#46 姫巫女
佐倉家と天野家の一件が収まって約三週間が経った。
佐倉はあの一件以降一週間ほど学校を休んでいたが、しばらくすると何事も無かったかのようにまた登校し、表面上は前と変わらずよく俺達の教室に遊びに来る。
変わったのは、表立ってはいないが佐倉が俺を妙に警戒するようになった事と、佐倉が修司だけでなくより咲耶や鞠亜、それに早瀬ともよく話すようになった事だろうか。
一時的に長崎の実家に戻っていた様で、今後は何とか鞠亜と咲耶を紅鏡サイドに引き込むか、味方につけようとする方向に決まったらしいと修司から聞いた。
今は特に何も起っていないが、咲耶は咲耶で、佐倉の力は欲しいらしく、表面上は二人とも仲良く振舞っているが、水面下で熾烈な主導権争いが繰り広げられているのかもしれない。
俺は蚊帳の外状態で咲耶も鞠亜もその事は聞いてもあまり話してはくれないが、咲耶と佐倉の様子を見る限り、今のところは平和的なやり取りだけで済んでいるらしい。
柿芝からは、早瀬が佐倉とも交流するようになったので、絶対にこの前の一件で柿芝も絡んでいた事は話さないようにと念を押された。
どうやら柿芝は佐倉と同じクラスらしい。
柿芝本人は薄々佐倉の纏っている気から佐倉は只者じゃないとは思っていたらしいが、相手に自分のことが悟られていないのならひたすら自分の気配を偽装してやり過ごそうと考えていた様だ。
しかしそう考えていた矢先に今回の佐倉による鞠亜誘拐未遂があり、更に両親の再婚により柿芝家の所属する鬼灯と清實さんが教主を勤める籠目教は協力関係となり、当然柿芝本人も事態収拾のために狩り出された。
その結果柿芝は間接的にとはいえ、佐倉の計画を邪魔した訳で、あの日佐倉の結界の一部を壊し、俺達が佐倉の結界内に進入するきっかけを作ったのが柿芝だとばれるのは柿芝の望むところではないらしい。
しかも柿芝が疑われれば、当然柿芝が下宿している家の人間で、かつ普段咲耶や鞠亜と仲のいい早瀬まで疑われる。
ところが当の早瀬はその辺に関しては全くの無防備どころか、むしろ自分から踏み込んでいこうとするので危険極まりない。
早瀬の両親はのそれなりの呪術の使い手らしいが、その二人の娘である早瀬本人は一応血統系の血を引いてはいるものの、全くそっち方面の才能が無いらしく、霊的なものを直接視たというのも咲耶からの影響が相当に疑われる能面さんの一件と、恐怖心を抱いた人間には100%視えるという廃屋の黒い影だけらしい。
まあそれは別に珍しい事じゃない。
御龍神社の姫巫女も恐らく血統系に属するのだろうが、別にその家に生まれた女全員が姫巫女になる訳でもなかったし、実際姫巫女だった竹の姉の松は姫巫女じゃないし、輝美さんにも確か下に二人妹がいたが、上の妹は見鬼ではあったが姫巫女としての力は無かったし、下の妹にいたっては見鬼ですらなかった。
姫巫女になる女の顔は皆型を取ったように同じ顔だが、それ以外の女は皆そこまで顔は似ていない。
恐らくより血を濃く受け継いだ人間に姫巫女の力が発現するのだろう。
早瀬はそれなりに両親に似ているが、特にどちらかにそっくりと言える程似ているという訳ではない。
それが原因なのかはわからないが、だから別に早瀬の両親がどんなに強い力を持った人間でもその娘が全くその才能を持ち合わせていないということは十分にありえるのだ。
柿芝はそんな早瀬が、どういう訳だがやたらそっち方面の才能に溢れる人間達に囲まれている現状を心配しているようだ。
早瀬は霊的な才能は皆無だが、かなりのオカルトオタクで、何かの本で聞きかじった知識で儀式やまじないをしたり心霊スポットに行ったりするのが大好きな奴だ。
しかも何度が危険な目に遭ってもしばらくしたらまた懲りもせずにまた同じ事をしようとする。
いくら本人に才能が無いとは言え、一応霊的にはそれなりの血を引いており、更に周りには何かの拍子に巻き込んだら面倒な事になりそうな人間も多い。
何か起ってからでは遅いのだと柿芝は言う。
結局柿芝には、何か俺達が困った時には協力してもらう、その代わり、俺達のできる範囲で、何か早瀬に危害が加わりそうになった時は俺達が早瀬を守る。ということで手を打った。
