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にせ∞かみ  作者: 和久井 透夏
龍神転生編
36/71

#33 竹

俺が名前と記憶の一部を失くして五年が経った。

名前も記憶もまだ戻らない。

二十歳になった松は年の初めに結婚して家を出て行った。

竹は毎日の身支度を自分でするようになった。

最近気付いたのは、俺はその気になれば天候を操ったり人の心を読んだり、遠くにいる人間が今どこにいて何をやっているのか視ることができるということだ。

試してみれば、もっとできることはあるかもしれない。

考えてみれば一応神社に祭られている神ではあるのだから、それくらいできて当たり前と言えば当たり前なのかもしれない。


最近竹は毎日のように耕四郎と神社の敷地の森の中の広場で待ち合わせをしては遊んでいる。

耕四郎は近所の百姓の八人兄弟の末の四男坊らしく、一応学校に行かせてもらっているようだが、収穫期以外は特に必要とされる訳でもなく、基本放置されているらしい。

また、歳の近い兄弟は姉達しかおらず、また引っ込み思案な性格のせいか友達が多いという訳でもなさそうだ。

だからこそ、毎日竹の元に通ってくるのだろう。

「今日はね、バタークリームケーキ持ってきたの一緒に食べましょ」

「わぁ、ありがとう」

竹は時々奉納された菓子類をこっそり持ちだしては耕四郎と食べている。

耕四郎は普段そんな物を食べられるような機会はほとんど無いらしく、大変喜んでいたし、竹もまた自分のしたことで喜ばれるのが嬉しいようだった。


「最近、また近所に妖怪が出たみたいなんだ」

また、と耕四郎はケーキを頬張りながら言う。

この頃、伝承に出てくるような妖怪がこの村のあちらこちらで頻繁に目撃されている。

「今度はどんな妖怪なの?」

竹は興味深そうに身を乗り出す。

「人の顔をした牛らしくて、あることをブツブツ言いながら歩いてたんだって」

「ああ、それはきっとくだんね。何か事件がある前にそれを予言していくらしいわ」

竹は先日祖父に聞いた話を得意気に話す。

耕四郎は竹ちゃんは妖怪のことは何でも知ってるね、と感心した様子で相槌を打つ。

「それで件はなんて言ってたの?」

「それが、姫巫女様死んじゃったって延々呟きながら歩いてたらしいんだ」


「へ、私?」

竹が間の抜けた様子で小首を傾げる。

どうやら竹は自分の死が予言されるとは思っても見なかったのだろう。

しかし、竹の祖父の話では件が予言するのは大きな災害などの歴史に残るような大事件では無かっただろうか?

まあ、その件を作り出したのが竹の妄想だとすれば、作り出した本人にとっては一世一代の大事件だろう。

無意識に竹が恐れていたことが件の予言として現れたのだろうか。


ただまずいことに、竹の祖父は件の予言は必ず当たると言っていた。

その全てを竹が信じるのならば、件の予言が出鱈目でも竹自身の思い込みで竹は死ぬことになる。

「え~、大丈夫よ。だって私には黒がいるもの。きっと守ってくれるわ。でしょ?」

しかし、そう言って俺を見た瞳には微塵も恐怖だとか疑いと言うものを感じられなかった。

「ああ、そうだな」

そう答えれば、ほらね!と竹は自信ありげに耕四郎に言う。

・・・・・おかしい。もし竹が内心でそのことを恐れているのなら、こんな反応ができるはずが無い。


最近の多すぎる妖怪相談、しかもどれも竹に話したことのある妖怪の話であることに、いいかげん瀧澤家の人間も竹が原因であることに気付いたようで、大吉の提案により竹に話す怪談話はが無害な物や対処法、退治方法のあるものに限られた。

既に話してしまった物や弱点が無い物に関しては大吉が後からでっち上げられた弱点を竹に話して聞かせた。

結果、神社に来る妖怪の相談は竹の父と大吉が退治したり、祖父が退治の方法を村人に教えたりして事無きを得ている。

お陰で今では妖怪に困ったら御瀧神社に相談すればいいという風潮がこの辺に広まっている。



俺はどうにもスッキリしない気分のままだったが、竹は夕方まで耕四郎と遊んでご機嫌だった。

耕四郎も帰ったし俺達ももう帰ろうと竹に話しかけていたところに、ちょうど学校から帰ってきたばかりの大吉と会った。

「あ、お兄ちゃんおかえり~」

竹は大吉を見つけると上機嫌に手を振った。

「ただいま。今日も耕四郎君と遊んでたのか?」

大吉は竹の頭を撫でながら尋ねる。

竹はまだ竹が姫巫女としてどんな力を持っているのか分かるまでは危ないので他の家の子と遊んではいけない。と常々父や祖母に言い聞かせられていたので、耕四郎のことは家族に秘密にしていた。

