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にせ∞かみ  作者: 和久井 透夏
全智のホムンクルス編
48/71

#45 事実である必要は無い

「大体この辺かしらね」


近所の鞠亜が消えたという土手の辺りで清實さんは立ち止まった。

清實さん曰く、今清實さんが立っているすぐ先に、俺達が今いる世界に重なるように結界で作られたもう一つの次元が出来上がっているらしい。


確かに言われてみればこの先は空気が違うというか、その空間に入ると何か変な感じがした。


落ち着かない。


今、認識している世界とは別に同じような世界が重なり合うように存在していることで、感覚の鋭い人間程それを無意識に察知してしまうらしい。


それを利用して結界の一部を壊さずにその世界に自身の波長を合わせて乗り込む方法もあるそうだが、その場合、確実な帰り道を確保できないので、最悪結界の主のさじ加減一つで出られなくなる可能性もあるらしい。

仮にそうなってもまた結界を壊せばいいのだろうが、それにも結構力を使うらしいので、中で力を封じられたりかなり消耗してしまうと、その時点で自分達がそこから出られるかどうかを相手に任せてしまうことになり、大変危険なのだそうだ。


だからこそ、今の様に自分から相手の結界に乗り込む場合は自力で結界から出る手段が必須になってくる。

今回はその出口を柿芝と早瀬夫婦が作り、俺達が出てくるまで守ってくれることになっている。


「後はこの結界の境目をぶった斬って中に入るだけなのだけど、その前にちょっとしたおまじないをしておきましょうか」

清實さんはそう言って肩にかけていた鞄から小さな果物ナイフを出し、おもむろに自分の右手の人差し指と中指の先を少し切った。


「貴方は中指ね」

そういうなり清實さんは邦治さんの口元に切ったばかりの右手中指を差し出した。

大して邦治さんは当たり前のようにその指から滴る清實さんの血を舐め取った。


「龍ちゃんは人差し指ね」

清實さんはそう宣言すると今度は有無を言わせず俺の口に右手人差し指を突っ込んできた。

口の中にじんわりと血の味が広がった。


清實さんは俺が血を舐めたのを確認すると今度は何か書かれた札のような物を取り出し、それに自分の指からなおも滴る血を塗りつけると、その札を丸めて飲み込んでしまった。

清實さんがその場で手を合わせ、何か意識を集中させた。

瞬間、何かが繋がったような感覚に襲われ、同時にさっきまで意味不明だった清實さんの行動が急に理解できるようになった。


これは、清實さんの血を媒介に意識を同調させ一時的、かつ一方的にではあるが、清實さんの考えや視えた物を共有する術だ。

どうやら元は鬼灯に所属するある家系の秘術の一つだった様だが、清實さんの力を最大限活用するために邦治さんから伝えられた様だ。

伝えたい内容も清實さんの方で取捨選択できるらしい。

口で伝えるよりも早く、より多くの情報を正確に共有できると言うのは確かに便利だ。


特に、今のような時は尚更だ。


「それじゃあ悠人君、お願いね」

清實さんはさっき切った指先に絆創膏を貼り終えるとそう言った。

柿芝はその言葉に頷くと、清實さんが立っているすぐ隣に立った。


「この先の空間を切りつければいいんですか?」

「ええ、思いっきりやっちゃって頂戴。目の前のに広げられている透明な布を切り開くイメージでやると解りやすいと思うわ」

柿芝は清實さんのその言葉を聞くなり、自分の手から刀を出すとその刀を頭上から一気に振り下ろした。


