#26 柿芝悠人
「俺には二人に意見することはできても、それで二人の考えを捻じ曲げさせるなんてできねえよ」
「だとしても、他の人よりは意見しやすいし、聞き入れられやすいんじゃないですか?一緒にいることも多いなら少しずつ考えを方向転換させたりすることだってできます」
・・・つまるところ、中村さんや親父達が俺に期待しているのはそういうことなのだろう。
「要するに柿芝は鞠亜と咲耶を自分の都合のいいようにコントロールしようとする奴等から守りたいんだな?それで俺に疑いの目を向けていると」
「まあそんな感じです」
確かに、俺が柿芝の立場でもそう考えるだろう。
加えて寺の息子なんて一族全体で囲い込もうとしている可能性さえある。
実際、中村さんはそれを望んでいるのかもしれないが。
「だったら、柿芝が鞠亜と咲耶を守るなり俺を監視するなり好きなようにしたらいい。どうせ俺一人じゃ万が一の時鞠亜も咲耶もどうにかすることはできないし、そうしてくれた方が俺も少しは安心できる。俺が信用できないなら信用できるまで監視すればいい」
どうせ今までもしょっちゅう雛月が勝手に部屋に入ってきていたので、今更それがもう一人増えたところでもうどうでもいいような気がする。
それに、コイツとはしっかりと信頼関係を築いておいた方がいい気がする。
「先輩は、僕のことを簡単に信用しすぎじゃないですか?」
否定はしない。というか、このやり方は自分でもどうかと思う。
しかし俺は親父や修司のように口で上手く相手を信用させるような技術は無い。
結局こうして自分を示す位しか実行できそうな方法が思い浮かばないのだ。
「まあ廃屋にただひたすら人の恐怖を集めるだけの仕掛けをしてるのはドン引きしたけどな。ただ、実害は無いみたいだし、考えてみたら肝試しに行って恐い目に遭うのなんて行ったやつの自己責任だ。それに、今の話聞いたら何か理由があるような気がしたしな」
俺がそう言うと柿芝は呆れたように大きなため息をついた。
「・・・正直、使い古されてて言うのも恥ずかしい表現なんですが、先輩に僕の何がわかるって言うんですか?」
そう言った柿芝は困惑とも思えるような表情をしていた。
「少なくともお前は鞠亜と咲耶のことは本気で心配して、万が一の時は助けたいと思ってるんだろ?」
「まあ、そうですけど・・・」
「なら今はそれで十分だろ?他のことはおいおい知ってけばいいし」
「・・・・後悔しても知りませんよ」
柿芝はおもむろに立ち上がるとポケットから長方形の小さな紙を出すとそれを二つに破った。
瞬間部屋全体に紙を破り捨てる音が広がり部屋の空気が普段通りに戻った。
「では話も済んだのでもう帰ります」
そう言って帰ろうとする柿芝の腕を俺はなんとなく掴んで引きとめた。
「せっかく来たんだし遊んでけよ、ゲームとか色々あるし」
なんとなく、このまま柿芝を帰すのは良くない気がした。
「この後、誰か来るんですか?」
「いや?よくわからんが、誰か呼んだ方がいいのか?」
「・・・お構いなく。何して遊びますか?」
断られるかと思ったが、案外あっさりと柿芝は俺の誘いに乗ってきた。
「そうだな、テレビゲームも色々揃ってるけど、ボードゲームとかトランプとかもあるぞ。あ、あとはマンガだとコレとかおススメだな」
「・・・・」
柿芝は俺の持っているマンガや勧めたゲームをしばらく黙って見ていた。
「あ、やりたいのが無ければ他のでもいいぞ」
・・・何をやっているんだろう俺は。
「いえ、今までこういうゲームとかやったことが無かったので珍しくて。初心者でも簡単に遊べる物だとどれでしょう?」
どれも興味が無いのかと不安になって話しかけてみたが、いくつかのゲームソフトを見ながら興味深そうに目を輝かせる柿芝の顔を見て少し安心した。
「それだと、このアクションゲームとかどうだ?操作も簡単だし協力プレイもできるんだ」
「じゃあそれで」
その後一通りそのゲームで遊んだ後クッキーをつまみながら休憩した時に聞いたのだが、柿芝は家の教育方針で今までゲームで遊ばせて貰ったことはなかったらしく、マンガも最近早瀬の家に住むようになって早瀬から勧められたホラーマンガが初めて読んだマンガらしい。
中々躾に厳しい家だったのだろう。
今もマンガは早瀬から勧められたもので気に入ったものをたまに読む程度らしい。
しかし興味はあるようだったので俺のおススメのマンガをいくらか紙袋に詰めて貸すことにした。
もし柿芝がこれに嵌れば共通の話題も増えるだろう。
それからしばらくまた別のゲームをやっていると日も暮れてきたので今日はもうお開きにしようということになった。
玄関まで柿芝を送りに行った時、柿芝が開けるよりも早く戸が開いた。
そこには親父と後ろには中村さんがいた。
「ああ、友達が来てたのか、初めまして龍太の父です。竜太のことよろしく」
親父がすぐに柿芝に気づいてあいさつをする。
「初めまして、柿芝悠人です。それでは先輩、また明日」
柿芝は俺と親父に軽くあいさつをするとそのまま帰って行った。
「おう、また明日な~」
そう言って柿芝を見送って戸を閉めた後、振り向くとそこには信じられない物でもを見るような顔の親父と中村さんがいた。
「どうしたんだよ、二人ともそんな顔して」
「・・・・・・・・龍太、ちょっと書斎に来なさい」
