#2 すごく××いの・・・
「では今夜午前2時にいつもの場所。くれぐれも遅れるでないぞ。遅れたら私の『雛月』を送りつけるぞ。わかったか?下僕」
帰り道、最近中二病をこじらせつつある幼なじみの咲耶が言った。
「うん、夜にこっそり抜け出して探検なんてわくわくするね~」
と、もう一人の幼なじみの鞠亜が返す。
俺達はなぜか今夜、”狩り”とやらをすることになっている。
・・・といっても、ただ夜の校舎を探検するだけなのだが。
何故、そんなことになったのかというと、それは咲耶のせいだ。
幼なじみの咲耶が中二病を患ったのは中学に入った頃からだった。
何でも魂の記憶が蘇ったらしく、どうも上から目線な演技がかった口調になり、俺を下僕扱いしてくる。
ちなみに下僕は”したぼく”と読む。
一回それについてつっこんでみたら顔を真っ赤にして
「あんたなんか”したぼく”で十分なのよ!」
とか言って以来、”したぼく”で通している。
ただの馬鹿だ。
ちなみに内弁慶なのか俺ともう一人の幼なじみの鞠亜の前でしか中二病は発動しない。
自分のことを”黒き暁の女王”と名乗り、真の姿を今話すと自分だけでなく周囲も危険に晒すためにまだ隠している。
俺たちの前でだけでしか、まだ明かせないらしい。
「昔は他に多くの名を持っていたが、今はそれを名乗るべきではない」
とか言っていたが、すごくどうでもいい。
・・・俺達の前でも中二病は発動しなくていいよ。
それだけならまだ良いのだが、
「今は力を蓄えるために自分の分身の『雛月』に餌をやる必要がある」
という。
咲耶の分身の『雛月』は不思議エネルギーを食べて成長するらしい。
なんだよ不思議エネルギーって・・・
中二病設定もどうせやるならもっとちゃんと作り込めよ。
訳のわからんことを言って俺達を狩りと言う名の肝試しに連れ回わすのは止めて欲しい。
「あ、龍ちゃん早いね~」
待ち合わせ場所で今までの咲耶の言動を思い出し、若干イラついていると、鈴を鳴らしたような声が聞こえてきた。
鞠亜だ。
咲耶と違って、成績優秀、容姿端麗でなおかつ誰にでも優しい良い子なのだが、昔からよく大変な目にあってたりする。
あと咲耶と異常なくらい仲がいい。
正直あまり肝試しのさようなことはさせたくないが、どうせ俺が止めたところで二人で勝手に行ってしまうのは目に見えていたので鞠亜のことを考えると行かない訳にはいかなかった。
なんだかんだいっても寺の息子なんだから、清め塩は常備している。
万が一のときは俺が鞠亜を守る。
・・・それでいい。
「よし、これで全員揃ったな。では狩りに出かけるぞ」
一番最後に来たくせに偉そうに仕切りだす咲耶を尻目に俺はこいつが居なければ、まだいくらかは楽しかったろうと思ったが、そもそも俺はこんな非常識な時間に女の子を呼び出して引きずり回すような迷惑な人間ではないので、考えるのを止めた。
狩りは不発に終わった。
そりゃそうだ。
だって獲物がいなかったのだから。
そもそも近所に集合住宅ができて人が増えたからという理由で4年前に新設されたばかりの中学の校舎に何が出るというのだろうか。
少なくとも俺が入学してからその手の噂なんて何一つ聞かなかったわけだが。
咲耶はといえば、
「それならばそれで好都合だ」
などと言っていくつかの教室で儀式のようなことをやっていた。
典型的な妄想型の中二病である。
翌朝、登校したらクラスの女子たちがざわついていた。
男の転校生が来るらしい。
ふ~ん・・・と傍観者を決め込んでいたら、クラス委員の鞠亜が俺に机と椅子を運ぶのを手伝ってくれと言ってきた。
委員長がまだ登校していないからと鞠亜が俺に頼みごと・・・今日はツイている気がする。
二人で空き教室から机と椅子を運び出す。
・・・というか、俺が机と椅子を持って鞠亜が誘導するのだ。
誰にも邪魔されずに二人っきりで歩く廊下。
うきうきしてくる。
ひいじいさんがロシア人の鞠亜は肌が透けるほど白い。
栗色のウェーブがかかった髪に日光がさして金色に見える。
ほんとマジ天使って感じ。
「転校生って男子なんだ?」
俺が鞠亜に聞くと、
「うん、イケメンらしいよ」
と答える。
イケ・・メン・・だと・・・敵か!!!