刀が振り下ろされるのに合わせて何かが破れるような音と、生暖かい風が頬を撫でた。

その切れ目を横からこじ開け、固定するように早瀬夫婦が左右から挟み込むように立ち、札を取り出してかざした。

そうして柿芝と早瀬夫婦が開いた時空の切れ目の先は、まるで墨汁をこぼしたかのように真っ黒で何も見えなかった。


「ここから見ると真っ暗だけど、中はここと同じような風景が広がってるみたいね」

清實さんが話すと同時に、頭の中にあの真っ黒な空間の奥の景色が視えた。

確かに目の前に広がっているはずの土手の上の景色と同じような景色が広がっている。


視界を広げると、土手から降りた河原の辺りに人一人がすっぽり入ってしまいそうな大きな繭と、その前に佇む人影が見えた。


佐倉だ。


佐倉もこちらに気付いたらしく、振り返ってこちらの出入り口の方を見ている。


「それじゃあ行きましょうか」

そう言い終わる前に清實さんはもう佐倉の結界の中に足を踏み入れていた。

それに俺と邦治さんも続く。



俺達が結界の中に入ると、ほぼ同時くらいのタイミングで俺達の方に大量の光の矢が飛んできた。

恐らく前回俺と咲耶の頭上に降り注いできたものと同じ物だろう。

しかし、特に危機は感じなかった。


清實さんの眼が、すぐにこれは大した威力も無い威嚇射撃で、本命は一拍遅れて背後から回り込んでくる一撃だと見抜いたからだ。

その情報が頭の中に伝わると同時に、俺は正面に竜巻を起こして光の矢をかき消した。

そして邦治さんは矢が飛んできた反対から来た一際大きな光の矢を素手で叩き落とす。

この矢は正面からの力には強いが、横からの力には弱いのだ。


しかし、大量に飛んでくる矢もランダムに色んな方向から飛んでくる本命の矢の勢いも、一向に納まる気配は無く、俺達はその場から動けなくなってしまった。


佐倉はそれ以上こちらに何か仕掛けてくる様子は無く、繭に触れながら何かをしている様だった。


どうやら佐倉の方は端からこちらとは戦うつもりは無いらしく、繭を持って空間転移の魔術を展開しているらしい。

佐倉本人だけでなく繭も一緒に持っていこうとしているところを見ると、あの中に鞠亜がいると見て間違い無いだろう。

だが、繭も一緒に移動しようとしているせいで術の展開が遅れてしまっている様だ。


要するにこれはただの時間稼ぎだ。

佐倉からすれば、別に俺達を倒そうが倒すまいがそれは大きな問題ではなく、鞠亜さえ手に入れて後はそこから逃げ切ってしまえば作戦完了なのだろう。


清實さんから送られてきた情報によれば、あの空間転移の術は今いる座標と転移先の座標を繋いで送るものらしい。

それさえ解れば、後は簡単だった。

なら座標を設定している足元に、繭も佐倉本人もその場に留まっていられない程の大きな竜巻を起こせば良い。


佐倉の足元に竜巻を起こし、繭と佐倉の身体が空中に投げ出されたのを見計らって、清實さんと邦治さんを背に乗せ、繭を回収しに行く。


「させるかぁ!!」

佐倉の声と同時に俺の目の前に魔法陣が現れた。


これは前回俺と咲耶を地面に叩き落した重力操作の術だ。

俺の目の前で発動させるということは、俺を繭から遠ざけたいのだろう。


ところが魔法陣は術が発動する前にあっさり消えてしまった。

一瞬のことだったのでよく解らなかったが、清實さんの眼を通して得た情報によれば、どうやら俺の背に跨っている邦治さんが、柿芝と同じように手から刀を出し、その斬撃で魔法陣を斬り裂いたようだ。


