#29 赦し
この章には〔残酷描写〕〔15歳未満の方の閲覧にふさわしくない表現〕が含まれております。
苦手な方はご注意ください。
・・・僕はこれ以上話していいものか少し考えた。
咲耶さんの瞳が暗くなってきたからだ。
でも言葉が途切れた時、咲耶さんがつぶやいた。
「続けて・・・」
那照がいなくなった後も八はしばらく僕らといたんですが、気がつくと八もいつの間にかいなくなっていました。
最近、急においしくなった糊の味がどこか変ったような気がしましたが、それでも相変わらずそれはとてもおいしかったです。
同じ様な調子で半年後には早彦と六が順番にいなくなりました。
「人が居なくなる度に、糊の味が変る気がする」
美琴がそう呟いたのはとうとう六が消えて食事が僕と美琴の二人だけになった日でした。
「たぶん、これは六でだしを取って作られてるんじゃないかな」
僕がそう答えれば美琴も私もそう思うと言いました。
しかし僕らはだからと言ってそれ以上の感情をそれに感じませんでした。
ただ義理の兄弟やその使用人が次々に僕達の食卓に上っている。
その時の僕らにとって、それはそれ以上のことにはなりえなかったんです。
それからしばらくは何も無く季節も一周しましたが僕らの体には何も不調もありませんでした。
僕は特に痩せ細ることも無かったし、美琴にいたっては毎日お椀一杯の糊だけなのにむしろ肉付きがいいくらいでした。
その頃には毎日の修行とは別に僕と美琴は一弥に明火家の奥義なる術を教えられていました。
それらの術は長らく一弥含め明火家に実際に扱う事のできる人間がいなかった物で、どうやら一弥は僕らにその術を習得させたいようでした。
それはどんなものかと言うと、念じるだけで物を燃やしたり、切り刻んだりする言ってみれば超能力のようなものでした。
僕と美琴は気のコントロールはある程度できましたが、それは無理でした。
その後僕らは一週間庭に掘った地下室の中にそれぞれ閉じ込められたり、空中に丸一日吊るされたりという修行も行いましたが結果は同じでした。
ある時から僕らの食事が妙に重くなりました。味もどこか金属っぽい物になりあまり美味しくは無かったです。
そしてその日あたりから一弥は僕達に瞑想メインの修行をするように指導しました。
と言っても写し絵の時間が消えて瞑想の時間に当てられただけですけど。
体の気をへその下にある丹田に集中させてそれを循環させるようにと指導されました。
それから三ヶ月過ぎた頃、美琴は上手く歩けなくなり、耳が遠くなり出しました。
次第に言葉も怪しくなり、妙な震えも止まらなくなりました。
食事が金属っぽいものになってから半年後、美琴はついに倒れました。
一弥は療養させると言いましたが、その日の食事は今までに無いほど重く、鉄臭いものでした。
しばらくすると三もいなくなりました。
その時の食事はそれ程鉄臭くは無かったので、美琴があんなにまずかったのはきっと毎日のあの鉄のような食事のせいだったのだろうなと思いました。
それ以外には悲しみも同情も何も全く感じませんでした。
それから一年後には僕は自分の気を集中させて刀を作り、物を切断することを憶えました。
一弥は大層喜んで次は物を燃やせるようになるよう言いました。
当時の僕はそうして一弥に喜ばれることが何より嬉しかった。
那照も速彦も美琴もそれは同じだったともいます。
気を良くした僕は九に一弥に術を見せた時一緒にいたにもかかわらず、こんな術ができるようになった褒められたと得意になって話しました。
その頃にはもう僕と年の近い話し相手は九しかいませんでしたから。
九もそんな僕の話を嫌な顔もせず聞いてくれました。
話の弾みでなんとなく僕は九に家族のことについて聞きました。それまで三年近く九と毎日一緒にいましたが一度も九の家族なんて見たことありませんでした。
「血縁者を家族と言うのなら、九は今も家族と住んでますよ?」
九は不思議そうに言いました。
どうやら三も六も八も九の兄弟らしく、他にも沢山の兄弟がこの家で働いているとのことでした。
少なくとも九人以上の兄弟なんてお母さん大変だねと言ったら、母親は皆違いますよと言われました。