まあ祭りで会った時は柿芝も早瀬とは仲良さそうだったし、考えてみれば家でも学校でも周りの人間は皆、霊的な方面の力に長けた人間ばかりなので心配なのだろう。
「僕達の家の事情や先輩達の正体等は極力隠す方向でお願いします。絶対に興味持ってめんどくさいことになるのは目に見えてますから」
最後に柿芝はそう締めくくったが、それには俺も同意した。
早瀬は普段は良い奴なのだが、たまにオカルト関係で変な爆弾を持ってくることがある。
能面さんの噂とか、心霊スポットの探索とかだ。
もし今そんな爆弾を早瀬の周りにいる人間に、特に咲耶と鞠亜に持って来たら、と考えると確かに危険としか思えない。
10月になり少し過ごしやすくなってきた頃、俺は清實さんに籠目教本部へ呼び出された。
金曜の夜に清實さんから電話があり、翌日の昼前には清實さんと邦治さん達が迎えに来た。
前回同様、本部に着くまでに車の中で清實さんから今回呼び出されたことについての説明を受ける事になった。
俺は車の後ろの席に清實さんと邦治さんに挟まれる形で座った。
清實さん達が今回俺を呼び出したのは、咲耶の能力についてある確認するための実験をするので、俺もその場に立ち会って欲しいということと、昔、竹を直接見ていた俺に聞きたいことがあるそうだ。
それと佐倉の過去を覗き視た時に、清實さんが知った佐倉家の秘術についても俺に話しておきたいらしい。
そして、咲耶の力の実験以外は車内でもできるので、先に最後二つの用をここで済ましてしまいたいらしかった。
どちらが先が良い?と聞かれたので、まずは清實さんが知った佐倉家の秘術とはなんなのかについて聞くことにした。
「まず最初にね、この秘術の目的と言うのは、地上と天界の全ての秘密を知るという天使、ラジエルを地上に肉体を持って光臨させることにあるのよ。龍ちゃんはラジエル書って知ってる?」
そう尋ねる清實さんの言葉に、俺は知らないと首を横に振った。
「ラジエルというのは、最初に言ったように全てを知る天使で、その宇宙の神秘についての知識をまとめたのがラジエル書よ。言ってみれば備忘録みたいなものね。これはラジエルにしか読めない文字で書かれているらしいんだけど、ラジエルに認められた人間には読めるらしいわ。そして、そのラジエル書こそが人類に魔術を伝えた物だとされているわ。言ってみれば全ての呪術の根源であり始まりね」
「・・・つまり、そのラジエルの魂を宿したのが鞠亜と佐倉、ということですか?」
俺が尋ねると清實さんは控えめに首を横に振った。
「間違ってはいないけど、完全な正解でもないわね。二人も器として優秀ではあるけれど、それでも座天使の長の魂を完全に地上に留めて置くには十分ではないのよ。だからね、今はまだ準備段階なのよ」
「準備段階・・・?」
俺が聞き返せば今度は清實さんは頷いた。
「そう。そして鞠亜ちゃんと恵瑠ちゃん、二人のうちどちらか男だったらまだこんな面倒なことにはならなかったんだけどね」
「どういうことです?」
「佐倉家の最初の予定では、倫子ちゃんと侑子ちゃんの子供にラジエルの魂を入れた後、二人を結婚させてその子供にラジエルの魂を完全に受け継がせようとしていたのよ。でも二人とも女だったから子供は作れない。
そこで白羽の矢が立ったのが、当事分家の中で鞠亜ちゃんと同い年だった修司君よ。
鞠亜ちゃんと修司君の魂を同調させて、最終的に鞠亜ちゃんに修司君の身体を乗っ取らせるつもりだったのよ。そのために、小さい頃から修司君と鞠亜ちゃんは思考を条件付けもされてたみたい」
「思考を、条件付け・・・・・?」
そんなあっさりと自分の子供に洗脳だとか、肉体の乗っ取りをさせようとする感覚に、血の気が引いた。
「つまり、修司君は鞠亜ちゃん大好きで鞠亜ちゃんと肉体の共有という意味で一つになりたい。
鞠亜ちゃんは修司君の肉体を乗っ取った後は恵瑠ちゃんと結婚するわけだから、恵瑠ちゃん大好き結婚したいそのためならなんでもするし、他はどうでも良い。
みたいな考えを植えつけられたのよ。後、同一人物になっても支障が無いように、趣味思考も同調させられてたみたいね」
言われてみれば、なんとなく修司と鞠亜は雰囲気が似ているような気もする。
