#49 豊穣の狂宴
この章には〔残酷描写〕〔15歳未満の方の閲覧にふさわしくない表現〕が含まれております。
苦手な方はご注意ください。
「千、なのか・・・?」
「会いたかったわぁ、時雨。私が神社を出ても全く探しに来てくれないんだもの」
ニコニコと笑いながら千はそう答えたが、俺は千に関する記憶を一切持っていない。
ただ、大吉や耕四郎が調べたことや、邦治さんの証言から察するに、今ここで下手なことを言って刺激するのは良くないだろう。
そう思った矢先に、千の顔から笑顔が消えた。
「・・・・・・やっぱり、時雨は私のこと覚えてないのね」
千が俺の顔を両手で包みながら悲しそうな顔をした。
その顔に、胸が苦しくなったが、千の次の言葉でそれも吹っ飛んだ。
「だったら、思い出させてあげる。大丈夫、あの中村という人の私への忠誠心は本物みたいだったし、きっと上手く行くわ」
ニッコリと千は笑って言ったが、全然大丈夫じゃない。
千は床の花に埋もれていた短刀を拾い上げると、俺の右目に容赦なくそれを突き立てた。
突然の痛みに絶叫という方が近い悲鳴を上げながら、同時に俺の中に土石流の様に大量の記憶が流れ込んできた。
意識が混濁する中、沢山の同じ顔の、しかし別人の姫巫女達の姿が浮かんでは消えた。
時雨、凪、夜、要、黒、どれも過去に姫巫女が俺に付けた名だ。
一番最初の名前はもう覚えていない。
時雨は千が俺に付けた名前だ。
姫巫女は、次の姫巫女が母親の胎内に宿り、生まれるまでの間に殺される。
龍神である俺が殺す。
そうしてその姫巫女の魂を取り込み、また次の姫巫女を迎える。
竹に記憶を消されるまではそれが当たり前だった。
千は偶然にも先代の心を読む力を持った姫巫女の日記を見つけ、その事実を知った。
その姫巫女は全てを知った上で俺に殺され取り込まれる事を受け入れたが、千はそうではなかった。
ある時、千の姪が妊娠した。
その腹の中からは、姫巫女の魂の気配がしたので、その頃俺はしょっちゅう姪の様子を見に行ってた。
千はそれが気に入らなかったらしい。
千はある日膨らんできた姪の腹めがけて一輪の花を投げた。
俺は千の投げた花を叩き落としたが、同時にその花が落ちた床は一瞬で腐り穴が開いた。
俺が千の行動を阻害したり、行動に異を唱えたのはそれが初めてだった。
千は、自分はもう俺にとっていらない存在なのかと悲しそうに呟いた。
俺は即座にそれを否定し、次の姫巫女が生まれたら俺と一緒にその姫巫女のことを見守って欲しいと言った。
「過去の姫巫女達と一緒に、時雨の中から見守るの?」
と千は言い、俺はそれを否定しなかった。
千は何も言わずにその場から去って行った。
それから千が御龍神社に戻ることは二度と無かった。
正直、俺は千がすぐに帰ってくるものだと思っていた。
そして、新しい姫巫女が母親の胎内に宿っている以上、迂闊にその側を離れることも出来なかった。
結局俺は、千は今日帰ってくるのではないか、明日帰ってくるのではないかと待ち続け、そうしている間に次の姫巫女も産まれ、とうとう千を探しに行くタイミングを完全に逃してしまった。
いや、本当はあの日の千の顔を見て、連れ戻そうとして千に拒絶されるのが恐くなっただけなのかもしれない。
「私ね、昔は理解できなかったし、我慢ならなかったけど、今なら解るの。姫巫女は皆私と同じ魂を持った同じ存在だわ」
千が懐かしそうな顔をして俺の頭を撫でた。
「だって所々違いはあるけれど、この子の記憶を覗いたら、同じ状況だったら私もそう思うし、そうするだろうなってことばかりなんだもの。この子は私だわ。きっと外にいる他の姫巫女二人も私だわ。
昔に時雨が言った通り、皆同じ物で、時期が来たら一つになるのが自然なんだと思うわ」
屈託の無い笑顔でそう告げる千に、俺は言葉を失った。
そう、確かに俺は竹以前の姫巫女に対してそう言い聞かせてきた。
竹に記憶を消される前には竹にも。
俺は、暁津比売を生き返らせたかった。
だからその血を引く一族を使って少しずつ封印された暁津比売の魂を封印の外に呼び戻し、少しずつその魂を集め、その魂を入れるにふさわしい肉体を作るための姫巫女という存在が生まれるようにした。
昔の俺は人間は姫巫女かそれ以外としか認識していなかった。
どの姫巫女も暁津比売を蘇らせる道具にしか過ぎない。
それでも俺は、同時に姫巫女に暁津比売の面影を求めた。
だからこそ、姫巫女にはよく全ての姫巫女は同じ存在であると言い聞かせていた。
だがそんなのは結局一人の人間として姫巫女を見ていないのと同じことであり、だからこそ竹は自分を見ろといったのかもしれない。
そして、俺はまた咲耶に竹を重ねて同じことをしようとしていたのだ。
「どうしてそこで時雨が責任を感じるの?それに、これは時雨がずっと願ってきたことでしょう?ならそれが叶うのは私も嬉しいわ」
千がニコニコと笑顔で続ける。
「・・・・・どうして」
「俺の心が読めるのか?だって、なんだか解らないけど時雨の考えてる事がわかるんだもの。
多分、私の前の姫巫女の力じゃないかしら?