しかし大吉には一度神社の森の中で耕四郎と遊んでいるところを目撃されてしまったので、竹がこのことは家族に秘密にしてくれないかと頼んだところ、大吉は快く了承し今に至る。


竹は龍神も見えているし姫巫女であることは間違いないが、まだ何の力かわからない上に、力の種類によっては周囲の人間に危険をもたらす場合もあるのでどんな神通力を持っているのかはっきりするまでは神社から出さない。

そう竹は言い聞かされている。

あくまでそういうことにしているだけなのだが。

こんな一時しのぎの言い訳を、いつまで続けるのだろうか。


「この辺に最近件が出たんだって」

家への帰り道、大吉が竹の手を引きながら歩く。

「へぇ、あの絶対に当たる予言をしていく妖怪か?」

大吉はああアレか、と言うように割とのんきに話す。

最近では妖怪退治の手伝いに時々狩り出されたりするせいか、積極的に危害を加えに来る妖怪意外に関してはもはや感覚が麻痺しているようだった。


「それでね、その件が私が死ぬ、みたいなこと言ってたらしいの」

しかし竹がそう言った瞬間大吉の足が止まる。

釣られて手をつないでいる竹の足も止まる。

「それ、本当なのか?」

大吉が眉間にしわを寄せて深刻そうな面持ちで竹の肩を掴む。

「うん。でも大丈夫だよ。黒がいるもん」

一方竹はいつもの様子であっけらかんと答える。


「だけどお前、何かの理由で龍神様が側にいない時もあるかもしれないだろ」

大吉は尚も心配そうに言うが、竹は一貫して大丈夫だよ!と根拠不明の自信に満ち溢れていた。

「まあ、竹がそう言うなら大丈夫なんだろうけど・・・」

最終的に大吉は竹の自分は安全だと信じきっている様子を見て引き下がった。

たとえ俺が側にいなくても、竹自身がこの様子ならたぶん大丈夫だろう。

何か困った事があったらすぐに兄ちゃんに相談するんだぞ。と言ってまた竹の手を引いて歩き出す大吉を見て、親や祖父母はともかく、この兄が跡取りならば竹も今後安心だろうと思った。