普段は穏やかで勉強もできるはずなのに、時々よくわからない所で暴走する所とかも似ている。
「そして、恵瑠ちゃんが子供を身ごもると共に恵瑠ちゃんの旦那さんは殺され、その魂は恵瑠ちゃんの子供に移される。
そして母親と子供というのは特に小さいうちは魂が母親と近いので、恵瑠ちゃんは子供を育てながら魂を同調させ、最高潮に近くなった所で自ら命を絶って子供に魂を丸ごと奉げる。
そうして子供は完全なラジエルの魂を持った者になる。
あとは修行させて精神を鍛えれば、全ての神秘を知る神人が完成するのよ」
清實さんは淡々と説明を続ける。
「待ってください。それじゃあ、佐倉も鞠亜も修司も、三人とも死ぬじゃないですか」
俺がそう口を挟めば、清實さんはため息混じりに静かに首を振った。
「でも、三人の魂は文字通りその子に引き継がれるし、その子は魂も肉体も他の比じゃない位に優れたものを持っているし、精神なんて本人のやる気さえあればどうにでもなるし、それだけ他が優れていたら、精神が未熟な時期でも勝手に何でも解るし、そこまでお膳立てされてたら勝手に修行するし、自分の魂にアクセスできるようになればそれだけで何も教えなくても全てを知ることができる訳だし、佐倉家としてはその子はそれだけの犠牲を払う価値があるんでしょ」
「それは、そんな簡単に割り切れるものなんですか?」
思わずそう聞かずにはいられなかった。
自分や親戚の子供の命を、人生を、そんな簡単に奪うことに、佐倉家の人間は何も思わないのだろうか。
「事情も方法も違うけど、血統系の家ではそんなことは珍しくも無いわね。
だからこそ跡取りの人間にはあらかじめ思考を操作するような術がかけられることも多いわ。
そしてその術をかけられて、当主として完璧に役目を果たすことに生きがいを感じるようになった当主は、自分の子供にも同じ術をかける。
そして何かの拍子にそれが解けて跡取りが暴走して大惨事になるとか、家出するとかもよくあることよ。
まあ他に逃げても、結局、呪術方向に完全にシフトした生活を送っていた人間は、普通の生活には馴染めなくて、結局逃げた先の呪術コミュニティに亡命するまでがもう一種のパターンよね」
その話しぶりからして、籠目教にも他から亡命してきた人間でもいたのだろうか。
それとも、籠目教のやり方が嫌で逃げた人間でもいたのだろうか。
あるいは両方か。
「紅鏡はそんな他から亡命してきた人間が多いから、身内に力を封印したり思考を制限するような術を使うことは表向き禁止になってるみたい。
そんな決まりが出来る前から紅鏡に所属してる家とかは逆にその辺抵抗は無くて、ばれなきゃいいんだよって考えみたいだけどね。だから鞠亜ちゃんと修司君の思考の矯正も、本家の一部の人間しか知らなかったみたい」
そして付け足す様にそう続けた。
「・・・・・籠目教は、その辺どうなんですか?」
そう聞かずにはいられなかった。
「ウチは他の血統系と比べてもずば抜けて歴史が浅いから、そこまでして秘術を発展させたり強い能力者の血を残そうとかは無いわね。というか秘術に至っては守るほどの実践的な物はほとんどないし、他のコミュニティと衝突した時も、ほとんど天然の異能の力におんぶに抱っこでやってきたわね。それぞれの力はそこまで強くはないけど、能力の種類だけは豊富だから、組み合わせと使い方次第で案外何とかなるわ。まあ私の千里眼と輝ちゃんの封印の力に頼る所は大きいけど」
だから、輝美さんは咲耶の誕生日等の特別な日に帰ってこられることも少なかったのだろうか。
そのおかげで咲耶の誕生日パーティーや、クリスマス会等は、よく俺の家で行われることになった訳だが。
更に輝美さんが咲耶に深く干渉されれば輝美さんが俺達に施している封印も危うくなるので日常的に輝美さんが咲耶と暮らすことはできず、そのせいで一時期咲耶は輝美さんに対して酷くひねくれていたのだろう。
俺達の力を封印する必要も無くなった今となっては、輝美さんも家に戻り、咲耶とも関係は改善されてきてはいる様だが。
「実際、ウチは血統系としては、その力に対する知識も乏しいし、それを応用した秘術の研究もほとんどできてない。
