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にせ∞かみ  作者: 和久井 透夏
糸の記憶編
33/71

#30 白昼の悪夢

夏の日差しがきつい昼下がり、僕、柿芝悠人は図書館からの帰りに声をかけられた。

「ちょっといいかな」

立ち止まって振り向いた先には自転車に乗ったスポーツウェアの男の人が居た。

男の人は自転車を停めてニコニコしながら僕に向かって歩いてくる。

しかしその人からはなんとも言えない違和感があった。

その違和感の正体を探ろうとしている間にも男の人はこちらに歩いてくる。

(なんだろう、体に・・・)

そして男の人が僕の目の前に立ったとき、やっと僕は違和感の正体に気づいた。


「おじさんのパンツ、どうかな?」

男の人は服を着ていなかった。

始めはぴったりした服を着ているのかと思ったが、そうじゃなかった。

目の前にいるその男の人は恐らく全裸の状態の上に服の模様を描いているだけなのだ。

かろうじてヘルメットと靴だけは本物を着けているようだが、それがより今の彼の格好の異様さを際ださせていた。

(変質者だ・・・!!)

思わず固まってしまっていると、目の前の男の人に急に抱きしめられた。

正確には腕を回されて体をその変質者の股間の前に固定されたと言うべきか。


どうしよう、燃やしていいだろうか。

いやしかし、たかだか抱きつかれて股間を押し付けられた位で相手を跡形も無く燃やし尽くすのはいくらなんでも酷すぎる。

でもだったらどうしたらいいんだこの状況、放って置くとエスカレートしそうだし、今のうちに逃げ・・・られない、がっちり体を固定されている。

一度死なない程度に斬りつけてその隙に逃げるか?いや、それじゃあ僕の方がが通り魔じゃないか!


想定外の事態にどうしていいかわからないでいると、突然背後で甲高いブザーの音が聞こえてきた。

「きゃー!!誰かー!変質者よー!」

振り向けば、咲耶さんが叫んでいるのが見えた。

変質者はそれを見るなり、少し離れた場所に停めてあった自転車に飛び乗ってものすごいスピードで逃げていった。

助かったと思うと同時に足の力が抜けてその場に座り込んでしまった。

(なんなんだ・・・なんだったんだ・・・・・!!!!)

咲耶さんは変質者が逃げて行くとこちらに駆け寄ってきた。


「大丈夫!?さっきの人に変なことされなかった!?」

さっきの異常な状態から開放されたのと知り合いに会えた安堵で僕の緊張の糸が切れた。

「変なことって・・・されましたよ!されまくりでしたよ!!なんなんですかあれ!?父にも裸で抱きつかれたこと無いのに!」

半泣きになりながら半ば八つ当たりのように僕が怒鳴ると、咲耶さんはよしよしと背中をさすってくれた。

「落ち着いて悠人君、父親にあんなことされたことある方が問題よ」

咲耶さんは軽く笑いながらそう言った。


しばらく咲耶さんに背中をさすってもらって、ようやく僕は自分の今の状況を把握した。

と同時に恥ずかしさで顔から火が出た。

どうやら咲耶さんは図書館に本を返しに行く途中で、偶然今の現場に出くわしたらしい。

「この辺は人通りも少ないし、暖かくなるとよく出るのよ、ああいう感じの不審者。それにしても、特にナイフとか持っていた訳でもないみたいだし、なんで大きな声を出して助けを呼ばなかったの?」

