#44 罠と思惑
・・・柿芝が養子であることは前に中村さんから聞いていたが、まさかこんなに歳の行った人だったとは。
というか、年齢的には清實さんと柿芝の親父は同世代のはずなのに、見た目の年齢差が酷い。
いや、それよりも柿芝はこれから七十代前後の義理の両親ができる訳か・・・。
しかもその七十代の母親が、最近柿芝と交友を持った咲耶をそのまま成長させた様な顔をしている。
・・・・・・確かにそれは笑顔も引きつるだろう。
「ということは、そちらにいるお二人は柿芝の・・・悠人君の義理のご兄弟でしょうか」
俺がそう尋ねれば、横から輝美さんが
「その姿で敬語で話されても違和感あるわね」
と口を挟んだ。
まあ、この姿で敬語を使ったのは初めてかもしれない。
「いえ、私達は今悠人君を預かっている者です」
男の人の言葉を聞いて、ああ早瀬の両親かと納得した。
確かに目元とか口元に面影がある。
・・・しかし、普通に今の状態の俺と会話ができているということは、俺の姿が視えているということであり、横にいる奥さんも俺の方を見て微笑んでいるので奥さんも見鬼なのだろう。
つまり俺は、親父達以外には姿は見られないだろうと当たり前のように話中に入ってきたが、その一部始終をこの部屋の中の人間全員に視られていたことになる。
・・・・・・恥ずかしい。
「邦治さんは、鬼灯っていう血統系の術者の親族コミュニティのまとめ役みたいな人なのよ。
最近の籠目教につっかかってくる団体が、ちょっと今までの団体とは毛色が違ってて、少しウチだけだと危ないのよ。
鬼灯は鬼灯でちょっと前に分家の年頃の娘さんや才能のある子供達が次々に失踪してしまう事件があって、事件の方はもう解決済だけど、強い血統系の血を繋ぐための血が近すぎない、ある程度の力を持った若い人間が随分少なくなっちゃって大変みたいなの。
籠目教の術者と呼ばれる人間は、基本的に血統系に分類されるし、本人達の希望を一番に尊重した上で、お見合いのセッティング位はしてあげてもいいかなと思うの」
要するに籠目教と鬼灯で親戚同士の助け合いをしていきましょうってことなのよ。
と清實さんは締めくくった。
それはつまり、政略結婚ということになるのだろうか。
「ちなみに、例えば鬼灯が管理しているちょっとした封印とかを龍ちゃんや咲ちゃんや悠人君が壊して中身を取り込んだりしたとして、その後の色々なめんどう事も身内同士だと後処理はとても楽になるのよ?」
清實さんが俺と柿芝を交互に見ながら言った。
・・・・・・・ばれている。
というか、あの神社を管理してたの柿芝の身内だったのか。
ふと柿芝の方を見ると、視線を逸らされた。
「何で目を逸らすんだよ」
「いえ、なんとなく・・・・・・・あの、さっき清實さんに龍ちゃんとか呼ばれてましたけど、もしかしてフルネームって高尾龍太だったりします?」
そうだと俺が答えると、柿芝はやっぱりかとため息を付いた。
「・・・・お前もあんまり驚かないんだな」
「最近、色んなことがありすぎて、先輩の中身が龍神だろうと、鞠亜さんの魂が天使だろうと、鈴木先輩の中身が神社で名前も出さずに封印されてた神様だろうと、もはや何も驚きませんよ」
言われてみれば確かに最近色々短期間で起こりすぎではある。
そうだ、咲耶と鞠亜だ。
「今日の帰り、佐倉恵瑠から襲撃を受けた。俺と咲耶で何とか追い返して鞠亜も無事だけど、佐倉に鞠亜を通して干渉した咲耶が凄い熱を出して倒れた。もしかしたら佐倉に干渉したことで何か影響が出ているのかもしれない。二階の俺の部屋に運んでおいたから、咲耶のことを診てやってくれないか?」
俺のその言葉に真っ先に反応したのは輝美さんと清實さんだった。
二人は焦った様子で二階に上がり、後から親父や邦治さん達も続いた。
俺の部屋に戻ると、鞠亜の姿は無く、ベッドで横になっている咲耶しかいなかった。
輝美さんが咲耶の額に触れた後、慌てて親父に体温計と氷枕を持ってくるように指示していた。
「なによこれ、凄い熱じゃない。龍ちゃん、何があったの?」
珍しく輝美さんが動揺している。
俺は親父が戻ってくるのを待って、さっき起こった出来事をできるだけ詳しく説明した。
「つまり、今龍ちゃんの体には『文月』っていうのが入っていて、龍ちゃんは自分では肉体が動かせない状態なのね」
俺の姿をまじまじと見ながら、輝美さんが呟いた。