そもそもどんな条件で力を持った人間が生まれるのかも解ってない状況なの。だから、そういう意味でもその辺のノウハウのある鬼灯との協力というのは大きいのよ」
清實さんがそう言うと、清實さんの反対側に座っていた邦治さんが口を開いた。
「まあ、一言に血統系といっても色々あるからね。一代置きの女だとか、直系の長子だとか、男系の男とかね。
鬼灯はその辺の資料や、秘術の研究は結構昔からあるし、その辺での協力もできると思う。
ただ、どうせ結婚するなら後50年早く結婚したかった所だ」
「あら、当時のあの状況で結婚なんて無理に決まってるじゃない。籠目教をまとめるのに手一杯だった上、子供を作って万一姫巫女が生まれたら、それこそ竹の時の比じゃないくらいに皆で恩恵に預かろうとか利用しようとその子に群がって、私は邪魔だからって殺される未来しか視えないわ。黒は次の姫巫女が生まれれば他はどうでもいい位に考えてたみたいだけどね」
清實さんにちらりと言われて、確かに当事はそうだったと居た堪れない気持ちになった。
それにそんなことになれば、新しく生まれてきた姫巫女の人生も、決して幸せと呼べるようなものにはなっていなかっただろう。
・・・・まあ、今考えれば確かにそうだろうが、当事の俺はそんなこと、思いつきもしなかった。
実際に説明されても、もしもの時は自分が守るといって聞かなかっただろう。
もちろん守るのは清實さんではなく生まれてきた姫巫女の方だ。
しかしやる事といえば、精々姫巫女に危害を加えようとする人間を排除する位で、本質的なことは何も見えていないのだ。
そんな奴が、本当の意味で姫巫女の人生を守れるはずも無い。
「それと、私からも君に聞きたいことがある。あの山の神社のことだ。悠人から聞いたが、咲耶ちゃんはあの封印されていた中身を取り込んで、アレの正体は暁津比売だと言ったんだね?」
「はい。そうですけど・・・・」
「ということは、あの神社に封印されていたのは、恐らく随分昔の姫巫女だ。多分江戸時代頃の」
これは、ある鬼灯に属する家に伝わる話なんだが、邦治さんはそう前置きをして話し始めた。
話をまとめるとこうだ。
昔、山に入った人間が次々に神隠しに遭うという事件が起った。それを探しに山に入った男達も皆帰ってくることはなかった。
村人はこれは妖怪の類ではなかろうかと、隣村の民間陰陽師に事の次第を話し退治してくれるように依頼をする。
依頼を受けてその陰陽師の一行が山に入ってしばらく進むと、なんとも甘い、花の様な匂いが漂ってきた。
更に進むと、人間の呻く声も聞こえてくる。
程なく、木の枝に腰掛けて、花を摘んでいる、赤い襦袢を着た若い娘を見つけた。
娘の腰掛けている木の枝の周りには、様々な色の花が茸のように生えている。
辺りには行方不明になった村人と思われる人間が木に埋め込まれたり草や蔦に絡められて繋がれていた。
繋がれた人間は骨と皮だけに痩せこけた者や、身なりから察する暮らしぶりからして、明らかに不釣合いな太り方をした人間など様々だった。
娘がその内の酷く腹が出た男に花を投げると、花が当たると男の腹は大きな血しぶきを上げて破裂した。
それを大層嬉しそうにはしゃぎながら見る娘。あまりの異様さに一同はしばらく言葉を失ったが、犯人がその娘であることは疑いようが無い。
その後陰陽師一同はその娘を退治しようとしたが、その娘も大層手強く、七度目の討伐で何とか倒し、勾玉にその魂を封印したらしい。
ちなみにあの神社の勾玉が入った壷の中には言っていたのは塩水だそうだ。
清めの塩と言うよりは植物の生育を妨げるという意味合いが大きいらしい。
「この姫巫女に、心当たりはあるかい?」
竹より前の姫巫女のことは記憶に無いのだが、それでも俺には心当たりがあった。
大吉が昔蔵の文献を漁っていた時に見つけたものだ。
「確か、江戸時代の中期頃、植物を自在に操る千という姫巫女がいて、大層もてはやされていたけど、ある日行方不明になって、結局見つからなかったことがありました。農村にとっては最も歓迎される力だったから、甘やかされて、何をやっても許されてましたよ」
大吉が見つけたのは、当時の宮司の手記だった。
この手記や、その他の言い伝え、より古い年代の姫巫女のことが記された資料を調べつくした結果、大吉は姫巫女と言う存在に疑問を持ち始めたのだ。
