#39 僕の夏休み(前編)
「修司、実はお前は父さんの実の子供じゃないんだ」
その言葉はなんとなく覚悟していた。
僕が一晩だけど人生初の家出をした翌日、僕は龍太の家から真っ直ぐ家に帰り、ものすごい勢いで謝ったり心配してくる母さんを宥めてリビングに向かい、僕達家族三人が顔を突き合わせて座った後の父さんからの第一声がこれだ。
「修司も薄々気付いているかもしれないが、本当の父親はこの写真に写っている男だ。
名前はギルバート・クイグリー、父さんの学生時代の親友で、母さんは最初このギルバートと付き合っていたんだ」
父さんはそう言ってリビングに飾ってあった写真の裏から出てきた若い時の母さんと僕の実の父親だというギルバートさんが写っている写真を出した。
「その、ギルバートさんは今どうしているの?」
正直つい昨日まで自分の父親は今僕の目の前にいる父さんだけだと思っていたし、いきなり知らない人の写真を見せられてこの人が実の父親です。なんて言われても実感がわかなかった。
「死んだよ」
父さんはそう短く答えた。
「いつかは話さなければならないことだから、修司の本当のお父さんのことや、どうしてこうなったのかは修司が望むならちゃんと説明するつもりだけど、とても衝撃的な話だと思うし、できれば修司が大人になるまで待とうと思ってたのよ。ねえ修司、修司は今聞きたい?」
母さんは深刻そうな顔で僕を真っ直ぐと見つめてきた。
「聞きたい」
僕がそう答えると母さんはそう、わかったわ。と小さく頷いた。
「それなら説明をしようと思うけど、簡単に信じられる様なことではないから、知りたいと言うのなら夏休みが始まるまで待って頂戴。そして夏休みが始まったら父さんも合わせて休みを取ってもらって、久しぶりにお父さんの実家に行きましょう。お母さんの方のおじいちゃんやおばあちゃんも交えて、皆でちゃんと説明するわ」
いきなりおじいちゃんやおばあちゃん達まで出てきて話が大きくなった様に感じた。
もしかしたら家族ぐるみで余りよそでは言えない様な重大な秘密があるのだろうか。
先週何気なく見た一家全員で殺人を隠蔽する内容のサスペンスドラマの内容を思い出して嫌な想像に心臓が跳ねた。
僕は夏休みまで両親からの説明を待つことに頷きながら、内心今自分はとんでもないことに足をつっこんでしまったのではないか後悔の念に襲われた。
それが、約二ヶ月前の話だ。
そして無事夏休みを迎え、小さい頃に何度か来た事のある長崎の祖父母の家に着いて早々聞いた説明が
「修司、実は父さん達は魔術師なんだ」
・・・父さん達は僕をからかっているのだろうか?
「父さんの家は代々魔術を扱う家系で、アメリカへの留学は魔術の勉強というか、そういう側面もあったんだ」
「ギルはとても優秀な魔術師だったわ。でも、だからこそ殺されてしまった」
・・・・・これは、もしかして僕の緊張を和らげようとする両親の渾身のボケなのだろうか。だとしたら今はツッコミ待ちなのだろうか。
おじいちゃんもその話に頷いているという事はきっとグルなのだろう。
父方のおじいちゃんとおばあちゃん、そして両親とテーブルを囲みながら僕はどう返すのがベストなのか考えあぐねていた。
「できれば修司には約束の日が来るまで何も知らず普通の生活を送って欲しかった。でも少し事情が変わったから、せめて説明だけはしておこうと思うの」
母さんは真剣な顔でそう言ったが、皆いつまでこのシリアスな雰囲気の小芝居を続ける気なのだろうか。
今度はおじいちゃんが腕を組んでファンタジーなことを話し出しだした。
「こん世界には大きく分けて二つの勢力があると。一つは神話に出てくるような、神々が実際にこの世界に存在し、魔法や超能力だと言われる様な物がもっと一般的だった世界をまた取り戻そうとする勢力。おい(俺)達は神代派と呼んじょる。
そしてもう一つは表向き魔術だとか超能力だとかを全否定して自分達だけが魔術を独占し、今の世界を守ろうとする勢力たい。こっちは枢魔派やな」
・・・・ひょっとしてこの日のボケのために結構設定を作ってあるのかもしれない。
父方のおじいちゃんとおばあちゃんは結構凝り症で『遊びをするにも全力で』がモットーの人達だ。
僕が小さい時ロボット物のアニメにはまっていたら、ダンボールで本物そっくりのロボットの着ぐるみを作ってくれた祖父母だ。
今日のごっこ遊びにも何日も前から準備をしてきていても不思議ではない。僕は二人のそんな所が大好きなのだが。
そう考えるともう少しこの話に乗っかってみようかと言う気になってきた。