確かに三も六も八も九もあまり顔は似ていませんでした。
じゃあお父さんは?と聞くと一弥が九達兄弟の共通の父親だと言いました。
一弥は自分には子供がいないと言っていたと話すと、
「私達は悠人様のように才能が無いので子供と認められてないんですよ」
と九は困ったように笑いました。
その時、なんだか胸が苦しくなって僕は話題を変えました。
僕の本当の父親の話です。
昔教わった父の自己流の護法を九の前で戯れに試した時、バチッと大きな音がして急に体中に繋がっていた糸を切られたような気がしました。
途端に今まで抑えられていた感情が僕の中から溢れ出しました。
自分はなんで実家を離れてこんなところにきているのか、那照や速彦や美琴、三も六も八もどうなったのか、そもそも三年前に僕は春から小学校に上がるからと買ってもらったランドセルを毎日眺めてその日を楽しみにしていたはずなのに、何で学校にも行かず毎日こんな修行に明け暮れているのか。
九が不思議そうに僕を覗き込んできましたが、それどころではないので今日の修行は終わってるし少し部屋で休むと言って部屋に戻りました。
そして久々に自分で敷いた布団を見て、そういえばこの三年間自分は毎日ほとんど寝ていなかったことに気付いてまた愕然としました。
それからしばらく泣いて、少し眠って落ち着くと僕はある決心をしました。
思ったとおり昔一弥に見せた護法は全く使えなくなっていたので、僕は父の自己流の護法と憶えたばかりの気の刀で物を断ち切る方法を応用して家中の人の一弥に繋がれた糸を切って回りました。
皆糸を切った瞬間絶望したように座り込んで動かなくなるか阿鼻叫喚と言った様子で壁に頭を打ちつけたり刃物を振り回したりといった有様で誰ともまともに話はできそうもありませんでした。
一弥からの術の影響の無い状態で家の人から事情を聞きたかったのですが、それも叶わず僕は一弥を探しました。
その頃には自分の気を周りに広げて意識を傾ければ屋敷の中くらいなら誰がどこで何をやっているか位は分かるようになっていたので直ぐに一弥を見つけられました。
一弥は僕を見るなり自分はとても腹を立てているが、今すぐ僕が謝ってまた修行に励むのなら許すと言いました。
同時に僕に伸びてくる大量の糸も視えたので咄嗟に僕は目の前の糸を全て断ち切ろうと気の刀をとにかく振り回しました。
瞬間、目の前で血しぶきが上がりました。
しかしそれは一弥の血ではなく、一弥をかばって飛び出した九の血でした。
動揺する僕に一弥が尚もこちらに向かって糸を伸ばしながら、
「そんなに九を気に入っているのなら、これの魂を使って式神にして側においておけばいい。今ならそれができる。自分に謝ってまた修行に励むのなら、その方法を教えてやってもいい」
そんなことを言いました。
何かが僕の中で切れました。
その後はよく憶えていませんが、気がついたら本家の屋敷が全焼していました。
かろうじて憶えているのは、人の首は案外簡単に切れることと、炎は火力によっては人体を跡形も無く燃やし尽くすこともできること位です。
しばらく立ち尽くしましたが、自分が何をしたのかようやく理解して、何もかもが嫌になって焼け残っていた土蔵に篭りました。
もう何もする気は起きなかったのでこのまま土蔵に篭っていれば勝手に餓死できると思ったんです。
それから丸一日経っても全く腹が減らないことに気付いて、そういえば元々ほとんど食べない状態で生活していたことに気付いてこのままでは簡単に死ねそうに無いと思い至った時、土蔵の扉が開きました。
何人かの男の人達に囲まれ、僕は土蔵から出されました。
僕が土蔵から出た時、目の前に待ち構えていたのは和服を着た男にしては小柄な老人でした。
彼は柿芝邦治と名乗り、僕を保護しに来たと言いました。
僕はもう全てがどうでもいいので放っておいてくれと言いましたが、そうはいかないと半ば強制的に車に入れられました。
車の中はやたらと豪華で広く、僕は六人の男の人達に挟まれたまま正面に座る老人と向き合う形で座らせられました。
その時邦治さんは僕の名前や明火家全焼の理由を事細かにまるで見てきたように言い当てました。