その日は昼過ぎからずっと雨が降っていた。

竹は雨の日が嫌いだと常々言っている。

雨の日は耕四郎も遊びに来ないからだ。

「つ~ま~ん~な~い~」

竹が部屋の中でごろごろと転がりながら言う。

今日は外に遊びに行きたい気分だったらしい。

いつもそうじゃないかと言えば、そうじゃない日もあるもん!と返された。

耕四郎と遊ぶようになってからは毎年梅雨にさしかかるとこんな調子が連日続くのだ。

意図的に雨を降らせないこともできるが、そんなことをすれば夏場に水不足になりそれこそ大惨事だ。

・・・・・竹の様子で季節を感じると言うのも中々に面白い。


「最近は耕四郎と遊んでばかりだったし、たまには俺の相手をしてくれてもいいんじゃないか?」

竹をなだめるつもりでそう言えば、さっきまでじたばたしていた竹の動きが急に止まった。

かと思えば急に体を起こしてこちらをまじまじと覗き込んで来る。

「もしかして、やきもちやいてるの?」

そう尋ねてくる竹の目は期待の色が満ち溢れていた。

そうかもしれないと答えると、その顔は急に明るくなり、竹はそれならそうと言ってくれれば良いのにと言って嬉しそうに俺の頭を撫で始めた。

その竹の様子に妙にむずがゆい気分になった。


ひとしきり俺の頭を撫で終えると竹はなにかを思いついた様な顔で俺に前足で右腕を、後ろ足で左腕を掴むように言った。

その通りにしてみると竹は化粧台の鏡にかかっている布を上げて少し後ろに下がった。

「何をしてるんだ」

そう問えば、こうしてみたら天女の羽衣みたいになるかなあ、と思って。と返された。

化粧台の鏡を見れば、確かに形だけは近いかもしれない。

「こんな黒くて禍々しい羽衣、むしろ不気味だろう」

そう呟けば、そう?私はかっこよくて好きよ、強そう。と竹が笑った。

「ねえ、こうして黒を巻きつけてたら、天女みたいに飛べるかしら?」

竹が気に入った様子で鏡の前で角度を変えてくるくると回りながら尋ねてきた。


「できるよ。竹ができると思うならな」

そう言い終るのとほぼ同時に竹の体が浮き上がった。

「わあ、本当ねすごいわ黒!まるで本当の天女になったみたい」

嬉しそうにはしゃぐ竹を見ながら、本当に何でもできるな、と竹の力に感心する。

コレなら人を乗せて飛んだりもできそうね!と竹は言ったが、少し間をおいて、でも黒を視えてる人間じゃないと黒に触れなかったわね。

と落胆したように呟いた。きっと今の言葉が無ければ、俺を視ることのできない人間も乗せて飛ぶことができたんじゃないだろうか。


「もし晴れてたら、外も飛びまわれるのになぁ」

「そんなことをすれば目立ちすぎるし、たちまち注目の的だぞ」

それじゃあ、姿を見えないようにすればいいのよ!黒の乗せてる人間も、黒と同じように普通の人は見えないようにすればいいんだわ!

いいことを思いついたとばかりに笑う竹を尻目に、どんどん面白いように特殊能力が付加されていく事態に、若干の危うさを感じた。

そうこうしていると、障子の外に人の気配を感じた。

「誰か来てるぞ」

竹が俺のその言葉を聞いて畳の上に降りるとほぼ同時に、大吉の声がした。


「竹、今大丈夫か?」

大丈夫だよ~と竹が障子を開けると、そこには傘を持った大吉が立っていた。

今日は学校が早く終わったのだろうか。

「少し散歩に行かないか?見せたい物があるんだ」

見せたい物?と竹が小首を傾げれば、それが何かは見てからのお楽しみだとイタズラっぽく笑った。

兄のその様子を見て興味を持ったらしい竹は行く!と元気良く即答した。


それじゃあ行くか、と大吉は竹を自分の傘に入れて歩き出した。

「見せたい物は神社の外にあるんだ。父さん達に知られると厄介だから裏口からそっと出て行こう」

それを聞いた竹はわかった内緒ね。とあっさりと承諾した。

今までは父や祖父母に言われていたのでとりあえず神社の敷地から出てはいけないという言いつけを守っていたようだが、竹にとってはそれは別に機会があれば破ってもかまわない物だったようだ。