柿芝家の術というのはこんな事もできるのかと思っていると、もうすぐ目の前にまであった繭が消えた。


いや、消えたのではない。


先ほど俺の目の前に展開した重力操作の術を繭のすぐ下で発動し、佐倉が繭を上空へ吹き飛ばしたんだ。


同時に佐倉自身がものすごい勢いでこちらに飛んでくる。

今度は自分の足元に同じ術式を組んで、足場代わりにしているのだ。

佐倉が俺達の目の前に来た瞬間、佐倉の手から糸の様な物が大量に出てきた。


清實さんの眼が、アレは危険だと告げる。

どうやらあれは霊的な力を遮断し、術者を捕らえるための物の様だ。

多分鞠亜もあの糸に覆われてあの繭の様な状態になっているのだろう。


「全く、ただ話をしに来ただけなのに、最近の若い者はキレ易くて困る」


この状況に不釣合いな、随分とのんきな雰囲気の邦治さんの声が聞こえた瞬間、俺達の前に放射線状に広がった糸が炎を上げて一瞬で消えた。

と同時に邦治さんの斬撃が佐倉を地面に叩き落とした。


「大丈夫。峰打ちだ」

邦治さんはなんでもない様に言ったが、今俺達が飛んでいるのは地上から大体30メートル位。

マンションで言えば10階位の高さなのだが・・・


まあ、佐倉のことだからこれ位で死ぬとも思えないが・・・・


そんなことをしている間に俺達の前を繭が落下していくのが見えたので、慌てて回収しつつ、佐倉が落ちた辺りにゆっくりと降り立つ。

佐倉を見れば、地面に仰向けに倒れていたが、俺の姿を見るなりすぐに体を起こして構えていたので、多分大丈夫だろう。

腹を刺されても一瞬で傷が治る時点でなんとなく予想はできていたが。


「まあ待ちなさい、私達は別に戦いに来た訳じゃ無いのよ。貴方と話に来ただけ」


清實さんは俺から降りると立ち上がろうとする佐倉の肩を押さえて座らせ、自分もそれに合わせて屈んだ。

佐倉の顔を覗きこむ様にして話す清實さんに危ないんじゃないかと声をかけようとして、邦治さんにまあ落ち着けと言われ、しぶしぶ俺はこの会談を黙って見守ることにした。


「話すことなんてありません」


佐倉は清實さんに敵意が無いのが解ったのか、警戒はしている様だが、それ以上清實さんに抵抗することは無かった。


「こっちにはあるのよ。とりあえず携帯をかして頂戴。佐倉家の現当主を出しなさい。それと今回の件の首謀者は誰?話はそれからよ」

一方、清實さんは淡々と話しながらも、どこか周囲が気になる様子だった。


「お断りします」

佐倉がそう言って立ち上がろうとした瞬間、清實さんはにっこりと笑った。

「そう、じゃあ勝手に貴方の記憶を覗かせてもらうわね」


「そんな簡単に・・・」

佐倉はその言葉を聞くなり、何か身構えたようだったが、清實さんは気にも留めていないような様子だった。

「確か、今の佐倉家の党首は侑子さんと言うのよね?・・・あら、結構洋風な顔立ちね。・・ああ、クウォーターなのね・・・・それにしても、結構エグイことするわね。まあ別に珍しい話しでも無いけど・・・・ん?・・・・これ、もしかして・・・・」


「!?あなた、何を!」


清實さんがそう言い掛けた時、佐倉は動揺して立ち上がろうとし、動きを止めた。

佐倉の後ろには清實さんと離している間に邦治さんが立っていた。


「神人の身体というのは中々に頑丈で、ちょっと心臓を刺されたり内臓が潰れた位じゃすぐに回復する。」


佐倉の両肩に手を置きながら、優しく語り掛けるように邦治さんは言った。


「でも別に、不死身という訳じゃない。肉体が回復する暇も無く一瞬にして消滅してしまえばどうしようもない。例えば一瞬で全て燃やし尽くされるとか」


「別にその場に残った魂からだって、貴方の記憶は辿れるから、私としてはどちらでも良いのだけれど。まあ、魂だけになってくれた方が私達としても回収しやすいからそうしてくれても全然かまわないわよ」

それに合わせて清實さんもニッコリと笑った。


これはつまり、何か妙な真似をしたら殺す。

そして佐倉が持っている情報は全ていただく。

情報を守ろうとあえて死を選んでもそれは変わらない。ということだ。


佐倉の強張った顔と、清實さんと邦治さんの優しそうな微笑がより今の状態の異常さを際立たせた。

これではどちらが悪人なのかわからない。


不意に、俺達の目の前で強烈な光が差した。

同時に何かが清實さんと邦治さんの間に割って入って、俺達から少し距離をとった。

光に清實さんの目がやられても、清實さんの千里眼自体は健在らしく、光の中でも相手を確認することができた。


間に割って入ってきたのは、二十代後半から三十代前半位に見える栗色の髪の女の人だった。

どこと無く雰囲気が佐倉に似ている。

年齢的に母親だろうか。ということは、あの人が今の佐倉家の現当主である侑子さんだろうか。


「ああ、さっきから視線は感じていたけど、貴方が侑子さんだったのね。初めまして、私は籠目教の現教主の田中清實。

正直その子じゃお話にならないから、裏から指揮を取ってた貴方が出てくるのをずっと待ってたのよ?」

笑顔を崩さず立ち上がりながら清實さんがそう告げれば、侑子さんは佐倉を自分の後ろに隠すように立たせ、随分と不快そうな顔をした。


「それで、話とはなんでしょう」

最初に口を開いたのは侑子さんだった。


「話したいことは三つあるの。まず一つ目は、天野さん一家は本人達が望んでいる以上、籠目教の加護下にあるし、紅鏡には渡さないわ。これが今回の件に関する籠目教のスタンスよ。二つ目はウチの咲耶のことなのだけど、貴方達は、あの子をどうするつもり?」