「浩司、修司の父さんを留学させた州は裏で隠るるごと(隠れるように)行われてはおったが、魔術研究の盛んな土地柄だったとばい。けどある日、神代派と枢魔派の大規模な抗争がおきてな。ギルバート君もそこで行方知れずになってしもうたとばい」
「状況から見て、死んでしまったのは間違いないのだけど」
おじいちゃんの言葉に母さんが付け加えた。
「その後、お母さんはお父さんと結婚して、この国に来たのよ。おじいちゃん達とはお父さんと付き合う前から魔術関係でかかわりがあったからその辺の事情もとても話しやすかったわ」
抗争の後の流れの設定がありがちというか、他と比べると適当な気もする。
「この国は、誰が何を信仰しようが何を研究しようが他に迷惑をかけなければ比較的寛容なのがいいわね」
まあ、寺の息子である龍太でも毎年家で鈴木さんや天野さんとクリスマスパーティーをしてたり、正月も近所の神社に新年のあいさつもかねて初詣に行くと言っていたし、確かにその辺は結構ゆるいのかもしれないが。
「そして、この町は神社やお寺や教会みたいに宗教は違っても同じ神代派の人間が集まっている町だけんね。まあ、たまに枢魔派との小競り合いは起きたりするけど大体皆仲良くやっているわ」
おばあちゃんがおっとりとした様子で話し出した。
・・・・・皆で前もってこっそりセリフ合わせとかしたのかな。
「まあ今まで普通の生活しとるとにいきなりこがんこと言われても信じられんやろうし、直接見てもらうとが一番いいと思うわ」
おばあちゃんはそう言うなり僕に階段の裏まで来るよう促して部屋を出て行ってしまった。父さんたちも後を追うようにゾロゾロと階段の方へと向かう。
・・・きっとここからが今回の遊びの肝なのだろう。凝った造りの黒魔術っぽいアイテムが出てきて何か手品でもやって見せてくれるのかもしれない。
玄関の前にある階段に着くと、とおじいちゃんが階段下にあった大きな葛箱をどかしていた。
どかした葛箱の下には床下収納のような扉があった。ここから何か道具を出すのかと思えば、おじいちゃん達はその中に入って行ってしまった。
父さん達もその後に続き、僕も母さんに手招きされ後を追った。
床下収納と思ったそれは意外に深く、中にあった階段を降りれば、結構広い地下室に出た。
地下室の中は思ったよりもきれいで、電気も付いているし床もフローリングで壁紙も張ってあるし、座り心地の良さそうなソファーや使い込まれた机等普通の部屋のようにも思えたが、壁一面にある棚に所狭しと収納された怪しげな本や物、それに何も無い壁に大きく描かれた魔法陣のような模様が、異様な雰囲気をかもし出していた。
壁に描かれた魔法陣の前まで行ってみれば、壁にペンキで描かれたそれが結構新しいものであることに気付いた。
一体これだけの物を用意するのにどれだけの時間と費用がかかったのだろうと思った時、僕はあることに気付いた。
この大きな本棚やソファーはどうやってこの部屋に入れたのだろう。
本棚はバラバラにして中で組み立てるとして、この革張りの大きなソファーは今入ってきた入り口ではつっかえてしまうだろう。
しかしこの部屋には他に入り口らしきものは見当たらない。まあこの部屋にあるってことは外から入れたということなので、何か方法があるのかもしれないが、随分凝ったことをするなぁと思った。元々はちょっとした書斎だったのをそれらしく仕立て上げたのかもしれないが。
「ところで修ちゃんは向こうん学校で彼女でもできたとね?」
僕が部屋を見回していると突然おばあちゃんがそう話しかけてきた。
そんな心当たりはない。と答えると、
「そいならとびきり親しい友達やろかねぇ」
とおばあちゃんは言ってきた。今の学校で一番親しい友達、というと龍太だろうか?しかし、彼女と間違われるほど親密かというと違う気もするが。
どうしてそんなことわかるの?と尋ねれば、
「だって修ちゃんの近くにその子の魂の気配が感じられるから。恋人同士か、とびきり親しい友達でないとそがんはならんとよ」
とおばあちゃんは答えた。
「そいじゃあ今から私達が魔術師であるという証明のため、その子のことを言い当ててみるかね」
おばあちゃんはそう言うなり右手を宙にかざした。「出てこんね、ベル」その言葉と共に何も無い空間から一人の男の人が現れた。
背が高く、ほっそりとした青白い顔の黒い燕尾服を着た男の人だった。
一瞬何が起こったのかわからなかったが、きっとこれは手品でこの男の人もそれらしい格好やメイクをした祖父母達の協力者なのだろうと考えた。つくづく手が込んでいるなと思った。
「初めまして、俺はあなたのばあ様、鶴子様に仕えとる(仕えている)ベルという者です」