「確かに状況から考えると今咲耶ちゃんが恵瑠ちゃんに干渉した拍子に何らかの影響を受けたと考えるのが妥当だろう。問題は、それが恵瑠ちゃんが意図して干渉しているのか、偶発的なものなのか。前者の場合、何が目的なのか・・・・」
親父がため息混じりに嘆いた。
ふと辺りを見回せば、机の上に書き置きがあった。
可愛らしい絵が入った水色の紙に鞠亜からの手紙に俺達は凍りついた。
龍ちゃん、健さん、輝美さんへ
ちょっと恵瑠ちゃんに直談判してきます。
本文はたった一行の男前な内容だった。
咲耶が倒れて家に帰る途中、咲耶を心配する鞠亜についさっき何があったのかは説明した。
前に、何でこんなことになっているのかという鞠亜の家の事情や、俺や咲耶の事情もさわり位は説明した。
しかしその全てにおいて鞠亜の反応は疑うでもなく、取り乱すでもなく、至って冷静なものだった。
実際はそう振舞っていただけで、心中穏やかではなかったのかもしれない。
鞠亜は普段はおっとりしているが、時々とんでもない事をすることが多々ある。
だが、相手はあの佐倉だ。
いくら魂が人間の物じゃないとか強力なエネルギーを秘めているからと言って鞠亜自身がそれを自在に操れる訳ではない。
佐倉の狙いは鞠亜であるというのなら鞠亜が佐倉から危害を加えられるということはないだろうが、自分から誘拐犯に攫ってくれと言っている様な物だ。
まさか鞠亜は自分を差し出す代わりに今の咲耶の今の状態を何とかするように頼みに行くということなのだろうか。
それが狙いだったとすると、佐倉があの後、特に行動を起こすでもなく大人しく引き下がったのも頷ける。
別に帰っても良いけど、このままだと鈴木先輩が大変なことになっちゃいますよ。ということなのだろう。
実際、咲耶の熱の原因はそれが一番有力ではある。
そんな事を考えていると今までずっと黙っていた清實さんが口を開いた。
「鞠亜ちゃん、雛月と何か話してるわね。その後携帯でどこかに電話をかけた後手紙を書いて出て行ったみたい。それから土手の方に行った後に姿が消えたから、多分その辺で別の次元に入ったのね」
どうやら千里眼で鞠亜の行動を辿っていたらしい。
「普通に考えるなら、咲ちゃんの今の状態を回復させるために恵瑠ちゃんに会いに行ったって考えるべきよね。
でもそれは紅鏡に対してその身を差し出すのも同じで、多分本人も覚悟の上だとは思うけど、私達がそんなこと許す訳が無いじゃない」
清實さんは咲耶の額の汗を拭って静かに立ち上がった。
「私達も遅ればせながら、その直談判に混ぜてもらいましょうか」
ニヤリと笑う清實さんの顔は、絶対何かやらかす前の顔だ。
血は争えないというか、竹の代からしか記憶は無いが、竹も清實さんも輝美さんも咲耶も俺の知っている姫巫女は皆こんな時笑うのだ。
こうして考えると姫巫女は、顔だけでなく性格も皆似ているように思える。
だからと言って皆同じ人間の様には思えないが。
まるで元に同じ型があって、そこから持っている能力の違いや、時代や周囲の環境によって違う人間になっていく様な感じを受ける。
「高尾先輩、ちょっと」
清實さんを中心とした大人達の作戦会議を遠巻きに眺めながらそんなことを考えていると柿芝に呼び出された。
柿芝の様子が随分と深刻そうだったので、二人でこっそり隣の物置になっている空き部屋に移った。
部屋に入るなり柿芝は何かの術を使った様で、一瞬、柿芝と意識が繋がったような気がした。
「限定聴取の術です。これで会話は他の人には聞こえません。高尾先輩は咲耶さんの熱の原因は何だと思いますか?」
「何って、佐倉に干渉したことが原因だろ?」
「そうですが、その佐倉さんは意図して咲耶さんに干渉しているのかということです」
俺は、柿芝の言っている意味がよく解らなかった。
「意図して干渉してるから、鞠亜が直談判にいったんだろ?」
「それも言ってみれば鞠亜さんの推測です。おかしいと思いませんか?もし意図して咲耶さんに干渉してこんな状態にできるなら、下手に返して援軍を呼ばれる危険を冒すより、その場で交渉すると思うんです。
しかも話から察するに自力では佐倉さんの方が上なんですよね?それならそこで引く理由が無いと思うんです。主力の咲耶さんが戦闘不能になった訳ですし」
言われてみれば、確かに柿芝の言うことも最もだった。
佐倉が意図して咲耶に干渉しているのならあそこで引く理由が無い。
そうなると咲耶のこれは佐倉も意図していなかった偶発的なもの・・・?