時雨の中にあった姫巫女の魂を取り込んだら、なぜだか急に色んな力の使い方が解るようになって、試してみると実際にその力が使えるの」
首を傾げながら言う千に持ち上げられ、初めて俺は今の自分の状態を把握した。
身体が無い。
人間の肉体は目の前に転がっているが、龍としての身体が無く、俺は人魂のような形になって千の手の上に乗せられていた。
何か力を使おうと試みるも、びっくりするほど何も起こらない。
「無駄よ~。だって時雨が溜め込んでた姫巫女の魂も他の力も、全部私が取り込んだもの。でも大丈夫!今度は私が時雨を守ってあげるから。これからはずっと一緒よ!」
嬉しそうに千は言った。
同時に身体が俺の意思と関係なく浮かび上がった。
自分で動く事もできない。
力も使えない。
ただ意識だけがそこにあり、俺に出来ることといえば話すことだけになってしまったが、記憶を取り戻した今、俺が千に反論できることなんて何も無かった。
結局、千も咲耶も、今まで生まれてきた姫巫女達は俺によって人生を狂わされた被害者なのだ。
不意に、離れの木戸が叩かれた。
そして数回ノックが続いたと思うと急に木戸が開かれた。
そこにいたのは中村さんと清實さんと輝美さんの三人だった。
「なによこれ・・・咲耶、何があったの?」
輝美さんが室内の花と木に驚きつつも千に向かって歩いてきた。
「いけない!輝ちゃん戻って!」
清實さんが叫ぶのとほぼ同時に、輝美さんの首が刎ねられた。
そして中村さんが逃げようとする清實さんの腕を掴んだかと思うと、清實さんを千のいる方に押し返した。
一拍置いて、今度は清實さんの首が刎ねられた。
「これでこの姫巫女達の魂も私と一つになれるのね」
千は二人の肉体から魂を回収しながら満足そうに言った。
「ありがとう。貴方のおかげで今生きてた姫巫女の魂も回収できたわ」
千が中村さんに礼を言えば、中村さんが千の両手を握る。
「とんでもない。僕も暁津比売の復活に貢献できて光栄だよ」
中村さんは随分と嬉しそうに言った。
「じゃあ、お礼に貴方を次に取り込んであげるわね」
千がそう言った次の瞬間には中村さんの首は無くなっていた。
「これはね、念動力の応用なのよ!まず力を加える範囲を紙みたいに薄くするの。それを切りたい部分に向かって一気に強い力を加えるの!出来るだけ力を加える縦幅を薄くする事がきれいに切れるコツなのよ!」
中村さんの魂を回収しつつ楽しそうに千が解説をした。
俺は呆然とする反面、過去にこの念動力の力を持っていた姫巫女が同じようなことを言っていたのを思い出した。
最も、その姫巫女がこの技を今の様に人間に向けたことは無かったが。
「あ、この人の能力面白いわ!人の魂の記憶?って言うの?今までの人生から一人に集中してがんばれば前世とかも視られそう!まあでも、今は透視で広く浅く今のその人のことが解ればいいわ」
尚も楽しそうに開いた木戸から外を眺めつつ千は言う。
「何を、する気なんだ?」
そう尋ねつつも、俺の中では既に千がやろうとしていることがなんだかなんとなくわかっていた。
「そんなの決まってるじゃない。この屋敷にいる人達全員の魂を取り込むのよ?」
うっとりとした表情になった千が言葉を続ける。
「手っ取り早く魂を回収するために、この屋敷にいる人達に干渉して自殺してもらおうと思って」
どうだ名案だろうと言わんばかりの態度で千が言った。
そしてすぐに母屋の方から悲鳴が聞こえた。同時に怒号や狂ったような笑い声も。
「これで今ここにいる籠目教や鬼灯の人達の力も全部取り込めば、私の力ももっと強くなって、他にいる別系統の姫巫女達を取り込むのも楽になると思うわ」
「・・・・・別系統の姫巫女?」
俺が聞き返すと千は不思議そうな顔をした。
「あれ?時雨、やっぱりまだ記憶完全に戻ってない?」
千は言葉を続けた。
「時雨はウチの神社の御神体の岩に封印された暁津比売の魂をその血を引く瀧澤家の人間の身体に降ろして姫巫女を作ってたでしょ?