訛っていた。使い魔か悪魔のつもりなのかは知らないが、長崎弁を使う悪魔などいるだろうか。・・・・多分標準語に直そうとしたけどどうしても訛りが抜けなかったのではないだろうか。アクセントもおかしい。
そんなことを考えていると、その男の人、ベルさんは僕の前までやってくると僕の両肩に手を置いた。
「俺の目を見て力ば抜いてくれんね。すぐ終わるけん」
ベルさんがそう言って僕の目を覗き込んだ時、僕はなぜだか強烈な嫌悪感と恐怖感に襲われた。何か嫌な記憶が蘇りそうになったが、そうなる前に僕はベルさんを押しのけた。
ほとんど脊髄反射というか、考えるより先に体が動いた。ベルさんを押しのけた直後に僕とベルさんの間でバチリと何かが弾ける様な音がした。
驚いて僕が後ろに尻餅を付いた時、違和感を感じた。
後ろは壁だったはずなのに、何で僕は壁にぶつからずに今尻餅をついているのだろう。
目を開ければそこはさっきまでの地下室ではなく、強い日差しの降り注ぐ見覚えの無い公園だった。
辺りには人っ子一人おらず、鳥の声も車のエンジン音も聞こえない。
意味がわからない。
とりあえずまた目をつぶって立ち上がって前に少し進んでみたけれど、辺りの景色は変わらなかった。
・・・・・これが魔術と言うものなのだろうか。いくらなんでもこんなことは手品ではありえない。
一番現実的な解釈はさっき後ずさった勢いで壁に勢いよく頭を打ち付けて気絶してしまい、今は夢を見ている。というものだろう。
しかし、頭上から照りつける太陽はじりじりと体を焼いてじっとしてると痛いくらいだし、砂地とはいえ裸足のまま焼けた地面に立っているのは辛かった。
木陰のベンチを見つけて腰掛ければ、日向とは打って変わって地面はひんやりとして気持ちよかった。
夢にしては感覚が妙にリアルな気がするが、夢以外にこの状態を説明できないのでやっぱり夢なのだろう。
しかし、一体これからどうしたものか、今僕は全くの丸腰で携帯も財布も靴も持っていない。
まあ夢なので覚めるのを待つしかないのだろうが。
そういえば前に鈴木さんが夢の中で夢と気付ければそこからはいくらでも好きなことができる。みたいなことを言っていた。所謂明晰夢というやつだ。
せっかくだから試してみるのも悪くない。そう思って僕は自分の体に飛べ!と念じてみた。飛ばない。
・・・いきなりハードルを上げすぎたかもしれない。とりあえず歩き回れるようにサンダルか何かが欲しい。
そう思って今度はサンダルをイメージして出そうとしていると、目の前の民家が爆発した。
・・・・・・まあ、夢だし。僕が気を取り戻してイメージをすることに集中しようとしていると、更に目の前の民家が続けざまに色んな箇所から爆発の煙を上げた。
なんなんだ。そう思っていると、今度はその爆発した民家から何か飛んできた。
それは僕の座っていたベンチに日陰を作っていた木に当たり、木は倒れ僕は再び強い日差しに晒された。
何事かと思い振り向けば、倒れた木の間に一人の女の子がいた。
何かざまあみろ、とかやってやったぜ、みたいなことを倒れたまま大声で笑いながら言っていた。
色白でふんわりしたボブヘアーのかわいい女の子だったけど、この言動は普通じゃない。というか関わると何か大変なことに巻き込まれそうな気がして僕は女の子に気付かれないようにゆっくり後ずさった。
女の子から10メートルほど離れたところで携帯の呼び出し音が鳴った。女の子は電話に出てしばらく話した後、急に起き上がって辺りを見回した。
あ、目が合っちゃった。そう思った瞬間、女の子は立ち上がると同時に一足飛びに僕の目の前までやって来た。
着地と同時に盛大に砂埃が舞った。
「修司お兄ちゃん!?」
女の子の目はキラキラと輝いていたけれど、さっきの出来事と今の人間離れした身体能力のせいで恐怖しか感じない。
しかし、ここで下手に嘘をついて後でばれた方が恐いので、そうだけど、と返事すると
「わあ、やっぱり!」
と嬉しそうに抱きつかれた。さっきのを見ていなければ喜べたのに。そう思いながらも僕のことを知っているようなので、前に会ったことがあるのかと聞いてみた。
「はとこの恵瑠だよ~小さい頃よく一緒に遊んだでしょ?」
と女の子、恵瑠ちゃんはそう言ったけれど、僕は恵瑠ちゃんのことを全く思い出せなかった。
はとこ、ということは僕のおじいちゃんかおばあちゃんの兄弟の孫、ということになるのだろう。小さい頃といえば、僕は小学校に上がるまでは長崎の祖父母の住んでいる近くに住んでいたらしいけれど僕はあまり覚えていない。
その時よく遊んでいた子だろうか?