咲耶さんのその言葉にまた恥ずかしさで消えたくなった。

咄嗟に思い浮かんだのは物騒な方法ばかりで、全くその発想が出てこなかった。

「いえ・・・その、突然の事態で何をどうしていいのか頭が真っ白になりまして」


「・・・・悠人君ってもしかして」

咲耶さんはそう言うなり僕に少し振り向いてみるように言いました。

同時に後頭部に何か柔らかいものが当たった。

振り向いてみると、そこには海外の映画で見るような金髪で長身のグラマーなマイクロビキニを着た美女がいて僕を抱きすくめていた。

女の人の顔が僕のすぐ目の前にあって、甘ったるい匂いが僕の鼻を掠めた。

咲耶さんが僕に見せている幻覚だとはすぐにわかった。


「ななななな、なにするんですか!」

驚いて咲耶さんに抗議すると、

「あら、生身の人間でやったほうがよかった?」

ケロッとした顔でとんでもない事を言い出した。

そういう事言っているんじゃありません!となおも僕が声をあげると、咲耶さんは唸る様に

「やっぱり悠人君って、そういうことに対する耐性が無いのね」

などと言い出した。


「だからって、それがなんだって言うんですか・・・」

「これは結構重大なことだと思うわよ?だって悠人君、普段なら私の干渉なんて全く受け付けないのに、イタズラされて動揺してる今はあっさり私にこんな幻覚見せられてるし」

そう言われると何も言い返せなかった。

「もし私が悠人君の体を乗っ取りたい思ったら、今みたいなハニートラップをしかけて動揺させた瞬間、意識ごと乗っ取って終わりね」

からかうように咲耶さんは言ったが、その冗談は笑えない。

・・・・・・もしかして咲耶さんはその気になれば本当に人間の意識ごと干渉して乗っ取る事ができるのだろうか。

一気に血の気が引いた。

「あ、もちろん私はそんなことするつもりは無いわよ」

付け足すように咲耶さんは笑ったが、その言葉は僕に危機感を与えるには十分だった。


それに、咲耶さんはそんなことしないにしても、邦治さんが僕に同じことをしない保障はあるだろうか?

そもそも彼が僕を引き取って養育費などを出しているのも全てはいつか僕の意識を乗っ取るためなのかもしれない。

考えが飛躍しすぎているのは自分でもわかっているし、単純に危険な存在の僕を管理しておきたいだけかもしれないが。

しかし、もし少しでも可能性があるのならそれを警戒するに越したことはない。

「ねえ、ところで悠人君この後何か予定はあるかしら?」

咲耶さんが何か思いついたように笑った。


「いえ、特に無いですけど」

「良かった。じゃあよかったらこれから一緒に鞠亜の家に行かない?」

「はあ、大丈夫ですけど・・・」

僕がそう答えると咲耶さんは直ぐに天野先輩に電話をかけた。

何を話しているのかはよくわからなかったけれど、天野先輩と電話でしゃべっている咲耶さんは妙に楽しそうだった。

僕はその後、咲耶さんが図書館に本を返しに行くのを待ってから咲耶さんと一緒に天野先輩の家に向かった。


「やっぱり何をするにしても平常心を保つって大事なことだと思うの」

天野先輩の家に向かう途中、咲耶さんがもったいぶったように言った。

確かにその意見には同意するが、何か素直に頷けないような雰囲気を感じた。

「どうしたんですか、急に」

「急にじゃないわ、さっきの変質者のことから繋がってるわ」

咲耶さんはなぜか芝居がかった口調とそぶりで力説する。

「さっきだって悠人君が平常心を保てていれば、あんなことにはならなかったずよ。たとえなったとしても、直ぐに切り抜けることができるはずよ。鞠亜なんて小さい頃からそうしていくつもの修羅場を潜って来ているわ」


「天野先輩が?」

「ええ、鞠亜ってその辺のアイドルなんかよりもずっと可愛いでしょう?おかげで小さい頃から色々と人、人外問わずよく被害を受けていたのよ」

天野先輩が狙われるのは単純にその魂が内包する莫大なエネルギーを狙ってやって来る者達ばかりだと思っていたが。

確かに言われてみれば天野先輩の外見はテレビ等で見るアイドルと比較しても同等かそれ以上ではあるが。

「鞠亜はね、人から嫌われるのが恐いのよ。物心ついたときには鞠亜の魂を狙う奴が周りで怪奇現象を起こしまくるし、変な物も沢山視えるしで、それが原因で近所に住んで親戚とも結構揉めてたらしいわ。それでいつも皆から愛される子になりたいって願ってたそうよ」

突然始まった天野先輩の身の上話に、僕は咲耶さんが言わんとしていることがわからなかった。


「悠人君は鞠亜の魂のあの莫大な質量の正体ってなんだと思う?」

「いえ、ただ異常に巨大な魂の塊だとしか思えませんけど」

「私はね、たぶんアレはもの凄く広く信仰されてる何かの魂そのものだと思うのよ。私の母は天使の魂だって言ってたけど。鞠亜の魂を取り巻くように、とんでもない数の人の意識みたいな物が一緒に視えるのよ。沢山の人間の意識の集まり、集合意識みたいな物が」