「・・・・どうする、とは?」

何を言っているんだと尋ねる割には、その言葉を聞いた瞬間に侑子さんと佐倉に緊張が走ったのがわかった。


「咲耶に干渉して体調を崩させて、何が目的なのかと聞いているのよ。交渉を優位に進めるつもりならそちらからすぐにでも連絡してくるはず。つまり目的はそれじゃない。邪魔で抹殺するのが目的なら、一度引いたりせず、すぐに咲耶に手を下すはず。鞠亜ちゃんとの交渉材料かとも思ったけど、その繭を見る限り、交渉なんかしなくても力ずくで捕縛することもできる。とするのなら、貴方達が咲耶をあんな中途半端な状態で放置しているのはなぜ?」


どうやら清實さんも柿芝と同じことが気になっていた様だ。


「・・・だけどね、ついさっき恵瑠ちゃんの記憶を辿ってたら解っちゃったのよ。あれはわざと一旦引いたのではなく、どうしても一度咲耶からの干渉から逃れて距離を取る必要があったのね。そして咲耶の体調不良も、その結果の副産物でしかなかった。こんなことなら、多少体調が悪くても、出口にでも待機させて置けばよかったわ」


その瞬間、俺の中に清實さんからのイメージが送られてきた。

咲耶が佐倉に鞠亜を通して干渉した時、既に鞠亜と佐倉の意識は完全にシンクロした状態だった。

咲耶はそのシンクロしていた状態の鞠亜に取り憑いていた雛月を介して、佐倉に干渉し、佐倉扱える魔術全ての使用権を奪った。

しかし、それは同時に咲耶個人の力の使用限界を大幅に上回るものだった。


佐倉と鞠亜が側にいる時はその負担も三人分に分散されていたが、一人でも突然咲耶の干渉から無理やり抜けてしまえば、それだけ負担は咲耶にのしかかる。

言ってみれば、パソコンのCPU使用率が高すぎて熱暴走でフリーズしている様な状態になるのだ。

鞠亜は解らないが、雛月は間違いなくこのことを知っていただろう。


そして鞠亜の身体には清實さん達もどうしても外せなかった、肉体にから自由に力を放出できないような封印を佐倉家から施されていたが、それも佐倉が鞠亜に干渉した時に取り去られ、霊的に優れた魂と肉体を持つ鞠亜は、神人である咲耶の精神と魂の一部で作られた分身の雛月からの干渉を受け入れることにより、擬似的な神人としての力を得た。


そしてその力を使って鞠亜が佐倉に干渉し主導権を奪い、最終的にその佐倉と鞠亜の力の主導権を咲耶に渡し、段階を踏んで干渉を解除していけば咲耶の体調も元に戻るだろうと考えたようだ。


しかし、あっさり佐倉から返り討ちにされ、霊的な力を遮断する繭に入れられてしまい、咲耶の負担は増大する結果となった訳だが。


つまり俺達が佐倉を逃げられないようにして、咲耶を引きずってでもこの場に連れて来くれば、再び佐倉は咲耶の干渉下に置かれ、咲耶の体調は戻るはずだ。

俺が飛んで咲耶を連れてくればすぐだろうが、そんなことをすれば、清實さんの千里眼の精度の低下と、移動能力の大幅な低下は避けられない。

佐倉達の方もそれをみすみす見逃す気も無いだろう。


「つまり、今ここに鈴木先輩はいないんですね」

佐倉がそう呟いた瞬間、俺達の後ろにあった繭に、前に佐倉が鞠亜に干渉していた時に出ていたのと同じ模様が浮かび上がった。

「やめなさい!まだ話は・・・」


侑子さんが何か止めるようと叫んでいたが、俺達はすぐにそれ所じゃ無くなった。

俺達の頭上に巨大な魔法陣が現れ、同時にかけられた強い重力に俺も清實さんも邦治さんも地面に這いつくばるより他できなくなった。

佐倉の方を見れば、完全に頭に血が上っているようで、さっきの屈辱をいかにして晴らしてやろうかと言わんばかりの顔をしていた。


突然頭上が眩しくなり、何とか重い頭を捻って見上げれば、おびただしい数の光の球が舞っていた。

この光の球は、確か触れたものを一瞬で溶かして消滅させる物だったはずだ。

一拍遅れて俺の頭の中に送られてきた清實さんからの情報もそれを肯定した。


この球自体は、その辺の砂を巻き上げて当てればそれだけで消えてしまうようなものなのだが、どういう訳かさっきから力が使えない。

今俺達の頭上にある魔法陣は、先ほどの重力操作の術に更にその重力の影響下にある者の新たな術の発動を阻害する術も組み込まれているらしいと清實さんからまた情報がもたらされる。