さっき思い出したんだけど、私が禊の儀を受けた時、その私達と同じ魂の気配を離れた所に沢山感じて、その中のいくらかは人の身体に入ってるみたいなの」
ゾクリ、と俺の中で何かが繋がった気がした。
・・・確か、竹も禊の儀の直後に似たようなことを言っていた気がする。
その話が真実ならば、暁津比売の魂を宿した人間は御龍神社の姫巫女以外にも複数存在するということになる。
まさか、竹を殺したのは他の暁津比売の魂を持った人間だった・・・?
「だから、御龍神社以外にも封印されている暁津比売の魂や、ウチとは違う系統の暁津比売の魂を持った姫巫女達の魂を全部集めて取り込んだら、きっと時雨が会いたがってる暁津比売になるのよ」
まあそれは私でもあるんだけどと千はややこしそうに言ったが、それは俺が望むからそれを叶えようとしているのだと解り、また胸が苦しくなった。
それは確かに、当初俺が計画していた暁津比売復活のための道筋だったが、なぜ俺は今説明されるまで気付かなかったのだろう。
やはり、いきなり記憶を戻すと言っても、記憶を思い出せるようになっただけで、記憶の戻り具合はまだ斑になっているようだ。
俺は、今でも暁津比売を復活させたいと思っている。
そしてそのためには姫巫女の協力が絶対に必要で、今咲耶の意識を乗っ取っている千は自ら進んでそれを成し遂げようとしてくれている。
しかし、それと同時に咲耶の事が頭の中にちらつく。
同じ魂を持っているのだから同じ人間のはずだと無理やり考えようとしても、どうしても目の前の千は咲耶ではないと思ってしまう。
咲耶なら、笑顔で自分の母親の首を刎ねるような、こんなことはしないと思ってしまう。
・・・・・・もしかしたら、咲耶がずっと自分と認めたがらず切り離そうとしていたのは、こんな自分だったのかもしれない。
そうだとすると、やはり元凶は俺にある。
そして俺はそれを無理やり統合するように咲耶を追い詰めた。
咲耶は咲耶としていられなくなり、しかし雛月を抑えた結果、雛月の中にいた千が表に出てきたのかもしれない。
このまま千に全てを任せておけばきっと俺の当初の目的は達成されると思う一方で、咲耶や千、他の姫巫女達への罪悪感で押しつぶされそうだった。
千は俺がこんなことはもう止めろと言えば止めてくれるだろうか。
しかし、仮にそれを止めさせたとして、何になるのだろうか。何が残るというのだろうか。
今まで散々姫巫女達の人生を狂わせ、命を奪っておいて、目的も達成させぬままにやっぱり寝覚めが悪いから暁津比売の復活は諦める等と言って辞めてしまえば、それこそ今までの姫巫女達やそれに関わった人間達の人生はなんだったのだろうか。
不意に、俺達のいる離れの空気が変わった。
どうやら離れの周りに結界を張られた様だ。
それを認識するのとほぼ同時に離れが燃え上がった。
一瞬の内に離れも、その中にあったもの全てが灰になった。
きっとこれは柿芝の家の人間の仕業だろうと思った。
離れが完全に焼け落ち、炎に遮られていた視界が復活すれば、俺達から少しはなれた場所の正面に案の定、邦治さんが立っていた。
更に離れが完全に灰と化しても平然とその場に立っている千を七、八人の人間が囲む。
皆当たり前のように千からの干渉を跳ね返し速やかに臨戦態勢に移っている辺り、全員鬼灯の人間だろう。
「やはり、咲耶ちゃんではアレを押さえ切れなかったか」
まるで今回の事態を想定していたかのように邦治さんが言った。
「おかしなことを言うのね。私もこの子も同じ存在・・・よ?」
一方、千は特に気に留める様子も無くさらりと話す。
しかし、千が言い終わるよりも早く、千の胸に刀が刺された。
刀は正面から刺さってはいるが、それは俺にとって既視感のある光景だった。
見れば千の手足には何か糸の様な物が絡み付いている。