「ええっと、それで恵瑠ちゃんはどうしてさっき爆発した民家から飛んできてたの?」
なんとなく話題をふらないといけないような気がして平静を装って聞いてみた。
「やだ!見とったと?アレは仕事で・・・っていうか、さっきこっちに来とるかもしれないって連絡があったばってん・・・・修司お兄ちゃんは、どうしてこがんとこ・・・こんな所にいるの?」
少し取り乱しながら顔を赤くして恥らう姿は可愛かったけれど、あの悪態の後でそんな反応されてもなあ。と思いつつ、恵瑠ちゃんの質問には正直僕もうまく答えられなかった。
「なんか、おじいちゃんの家の地下室で、壁にぶつかったと思ったらここにいたんだけど・・・」
そう答えれば、恵瑠ちゃんも、なんで?と首を傾げていた。僕も訳がわからない。
「だからこれは夢なんだよね」
と言えば、恵瑠ちゃんに両頬をつねられた。
痛いと言えば、当たり前じゃない。現実なんだからとむくれられた。
だとすると恵瑠ちゃんは現実に爆発した民家から飛ばされてきて木が折れるほど強く叩きつけられたのに無傷で更にその直後10メートルくらい助走も付けずに一気に跳んできたことになるんだけど。
と思ったけれど、僕は普通に夢の中で怪我しても痛いし、熱いとか冷たいとかの感覚がリアルな夢もよく見るので、きっとこれもそういう夢なのだろう。
でないと説明が付かない。
「とりあえず仕事も終わったし、一緒に鶴ばあちゃんの所に帰ろう?」
と恵瑠ちゃんは左手を差し出した。
どうやら恵瑠ちゃんは帰り方を知っているらしい。
どうせ夢なのだしここは彼女の言う通りにしておこうと恵瑠ちゃんの手を握った。
恵瑠ちゃんがおばあちゃんがやっていた様に右手をかざすと、目の前に黒い大きな穴が空中に開いた。
それじゃあ行こっか、と言う恵瑠ちゃんに手を引かれて僕は穴の中に入った。
しかし穴を潜って出た先は、知らない商店街だった。
やはりここも僕達以外の人影は無く、辺りからは何の音も聞こえなかった。
「時空が、歪んでる・・・?」
恵瑠ちゃんは何か言っていたが、要するにさっきの空間移動は失敗したらしい。
ただ場所が上に屋根のあるアーケードに移った分、僕の足元は大分楽になった。
「さっき仕事とか言ってたけど、恵瑠ちゃんはここで何をしていたの?それにここ、僕達以外に人がいないようだけど、どこなの?」
なんとなく気になって聞いてみた。夢なのだからちゃんとした答えが帰ってくるとも思わなかったけど。
「ここは、裏世界。普通の世界と重なるように作られたもう一つの世界で、特別な力を持ったまだ力の制御のできない人間が無意識に使ってしまったり、漏れてしまった力が現実の世界に直接影響を与えないようにするための、言わばクッション的な役割を果たす世界かな。
そこで私は修司お兄ちゃんみたいにたまに迷い込んできた人を元の世界に返したり、この世界に現れた異常を直したりしたりしてるの。
もっとも、普通は迷い込んでくる人なんて早々いないからこっちの仕事がメインなんだけど」
つまりその異常、というのが今回はさっきみたいに上手く空間移動できなくなったりすることなのだろう。
「でも、それなら現実の元の人をどうにかした方がいいんじゃない?」
「数が少なければそうもできるけど、現在そんな特別な力を持った人間は、ウチが把握しているだけでも数百人、それに本人や周りが気付いていない人や、家系的に力はまだ発現してないけれどこれからそうなるかもしれない人間も合わせたら、数は何倍にもなる。とても一人一人は見ていられないの。だからこそ小さい頃から意識の一部をこの世界に繋げて、まとめて管理しているの」
確かにそんなに数が多いのなら、いちいち何か起るたびにその個人を特定して対処するのは骨だろう。しかも同時多発的に事が起ればどうしようもない。