しかし、もはやこの状態では事態を把握できた所で対処の仕様が無い。


「先ほどの無礼を詫びるというのなら、命位は助けてあげますよ」


完全に座った目をした佐倉が俺達に話し掛けたが、清實さんも邦治さんも肺を圧迫されているせいで声を出す所ではない。

俺もこの押しつぶされるような重力の中で、口を開こうにも重くて開かない。


それを佐倉は否定の意味と取ったらしく、

「そうですか、それが貴方達の答えですか」

と言っている。


頭上に向かって掲げられた佐倉の右手が振り下ろされそうになった時、

「やめてよ恵瑠ちゃん!」

という修司の声が響いた。


佐倉の振り下ろされかけた手は止まり、一瞬ためらった様子を見せた後、静かに下ろされた。

同時に頭上の光の玉は消え、俺達にかけられている重力が少し弱まった。

近くで邦治さんと清實さんがむせて呼吸が乱れているのが聞こえた。


声のする方を見れば、出入り口がある土手の上から修司と俺の肉体に入った文月が走ってきているのが見えた。

佐倉の方は、今の様子を修司に見られたくなかったのか、急に落ち着かない様子でそわそわしだした。


「な、何で修司お兄ちゃんがここにおると!?」


狼狽する佐倉の両肩を修司は掴んで、佐倉の顔を覗きこむようにして語りかける。

「龍太から聞いたんだ!もう全部解ったから!!家のこととかで難しく考えてたけど、話の根本はすごくシンプルだったんだ」


話が見えない。


「大丈夫、僕は恵瑠ちゃんの味方だよ。龍太達の家の人も出て来てくれたし、侑子さんも分身だけどここに来てくれてる。家のこととかは全部大人に任せて、僕らは僕らで話し合おうよ。ちゃんと向かい合って伝えないと伝わらないことってあるよ!」


「そうだな、話し合いは大事だ」

修司が佐倉を説得するように話しかければ、横から文月がしたり顔で賛同した。


「話し合うって、誰と?」

「鞠亜に決まってるだろう。あとコイツにも説明位はしてくれても良いんじゃないか?」


佐倉の質問に、文月はそう答えるなり自分の両手を前に出した。

するとその空間に突然俺の家で寝ていた咲耶が現れた。


文月は咲耶を受け止めた後、下に降ろすと、咲耶を繭にもたれかかるように座らせる。

同時に俺達を押さえつけていた重力が消え、佐倉の小さな悲鳴が聞こえた。

見れば佐倉の足元に白い蛇が巻きついていた。


「逃げたら殺す。誰とは言わないが・・・」

文月は座らせた咲耶を支えながら、一瞬修司に目線をやって佐倉にそう言い放った。


・・・・文月が言う”逃げたら殺す相手”というのは修司のことだろうか。


当の修司は逃げたら許さない位の意味にしかとっていない様だが、佐倉には文月の意図は伝わったらしく忌々しげに文月を睨みつけてはいるが大人しくなった。


「えっ、鈴木さん?なんでさっき龍太の家にいた鈴木さんがここにいるの?」


どうやら二人はここに来る前に一度俺の家に寄ったらしい。


「まあ、俺の家に伝わる秘術みたいな物だ」

文月がまたもしたり顔でのたまう。


・・・その秘術はお前しか使えないけどな!


清實さんの眼で視た情報によれば、寝てた咲耶を文月が自分の作り出した別次元の結界の中に入れ、こっちに付いた時に一時的にその結界とこちらの結界を繋いだようだ。


「そうなんだ、でも、鈴木さん大丈夫なの?」

「あまり良くないな。完全に鞠亜との繋がりが切れている。とりあえず、その繭から鞠亜を出そう」


修司が心配そうに尋ねれば、文月は鞠亜が入っているであろう繭をまじまじと見ながら、左右のポケットからカッターを一つずつ取り出し片方を修司に渡した。


一体このカッターは何に使うつもりで持ってきたのか・・・。


やがて中から鞠亜が救出され、目を覚ましてまた臨戦態勢に入ろうとする鞠亜を宥めながら、修司は鞠亜に自分と佐倉のことは覚えているかと尋ねた。

「え?同じクラスの成美君と一年の恵瑠ちゃんでしょ?」

と鞠亜は訝しげに小首を傾げたが、どうもそれだけではないらしい。


「天野さんのお母さんの実家覚えてる?佐倉って言うんだけど、恵瑠ちゃんと鞠亜ちゃんはいとこ同士で、昔はよく僕と恵瑠ちゃんと天野さんで一緒に遊んでたんだよ。僕も最近までその子が天野さんだったって気付かなかったけど」