「・・・ああ、これ知ってるわ。私嫌いなのよね。この刀、上手く力が使えなくなるし、自分じゃ抜けないし、糸も、頭ぼーっとしてくるし・・・・」
千がすっかり大人しくなり、その場に座り込んでしまうと、こちらに一人の青年が歩いてきた。
青年は警戒するように千を観察し、近くにいた人魂状態の俺を見つけると、素早く千から俺を引き離した。
意識はあるかと聞かれたので、何とかと答えると、急に周囲の張り詰めた空気が緩んだ気がした。
「龍太君の魂です!会話も可能な様です」
青年は俺を抱えて邦治さんの方へ駆け寄った。
邦治さんは俺を見るなりニヤリと笑った。
「咲耶ちゃんの意識がアレに取り込まれた場合、君の魂が残ってるかは賭けに近かったが、龍太君の意識さえあれば禊の儀は出来る。
一旦アレの魂を咲耶ちゃんから切り離して、再度禊の儀をやれば、咲耶ちゃんは姫巫女として完成し、もうアレは咲耶ちゃんを差し置いてあの肉体を支配する事はできなくなるはずだ」
邦治さんは、最初からこの事態を予測していたという事だろうか。
「だけど清實さんは・・・」
俺がそう言いかけると邦治さんはその言葉を遮った。
「ああ、知っているよ。そもそもこの禊の儀が失敗してアレが暴れることになるだろうということも、清實の予知で知ったんだ。
同時に清實は自分は死ぬことになるだろうとも言っていた。籠目教の人間もな。
だがそれは大きな問題ではない。なぜなら清實はこうも言っていたからだ。
『ただし、その後再度禊の儀をして完遂できれば咲耶は終の姫巫女として完成し、自分が殺した人間達も生き返らせることが出来る様になる』とね」
確かに、竹のことを考えると姫巫女として完成した咲耶なら、肉体は物質化で一から再生できるし、魂は現在同じ魂を共有している千が回収している。
それくらい出来ても不思議ではない。
「つまり、アレを抑えて咲耶ちゃんの禊を完遂すればなんら問題は無いんだよ」
邦治さんはそう言ってまた一つ新しい刀を出し千の方へ歩いて行く。
千の目の前まで来た邦治さんは静かに刀を振り上げたが、しばらくそのままの状態で動かなくなったかと思うと、今度は自分達が千に繋いだ糸を自分で切り始めた。
そして手に持っていた刀を消すと、千に刺さっている刀も抜き出した。
一体何をしているのか。
それともこれも千の魂を咲耶から引き離すためのものなのかと思い周りを見渡せば、千を囲むように立っている鬼灯の人間全員の目の焦点が合っておらず、皆急に生気をなくしたようになっていた。
何が起こっているのかと千の方を見れば、座り込んだまま顔を上げ、勝ち誇ったかのような笑みを浮かべていた。
「あなた、とても人望があるのね。皆から頼りにされて信頼されているし、貴方も彼等に全幅の信頼を置いている。
とても理想的な関係だと思うわ。
糸を通して干渉してきた人間の意識を乗っ取れば、芋づる式に全員に干渉できるんですもの」
千が言い終わる頃には千の周りにいた全員の首が刎ねられていた。
「第一、他の姫巫女達の力も使えるようになった私に、何度も同じ手が通用する訳ないじゃない。でも、これでこの人達の力も全部私の物だわ」
満足そうな顔をして立ち上がる千に一瞬、咲耶の影を感じた気がした。
「時雨、さっき連れて行かれたときに変な事されなかった?」
鬼灯の人間の魂の回収そっちのけで千は俺に駆け寄ってきたが、俺のもとに来るより先に、千の両膝から下は切り落とされた。
こちらに向かっていた勢いでそのまま派手に地面に転んだ千の前に現れたのは、柿芝悠人だった。
柿芝は左手に白い紙を切り取った、何か模様の書かれた人型を持っており、柿芝がそれを頭上にかざした瞬間、鬼灯の人間の魂はその形代に吸い込まれていってしまった。
そして素早く近くを浮遊していた俺を捕らえた。
「確か、この子の記憶によると、貴方もここにいる人達と同じ集団に属してたはずなのだけど、私の干渉から逃れるなんて、よっぽど人望がないのかしら。それとも、貴方が心を開いてないだけ?」