その大吉の記憶を引き継いだ耕四郎も、一瞬竹という存在の危うさを感じたようだが、結局風邪をひいて寝込んだ時にかいがいしく看病してくれたり、風邪を一瞬で治してくれる竹を目の当たりにして、こんな心優しい竹がそんな危険人物な訳がないという結論に至った様だ。
元々耕四郎は竹に対しては淡い恋心を抱いていたこともあり、その情報はむしろ自分が竹を守るのだという使命感を持たせたらしかった。
「好き勝手って、例えば?」
「遊び相手を次々に連れ込んで遊んだり、ですかね」
「次々連れ込んで遊ぶ・・・まさか、男遊び?」
「いや、人間と遊ぶんじゃなくて、その人間で遊ぶんですよ。そうして何人もの子供や老人が御龍神社に招かれ、戻らなかった。村人も薄々何が起こっているのか気づいていたけど、言うとおりにしていれば毎年の豊作は約束され、逆らえば飢饉になる。だから誰も見ない振りしたんです。村人も、姫巫女の家族も」
そう、誰もが千の力を崇め、誰もが千本人のことは見ようとしなかった。
「そして、ある日千が消えると、村中大騒ぎで、しばらくは皆この世の終わりが来たかの様に嘆き悲しんでましたけど、次の姫巫女が天候を操る力を持っているとわかると皆そんなことは忘れました」
「・・・・まあ、その千という姫巫女があの神社に封印されていた物と考えてほぼ間違いないだろう」
邦治さんはそう結論を出したが、俺には一つ気になることがあった。
「あの、それじゃあなんであの神社の神様の名前が天照大神だったんですか?」
俺が尋ねれば、邦治さんはなんでもないように言った。
「最初は昔その地域周辺で信仰されていた太陽と豊穣を司る別の神様の名前で神社を建てて、アレを封印して貰える様祭ったんだが、明治頃にはその地域での信仰が薄れ、天照大神に取って代わられたから、中身はそのままにご祭神の名前だけ借りたんだ」
「そんな適当でいいんですか・・・」
「別に看板を変えるだけだったし、その頃にはあの山は封印の管理をしている家の人間以外あの神社に通ってくる様な人間もいなかったからなあ」
・・・・・なんだろう、この妙にやりきれない感じは。
しかし、咲耶は早瀬の家に遊びに行った時に急にこの神社のことが気になったのがあそこへ行くきっかけだったといっていたし、封印を管理していた鬼灯サイドも、封印していたものの正体は知らなかった様だ。
「他にも姿を消した姫巫女いたかい?」
「いえ、確かいなかったはずです。ただ、記憶の改ざんをできる様な姫巫女が過去にいて、俺の記憶も改ざんされてたりしたら解りませんけど」
耕四郎は大吉の記憶を引き継いだ後、蔵や御龍神社にある資料全てに目を通していたが、そんな記憶は無かったはずだ。
ということは、今回咲耶が取り込んだ千の魂は、竹が言っていたあちこちに封印されているという他の暁津比売の魂とは別の物なのだろうか。
だとすると、竹が言っていた封印されている魂とはどんなものを指すのだろう。
「君は姫巫女が仕える神なのだろう?そんな簡単にしてやられる物なのか?」
邦治さんは不思議そうに尋ねた。どうやら少し誤解がある様だ。
「少なくとも俺は今まで姫巫女が自分に仕える存在だなんて考えたことはありませんよ。守るべき存在ではありますが。それに、姫巫女の力は俺が近くにいることにより強くなるのだから、姫巫女が俺に力を向ける時は常に100%以上の力が向けられますし、そのおかげで俺はつい最近まで輝美さんに記憶を完全に封印されていたんですよ。それなら他の姫巫女にも出来ない道理は無いでしょう」
まあ、竹に記憶を消される以前の俺が姫巫女に対してどう思っていたのかは知らないが。
「では、その姫巫女達について聞きたいんだが、少なくとも今生きている三人の姫巫女は皆顔や雰囲気がかなり似ているが、前の姫巫女達も、皆こんな感じだったのかい?」
「はい。特に若い時は皆まるで型に入れて量産したみたいにそっくりですよ。性格も、育て方や環境によって変わる所もありますが、根底の生まれ持っての気質は同じのように思います」
「つまり、さっき話した千という姫巫女も、竹さんも咲耶ちゃんも皆根底の気質は同じだと言うのかい?」