いきなりの修司の言葉に、鞠亜は少し考えるそぶりを見せた。


「ごめん、思い出せない。私この町に引っ越してくる前の事ってほとんど覚えてなくて。でもお母さんの旧姓は佐倉だし、確か実家は長崎って言ってたし、もしかしたらそうかも・・・」

まあ佐倉が転校してきた時も、前は長崎に住んでいたと言われても、そうなんだー位の反応しかしていなかった時点でなんとなく予想はついていたが・・・。


「うん、それはなんとなく思ってたよ。でも僕達は小さい頃の天野さんの、まーちゃんのことを覚えてる。それを踏まえた上で、聞いて欲しいんだ」

修司はそう言うなり佐倉にほら、言うならいまだよ、と言っているが、当の佐倉本人も頭上にクエスチョンマークを浮かべている。


「言うって、何を言えって言うの?」

「ほら、色々あるでしょ!また昔みたいに仲良くしたいとか、結婚してくれとか」

一つ目はともかくとして、二つ目はどうして今の互いに一触即発だった状態からそうなるのか。

この緊迫した空気を和らげるためのボケなのか、単なる修司の願望か・・・。


「ごめんなさい!気持ちは嬉しいけど私は咲耶ちゃんが好きだから!あ、でも、友達としてなら・・・」

そして佐倉の返答を待たずして鞠亜がそれを断った。


「えっ」

佐倉もいきなりの展開についていけないらしく、随分間の抜けた顔をしている。


「大丈夫!今回は既に天野さんには既に相手がいたからフられただけであって、恵瑠ちゃんは可愛いもの!きっとすぐ別の可愛い彼女ができるよ!」

修司が佐倉の肩を叩きながら、お門違いな励ましをする。


「何で女の子限定なの・・・・」

佐倉が訳が解らないという様子で泣きそうな顔になった。

「初恋だけが恋じゃないよ!」

なおも修司が畳み掛ける。


全く持って二人の会話がかみ合っていない。


「え~~、なにが一体どうなって、こんなことになってんのよ?」

意識を取り戻したらしい咲耶が、繭の残骸にもたれかかったまま、だるそうに声をかけると、真っ先に鞠亜が気が付いて良かったと咲耶に抱きついた。

「この状況を、できるだけ簡潔に説明してくれるかしら?」

鞠亜に抱きつかれながら咲耶が文月の方を見て尋ねれば、文月はニヤリと笑って話し始めた。


「そもそも、今回の件は佐倉と鞠亜の互いの気持ちのすれ違いが原因だったんだよ。修司の話を聞いて俺もそれに気付いたから、それを伝えさせただけさ。

佐倉はまだ鞠亜への初恋を引きずっているが、当の鞠亜は憶えていない。佐倉が幼なじみの修司ことを好きなフリをして気を引こうとしても、全く鞠亜は気付かない。丁度家の事情もあいまって、もし鞠亜をさらってまた佐倉家で過ごすことになれば、鞠亜も自分のことを思い出すかもしれないと、思ったんだろう」


文月の言葉の言わんとするところを翻訳するならば、


咲耶を連れてきても佐倉が逃げられないようにする人質として修司を利用するための口実を探していたが、修司の方の事情を聞き出した時に佐倉と修司が鞠亜の幼なじみだった事を知ったので、これは使えると今回の問題は佐倉の初恋が忘れられない気持ちも大きな原因に違いないと修司を言い含めた。