自分でもわかるくらい、俺の顔がこわばった。
鞠亜が言葉を続ける。
「でも、イケメンとかいってもあんまり興味ないなぁ・・・好きな人いるし」
ちょ・・・ちょっと待った!
好きな人がいるってなんだ、それ。
今までそんな素振り見たことないぞ。
大体、いつも俺や咲耶と一緒に行動しているじゃないか。
いったいどこのどいつだ?
「ぁ、龍ちゃん、今の内緒にしてね。誰にも話してないんだから」
ほんのり頬を赤らめて鞠亜がつぶやく。
「・・・いわないよ」
俺は一気に重い気分になってきた。
「ありがと」
鞠亜がぱぁっとうれしそうな表情に変わった。
そんな表情をされたら、何も言えなくなるじゃないか。
「成美修司です。よろしくお願いします」
爽やかな笑顔で転校生は挨拶をした。
金髪碧眼に学生服だと・・・。
戦う前から俺は完敗だった。
「席は天野の隣が空いているからそこに座るように」
成美の目が大きく見開かれ、頬を染める。
こいつ・・・鞠亜に・・・くそおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!
「わからないことがあったら、何でも聞いてね。わたしクラス委員なの」
鞠亜がにっこり微笑む。
天使のような笑顔で見るんじゃない!
クラスの女子にいじめられるぞ!!
・・・あれ。
クラスの女子の視線は生温かく見守る視線だ。
嫉妬の感情とか負の感情が感じられない。
何故だ?
1時間目、英語の授業。
「成美くん、18ページから読んで」
成美の口からネイティブな英語がすらすらと出てきた。
なんだこれ。
まるで、英語の教材を聞いているようだ。
まぁ・・・ハーフらしいし、普段から家で英語使ってるんだろうな。
2時間目、数学の授業。
「この問題、解けるやつ」
先生が黒板に四角形の対角線の角度を求める問題を書いた。
ぜんぜんわかんねーよ・・・と思っていたら、成美が前に出てすらすらと解いた。
・・・こいつ、数学得意なんだろうな。
3時間目、体育の授業。
100mの短距離走だった。
成美は早かった。
「10秒99」
・・・こいつ、陸上部だったのか?
4時間目、古文の授業。
李白の漢詩を朗々と読み上げた。
・・・こいつ、顔だけじゃないだと・・・。
昼休みになると、成美は当然のごとくたくさんの女子から一緒に食事を食べようと誘われていた。
まるでドラマかアニメのようだと思って見ていると成美がこっちに近づいてきた。
「一緒に食べても良いかな?」
と俺達に声をかけてきた。ていうか完全に鞠亜目当てだろ。
「うん、いいよ~」
と鞠亜
「いらっしゃい」
と咲耶。正直クラスの女子の目が恐かったが見てみるとまた生暖かく見守る目をしている。
これが鞠亜の人望のなせる業なのだろうか。
成美は鞠亜の隣に座った。
俺の隣に咲耶が座って4人で給食を食べだした。
他愛のない会話をしながら成美の事を聞いた。
親が転勤族で小さい頃からよく引越しを繰り返していたらしい。
そのせいかは知らないが、話していると自然とその場を中心にいるような雰囲気があった。
「・・・そうなんだ、じゃあ天野さんは好きな人とかいる?」
話の流れで何気なく聞いたみたいな風を装っているが、最初からそれが聞きたかったのだろう。
「えっ・・・」
顔を赤らめながら鞠亜が一瞬こちらの方を見た気がした。
大丈夫、俺は言わない。
誰だよ鞠亜にこんな顔させてる奴・・・ちょっと泣きたい。
突然、咲耶が
「鞠亜は私が好きなのよね~」
と言い出した。
助け舟を出したつもりなのか?
真っ赤になって鞠亜がうつむく。
「・・・もう、咲耶ちゃんたら~」
両手を握り締め、小さく振り回す。
「そういえば昔よく結婚式ごっことかやったよね~」
更にからかうように咲耶が話を続ける。
「へぇ、二人は幼馴染なの?」
話がそれたことに気がついて、成美は別の角度から鞠亜のことを探ることにしたらしい。幼い頃の話をにこにこして話し出す咲耶。
「そうよ~そういえば一回龍太が俺も鞠亜と結婚する!とか言い出して結局三人で結婚式あげたこともあったわね~」
ちょ・・・調子に乗って咲耶何を言い出しているんだ!!