耕四郎は言いつけのことを説明すると気を使ってか律儀に竹に会うために毎日のように神社に通ってきていたので耕四郎相手では単純にそれを破る機会が無かったのだろう。


俺は神社から出ると力が弱まってしまうのであまり竹を外に出したくは無かったが、他の姫巫女の時は普通に外について出ていたような気もするのでまあいいかと思った。

神社の敷地から出た時、竹は不思議そうに辺りを見回した。

「あれ?なんだかここ神社と空気が違うわ」

「そりゃそうさ。神社は聖域、完全に龍神様の領地だからな」

そんな竹の様子に頷くように大吉が答える。


「じゃあここからは黒の家じゃなくなるのね」

「神社に比べたら龍神様の力も弱くなるだろうな」

竹が少し不安そうな顔で大吉の着物の袖を握った。

「大丈夫だよ。兄ちゃんがついているんだから。最近は妖怪退治の手伝いもするようになったし、結構強いんだぞ」

大吉が笑いながら言えばそうなの?と竹が大吉の顔を見上げた。

そうだよと微笑む大吉の顔を見てたけは安心したようだが、そこまでして竹に見せたいものとは何だろうと俺は頭を捻った。


しばらく歩くと小さな水車小屋が見えてきた周りには田畑が広がるだけで民家はかなり遠くに見える。

大吉はその水車小屋の前で立ち止まった。

この水車小屋は米搗き(こめつき)用の物で今の時期は使われていないはずだが。

「見せたい物ってここ?」

「いや、それはこの中にあるんだ」

不思議がる竹をよそに大吉は小屋の戸を開けると竹に中に入るように促した。

竹が小屋の中に入ると続いて大吉が傘をたたんで中に入った。


しかし俺も続いて中に入ろうとしたところ、バチリと大きな音がして弾かれてしまった。

竹が驚いた様子で振り返ると同時に大吉が後ろから竹の両腕を掴み、こちらに駆け寄ろうとする竹の動きを止めた。

「無駄だ。どうやったって龍神様はこの中に入って来れないし、この小屋を壊すこともできない。ついでに声も聞こえない」

竹が驚いた表情で大吉の方へ振り向く。

大吉は尚も竹に何かを言っている様だが、こちらには全く聞こえなかった。


まずい。竹は今の大吉の言葉を完全に信じてしまっている。

何度か体当たりもしてみたが、全く何も無い空間で跳ね返される。

振り返った竹の顔から血の気が引いていくのが見えた。

このまま体当たりを繰り返しても竹の思い込みがより強固になるだけだ。

声は聞こえないが、大吉はいつも竹に話しかけるような優しげな顔をして竹に話し続けている。

その大吉の様子とは裏腹に、どんどん竹の顔がこわばっていく。

何を話しているのかは知れないがこのままでは取り返しの付かない事態になりそうだ。


誰か助けを呼ばなければ。

と言っても、竹以外に俺を視られる人間など一人しかいない。

耕四郎の気配を探して辺りを探る。

・・・・・いた。

後は耕四郎を連れて来るだけだ。


「竹!今すぐ助けを呼んでくるからな!」

聞こえないとはわかっていたが、俺はそれだけ言い残すと、丁度学校帰りに雨に降られて濡れながら帰っている耕四郎を問答無用で掬い上げるように背に乗せた。

耕四郎は何が起こったのかわからない様子で慌てふためいていたが、

「竹が暴漢に襲われている。小屋には結界があって俺は入れない。何とか竹を小屋から出してくれ、後は俺がやる」

それだけ伝えると、耕四郎は事態を把握したのか、わかりました。と了承したので、しっかり捕まっているように言って水車小屋まで全速力でとんぼ返りした。


小屋に戻ると戸は開かれたままで竹が大吉に馬乗りされて首を絞められているのが見えたので、耕四郎を飛んできた勢いそのまま大吉めがけて放り投げた。

見事に大吉は耕四郎を投げつけられた勢いで倒れ、竹の上からどけられた。

竹の方もむせているところを見るとまだ生きているようだ。

耕四郎が大吉と揉み合いながら何かを叫び、竹がゆっくりとこちらに這ってくるのが見えた。

だが、あと少しで小屋から手が出る、という所で竹の体が後ろに引きずられた。

大吉が竹を引き釣り戻したのだ。耕四郎がその腕に噛み付いて無理やり引き剥がす。

噛み付かれた腕をそのまま地面に叩きつけて何度か顔を殴った後、大吉は奥の石臼に耕四郎の頭を叩き付けた。

そして大吉が振り向いた時、竹の右手は既に手首辺りまで外に出ていた。


それだけ出ていれば十分だった。

竹の右手を尻尾で掴むと俺は一気にこちら側に引き寄せた。

慌てて大吉が竹の足を掴むが、むしろそれは好都合だった。

俺は大吉に触れられないが、俺が触れている竹の足を掴んだ今、竹を引っ張る力はそのまま大吉にも伝わる。

後は人間を乗せて飛ぶ要領で一気に二人まとめて小屋から引っ張り出す。

大吉を空中に放り出し、これ以上何かされる前に始末しようとした瞬間、竹が今までに無いほど大きな声で叫んだ。

「殺さないで!」

結果、殺すつもりで放った落雷は失神させる程度の物に変わってしまった。


「目が覚めたらまた同じことをしようとするぞ」

しかしそんな俺の抗議は竹の耳には入っていないようだった。

竹の目は小屋の中の耕四郎に向けられている。

顔には痣ができ、後頭部を石臼の角に強く打ち付けたらしく血が出ておりピクリとも動かない。

「どうしよう、死んじゃった、耕四郎君死んじゃった、どうしよう・・・」

もしかしたら生きていたかもしれないが、竹が今これだけ強く耕四郎の死を確信してしまったのだから、もう無理だろう。

しかし俺は耕四郎の死よりももうしばらくすれば意識を取り戻すであろう大吉の方が気がかりだ。


しかし、さっきの様子からして、竹は俺が大吉を殺すことを良しとしないだろう。

それにたった一人の友人と兄を同時に亡くしてしまった後の竹のことを考えると、余り好ましい展開は望めない。

上手いこと屁理屈をこねて竹を丸め込み二人の怪我を治した所で、今回のような凶行に及んだ大吉の中身をどうにかしないと同じことの繰り返しになるだろう。


「・・・竹、その体はもうダメだろうが、耕四郎を生き返らせる方法ならあるぞ」

俺がそう言うと、竹は呆然とした顔のまま声も無く振り向いた。

「耕四郎の魂はまだあの肉体の中にあるはずだ。それを大吉の体の中に入れてしまえばいい」

耕四郎は少なくとも今現在は竹に対しては好意しか抱いていないはずだ。

それならば、本気で竹を殺そうとしていたであろう大吉と中身をすり替えた方が安全だろう。

「・・・・・おにいちゃんはどうなるの?」

こんなことをされて、まだ兄の心配をするのかと内心うんざりしたが、竹の中ではまだ今この状態が飲み込めていないのだろう。


「だったら、大吉の体に耕四郎の魂を入れて、大吉の魂を吸収させて記憶を引き継がせたらさせたらいいだろう。そうすれば、それは大吉でもあり耕四郎でもある。誰も死んだことにはならない」