とかそんなとこだろう。


まあ、いかにも修司が好きそうな話だしな。


「・・・・・ああ、なんとなく解ったわ」

この場合、とりあえず文月が修司を人質として今この場に連れてこられれば良い訳で、事実である必要はない。

咲耶もそれを察したらしい。


「残念だけど、そういうことだから、ごめんなさいね。でも、私も恵瑠ちゃんとは友達になれたらいいなとも思ってるわ。だから、仲良くしてくれたら嬉しいわ」

咲耶は鞠亜を抱き寄せながらニッコリと笑った。

この仲良く、というのはつまり、佐倉が咲耶からの干渉を受け入れるのなら、鞠亜共々自分がその力を有効に使ってやるよ。ということなのだろう。


実際佐倉の力は脅威だが、それだけに佐倉がもはや一人ではどうにかできない位に深く干渉することに成功した今となっては、咲耶にとってそれは大きな力となるだろう。


「そんなこと、受け入れられる訳ないじゃないの!」


佐倉は全く納得がいかないらしい。


当然だろう。


実際そんなことになっても佐倉には何の旨味も無いし、なにより散々コケにされてきた相手の、しかも自力では自分の方が勝る相手の支配下に入るなんて自身のプライドが許さないだろう。


「やめなさい、恵瑠」

あわや第二ラウンド突入かという雰囲気が漂い始めた中、それをとめたのは侑子さんだった。

佐倉を窘める侑子さんの声にそちらを振り返れば、侑子さんと向かい合いニコニコと笑みを浮かべた清實さんと邦治さんが目に入った。



「久しぶりだな、侑子ちゃん。紅鏡そちらに嫁いだ鬼灯ウチの者達は元気かい?」

邦治さんは佐倉の治療が終わるとにこやかに侑子さんに声をかけた。

「ご無沙汰しております。ええ、皆さんそれはもう・・・」

侑子さんは笑顔を引きつらせながら答えたが、つまり、紅鏡には鬼灯の出身者が結構な人数嫁いでいる。ということだろうか?


「時に侑子ちゃん、妻に先立たれて早七年、そろそろ再婚しようかと思ってるんだよ」

邦治さんがそう話を切り出すと、清實さんがその隣にやってきてこれ見よがしに邦治さんと腕を組んだ。

「というか、もう結婚する話は決まってて、後はもう婚姻届出すだけなんだけどね。途中で途切れちゃったけど、これが三つ目の話よ」


「ええ、なんとなくそんな気がしてましたよ。まさか貴方達二人の結婚とは思いませんでしたが」

侑子さんの方も邦治さんの顔は知っていたらしいので、この人が清實さんと出てきた時点で、一部親戚付き合いのある鬼灯が籠目教側に回ったことを察していたのだろう。


「それじゃあ、全部の話が終わったところで、また一つ目の話に戻るのだけど、籠目教ウチとしては本人達が望んでいる限り、天野さん一家は紅鏡そちらには渡さないから。

でもまあ、子供達同士の交友関係にまでとやかく言うつもりは無いから、恵瑠ちゃんが”個人的に”鞠亜ちゃんと仲良くする分には、何も言わないわ。それで鞠亜ちゃんが自分の意思で恵瑠ちゃんの実家に遊びに行きたいと言えば止めないし」


つまりはそれが籠目教としての譲歩なのだろう。

天野家と今後友好的な関係を築き、その結果の関係回復ならこちらも口を出さないという。


「それと、きっと今回の件は誰か紅鏡でもそれなりに立場のある方が、強硬な策に出るよう指示を出したと思うのだけれど、その人とも後日話し合いの場を用意してもらってもいいかしら?きっと誤解があると思うのよ・・・」

清實さんがにこやかに微笑みながら、でもぴしゃりと言い放った。




「・・・なあ佐倉、お前が鞠亜を手に入れたいのなら、まずは良好な関係を築くべきじゃないのか?鞠亜は咲耶が深く干渉してて、鞠亜の力を使うにはどうしても咲耶の干渉下に置かれるが、その咲耶を味方につければ問題も無いだろ?」

その会話を遠巻きに聞くと、文月は佐倉に向かって呆れた様にそう話した。


「そういえば、今の話だと、鞠亜ちゃんもこの町から離れなくていいし、皆まだ大きな怪我とかもしてないし、これなら最初恵瑠ちゃんが目指してた事に近いんじゃないかな」

修司が文月の言葉に続けるように話した。


実際は怪我をしてもすぐ回復するだけで、普通だったら致命傷になりかねない怪我を佐倉側も俺達の側も結構負ったりしているが、修司が上手く佐倉を丸め込んでくれそうなのでそれは黙っておくことにした。


佐倉はなおも何か言いたそうにしていたが、今の状況では何を言っても無駄だと悟ったらしく、大人しくなった。

次回更新予定は3/28です。

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