目は輝美さんに向けられていた。
「どこでも住めば都って言うものね~
でも一緒にいるだけが愛じゃ無いのよ?
まあ一緒にいるのも愛だから、とりあえず今日のクリスマスは家族三人水入らずで過ごしましょうか」
対して輝美さんはニコニコと話しながら隣に座る咲耶の頭を撫でた。
「えっ」
直後、咲耶の顔が引きつった。
「ふふふっ冗談よ。私はたっちゃんとロマンチックな夜を過ごすから、咲耶はいつも通りここでクリスマスパーティーをしたら良いわ。
あと、今夜帰ってこなくて良いから。健太と春ちゃんにももう言ってあるし」
そんな咲耶の顔を見て笑いながら輝美さんが上機嫌で言い放つ。
対して咲耶はみるみる顔が赤くなっていく。
「なっ、そっ・・・お、お母さんなんて爆発したらいいのよ!」
が、輝美さんはむしろ勝ち誇った様子で
「残念ながら、既に愛とか幸せがしょっちゅう爆発してるのよね~
ホントたっちゃんとラブラブ過ぎて恐いわ~」
等と言い出した。
その後しばらく咲耶と輝美さんで達也さんにとって自分達のどっちが優先順位が上かについて言い争っていたが、あっけに取られていた佐倉が我に帰り、咳払いをして話を戻していいかと聞くと、二人ともハッとした様子で大人しくなった。
似たもの親子だ。
「佐倉家の親族会は毎年大晦日から三箇日までの四日間、しかし遅く来たり早めに帰ったりする人達もいるので、全員が揃うのは元旦だけです。
作戦決行は元旦ですが、私の紅鏡側の仲間との顔合わせや細かい作戦の打ち合わせ等をしたいので、出来れば明後日十二月二十六日、遅くても十二月三十日には長崎に来て頂きたいのですが」
「随分と急な話ですね」
柿芝が口を挟めば佐倉はそれは自分も重々承知していると申し訳無さそうな顔をした。
「こっちに帰ってきた咲耶さんを見て、今なら予定を大幅に前倒しして目的が成し遂げられそうだと気付いたんです。
そして、逆に今を逃したらもうチャンスは無いかもしれないとも思いました」
佐倉の顔は真剣その物だった。
「長崎の、私の信頼できる人物の人間の家にワープゲートの出口を作って置きましたので、後でこちらの都合のいい場所を指定していただければ、私がそこに入り口を設置して、私が指定した出口に出られる様にします。
それと、これは今回の手付金です」
佐倉はそう言うなり鞄から金の延べ棒五本取り出した。
「錬金術で生成したばかり物で印はありませんが、重さ一kg、純度99.99%の純金です。
貨幣のお金を用意するのは何かと面倒なのでこちらで失礼します。
成功した暁には、こちらの金の生成方法をお教えいたします」
・・・・金一キロって日本円に換算するといくらだっただろうか?
そんなことを考えていると咲耶がその金の延べ棒を左手にとってまじまじと観察しだしたかと思うと、次の瞬間には右手にも同じ物が握られていた。
「いらないわ。教わらなくても私自分で作れるし。
それに、ここでこれを受け取っちゃったら、今度私から恵瑠ちゃんに何か頼む時にも何か用意しないといけなくなるじゃない。
今回の報酬は佐倉家親類の魂と恵瑠ちゃんが今後私が困った時に助けてくれる事でいいわ」
咲耶はそう言うと六本に増えた金の延べ棒を佐倉に付き返した。
「解りました。それではそういうことにしましょう。
でもその延べ棒は私も要らないです。その気になればいくらでも練成できるし、ただでさえ5kgの重みに耐えて持ってきたのに更に帰りは1kg加算されるってどんな嫌がらせですか」
「・・・・・それもそうね。じゃあとりあえずこれは青善寺に寄付で良いかしら?」
「そうして下さい」
咲耶と佐倉が勝手に話を進める中、輝美さんと交子さんの顔は終始引きつっていた。
その後柿芝が交子さんと何かこそこそと話していた様だったが、話が終わると柿芝も交子さんと同じ顔になり、柿芝は静かに俺の肩を叩いてスマホの画面を俺に見せてきた。
画面には今日現在の金の買い取り価格が乗っていた。
1g/24金 3,768円
つまり、1kgは1000gなので一本辺り3,768,000円。
それが六本・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・。
重いから持ち歩きたくないという理由で所有権を放棄しているが、こいつ等は本当にその価値を解っているのだろうか?