我ながら馬鹿げたことを言っているとは思ったが、きっと竹ならその馬鹿げたこともやってのけることができるだろうという確信があった。

耕四郎を主として大吉の記憶を引き継がせる位ならまだ大吉をそのまま回復させるよりはいいだろう。


大吉は昔から頭が回る。

思えば竹の力に最初に気付いたのも、いくつかの実験を重ねてそれを検証したのも、竹が祖父母の話を信じて妖怪を作り出す事態に家族の中で最初に気付いたのも対策を講じたのも全て大吉だ。

加えて今まで警戒されないよう好意的に接し、計画が今日実行されるまで全く殺意を感じさせなかった。

素人にもできるような簡易的なな結界を張り、竹にそれを強固な物だと信じ込ませ、一瞬で全く俺に手出しできない物に変えた手口、人通りも少なく、家から出る時雨音で足音がかき消される雨の日の犯行、明らかに計画性がある。

今回は大吉が耕四郎も俺の姿が見えると知らなかったからこそ何とか竹を助けられた訳で、もし知られていたら確実にその対策もされていただろう。

十五歳でこの手際だ。


次は無い。


「できるかな、そんなこと私にできるかな」

尚も竹は焦点の合わない目で狼狽するが、そうしてもらわなければ困る。

「できるさ、竹なら必ず」

その言葉を聞くと、竹は覚悟を決めたように頷き、小屋の中の耕四郎の体の前に座った。

竹がしばらく意識を集中させるように耕四郎の胸に手を当てると、三寸程の一つの光の玉が耕四郎の体から出てきた。

竹はそれと同じものを大吉の体からも取り出し、二つを混ぜるようにこね回した。

そしてしばらくそれをこね回すと大吉の体の中に入れた。


「痛いの痛いの飛んでけー」

大吉の額に手を当てて呟く竹を見て何をやっているのかと聞けば、おまじない。と竹は答えた。

「昔コレをやってもらったら、ケガが一瞬で治ったから」

言われて思い出す。確か、竹が五つの頃、小さい頃庭で転んで足を擦り剥いて泣く竹に大吉がそのおまじないをした結果、一瞬で擦り傷が治り、それが竹の力の正体についての裏づけになったのだ。

その後朝起きたときに自分で自分の頭を撫でるとその日一日怪我をしないというおまじないを大吉に教えられ、竹はたとえ裸足で森の中を走り回っても、石畳の上で派手に転んでも擦り傷一つ負わなくなったのですっかり忘れていた。


大吉の体を見れば、先ほどまでの落雷による火傷のあとが嘘のように治っていた。

「お兄ちゃんはね、私が小さい頃色んなおまじないを教えてくれたんだよ。ただのおまじないのはずなのに、どれも凄く良く効くんだよ」

竹はぼんやりとした口調で大吉の頭を撫でながら言った。

首を見れば、あんなに力いっぱい首を締め付けられていたはずなのに、あとが全く残っていない。

体もあちこちに泥が付いてはいるが、掠り傷一つ無かった。


「私、迷惑ばっかりかけて、何の得にもならない穀潰しなのかなぁ、お兄ちゃんもお姉ちゃんもお父さんもおじいちゃんもおばあちゃんも皆私のために骨を折ってくれてるのに、私は、姫巫女として何の役にも立たないから、周りに変な期待持たせてがっかりさせる前に、し、死んだ方が良いのかなぁ」

大吉を見ていてさっきのことを思い出したのか、急に竹が泣き始めた。

力が強すぎて隔離されていたのに、まるで落ちこぼれだから表に出せなかったかの様な言い方だ。

大吉は、竹にそう思い込ませることにより力を弱めようとしたのだろう。


「そんなこと、無いよ」

竹がおいおいと泣き始めた時、大吉が目を覚まして体を起こした。

「この人は、結構前から竹ちゃんの強すぎる力を危険視してて、もう五年も前から竹ちゃんを殺す計画を立ててたよ。後、誰にも気付かれずに未遂に終わってただけで、今までも何度も竹ちゃんを殺そうとしてるよ。竹ちゃんに自分がもうすぐ死ぬと思い込ませるために、件が竹ちゃんが死ぬって予言してるっていう噂を流したり、ソーダ水って言って苛性ソーダ飲ませたり、他にも色々やってるよ」