「でもそんなに大変なら、精神の安定しない小さい時だけ力の封印とかできないの?」
「できないことはないけど、宗教上というか思想上の問題でそれはできないことになってるの。人類の力を解放し、本来あるべき力を取り戻すのが神代派の目的だから、逆行するようなことはできないの。仮にやったとするとそれに対する考え方の違いで論争になって、最悪内部分裂に発展するから」
思ったよりも魔術師の世界というのは複雑な様だ。
「だけどあんまり小さい時に力の使い方を憶えちゃうと、些細なことで大事件を起こしかねないから、苦肉の策として小さいうちは自分が特別な力を持っているということはなるべく気付かせないようにしてるの。力の影響も全部こっちの世界に来るようにしてね。それでも私みたいに自力で気付いちゃった人間は、小さい頃から力の扱い方を叩き込まれてこの裏世界の管理のために働かされたりするの」
まあそんな人間は稀だし、力の扱い方を小さいときから知っている分魔術師としては将来有望だし、組織の中では幹部候補のエリートなんだよ!と恵瑠ちゃんは自慢げに胸を張った。その姿に一瞬何か思い出しそうになった気がしたけど、思い出せなかった。
「それで、さっき帰ろうとして帰れなかったみたいなんだけど、恵瑠ちゃんは何かわかる?」
「もちろん!つまり今回のこの世界の異常は複数あって、さっき私が倒したのとは別にこの世界の次元に歪みを引き起こしている物があるってことだよ」
恵瑠ちゃんはそう元気に答えたが、何か今まさに不穏な懐かしさというか、十年越し位の嫌なデジャヴを感じた。
「それで、どうやってそれを倒すの?というか、もしかしてそいつ倒さないと僕達この世界から出られない?」
「あ、そういえばそうだね。でも大丈夫、方法はまだ思いつかないけど、そいつ絶対倒すから!」
その理由の無い自身と屈託の無い笑顔に、小さい頃の記憶が一瞬蘇った。
確か小さい頃、僕は恵瑠ちゃんともう一人の親戚の女の子と良く遊んでいた。恵瑠ちゃんは小さい頃から魔術師としての自分の才能を誇っていたが、同時になぜだか僕にも同等の才能を認め、僕に魔術師としての道を歩むようにと事あるごとに怪奇現象に巻き込まれ、ある時は腕が無くなったり、体が上下に分かれたり、臨死体験を日常的に繰り返していたような気がする。
しかしそのたびなぜか気がつくと体は完全に元通りになっていて、それも僕には恐ろしくて仕方なかった。
父の転勤で引越しが決まった時、僕は心底喜び、彼女と二度と会うことが無い様強く願った。
その後運よく今まで彼女と会うことは無く、いつしか僕は当事の記憶を封印してしまっていたんだ。
その恵瑠ちゃんが今僕のすぐ隣にいる。体中からどっと嫌な汗が溢れた。
ということは、これは夢じゃない上にさっきのおじいちゃん達の話も現実な訳で、しかも僕の両親や祖父母や実の父も魔術師ということは、将来的にその道に進まざるを得ない。というか、逃げられない。
そのことに気付いた瞬間、元の世界に戻れないかもしれないということよりも、自分の家の人間関係の方が絶望的に思えた。
「そういえば、修司お兄ちゃん昔からよく生霊を飛ばしたりしてたけど、あれもう直った?」
恵瑠ちゃんが思い出したように尋ねてきたが、そんなこと初めて知った。というか、仮にそんな体質になってしまっていたとして、原因は幼少期に日常的に臨死体験を繰り返していたせいじゃないだろうか。
恵瑠ちゃんといると文字通り命がいくつあっても足りない。
「この時空の歪みにはどこかに発信源と言うか、歪みの大元があると思うの。私はさっきの戦闘で結構消耗しちゃったし、でもこのまま放って置くともっと時空の歪みが酷くなって私達だけじゃ対処できなくなっちゃうからそうなる前に修司お兄ちゃんの力を借りたいの」