「じゃあ、咲耶の今の熱は一体なんなんだ?」
柿芝は静かに首を振った。
「解りません。ただ、佐倉さん側にも何か引かなければいけない理由があったと考えられます。
それに佐倉さんが完全に姿を消してから咲耶さんが倒れたということは、佐倉さんも今の咲耶さんの状態を知らない可能性もあります。
もしかしたら佐倉さんが引いたことと咲耶さんその今の状態は何か関係があるのかもしれません」
「つまり、佐倉に直談判しに行ったところで、咲耶の今の状態がどうにかなるとも限らないってことか?」
「はい。それに佐倉さんの方もそのことで何かしらのダメージを受けている可能性もあると思うんです。
まあどちらにしろ、叩くなら今ということになるんでしょうけど・・・」
しかし、柿芝の顔はまだなにか言いたそうだった。
「何か気になることがあるのか?」
俺がそう尋ねれば、柿芝は少し間を置いてから口を開いた。
「佐倉さんに指示を出している紅鏡の方針って、いきなり襲ってきて鞠亜さんを攫おうとした今回の事を考えるとかなり強引に感じるんです。
向こうは最初から話し合う気なんてさらさら無くて端から籠目教を潰そうとしてるんじゃないですかね」
「まあ、状況的にそうだろうな」
「だとしたら、今回みたいに後から相手方が殴りこんでくるだろうと予想できる状態で、何も用意をしないで待ってるなんてありえないと思うんです」
要するに柿芝は、これは罠かもしれないと言いたいのだろうか。
しかし、俺はそうは思わなかった。
「柿芝は直接見ていないからわからないかもしれないけど、佐倉の強さは圧倒的だったが、それに慢心している様にも感じたぞ?案外大人しく待ってるかもしれない」
「たとえ佐倉さんがどんなに強くても、こんな大仕事を去年まで小学生だった佐倉さん一人に丸投げするとは考えられません。仮に本人がそう思っていたとしても、どこかにお目付け役の様な真の司令塔がいるはずです。何か佐倉さんも知らない仕掛けがされているかもしれません」
柿芝のその言葉は、なぜか今までよりも強く確信を持って言われているような気がした。
「何でそう言いきれるんだよ」
思わず俺がそう尋ねると、柿芝はゆっくりと立ち上がって言った。
「どんな特殊な力を持っていようと組織にとっては、所詮ただの駒に過ぎないからですよ。佐倉さんも僕達も」
そう話す柿芝の目に感情は無かった。まるで紙に書いてあることを読み上げるような淡々とした口調だった。
「どういうことだよ」
「そのまんまの意味ですよ。とにかく、気をつけておいてくださいね」
柿芝は俺にそう言い残すと皆が集まっている俺の部屋に戻ってしまった。
俺の部屋に戻るとさっきより騒々しかった。
少し取り乱した様子の輝美さんとそれを宥める親父達がいる。
「咲耶の熱がさっき計った時は38度だったのに今計ったら40度超えてるわ!これ以上熱が上がったままだと後遺症が残るかも・・・」
真っ赤な顔の咲耶は、苦しそうに浅い呼吸をしている。
家に戻って一時間も経っていないのに、咲耶の容体は明らかに悪化していた。
どちらにしろ余り時間は無さそうだ。
「輝ちゃんと健ちゃんは咲ちゃんの看病をしてて。後は私達が何とかするから」
清實さんはそう言うと行くわよ、悠人君、龍ちゃん。と当たり前のように俺達を招集した。
一旦、下の客間に戻ると清實さんは俺と柿芝に今回の作戦を説明してくれた。
まず最初に清實さんが鞠亜が入ったと思われる異次元の結界の前まで俺達を案内する。
その後柿芝が閉ざされた結界への入り口をぶった切ってそれを早瀬夫妻が柿芝と固定。三人は入り口付近で不可視の結界を自身に施しながら待機。
結界内には俺と清實さんと邦治さんだけで向かう。
「たったそれだけの人数で大丈夫なんですか?」
俺がそう尋ねれば、清實さんはニッコリと笑って答えた。
「大丈夫よ。だって今回は、ただ説得をしに行くだけなんですもの」
何を持って清實さんは佐倉を説得するのか、そもそも清實さんのいう説得は世間一般で言う説得なのだろうか・・・どうも、ひっかかる。
今回は諸般の事情により短めです。
次回更新予定は3/21です。