竹はその大吉の様子を泣くのもやめて、ポカンと口を開けて見ていた。

「・・・・・竹、こいつの顔良く見てみろ」


「え?どうしたの!?」

竹が我に帰って焦った様に大吉の肩をつかみ顔を覗き込む。

しかし、それとほぼ同時に大吉は体を引いて腕を竹との間に出して遮る。

「か、顔が近いよ」

そのくせしっかり竹の方を見て顔を赤らめている仕草を見て確信する。

「竹、成功だ。こいつは耕四郎だ。大吉の記憶も受け継いでるようだ」


「・・・耕四郎君、生きてるの?」

途端に竹の声がまた涙声に変わった。

「うん、なんだか竹ちゃんが小さく見えるよ」

その言葉を聞くと同時に竹の力が全身から抜けていくのが目に見えて分かった。

「ごめん・・なさい・・・私のせいで・・・耕四郎君・・死んじゃった」

竹がしゃくりあげながら謝ったが、当の耕四郎は特に気にする様子も無く、

「大丈夫、僕は今ここに生きてるよ」

と竹の背中をさすりながら言った。


「それより、このままだと風邪引いちゃうよ。早く帰ろう」

そう言うと耕四郎は小屋の中に転がっていた傘を拾った。

「龍神様、竜巻を起こしてこの小屋を壊すことはできますか?」

傘を差して竹を入れてやりながら耕四郎は俺に尋ねた。

結界が無くなればできると答えると、耕四郎は良かった。と笑い、小屋の中の札剥がして破り捨てた。

「じゃあお願いします。そうすれば僕は家に帰る途中不運にも、竜巻に巻き込まれて体中を強く打って死んでしまったということにできる。僕達が神社に着いた後、暴風雨にでもしてくれればより信憑性もますと思います」

僕の家はこの先に見えてるあの家ですから。と耕四郎は遠くにぽつんと見える家を指した。

今まで常に自信がなさそうな話方をしていた耕四郎が、今はまるで大吉の様に堂々とした様子ですらすらと話している。

「お前は、本当に耕四郎なのか」

思わず俺が呟けば、僕はそう思ってますけど、大吉さんの記憶も引き継いでいますし、これからは大吉さんとして生きていくんですから、完全にそうかと聞かれると、僕にも良くわからないですね。

そう言って困ったように笑う姿は見た目も相まって大吉そのものだった。



俺が二人がある程度離れたのを確認した後竜巻で小屋を壊すと、しばらくして巻き上げられた瓦礫と一緒に耕四郎の体もべちゃりと嫌な音を立てて地面に叩きつけられた。

遠くにぽつんと立っている二度と耕四郎が帰ることの無い家と、目の前に横たわる二度と動くことの無い体を眺め、俺と竹が今まで接してきた耕四郎という少年は、これらをある日突然理不尽な奪われても全くそれを気にするでもなく、それを簡単に受け入れてしまうような人間だったろうかと考えたが、例えそうだとしても俺達のやったことが変わるわけでもなく、そうでなかったとしても今更どうにもできないので、そんなことを考えても意味の無いことだと気付いてやめた。


「竹ちゃんの力って自分が強く信じたことを現実にする力だったんだね」

帰り道、耕四郎は興奮気味に言った。

「どういうこと?」

と竹が聞き返す。

「どうもこうもそのまんまの意味だよ!竹ちゃんの家族はそのことに気付いていたみたいなんだけど、力が強すぎるから竹ちゃんの力を弱めるために、ここ五年ずっと遠まわしに竹ちゃんに自分は龍神様を視ること位しかできない落ちこぼれの姫巫女だって思い込ませようとしてたんだ。中々力が発現しないとか、姫巫女なのは間違いないはずなんだけど・・・とか少しずつ日常会話に混ぜたりしてね。当の竹ちゃんはさっき面と向かって言われるまで全然気にしてなかったみたいだけど」


いきなり約七年間守られてきた瀧澤家の秘密をさらっと暴露した。

・・・やはり、中身が大吉なら絶対にこんなことはしないだろう。

「だけどそれは自覚してコントロールすれば、何よりも強い武器になるよ。それに、表向きは最近流行の催眠術治療みたいな、人の怪我を治すとか千里眼とか、念写とかにすればいいんだよ。全部を周りの人間に説明する必要は無いよ」