身体を起こしてまた地面に座る状態になった千が憎々しそうに言った。
「・・・・・もし、貴方に咲耶さんの記憶があるのなら、聞くまでもない事だとは思いますが」
静かに柿芝が言った。
「ああ、原因は両方だったわね。同情するわぁ。そのくせ律儀にこの子との約束は守るのね」
哀れむような笑みを浮かべ、千は柿芝を見上げる。
「それなら、僕がこれから何をしようとしているのかもわかりますよね」
固い表情を変えず柿芝は答える。
「でも、もう私はこの子と同じ魂を共有した同じ存在なのだから、私の言葉はそのままこの子の言葉よ。もし私が私でいられなくなったら、なんて言ったけど、あの約束はもう無しでいいわ」
興奮しているのか若干芝居がかった大げさな調子で千は言った。
「そうですか、それが本当に咲耶さん本人の言葉なら、別にそれでもいいんですけど、僕は貴方を咲耶さんとは認めません」
柿芝は千に冷たく言い放つ。
「それに、僕とこの人達との繋がりは今貴方が言った通りですが、今まで育ててくれた事に恩は感じています。
なので、どちらにしろ僕のやることは変わりません」
言い終わると柿芝は刀を構えた。
一体、柿芝と咲耶の間に何があったのかは知らない。
話から察するに柿芝は咲耶から咲耶が自我を保てなくなった時のために、何か頼まれていたのだろう。
確かに雛月が咲耶から切り離された同じ魂を持った存在でも、様々な物を取り込む過程で咲耶とは全く別の物になり、更に咲耶を乗っ取ろうとする様な危険は十分にあるし、親父達もそれを心配していた。
咲耶も薄々そのことには気付いていて、だからこそ自分の干渉を跳ね返してくる柿芝にそうなった時のことを頼んでいたのかもしれない。
もしかしたら、咲耶が千の封印を解いた時、柿芝がいきなり咲耶を刺していたのは、千に主導権を奪われそうになっていた咲耶の魂と千の魂を分離させていたということなのかもしれない。
「そう、私の方もここにいる人間の魂は全部取り込んでおきたいし、特に貴方の魂は取り込んだら凄く強くなれそうだから、私もやることはかわらないわね」
柿芝の発言を受けた千がニッコリと笑って立ち上がった。
例のごとく切り落とされたはずの両足はまた生えていた。
同時に柿芝の足元から大量の木の根が伸びてきた。
柿芝はすぐに飛びのいてかわすが、そのかわした先の地面からも木の根が伸びてくる。
木の根は切り落としてもすぐにまた別の根が次々に伸び、あっという間に柿芝を絡めとり、縛り上げた。
そして千の念動力の刃が柿芝の首を刎ねた。
・・・はずだった。
確かに一瞬柿芝の首からは血が吹き出したし、後ろの木の根の集まりもそれに合わせてスッパリと切れた。
だが、どういう訳か柿芝の首は繋がったままだし、そう思っているうちにも傷口は塞がり、柿芝の服に染みが出来ただけだった。
「どういうこと?」
「こういうことですよ」
千が呟いた瞬間には既に柿芝は木の根を切り刻んで千の後ろに回りこんでおり、慌てて振り向いた千の前で柿芝は自分の首を切りつけた。
首元からは勢いよく血が噴出し、千の顔に盛大にかかった。
千はその予想外の行動に混乱している様だった。
「きゃっ!」
血が目に入ったのか千が自分の目を覆った瞬間、柿芝が勢いよく千の両腕を掴んだ。
すると突然千の身体が炎を上げて燃え上がった。
更に悲鳴を上げてしゃがみこんだ千の頭を真上から刀で貫いた。
丁度頭から胴体まで串刺しにされた感じだ。
千はすっかり動かなくなり、端から見れば明らかに生きているとは思えない光景なのに、なぜだか俺は千は普通に生きているという確信があった。
柿芝は俺を抱えて素早く屋敷の奥へ退避した。
「呪術を使えないようにチャクラは潰しておきました。回復だけで手一杯になるよう肉体を燃やしてもいますが、いつまでもつか・・・」