邦治さんは興味深そうに俺に尋ねた。
「千の場合は周りの育て方にも問題がありました。それに、清實さんも輝美さんも、皆子供の内は多少の残酷性はありましたが、それは幼さゆえです。誰だって子供の時に虫を殺して遊んだりするでしょう」
「ちなみに、清實さんはどんな残酷な遊びを、何歳位までしていたんだい?」
邦治さんがチラリと清實さんの方を見た。
釣られて俺も清實さんを見れば、清實さんはばつが悪そうに目を逸らした。
「別に普通ですよ。団子虫の足で花占いやったり、かえるに上の兄二人と両親や祖父の名前をつけて一匹ずつ潰していったり。
後は虫取り網ですずめを捕まえて櫛で刺して炙って焼き鳥ごっこををして様子を見に来た実の兄に食べさせようとしたり・・・まあ、籠目教の教主になるまでなので、17歳位までですかね。途中からは実家の人間へ嫌がらせするためだけにわざと無邪気さを演出しながらやってたみたいですけど」
正直に答えると、清實さんが焦ったように弁解を始めた。
「いや、アレは、たまに様子見に来る実家の人間見ると、普段いかに私を毛嫌いしているか、過去に裏でどんな嫌がらせをしてきたのかどうしても視えちゃってそれ位やらないと腹の虫が収まらなかったのよ!」
あの清實さんが動揺している。
どうやら今の話は相当聞かれたくなかったらしい。
若干墓穴を掘っているような気もするが。
「・・・・確かに君は、右頬を殴られたら相手の両の頬を殴り返す様な人間だからね。まあ、君のそんな所も好きだよ」
「な、何よもう・・・」
しかし、邦治さんが朗らかにそういった瞬間、急に清實さんが大人しくなった。
照れている様だ。
二人の結婚は完全に同盟としての政略結婚だとばかり思っていたが、案外それだけではないのかもしれない。
「他の姫巫女も大体そんな感じだったのかい?」
「環境によってのばらつきはありますが、大体十三歳から十八歳位には収まりますよ、心配するようなことじゃありません。ただ、暁津比売はは本能的に流血や生命を奪う行為が好きなので、御龍神社では絶対にその手の神事は行わないようにという慣わしはありました」
大吉が読んでいた手記を思い出しながら話す。
「なぜだい?好きだったら、むしろ率先してやった方が喜ばれるんじゃないのか?」
邦治さんは不思議そうに尋ねてきた。
「千が姫巫女だった時の宮司もそう考えて、暁津比売に普段の農産物のお供え物に加えて、家畜等の生贄を奉げる儀をし始めたんです。
その結果、それまで能力があるのかどうかもわからなかった千は急激に能力を開花させ、自分の身の回りの植物の生育を完全にコントロールできるようになりました。
禊の儀を終えた時にはその力の影響範囲は村全体に及んでおり、更にまるで植物が意思を持っているかのように自在に操ることまでできるようになりました。
しかし同時に千の『残酷な遊び』が日に日にエスカレートしていき、結局さっき話したような結末を迎えました」
「つまり、暁津比売に生贄を奉げれば、力は増すが同時に精神も大きく蝕まれていく可能性があるということかな?」
「それはあると思います。ただ、千の場合は育て方にもかなり問題があったので一概には言えませんが。当時千はあの村においては神と同じ存在と扱われていたので、何をしても正しいのは千で、例えどんなに理不尽でも千が望めば村の人間は家畜でも子供や親の命でも喜んで差し出すのが当たり前。みたいな感じでしたから」
実際に俺が覚えているわけではないが、手記にはその様に書いてあった。
千が姿を消してからは暁津比売に生贄が奉げられることは無くなった。
次の代の姫巫女の力は天候を操るものだったが、それにより千の時程ではないが作物の収穫は安定した。
村人は今度はその姫巫女を神と崇めた。
そしてその姫巫女からはそれなりに躾もするようにもなった様だが、その姫巫女も確か結構な問題児だった気がする。
御龍神社では千がいなくなってからは、姫巫女は絶対に厨房に入れない。
身の回りの世話をする人間をつけて行動を監視する等の取り決めがされた。
しかし、輝美さんは昔からスプラッタ映画は好きだったがそれを真似して事件を起こしたようなことは無い。