楽しそうに話す耕四郎を見て、竹は随分と驚いている様だった。


「耕四郎君、なんだかまるで別人みたい・・・」

僕もそう思う。と耕四郎が頷いた。この体に入ったら色んな考えが次々に浮かんで、それを実行するための方法もどんどん思いつくんだ。と嬉しそうに話す。

「そう、きっとお兄ちゃんもやっぱりその中で生きているのね」

竹は少し嬉しそうに呟いた。


「でもこの人、竹ちゃんを今年の冬至前までにどうしても殺したかったみたいだよ?」

耕四郎は竹のその様子が理解できないというように言った。

殺そうとした当事者側の記憶がある分余計に竹の反応が不満なのだろう。

「今年の冬至って、何かあったかしら?」

そんな耕四郎の不満をよそに竹が不思議そうに首を捻る。

「氏神を、姫巫女の体に降ろす禊の儀だよ」


そう言われて初めて思い出した。

今までなぜ思い出さなかったのだろう。

・・・・原因はわかっているが。

禊の儀は姫巫女が十二歳になった年の冬至に行う瀧澤家の氏神である祖先神を降ろす儀式で、その時正式に姫巫女は龍神の妻となるのだ。

いや、正確には龍神の妻である瀧澤家の祖先神が姫巫女の体に降りてくるのだ。


「瀧澤家に代々伝わる様々な儀式も姫巫女も、全ては瀧澤家の氏神である暁津比売あきつひめを復活させるための物で、竹ちゃんがその暁津比売を完全に復活させる器になるって考えてたみたい」

頭を鈍器で殴られたような衝撃が走った。

恐らく、それは事実だ。

詳しいことはまったく思い出せないのに、その確信だけが俺の中にはあった。

しかし、夫であるとされる俺は竹の力の影響によりその暁津比売に関する記憶が全くない。


大吉が祖母や母から聞いた瀧澤家に伝わる儀式や慣わしをまとめるとこうだ。


・瀧澤家の人間は生まれた時に名前を書いた形代に自らの血を染込ませそれを氏神である暁津比売に奉げる。

・姫巫女は十二歳になった年の冬至に暁津比売をその身に降ろす禊の儀をする。

・禊の儀を行った姫巫女は、自分の中に暁津比売を降ろし向き合うことで、持っていた力がより強い物になり、自在に制御できるようになる。

・姫巫女は死んだら他の家族とは別に、暁津比売に奉げる形で特別な方法で葬られる。


そして、そこから推測されることは、姫巫女は他の瀧澤家の人間達の霊力を吸い上げて生まれる存在であり、その姫巫女達の魂を最終的に手に入れるのは瀧澤家の祖先神である暁津比売。

未来を見通す力を持つ姫巫女であった大吉の母親は竹を妊娠中大吉に次に生まれてくる姫巫女の代で暁津比売が完全に復活すると言っていたらしい。

暁津比売の真の器となる姫巫女は、人間のことわりを外れた力を持つ姫巫女の腹から生まれることに意味があるとも言っていたようだ。

先代の姫巫女である大吉の母は禊の儀を受けるまでは近い未来の自分の記憶を意思と関係なくたまに見る程度だったが、禊の儀を終えると、自分の見たい時期の未来が自分の目線以外でも見られるようになったらしい。


それらの話を踏まえると、瀧澤家に伝わる儀式も姫巫女の存在も、全てはその暁津比売を復活させるためのものであると考えられる。

しかし、その復活する暁津比売に関する情報は少なく、暁津比売は豊穣の女神だったが、昔他の神に魂を切り刻まれバラバラにされた挙句、それらをそれぞれ遠くの地に封印されてしまったという言い伝えしか残っていない。

ただ大吉は、その暁津比売を体に降ろし未来を予知する母に対して、母親への思慕と言うよりは得体の知れないものへの畏怖のような感情を抱いていた様だ。

なぜ、暁津比売はそこまでして封印されなければならなかったのか、実際はとんでもなく邪悪な存在だったのかもしれない。大吉はそう考えていた様だ。


大吉が恐れたのは、竹が禊の儀をによって暁津比売を降ろしたことにより自分の力を自覚するだけでなくそれが強化されるとなると、禊の儀を行っていない今でさえ竹が無意識に生み出した妖怪に手を焼いているのだ。

もしこの力が強化されでもしたら、それこそ誰も手が付けられない状態になる。

更に、瀧澤家自体が暁津比売を復活させるための物であったとするのならば、竹が禊の儀を終えて暁津比売が完全に復活した瞬間瀧澤家は用済みとなり、暁津比売や龍神はもう自分達以外の瀧澤家の人間を守護する理由はなくなるということだ。

だからといってすぐに殺される事はないだろうが、ただでさえ竹がその気になればいつでも自分や、将来持つ自分の妻や子供の人生を気まぐれに遊び半分で狂わせることが可能なのだ。