確かに規格外の様なあの魂の質量はそうでもないと説明はつかないが。

天使の魂その物、そんなものがなぜ天野先輩の体に宿っているのだろう。


「でもそれと天野先輩が変質者に狙われることと何の関係があるんですか」

「私が術を使う時って一度自分の意識やイメージを自分の大元の魂の部分に伝えて、それを肉体を通して外の世界に出力しているんだけど、鞠亜の場合、鞠亜の願望が勝手に魂に吸い上げられて、肉体を通すと言うよりはそこから漏れ出している感じなのよね」

考え込むように咲耶さんは言った。

「つまり、鞠亜先輩の願望を鞠亜先輩の魂が勝手に叶えてるってことですか?」

「流石、悠人君は話が早いわね~、だから鞠亜がその辺の人間やら何やら愛されまくるのも当然と言えば当然なのよ。鞠亜が小さい頃から強く願ってきたことなんだから。そして勝手に鞠亜に好意を持った存在が寄って来るんだけど、好意と言っても色々で、それが必ずしも本人が望む種類の物ではない事だってある訳で、修羅場が出来上がるのよ」

「好意の・・・種類?」

loveかlikeかみたいな事だろうか?僕が聞き返すと、咲耶さんはこともなげに言い放った。


「好意といっても、求める所がなんなのかで意味合いが変わるでしょう?友達になりたいのか、恋人になりたいのか、結婚したいのか、自分だけのものにしたいのか、物理的に一つになりたいのか・・・それをいい歳した大人が年端も行かない道端で見かけただけの女の子に本気で抱いたら?」

・・・・危険なのはわかった。

咲耶さんはやれやれといった風に言っているが、明らかにそれどころではない気がする。


「まあ詳しい所は健さん達にもわからないみたい。あ、健さんって言うのは龍太のお父さんね」

天野先輩も初めて見かけた時から明らかに普通じゃないと思っていたが、そんなことになっていたとは。

「まあ、あの大きさの集合意識をフル活用すれば、奇跡も災害も起こし放題ではあるから、愛される云々以前に狙われるのもわかるけどね。ただ、それは結局鞠亜の物だから、その集合意識はもっぱら鞠亜の願望を叶えるためにしか働かないのよね。ただその影響が大きすぎて、鞠亜が実際に恐いとか思っちゃうと、ただの浮遊霊や噂から生まれたただの共通の夢の中のキャラクターが実際に力を持って猛威を振るったりするんだけどね」

やれやれと言うように咲耶さんは肩をすくめたが、

「それ、洒落にならないじゃないですか」

つまり本人も完全にはコントロールできない莫大なエネルギーが常に垂れ流しにされていると言う事じゃないか。


「でもおかげで雛月のいい餌場になったわ。今は雛月もある程度強くなったし鞠亜の横につけておけば鞠亜に寄ってきた奴等を片っ端から餌にできるし、鞠亜の魂の影響で雛月も強くなるし、三食おやつ付きの優良物件だわ。鞠亜も守れるし一石二鳥ね」

しかし、真っ先に被害を受けそうな咲耶さんはむしろこれ幸いとそれを最大限に利用しようとしているようだ。

・・・この人は、したたかというか、転んでもただでは起きないというか、恐ろしく逞しい根性をしている。

「・・・・それで、天野先輩は一体どうやってその数々の修羅場を潜ってきたんですか?」

もう細かい事はあんまり考えないようにしよう。

気がつくともう天野先輩の家の前まで来ていた。

「それをこれから鞠亜に伝授してもらうのよ」

咲耶さんはそう言って天野先輩の家の呼び鈴を鳴らした。


「いらっしゃい、咲耶ちゃん、柿芝君」

呼び鈴を鳴らすと天野先輩がニコニコしながら出迎えてくれた。

そういえば、この人はいつもニコニコ笑っているイメージがある。

咲耶さんの言うような修羅場を小さい頃から潜っているとするのなら、どうしていつもこんなに幸せそうに笑っていられるのだろう。

僕達は天野先輩の部屋に通されたが、その部屋は前回来た時とは少し違っていた。

部屋の中には恐らく押入れから出したと思われるキャスター付きの本棚やラックがいくつか置かれており、その中にはマンガやゲーム、DVDや画集等が入っていた。

しかし、なぜ前回僕達が来た時はこれを隠していたのだろう?