咲耶にいたっては魚を一から自分で捌いて料理して食べることもあるが、今の所普通の生活を送っている。
やはり暁津比売に血を奉げるという行為が問題なのではないかと思う。
「竹を身ごもっている時、未来を予知する力を持った竹の母は、『今自分の腹にいる娘こそ暁津比売の真の器になる』そう言っていたと昔、松おばあちゃんから聞いたことがあるわ」
確かに禊の儀の後、竹自身も自分自身が暁津比売であると話していた。
「しかし、さっきの千という姫巫女の話を聞くと、暁津比売というのは、本来は随分と血を好む性格のようにも思える。
竹さんはそんなこと無かったのかもしれないが、それもまだ完全に暁津比売として覚醒していなかったからかもしれない」
邦治さんのその口ぶりに、俺は昔竹を殺そうとした大吉の姿が重なった。
本来の血を好む性格に加え、姫巫女としての圧倒的な力。
もしこのまま成長して、禊の儀を終え竹が自らの力を自覚したのなら、一体どんな災厄を撒き散らす化け物になるのか想像もつかない。
なんとしても、そうなる前に仕留めなければならない。
大吉はそう考えたのだ。
「竹さんはそれまでの姫巫女と比べて、決定的に他と違っていたことがある。姫巫女は代々独身でその生涯を終えるが、彼女の母親は違った。
つまり、竹さんだけが姫巫女から直接の血を引く直系の姫巫女だ。その竹さんこそが暁津比売の真の器となる姫巫女だった。
そしてそれから約百年、二人目となる直系の姫巫女が誕生した」
「私達は、咲ちゃんの本当の力は、竹と同じ物だと考えているわ」
「それは俺も思いましたが、今の咲耶は・・・」
他人の意識に干渉して幻術だとかを見せる力しかない。俺はそう言い掛けて、口をつぐんだ。
「・・・・今の咲耶は、自分の力はこれだけなんだと思い込んでいる?」
「そもそも、相手の意識に干渉して幻を見せたり、意識や記憶を書き換えたり出来るのはまだ解るけど、物質化は全く別の力よ。
咲耶は物凄く精巧な現実と区別の付かない幻術を見せていると思っているみたいだけど、アレは普通に物質化してるわ。
相手への意識の干渉という力を拡大解釈して無理やり出来ることにしているように思えるわ。
実際は、そんなことしなくても何でも出来るかもしれないのにね」
清實さんは首をすくめながら言った。
「前に幸ちゃんが雛月の正体は咲ちゃんの自分と認めたくない部分だって指摘して本人に否定されたらしいんだけど、龍ちゃんは知ってる?」
春頃に、急に雛月が俺達にも視えるようになった時のことだ。
この時はまだ、俺は雛月の存在も、ただの咲耶の妄想に過ぎないと思っていたのに、急に俺達にも視える様になって、それから更に咲耶が鞠亜に殺されるとか咲耶が新しい世界の絶対的な支配者になるとか言われて少し混乱していた時期だ。
「というか、その場にいましたけど」
「そう。なら話は早いわ。私は幸ちゃんの指摘は間違いじゃないと思うのよ。多分咲ちゃんが認めたくないのは、自分の子供っぽさだったり、暁津比売の中の残酷性なんじゃないかしら。神人として力が覚醒すればする程、咲ちゃんの中での暁津比売の突発的な衝動が抑えきれなくなってきて、それは自分じゃないと否定したんじゃないかしら。咲ちゃんって、私や輝ちゃんが同じくらいの歳の時よりも随分落ち着いていてしっかりしているもの」
そう言われて、思い当たる節が無い訳じゃなかった。
小学生の終わり辺りから、急に咲耶は今の様に大人しく・・・とまでは言わないが、落ち着き始めた。
その前までは、竹や雛月の様な無駄に元気で無邪気な性格だった。
そして、雛月は戦う時もとても楽しそうに相手に暴力を振るっていた。
「でも私はそのことについてはあまり心配はしていないわ。言ってみれば自分で自分を律しようとしているってことなんだから、大人になろうとしているのよ。だから実際に大人になれば、自然とそれも落ち着いていくんじゃないかと思うのよ。
健ちゃんは随分と心配していたようだけど」
「ただ、山の中の神社の封印を解いてその中身を取り込んだということは、現在咲耶ちゃんの中には躾に失敗した強力な力を持った姫巫女がいる。
しかし咲耶ちゃんはその片鱗を全く見せ内どころが、前回の戦闘でその姫巫女の力を使う素振りも見せなかった」