場合によってはそれにより死ぬよりも恐ろしい状態に陥ることも考えられる。

竹という一つの存在により大吉や周りの人間の人生が大きく狂わされる。

そしてそれは大吉や瀧澤家の人間だけ限った話ではなく今後竹と接した人間全てがその脅威にさらされることになるのだ。


十歳の時、学校の帰りに妖怪に襲われて何とか神社の敷地内まで帰った時、こっそり言いつけを破って耕四郎と遊んでいた竹と会い、竹から得意気にその妖怪について説明され、その場で恐らく龍神と思われる存在の手により妖怪が始末されたのを見たとき、大吉はその頃急に増えだした妖怪の目撃談の大体の真相を察し、それと同時に竹をこのまま生かしてはおけないと強く思ったようだ。

当事その場には俺もいたのだが、大吉はそんな気配を全く感じさせず、そんなことを思っていたなど全く思いもしなかった。

その気になれば思考を読めたと言うのに、俺は大吉に対して一度もそうしたことがなかった。

いつも竹を思いやる姿を見て、心の底から竹を大事に思っているのだろうと信じて疑わなかったのだ。

人の態度には裏と表、本音と建前があるということを、大吉に関しては全く想定していなかった。


「何度か会ったことあったけど、こんなこと考えてたなんて全く思わなかったよ」

大吉の体に入った耕四郎が、大吉の声で言う。

竹は耕四郎が暁津比売の話をしだしてからからずっと俯いたままだった。

「・・・・ねえ、耕四郎君はその話を知って、どう思った?」

「びっくりはしたけど、僕は竹ちゃんがどんなに凄い力を持っていたとしても、それを振りかざして好き勝手するようには思えないけどな」

耕四郎は言葉を選ぶように、ゆっくりと話したが、その言葉には強く言い切るような雰囲気があった。

耕四郎自身、竹の妄想で生み出された妖怪に襲われたり、その退治のために狩り出されたりしていた大吉の記憶を引き継いでいるというのに、なぜそう言い切れるのか。


耕四郎の思考に意識を向ければ、そんなことは耕四郎にとってあまり重要ではないようで、それよりもこれから堂々と竹の側にいられる様になったことの方が嬉しいらしい。

そして、大吉の記憶を引き継ぎ、大吉の考えを読み取った耕四郎の中では既に竹は淡い初恋の相手から自分がこれから一生をかけて守っていくべき存在になってしまったようだ。

その思考の節々から感じた事を、あえて一言で表すのならば、耕四郎は竹のことをすっかり美化しており、か弱く儚い存在であると信じて疑わない様であった。

恋は盲目、そんな言葉を思い出した。


突然、竹は耕四郎の袖を掴み、パンパンと両手で挟んで叩いた。

・・・・・しかし何も起らない。

「どうしたの?竹ちゃん」

耕四郎がそう問えば、竹がしょんぼりした様子で、早く服が乾くように今思いつきでおまじないをやってみたんだけど、全然効かない・・・・と呟いた。

どうやら意識的に願望を叶えようとすると、逆にコレはただの出鱈目のおまじないだという考えが働いてしまってダメらしい。


「やっぱり、私何もできないじゃない」

竹が力なく呟いたが、俺としては今まで散々力を披露しておいてそれはありえないと思った。

しかし、考えてみれば竹自身は今だ自分の力を実感できるような経験をしたことがないのだ。

くしゃみをして寒そうに震える竹が急に弱々しい存在に思えた。

「竹、耕四郎、とりあえず俺の背中に乗れ。神社までまだ距離はあるが、俺が飛べばすぐだ」

そう提案すれば、でも、二人も黒の上に乗ったら、黒の大きさだと重くて飛べないんじゃないの?と竹が心配するように言った。

その言葉がなければ乗れたよと言う言葉を飲み込んで、できるだけ自信ありげに答える。


「竹よ、まさか俺が自分の体の大きさも変えられないと思っているのか?」

竹が目を丸くしてできるの!?と驚けば、当然だと胸を張る。

ここまで来れば簡単だ。

まあ見ていろと言い軽く宙を舞えば、みるみる俺の体はみるみる巨大な物へと変化した。

少し大きすぎる気もするが、コレなら二人とも乗れるだろう?と言えば、黒はこんなこともできるのね、と竹が感嘆の声を上げた。

二人を頭に乗せて神社に向かいながら、実はコレは竹の力なんだ。と教えてみたが、本人は不思議そうに首を傾げるばかりだった。

次回更新予定は1/3です。

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