別にマンガやゲームくらい誰でも持っていそうなものだけれど。


「問題は内容にあるのよ」

咲耶さんはそう言うと僕に一冊の薄い本を手渡した。

こんな薄いマンガ本もあるのかと思いながらパラパラとページをめくる。


めくる。


めくる。


閉じる。


「なんて物見せるんですか!」

「悠人君は今日そればっかりね~」

僕の抗議を咲耶さんが軽く笑って流した。

僕は今日とんでもないものばかり見せられている気がする。


「そもそもこの本の内容と修羅場の潜り方と何の関係があるんですか!」

こんな男同士でアレコレしている本なんて見せられても反応に困る。

「大ありよ。鞠亜はこれのおかげで数々の修羅場を切り抜けてきたんだから」

もう嫌な予感しかしなかった。

「あの、もしかして鞠亜さんの願望の実現って、修羅場の切り抜け方って・・・」

「鞠亜の強く望んだ事は大体実現されるから、例えば、ある少女に付きまとっていたストーカー同士がそれをきっかけに運命の出会いを果たして、一気に恋の炎が燃え上がる・・・とかね。まあ、愛は世界を救う。好きこそ物の上手なれ、みたいな?」


また体の力が抜けていくような気がした。

つまり天野先輩は寄ってきた不審者同士を・・・

「でも致命的なことに私のところに来る不審者の人達って全く好みのタイプじゃなくて・・・だからそんな時は見た目を脳内保管して楽しんでるの。こんな見た目だったらいいな~とか考えちゃう」

そう言って可愛らしく笑う天野先輩の笑顔に心底寒気を感じた。

そういえば、この辺はよく顔の整った男の二人連れを見かけるが・・・

天野先輩の願望は天野先輩の魂が勝手に叶える・・・まさか、相手の容姿まで・・・・


僕があまりの事態に戦慄していると、でもまあこれも万能って訳でも無いのよ。と咲耶さんが付け足した。

「それは鞠亜とあまり接点の無い人間にだから通用するもので、鞠亜の元から近くにいた人達には元の鞠亜の愛されたい願望が強く焼きつきすぎて上書きできないのよ。小学生くらいまではそれでも問題なかったんだけど、中学に上がったあたりから鞠亜に学校中の男共から言い寄ったりクラスのそれが原因で女子から睨まれたり大変なことになっちゃったのよね」

つまり影響力は親しい人間ほど強くなっていくということか。

その点は咲耶さんの力に近い気もする。しかし、

「鞠亜さんの願望は皆から好意を持たれることなんですよね?ならそれはその女子達にも適応されるんじゃないんですか?」


それがそう簡単じゃ無いのよね。と咲耶さんはめんどくさそうに言った。

「好きと嫌いってそれだけ相手に対して強い感情を向けるっていう精神状態は結構似てて、元から好意を抱いていた分、他のことで嫌いになっちゃうと一気に嫌いになっちゃうみたいなのよね。そしてそれがクラスの女子達の間で広がって今にもいじめが始まりそうな雰囲気になっちゃったことがあるのよ。しかも鞠亜が自分はその子達から嫌われてると強く思っちゃうとそれも願望として実現されてしまうわけで・・・」

悪循環よね。と咲耶さんが困ったように言った。


なら、どうやって解決したんですか?と聞いてみる。

「その時はとりあえずクラスの女子達の前で私と鞠亜が付き合ってることにしたら収まったわ。元から嫌う理由が男関係しかなかったって言うのもあって後は勝手に向こうから謝ってきたわ」

「・・・・・」

もはや突っ込みどころが多すぎて、もはや何をどう言ったらいいのかわからない。

そして少し嬉しそうに恥らっているあたり、天野先輩はとりあえず、とか思ってなさそうですよと教えたい。


「・・・ということは、今学校では咲耶さんと天野先輩は付き合ってることになってるんですか?」

「まあそういうことになってるけど、私が学校に雛月の餌場を作ってからは鞠亜が誰とどうなったとか、そんなに気にする人はいなくなったんじゃないかしら?だって雛月が学校で吸い上げて食べてるのって、主に生徒達のそういう強い負の感情とか燃え上がるような激しい恋愛感情とかだから」