老人は僕の母方の遠縁に当たる人らしく、最近僕の家族にかけられた暗示に気付いて明火家のことを調べていたと言われました。
明火家と柿芝家は元々遠縁で同業の仲間だったらしく交流はあったそうですが、今の党首になってから様子がおかしかったとも言っていました。
「あの一弥とかいう若造は、他はそうでもなかったが、暗示をかけて人心を操る術においては右に出る物はいなかったからな。元々愛人の子供でまともに修行すらせず精神も成熟していない状態で、戯れに先代当主がいくらか術を教えたのがそもそもの間違いだった。更にまずいことに奴にはそれなりに才能があったので次々に周りの大人の思考を掌握し、とうとう党首の座までのし上がってしまった」
それからその邦治さんはしばらく一弥について一通り批評するように色々話していましたが、最後に
「未熟な術者が強力な式神を使役しようとして逆に食われる話は昔からよくある」
一弥は恐れ多くも神人を使役しようとしていたのだから、結果こうなるのは無理も無い。と言っていました。
神人とは何かと尋ねると、神の血を引き神の魂を持ちそれらと同等の精神を持つ物だと言われました。
でも良くわからなかったのでその時はスルーしました。
柿芝さんは僕の実家の家族は今も元気に暮らしている。もし戻りたいと言うのならそのように取り計らうことも可能だと言いました。
僕がもう三年も世間一般の生活から外れているし、あんなことをした後でどうやって周りの人間と仲良くできるのかわからない。
そう答えると、柿芝さんは僕にまだ三年だ。それに君はまだ若い。今ならまだ取り戻せると言いました。
そのためならあらゆる助力を惜しまないとも。
怪しいでしょう?だから聞いたんです。どうして僕にそこまでしてくれるんですか?って。
返ってきた答えは
「君が神人、それも我々の先祖の神の魂を持った神人だからだ」
でした。
また出て来た神人という言葉が気になりましたが、同じ質問を繰り返すのもなめられそうなので黙ってました。
じゃあ柿芝さんはその神人である僕をどうしたいんですか?と聞いたらまあそれは時期が来たらと言葉を濁されました。
神人である僕には今後利用価値があるので、それを利用するためなら多少の労力は惜しまない。と言うことだろうと思います。
それから僕は一度邦治さんの家に連れて行かれ、次の日には身支度を整えさせられ実家に帰りたいとも言っていないのに半ば強制的に僕の元の家に帰されました。
母は僕を見るなりあらお帰り、大変だったわねと当たり前のように出迎えました。
父も兄も同様で、養子に出された僕が突然帰ってきたのに何も驚きませんでした。
邦治さんに理由を聞くと、僕の家族は邦治さんの暗示によって僕は夏休みの終わり頃親戚の家に遊びに行って怪我をして一ヶ月現地で入院していたことになっていると言われました。
それ以前の記憶は普通に一緒に住んでいたように書き換えたとも言われました。
元々一弥に操作されていた部分に上書きしただけで、一弥が来なければこれが本当の記憶になっていたはずだ。とも。
学校の方も児童や先生に元からいたように思わせるから大丈夫だと言われましたが、何から何まで揃いすぎていて逆に気持ち悪かったです。
帰り際、邦治さんは僕にもし困ったらなんでも周りの人間に聞いてみるいいと言いました。
次の日から学校に通うことになり、僕は新品のランドセルに新品の文房具や教科書を詰め、兄について学校に行きました。
早速自分のクラスや、下駄箱の位置などがわからず困っていると一人の男の子がやってきました。
「よお悠人久しぶり!車にはねられて大怪我したんだって?」
そう元気に話しかけられても誰だかわからなかったので誰だっけ、と尋ねると
「同じクラスの耕一だよ!先生が言ってたけど事故のせいで一時的に記憶が混乱してるってマジなんだな・・・」
と返されて、ああそういう設定なんだな、と思いながら『ゴメンそうなんだ。顔はわかるんだけど』と返すと特に気に留めた様子も無く
「じゃあわからないことあったら何でも聞けよ!」
と言われ、その後も学校でのことや勉強や人の名前など当たり前に聞ける環境にはなっていたので、僕は何とか少しずつ学校に慣れていくことができました。