腕を組んで考え込むように邦治さんが言えば、清實さんがそれに続けるように口を開いた。
「でもその一方で、今回鞠亜ちゃんが恵瑠ちゃんに戦いを挑んだ時、その千の力に似たような事を鞠亜ちゃんがしてたみたいなのよ。
つまり、千の力は現在一部なのか全部なのかは知らないけれど、今それは雛月の中にある」
「要するに、今雛月の中には咲耶の子供っぽさとその子供特有の残酷さとそれをこじらして問題を起こし封印された千の魂が入っているって事ですか?」
不安材料詰め込みすぎだろ。と、思わずにはいられない。
「しかも、その雛月が深く干渉している鞠亜ちゃんと、その片割れの恵瑠ちゃんは呪術におけるあらゆる秘密を握っている。鞠亜ちゃんと雛月だけではあっさりと恵瑠ちゃんに返り討ちにされたけど、そこに咲ちゃんが加わった結果、上手くすれば咲耶ちゃんが鞠亜ちゃんと恵瑠ちゃんの精神・魂・肉体の主導権を奪う事が出来るらしいと解った」
「大量の火薬の山の上で火遊びをするような物だ」
邦治さんはそう言ってやれやれといった様子で肩をすくめた。
「もし、あの時鞠亜ちゃんと雛月が勝っていたとして、雛月は鞠亜ちゃんと恵瑠ちゃんの精神・魂・肉体の主導権を得ることになるんだけど、そうなった時、雛月は大人しくそれを咲ちゃんに渡すと思う?
咲ちゃんは自分の中の認めたくない部分を自分じゃないと切り離して雛月を作り上げたのなら、雛月は自分を肯定し受け入れてくれる鞠亜ちゃんという存在や、その肉体を手に入れられた時の恩恵を考えた時、自分の枷でしかない咲ちゃんは捨てて、鞠亜ちゃんを自分の依り代に選ぼうとするんじゃないかしら。
他二人の魂は干渉して自分に取り込めばいい訳だし」
その可能性を考えてみた時、十分ありえそうなことでゾッとした。
「その場合、結果的に鞠亜は咲耶を殺すことになる・・・?」
「あくまで可能性の一つよ?それに、咲ちゃんが殺される可能性は他にもいくらでも転がっているもの」
清實さんは念を押すようにそう言ったが、俺は嫌な汗が額を伝うのを感じた。
「前に、咲耶が言ってました、自分の人生には何度か死の危険が高まる時期があるって。でもその時期を過ぎると逆に何をしても死なないって」
だから事を起こすならそれを過ぎてからにしてもらえないだろうか、と誰に対してなのかわからないが、そう思ってしまう。
「それは、本当かい?」
俺の呟きに、邦治さんは少し驚いたように食いついてきた。
「仮にそれがただの思い込みだったとしても、咲ちゃんの思い込みなら、事実を捻じ曲げることも出来るかも・・・その時期については何か言っていた?」
清實さんが考え込むように呟いた。
「確か、今年の冬から来年の冬までって言ってました・・・・それ以外の時期については知らないです」
俺がそう答えると、清實さんと邦治さんは何か考えるようにしばらく黙った。
「・・・・・ねえ、龍ちゃん、さっき咲ちゃんの力は竹の力と同じ物なんじゃないかって話をしたと思うんだけど、龍ちゃんはどう思う?」
随分と真剣な顔で清實さんが俺に尋ねる。
「・・・ありえない話ではないと思います」
実際俺も、輝美さんに龍神としての記憶と力を封印される前はそう思っていた。
「これからする予定の実験はね、それを確かめる為の物なのよ。咲ちゃんを籠目教の本部に招いて、いくらか本人に気付かれないようにいくつかの事柄を咲ちゃんに思い込ませようとするから、龍ちゃんにはその手伝いをして欲しいの」
「何でわざわざ俺なんですか?」
「親しい人間が側にいるだけで人間安心するものよ。
特に咲ちゃんには初めての場所だし、籠目教への警戒心を解くのと力の底上げが目的だから、とりあえず数珠を外して咲ちゃんの側にいて、適当な人材をこっちで用意してるから、その子達と咲ちゃんと一緒に適当に遊んでくれればいいわ」
確かに咲耶の力を図るなら、俺の力も込みで計った方がいいのだろう。
しかし、もし咲耶の力が竹と同じ物だったなら、果たして咲耶がこれまで通りの普通の生活を送る事を周りが許すだろうか。
そして、同じ力を持っているとするならば、やはり咲耶は竹なのだろうか。
4/2 誤字を修正しました。
3/28 文章を一部修正しました。
次回更新予定は4/4です。