屋敷の中でもかなり奥まった一室に柿芝は入ると、やっとその場に座り込んだ。
「あの炎、本当は一瞬で身体を燃やし尽くすつもりでやったんです。それでも咲耶さんの身体はびくともしないどころか、燃やしたそばから肉体を回復させて全く燃やすのが追いつかない位で、最大火力でやって、やっと動きを封じられるような状態です。
このままでは、こっちの力が先に尽きて咲耶さんが僕を殺しにくるか、むこうが先に力尽きてくれるのを待つかの根競べをすることになるでしょう。
しかしその場合、正直自信はありません」
柿芝が俺に向かってうなだれながら話すが、その様子はかなりきつそうだ。
そもそもあの炎は瞬間的に出して燃やし尽くすためのものなので、継続するのは結構きついらしく、あの火力を続けるのは持って三十分が限界らしい。
人体を一瞬で焼き尽くす温度の炎を出現させ、更にそれを三十分継続できるというのも相当な気はするが。
「ところで、咲耶さんの禊の儀は、途中で中断されて失敗に終わったという認識でいいんですか?」
そうだと俺が答えると、続けて柿芝は質問をする。
「つまり、咲耶さんは姫巫女として出来上がる前に、雛月の中に隔離されていたあの土地神に乗っ取られたわけですよね?」
まあ、そうなるな。と俺が答えれば、柿芝は急に俺の方に向き直って真剣な顔になった。
「なら、今の土地神に乗っ取られた状態で咲耶さんに禊の儀を行った場合、どうなりますか?」
そう問われて少し俺は考えたが、元々禊の儀を行う最中は姫巫女の意識は朦朧としているし、そうでなければならない。
つまり、裏を返せば姫巫女本人の意識がほとんど無い今の様な状態で行っても差し支えは無いことになる。
そして、千が咲耶や他の姫巫女達と魂を共有しても自我を保ちあの肉体の主導権を握っているのは恐らくその力の強さが原因だ。
姫巫女としての力の強さなら、直系の姫巫女である竹と咲耶がずば抜けているが、咲耶はまだ禊の儀を行っていないので他の姫巫女達の魂との親和性が低く、竹は禊の儀は行ったが、その魂を俺は取り込んでいない。
千は生前、禊の儀以外にも生贄の魂を取り込み力を強くする儀式を頻繁に行っていた。
それによって千は竹以前の姫巫女の中では頭一つ抜けた力を持っていた。
しかし、直系の姫巫女である咲耶が禊の儀を終えれば、その力関係は逆転する。
それに考えてみれば相手の魂に干渉して自分の支配下に置くなんて咲耶の得意分野だ。
多分千は今、相当に力を蓄えた雛月を乗っ取り、更にその雛月を通じて咲耶の中に入り込み、咲耶を乗っ取ったのだろうが、咲耶の魂が禊の儀によって他の姫巫女達の魂と繋がれば、そうもいかなくなるだろう。
「咲耶がまた表に出てくる・・・かも知れない」
そう呟けば、柿芝が小さく息を吐いた。
「そうなったら、皆を生き返らせて、建物を再生して解決ですね。宮司役は僕が勤めます。何をしたらいいですか?」
柿芝が力を使いきる前に、打ち合わせを済ませて作戦を決行しようと言うことになり、話がある程度まとまった時、柿芝が驚いた様に千がいるはずの方向を向いた。
どうしたのかと問えば、咲耶の肉体が燃え尽きたと言う。
それと同時に急に俺は背後に強烈な視線と気配を感じた。
柿芝もそれに気付いたらしく、後ろの襖を開けて見れば、奥の廊下からひたひたと足音が聞こえてきた。
今、この屋敷の敷地内で俺達以外に動ける可能性がある奴は、一人しかいない。
肉体を失った様だが、足音がするということは何らかの方法で肉体を再生したのだろうか。
俺達は、すぐに部屋から出て足音から遠ざかるように逃げた。
しかし、目の前にいきなり太い木の幹が伸びてきたかと思うと行く手を遮られてしまった。
振り返った俺達の前に現れた、赤い襦袢を纏った千は俺達を見つけると無邪気に笑った。
次回更新予定は4/25です。