それから大体一年位経った頃、邦治さんが家に調子はどうだと尋ねて来ました。
その頃にはすっかりクラスにも溶け込み、学校生活を楽しんでいたので素直に楽しいと答えました。
明火家を全焼させた術は今でも使えるかとも聞かれましたが、わからないし使いたくも無いと言って話を終わらせました。
当時は本家にいた時のことは思い出すのも嫌で、実家に戻ったばかりの頃はそれを打ち消すように毎日お腹も空いてないのに食事やおかしを食べたり、眠くも無いのに朝まで布団に入り、ついぞ本家では入ることの無かった風呂に長時間入ってみたりとできるだけ本家にいた頃とは逆の生活を心がけていました。
そのせいで何度か体調を崩して寝込んだりして周りにはすっかり病弱なイメージがついてしまいましたが。
しかしその甲斐もあって、しばらくすると食事がおいしく感じたり夜も普通に眠れるようになりました。
そうやって少しずつ普通の状態に戻っていくことが嬉しかったのに、ここに来てそんなことを言わたのはだただ不快でした。
では簡単な術でいいので少しやってみて欲しいと言われ、僕は指に気を集中させその辺にあったチラシを鬼の形に切り取り気をこめました。
紙から手のひらサイズの小鬼を出して見せると邦治さんはそれを見て頷き、満足したように帰っていきました。
邦弘さんが帰った後鬼の札を破って処分しようした時、兄が帰ってきました。
兄は札を見るなり
「なにそれカッケー!お前そんな特技あったのか」
と言いだしました。
これをどうしたのかと聞かれましたが、兄は元々視えない人なので本当のことを言ってもわからないだろうと思い、作ったとだけ答えました。
兄はそれを随分気に入ったようで、
「ならそれくれ!」
と言ってきました。どうせ兄にはこれを使うことなんてできないし、素直に褒められたのは嬉しかったので僕はそれを兄に渡しました。
その夜、僕は夢を見ました。
兄が僕の出した鬼に食べられる夢です。
朝、目が覚めると僕は全身に汗をかいていました。
嫌な予感がして仕方が無かったので急いで兄の部屋に行って兄を起こしに行ったら枕元に前日兄にあげた鬼の札がありました。
・・・どんなにゆすっても声をかけても起きないんですよ、兄。体もなんだか硬いし冷たいし血色悪いし息してないし。
慌てて両親に兄の様子がおかしいことを報告して直ぐに救急車を呼んでもらいましたが、兄は生き返りませんでした。
小鬼の札は兄が救急車で運ばれて直ぐに燃やしました。これが原因なのだという確信が僕の中にはありましたから。
たぶん、兄がアレを欲しいと言って、僕がそれを了承して渡した時点で小鬼の所有権は兄に移り、使役する力を持たない兄はそのまま小鬼に食らい尽くされてしまったのだと思います。
兄の葬儀で邦治さんにそのことを話すと、大事なのは君がこれをどう感じてこれからどうするかだと言われました。
僕はなんだかんだで面倒見の良かった兄を殺してしまった罪悪感と同時に、既に自分は本家で沢山の人を殺しているという忘れかけていた事実を思い出し、愕然としました。
僕はなんてことをしてしまったんだろう、と。
それからは何をしても今いるのは本当の自分じゃない、自分はこんな場所にいていい人間じゃないという思いが強くなる一方でした。
周りの人は仲の良かった兄を突然亡くして落ち込んでいるのだろうと優しくしてくれましたが、帰ってそれがぼくの心を重くしました。
一年経ってもその思いは収まるどころかより強くなって、ある日僕はとうとう我慢できず、母にそのことを打ち明けました。
きっと話して楽になりたかったんです。あわよくば許されて自分を納得させたかったんです。
最初母に本家でのことや兄のこと全てを話した時、母は全く信じていない様子で今でも兄のことをひきずっているせいで変な考えに取り付かれているだけだと僕に言いました。
そこで僕は二年前本家の家にいた人達にしたように、邦治さんが母にかけたであろう暗示を解き放ちました。
すると母は急に
「なんてことなの、なんてことなの」
とむせび泣き始めました。その姿は昔本家で見た人達と同じものでした。