ふと鞠亜を見ると目が合った。
少し赤らめて微笑む顔を見て、一瞬もしかしてと思ったがそれで違ったらもう立ち直れない気がしたのでやめた。
咲耶は饒舌になっている。
俺の寺でかくれんぼをした話とかを始めやがった。
やめろよ。
あの時は親父が居たから助かったんじゃないか!
気分が悪くなった鞠亜を咲耶が介抱したとか、何勝手に脳内補正しているんだよっっ。
その時、急に体中を押しつぶすような圧迫感と眩暈を感じた。
すぐに収まったが妙なだるさが残った。
風邪でもひいたのか・・・?
その時、咲耶が突然
「龍太、どうしたの?なんか変なものでも呼びつけた?」
と言い出した。
はいはい中二病中二病・・・って、なんで3人だけのときだけじゃなく、成美がいるときに発動しているんだよ。
他人の前では隠しているんじゃなかったのかよ。
その日の放課後は美化委員会の会議があった。
美化委員の俺は出席する。
各クラスの委員長も参加なのだが俺のクラスの委員長は部活で来られないらしく代わりに副委員長の鞠亜が来た。
当然帰りは遅くなるので咲耶は先に下校。
つまり帰りは俺と鞠亜は二人っきりという事になる。
一日に二回も二人きりになれるイベントが発生するなんて。
委員会とかめんどくさいから嫌だったんだけどこういうことなら大歓迎だ!
そして帰り道
「会議思ったより早く終わったね~」
鞠亜が軽くのびをしながら、俺に話しかける。
少し、夕方になって涼しい風が吹いている。
「もう決まったこと説明するだけだったしな、今朝は咲耶に肝試しに付き合わされるし、転校生も来るしなんだか今日は色々あったな」
俺は、にやけそうな顔を必死に抑えて返事をした。
「うん、成美君ハーフで顔整ってるからお人形さんみたいだったね~」
ふふっと笑いながら鞠亜がつぶやく。
「いやいや確かにイケメンだったけど明らかに男だし。お人形さんみたいって言うのは可愛い子に対して使うんだよ。・・・ま、鞠亜とか・・・・・」
つい、本音を漏らしてしまった。
このままいっそコクるか?
しかし、俺の次の言葉をさえぎるように、鞠亜が言葉を紡ぐ。
「ぇ、そんなことないよう・・それに可愛いって言うなら・・・」
「言うなら?」
ほんのり頬を染めて鞠亜が俺を見つめて言う。
「さ、咲耶ちゃん・・・とか・・・・・」
可愛すぎだろ。
『わたし可愛いでしょ』って押し付けてくる最近の女子たちと違って、鞠亜はなんて奥ゆかしいんだ。
でも、咲耶が可愛い???
それはないだろ!
「咲耶て、ないない。それにあいつ重度の中二病だし」
俺が全力で否定する。
それに対して、ぷぅ~っと頬を膨らませ、鞠亜がつぶやく。
「もぉ、そこが可愛いんじゃないの~」
予想はしてたが全く色っぽい会話にならない。やっぱり違うのか・・・。
「・・・そういえば、さ、お昼のとき、ありがとね」
鞠亜は話題を変えてきた。
「昼?あぁ、まあな・・・」
・・・俺は少し探りを入れてみることにした。
「その、鞠亜の好きな奴ってさ、どんな奴?」
「えぇ、それきくの・・・」
とたんに鞠亜が耳まで赤くなる。
「ヒントだけ!」
ここで引き下がるわけにはいかない。
俺の真剣な目を見て、鞠亜はあきらめたようだ。
「うぅ、そうだなぁ・・」
手で頬の熱を冷ましながら鞠亜は言った。
「鈍感な人、かなぁ・・・」
鞠亜の視線は遠くを見ている。
「鈍感?」
「うん、すっごく鈍いの。小さい頃からずっと一緒だったからもうそれが当たり前になっちゃったのかなぁ・・・でもね、私が困ってるときはいつも助けてくれるの。」
鞠亜はそういうと視線を足元へ移した。
「え・・・」
それって・・・もしかして・・・。
俺が言葉を発せずにいると
「もぉ、ヒント終わり!じゃあまた明日!」
そう言って鞠亜は走って行ってしまった。
一方俺はその場に立ち尽くしたまま、今の鞠亜の言葉を延々脳内で繰り返していた。
小さい頃からずっと一緒・・・私が困ってるときはいつも・・・・・・すっごく鈍いの・・・
次回更新予定は5/31です。