まあこんな簡単に作れるのならありがたみも何も無いのだろうが。
結局、その日青善寺には約二千万円相当の寄付が入った。
・・・・・そういえば前に親父が寺の維持費がかさむと言っていたが、咲耶に直接直して貰えばタダなんじゃないだろうか。
籠目教の本部の建物も普通に直してたよな。とも考えたが、それに依存しすぎるとダメ人間になりそうなのでやめた。
「ところで、寺なのにクリスマスを祝うんですか?」
柿芝が不思議そうに尋ねてきた。
元々俺の家では寺ということもありクリスマスは祝っておらず、クリスマスはごちそうとケーキを食べてプレゼントを貰える日としか認識していなかった小さい頃の俺はそれが不満だった。
しかし咲耶の家が家族でクリスマスを祝う予定だったのに急遽輝美さんが帰ってこれなくなり、咲耶がへそを曲げていたのを発見したので、当事五歳だった俺は咲耶のために一緒にクリスマス会をやりたいと親父達を説得し、見事毎年のごちそうとケーキとプレゼントを勝ち取ったのだ。
周りは良い感じに俺の真意には気付かず、また予想外に咲耶だけでなく咲耶の父親の達也さんに随分と感謝されてしまい、本来の目的の後ろめたさからこの秘密は墓まで持って行こうと幼少期の俺は心に決めたのだった。
「近所の神社には新年のあいさつがてら初詣にも行くぞ?どうせなら柿芝も佐倉も来るか?鞠亜も毎年来てたし、修司や早瀬も一緒に」
八百万の神っていうしな!と適当にそれらしいことを言って話題を逸らす。
「ああ、まーちゃんが今日そわそわしてたのはそれだったんですね。でも当日急に大勢押しかけて大丈夫ですか?」
佐倉は合点が言ったように手を叩いた。
「大丈夫だよ。母さんそういうの大好きだし、人が多い方が楽しいだろ」
というか、こんな額の寄付をポンと貰って何もしない訳にはいかないだろう。
「じゃあお言葉に甘えて、また後でお邪魔させてもらいますね」
佐倉達が参加してくれることになったので、柿芝の方も誘ってみる。
「柿芝も来いよ、早瀬も連れて」
昨日や一昨日辺りから世話になりっぱなしなのでちゃんともてなしたいとは思う。
ただし咲耶はやらん。
しかし当の柿芝はなにやら渋い顔をしている。
「・・・・・この人外の巣窟にオルカさんを連れて来いと?」
言われてみれば、そうかもしれないが・・・。
「そうは言ってもオルカの家もオルカ以外全員こちら側の人間じゃない。今更変わらないわ」
すかさず咲耶が突っ込みを入れる。
「それもそうですが・・・・」
尚も難色を示す柿芝を前に、咲耶の口の端が吊り上がった。
「心配なら悠人君がオルカを守ってあげたら良いじゃない。それともそれも嫌?
ああ、友人達が皆で楽しくクリスマス会をしているのに一人仲間はずれなんて可哀想なオルカ」
わざとらしく大げさな手振りで咲耶が言えば、柿芝が困惑したように言葉をつまらせた。
「行ってきたら良いんじゃないかしら、親睦を深めることも大切よ?」
クスリと笑いながら柿芝の隣にいた交子さんが柿芝の背を押した。
「・・・わかりました。ではよろしくお願いします」
渋々、という様子で柿芝は了承したが、その顔は思いの外嬉しそうだった。
次回更新予定は5/23です。