「・・・・・・僕はただただアレは生徒達の生気を吸い取るものだとばかり思っていましたよ」

そう、だからこそ僕はその仕掛けをした彼女をずっと警戒していたのだ。


なのに、なんだろう、この話すたびに斜め上な答えが帰ってくる感じは。

「有り余った生気という意味では同じな気もするけどね。まあおかげでうちの学校ではいじめも痴情のもつれによるトラブルも無く非常に快適になったわ」

いい仕事をしたとでも言わんばかりのスッキリした顔で咲耶さんが笑う。

心霊関係に関しては健さんが全部対処してくれてたから、たまに恐い思いはしてもそこまで深刻なことにはならなかったの。

と天野先輩も笑った。


「私ね、小さい頃からそんな感じで色々不便だったり周りに迷惑かけたりしてたんだけど、それでもこの町に引っ越してきてからは毎日が楽しいって思えるの。咲耶ちゃんや健さん達がいてくれるから、むしろ幸せだと思えるの」

天野先輩はそう言って笑った。

初めて天野先輩の魂を視た時、こんな莫大な魂の質量を持っているにもかかわらず、自分の身を守ることもできなさそうな人が、よくここまで生きてこられて、しかも毎日笑っていられるのか不思議に思っていた。

きっとそれらに怯えながらも無理に繕っているのだろうと思っていたが、そういう訳ではなかったようだ。

「ちょっと前までは私に寄って来る悪霊が強くなりすぎて、もうすぐ私も連れて行かれちゃうんじゃないかと思ってたけど、咲耶ちゃんが雛月ちゃんを付けてくれてね、もしかしたらもうしばらくは生きられるんじゃないかと思えるようになってきたの」

天野先輩はそう言ってずっと隣に座っていた雛月の方を向いた。

「もっと褒めてくれていいのよ」

雛月が得意気に胸を張った。

・・・・笑いあう彼女達は和気あいあいとして確かに楽しそうだった。


「さて、前置きはこれくらいにして、悠人君は常に平常心を保つためにももっと色々と耐性をつけるべきだと思うの」

何事も気の持ちようだもんね。と天野先輩も続ける。

無邪気な笑顔を浮かべたまま二人が僕の方を振り向た瞬間、僕は本能で身の危険を察知した。

「私も小さい時は怖い思いもたくさんしたし、他人事なんて思えないから及ばずながらお手伝いするね」

天野先輩は妙に芝居がかった口調でそう言った。

しかし、さっきの本の内容や不審者に対する天野先輩の対処法を思い出す限り、嫌な予感しかしない。

「あ、僕用事思い出したんで今日はもう帰り・・・」

もう帰ります。そう言い掛けて僕は二人に力強く腕を掴まれた。


「まあそう言わないで、これも立派な修行だと思うわ」

「どんなことでも楽しんでやることが人生を素敵なものにする思うの」

そう言う二人の顔は新しいおもちゃを手に入れた子供の顔そのものだった。

「えっと、僕はもう少し今のままの僕でいたいと言うか、新しい世界の扉なんて開けたくないというか」

不意に後ろから誰かに抱きすくめられた。

振り向くとさっき天野先輩に見せられたマンガに出て来た男が居た。

大方雛月が化けているのだろう。


「・・・・何の真似ですか」

「不審者って大部分は男の人だし、まずは爽やかなイケメンで耐性をつけたらいいと思うの!」

そう言う天野先輩の顔は今日一番の笑顔だった。

嫌な予感が的中した。

一体何の耐性なのか。

「ところで柿芝君って、さっきのマンガに出てくる後輩の子にそっくりだよね!」

続けて天野先輩はそう言ったが、明らかにそっちの方が目的と思われる。

「悠人君の修行にもなって私達も楽しいなんて、とっても素敵な案だと思うの」

その言葉に咲耶さんの顔を見れば完全に面白そうだから乗っかってやろうという顔をしていた。



・・・その日、僕はこの二人に対する認識を大きく改めた。

次回更新予定は12/13です。

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