まさか、根本的に術式が間違っていたのかと母に近寄ると、母は僕を強く抱きしめて何度も僕に謝りました。
守れなくてごめんね、気付けなくて、こんな親でごめんね。と。
母の予想外の反応に僕はただ何も言えず、何もできませんでした。
その後母は落ち着いたように見えましたが、次の日の朝にはリビングで首を吊っていました。
遺書はありましたが、父は決してそれを僕には見せてくれませんでした。
母の葬儀の時、父は邦治さんと何か言い争っているようでしたが、どんなに寄ってもその内容は聞き取れませんでした。
今になって思えばこの術は邦治さんから教わりましたし、きっと邦治さんはこの時も使っていたんでしょう。
その後、家には父と僕二人だけになりましたが、父はいつも明るく振舞ってそれまでは母に任せきりだった家事も進んでやるようになりました。
僕も父の負担を減らせるようにできるだけ家事を手伝いました。
少なくとも、父は母の葬儀以降僕に暗い顔なんて一度も見せたことがありませんでした。
しかし半年後、父は川に身投げして自殺しました。
と言っても水深20センチ程度の川だったので飛び降り自殺といった方が正しいのかもしれませんが。
日曜日の朝、ちょっと新聞買いに行ってくると言って家を出たきり父は帰ってこず、夕方家に警察から電話がありました。
頭が真っ白になりました。
警察に争った跡はないが遺書はないし、事件の可能性もあると言われました。
僕の一時的な保護者代理としてとりあえず誰か親戚の人を呼ぶことになり、邦治さんしか僕が連絡先を知っている親戚はいないので邦治さんに来てもらいました。
邦治さんは連絡したその日のうちに僕の元へ駆けつけてくれました。
事情は電話で既に話していたのですが、邦治さんは僕に会うなり一通の手紙を僕に渡しました。
それは父が邦治さんに宛ててかいたものでした。
その手紙の内容を要約すると、母の遺書には僕が母に話したこと全てが書いてあったそうです。
そんなまさかと思い自分で護身の法を試してみると、その遺書に書かれたことが真実だとわかり絶望したそうです。
その後、母の葬儀で邦治さんと言い争っていたのもそのことについてだったようです。
初め父はそれでも自分だけでも僕のことを支えて守ってやらねばと思ってくれたようですが、ことあるごとに兄や母の死の原因が僕であることや、僕が本家でやったことが頭の中によぎって、否定したいのに僕が化け物に見えて仕方が無かったそうです。
そして手紙はもう自分はこれ以上悠人と向き合うことができないけれど、どうか悠人のことをお願いしますと言う文で締めくくられていました。
「言っておくが、神人の体は丈夫だから君がちょっとやそっと死のうとしたところで死ねないよ」
手紙を読み終えた瞬間邦治さんに言われました。
だからもう一度やり直そうじゃないか、今度は全ての事情を知っている人間を親にしよう。
何を言っているんだと言い返そうとすると、それを遮るように邦治さんは続けました。
「このまま何もかも諦めて引きこもると、君はいつか外の世界や人間全てを憎んで君の持つその黒い炎で目に映るもの全てを焼き払おうとするだろう。自分が持たざる者になった時、他人の幸福と言うのはそれだけで殺意の種になる」
だからそうなる前にやり直すんだ。
邦治さんはそう言って僕の肩を力強く握りました。
都合よく誘導されているだけだ。そう思う一方で、もしこのまま死んでもしに切れず、邦治さんの言うとおりになったらという恐ろしさもありました。
結局僕は邦治さんに引き取られることとなり、春には夫は邦治さんの弟子で妻は僕の母の妹である早瀬さん夫婦の元でお世話になることになりました。
早瀬さん夫婦は表向きただのサラリーマンと専業主婦ですが、たまに邦治さん率いる鬼灯という組織で地域の結界を維持したりする拝み屋のような仕事も片手間でやっている様です。
ただオルカさんは僕の兄同様全く視えない人で両親の裏の仕事のことも僕の過去のことも何も知らされていないんです。
これは僕が今まで感じてきたことによる推測ですが、呪術を扱う家系において視えない人間と言うのは落ちこぼれであり、何かあったら真っ先に切り捨てられる存在なのかもれません。