恵瑠ちゃんはそう切り出したが、それもう応援呼んだらいいんじゃないかなと言うと、この裏世界の次元が歪んでいるので向こうからも応援に来れるかわからない。それに、さっきから全く電話も繋がらないと恵瑠ちゃんは僕に圏外と表示された携帯を見せられた。
むしろ今まで普通の携帯電話で連絡を取れていたことの方が驚きだ。
「それに、悪い事ばかりじゃなくて、これはチャンスでもあるの」
チャンス?僕がそう聞き返すと恵瑠ちゃんは大きく頷いた。
「これを上手く切り抜けられれば私の評価も上がるし修司お兄ちゃんの活躍も認められれば修司おにいちゃんもこの裏世界の管理の仕事に就けるかも!」
すごい。何一つとして僕のメリットが無い。
しかしこのまま二人でこの世界に閉じ込められるのも困るので僕は恵瑠ちゃんに協力することにした。
「それで、僕はどうしたらいいのかな」
僕がそう言えば、やる気になってくれたのね!と恵瑠ちゃんが目を輝かせた。やる気にはなったけどそれはあくまでこの世界からの脱出のためだ。
「それじゃあ修司お兄ちゃん私の目を見て?」
恵瑠ちゃんはそう言って僕の両手をを握って僕の目を覗き込んできた。恵瑠ちゃんの目を見ている内にだんだんと頭の中がボーっとしてくるような気がした。
すると突然恵瑠ちゃんに体を押されて僕は尻餅を着いた。
しかし、目の前には僕の体がある。ああ、幽体離脱か。と僕が冷静に思ったのは小さい時、よく恵瑠ちゃんにこんな遊びをさせられたからだろう。
しかし不思議なことに僕の体は相変わらずその場に自分で立っている。
「魂の一部を体に残したの。これで何かあってもすぐに修司お兄ちゃんの魂を肉体に呼び戻せるよ」
よく生霊を飛ばすということは、魂が分裂しやすいということで、これが体の外に出たまま戻らなければ自分の魂を切り売りしていることになり、寿命を縮めることにもなりかねないそうだがそれも魂を完全に回収できれば問題ないはずだと恵瑠ちゃんは説明してくれたが、はず、と言う言い回しには不安を感じざるを得ない。
「とにかく、これで場所が特定できるようになるから」
そう言うなり恵瑠ちゃんは僕の体と手を繋いでいない方の右手で霊体になった僕の方の胸を軽く押した。
瞬間僕の形を作っていた霊体は跡形も無くなくなり、僕の意識は気体の様に辺りに広がった。
意識が広がると同時に、今までの思考も一緒に溶けていく様な気がした。
僕の意識が辺りに広まり、町全体まで広がると、あちこちにまだら模様のような空間の歪みができていることが感じられた。そしてその中でも何か大きな渦の様な物を見つけた。
あれは、小学校だろうか。
それ以降の記憶はあまりはっきりしない。その一部始終を見ていたことは間違いが無いのだが、その映像がなんなのか理解できないというか、自分を取り巻く世界で起った出来事に対して何も感じない。興味が涌かなかった。
確か、渦の方まで恵瑠ちゃんがものすごい勢いで僕を担いで跳んで行った後渦の中心で何かやってたような気がする。
気がつけば僕はおじいちゃんの家の客間の布団の中で寝ていた。
体を起こせば、気がついたのね!と母さんがかけ寄ってきた。さっきのは夢だったのだろうかと思った瞬間、修司お兄ちゃん起きた?と部屋に入ってきた恵瑠ちゃんを見て、僕の淡い希望は砕け散った。
その後また皆で、今度は恵瑠ちゃんも加えてテーブルを囲んだ。
「修司、実は父さん達は魔術師なんだ」
「うん知ってる」
「今の状況の説明を」
「なんとなくわかった」
「それで、修司には魔術師としての道に進むか、力のコントロールを憶えて普通に暮らすか選んで欲しい」
父さんの言い方ではまるで僕にも何か特別な力があるかの様だったけれど、僕の答えは決まっていた。
「普通に暮らすよ」
横でなんで!?と恵瑠ちゃんが言っていたけど無視した。
次回更新予定は2/14です。