でも僕はある日いきなり一緒に住むことになった僕を快く受け入れてくれたオルカさんをそんな目には合わせたくないんです。
もちろんただ僕に対する印象を操作されているだけだと思いますが、どうしても僕の不注意で死なせてしまった兄を重ねてしまうんです。
邦治さんには本当に良くしてもらっていますが、それも一弥のように僕を篭絡しようとしているだけなのかもしれないという考えも捨てきれないんです。
一応護身の法もいくつか試してみましたが、一弥よりも優れた術者のようなのでそれくらい対策しているかもしれませんし、巧みな話術によって丸め込まれているのかもしれません。
正直もう誰も信じられないし、信じるのも恐いんです。
だけど、僕もまたいつ自分の不注意で人を殺めてしまうかわからない。
だからもし何かあったとき、僕の意思とは関係なく独立してオルカさんを守れる強い守護霊が欲しいんです。
随分長々と話してしまった。
気がつくともう少しで地元の駅だ。
咲耶さんの顔を恐る恐る覗いてみると、泣いていた。
それもボロボロと大粒の涙を流しながら。
慌ててどうしたんですかと聞くと、
「だって、その話全部本当じゃない。一部はぐらかしてたところもあるみたいだけど、それも私に配慮してじゃない」
咲耶さんは涙声で言った。
「・・・まさか、僕が話しているうちに魂を同調させて僕の話と照らし合わせてたんですか?」
血の気が引いた。全く気付かなかった。
「そんなことしなくても、相手が嘘ついてるかどうかなんて、相手の気配でわかるわよ」
咲耶さんは僕の右手を握って一つ言いたいことがあると言った。
「悠人君は悪くない。たとえ悠人君自身がそう思っていなくても、私は、そう思うわ」
急に、目の前が滲んで何も見えなくなった。
「強すぎる力は、自分も周りの人も不幸にするんです」
「そうかしら」
もう駅に着くというとき僕がこぼした言葉に咲耶さんはすぐに言い返した。
お互い声も無く泣いてしばらくの沈黙が続いた後だった。
「それは使い方とタイミングによるところが大きいと思うわ。悠人君の今までの人生においてはそうだったとしても、それは巡り合わせが悪かっただけで、それがこれからもそうとは限らないわ」
咲耶さんが僕を慰めようとそう言っているのだろうと思ったが、その言葉を表面だけでも肯定できない自分がいた。
「咲耶さんは、本当にそう思うんですか?」
「思ってるわ。包丁は凶器にもなるし危ないけど、だからってそれが必ずしも人を不幸にするわけじゃないでしょう?使い方を間違えなければおいしい料理を作って食べる人を幸せにできるわ」
そう言う咲耶さんの目を見て、咲耶さんは本気でそう思っているんだとすぐにわかった。
「力というものは本来使うためにあるのよ。私は必要になったら迷わず使うわ。私や私の周りの人が幸せになるために」
なぜだかその時、僕は自分の存在が赦されたように感じた。
駅からの帰り道、咲耶さんが言った。
「悠人君は、どうしたいの?」
さっきの話の続きであることはすぐにわかった。
「わからないです。今はただ自分や、最低限手の届く範囲の人が不幸にならいよう気をつけるのが精一杯で」
そういった瞬間咲耶さんから軽く頭を小突かれた。
全く痛くない。
「周りに配慮するのは大切だけど、そんなこと言ってるといつまでも自分は幸せになれないし、自分が幸せじゃないと自分周りの人を幸せにすることなんてできないんだから」
少し怒ったように咲耶さんは言うとビシリと音がつきそうな勢いで僕を指差した。
「だから悠人君はもっと日々を楽しんで、もっといいかげんに生きたらいいのよ!」
「いいかげんに生きろと言われましても・・・というか、どうして咲耶さんに生き方まで口出しされなきゃいけないんですか」
「そんなの、悠人君もオルカももう私の周りの人だからよ。私は私の周りの人も幸せでいて欲しいの。だから、もし悠人君が困った時はいつでも私を頼ってくれていいのよ?私も悠人君を頼ることがあるだろうし」
そう言って差し出された咲耶さんの右手は小さくて暖かかった。
次回更新予定は12/6です。