固まった二人にそう問いかけたが、なぜか俺はそのまま半ば強制的に書斎へと連れて行かれた。
書斎についてドア襖を閉めた後、親父は急に自分の手のひらを俺の背中に当てた。
と同時に、昨日雛月に頭を触られた時の様なバチッと大きな音と衝撃が俺の背中でした。
「いきなり何するんだよ!」
「よし、少なくとも結界は生きてるな」
抗議する俺を尻目に親父は一人でなぜか安堵していた。
「さっきの子が柿芝悠人君か?」
尚も親父は俺を放って話を進める。
「そうだけど、最近ちょっと仲良くなったんだ」
「咲耶ちゃんや鞠亜ちゃんとも仲良くなったのか?」
「というか、俺も鞠亜も咲耶の紹介で柿芝と知り合ったんだよ。それよりさっきからなんなんだよ!せめて説明してくれよ!」
しばらくは大人しく質問にも答えていたが、いつまでたっても話に置いてけぼりなので痺れを切らして俺は親父に説明を求めた。
『コレはまずいぞ』という顔をして親父と中村さんが深刻そうな顔で顔を見合わせた。
「ゴメンゴメンそれについては僕から説明するよ」
いいかげん俺の苛立ちが伝わったのか中村さんが俺と親父の間に割って入った。
「今僕たちが焦ってたのは柿芝君が僕たちにとって予想以上に厄介な相手になりそうだったからだよ」
中村さんはそう言ってなだめるように俺を座らせた。
「最近柿芝君のことを調べていたんだけど、住民票や戸籍を調べたら柿芝君がこの町に来る前の彼の家庭の事情がかなり複雑なことになってたらしい事がわかって、それについても調べてたんだ。だけど、あんまりにその事情が真っ黒だったから、本人に直接会ってその情報を引き出そうとしたんだ。でも柿芝君は見つからなかった」
「見つからなかった・・・?」
中村さんの言葉に首を傾げる。
詳しい事はよくわからないが、そんな住民票なり戸籍なりを調べられる位なら当然住所もわかるだろうし本人を見つけるなんて簡単じゃないのか?
「正確には住所や学校もわかっているのにどうしても柿芝君本人を見つけられなかったんだ。それでこれはどういうことなのか、今後の作戦を練ろうとした矢先、というか、ついさっき本人と会ったわけなんだけど」
「それなら良かったじゃないですか」
「普通はどんな人間も魂の情報を隠すことも偽ることもできないはずなんだ。なのに、彼から得た魂の情報がどう考えても辻褄が合わない。僕が視た彼の魂はよくある普通の人間のものと変らない。彼の魂を視てわかった過去の記憶も円満な家庭だったが、ある日彼以外の家族が交通事故にあって死んでしまい親戚の家に引き取られたという一般的な物だった。だけど彼の身に過去に起こったことを考えると、魂の情報を改ざんして偽の情報を見せられているとしか思えない」
「・・・えっと、その魂の情報の改ざんってそんなにすごいことなんですか?」
「理論上はできなくは無いけど、それをできるのは明らかに普通じゃないんだよ。魂の情報、アカシックレコードの改ざんなんて」
俺にとっては名前と地域だけでを特定して過去の経歴を調べ上げ、更に相手の魂の情報とやらを視て過去の記憶まで視る中村さん達も普通じゃないのでいまいち重大さがわからない。
「結局、何が言いたいんですか?」
「柿芝君に咲耶ちゃんと鞠亜ちゃんが何かされないように気をつけてって所かな」
何かされるって、それは何を指しているんだ?攫われるとか、まさか命を取られるという訳ではないだろう。
むしろ柿芝は二人を守ろうとしていた様に思える。
「意味がわかりません。というか、過去に柿芝の身に何が起こったんですか?」
「龍太君は柿芝君の家庭の事情は知ってる?」
ついさっきの、柿芝の罪の告白ともとれる話を思い出し胸が苦しくなった。
「まあ、両親は死んでいて今は母方の親戚の家に世話になっている。とだけ」
「そう。柿芝君の父方の家は結構古い陰陽道の家系で、まあそうは言っても分家の分家だったらしいんだけど。簡単に言ってしまうと割と長く続いていたその家を本家もろとも根絶やしにしたのが柿芝君だよ」
「・・・・・へ?」
予想外の方向に広がった話に思わず間抜けな声がでた。
「人が神人になるには条件があるんだ。一つ目はある程度徳の高い魂を持って生まれること、二つ目はある種の特殊な気質を持った血統から生まれること、そして三つ目は自分の力や魂を自覚しそれを受け入れることだ。そのどれがかけても人は神人にはなりえない」
中学校に上がったあたりの時、咲耶が前世の記憶がどうのとか言っていたのを思い出した。
当時は完全にただの中二病患者の戯言だと思って聞き流していたが。
「そして悠人君の家の本家では人為的に神人を作り出してその子供を跡取りにしようとしていたらしい。あ、これから説明していくと少し紛らわしくなるから彼のことは悠人君と呼ぶことにするよ。
少し六年程前に子供のいない本家の当主が分家から子供を何人か養子にしたらしいんだけど、その中に悠人君もいたようなんだ。そこで何があったのかはわからないけど、三年後本家の家は全焼し、当時の当主と悠人君以外の子供達は行方不明となり、唯一焼け残った土蔵の中にいた悠人君以外の人間は全員死体で発見されたそうだ」
これが三年前の話。と中村さんは言った。
三年前、確か柿芝が早瀬の家に来たのはつい最近だったはずだ。
「その後悠人君は彼の家に帰った訳だけど、一年目にお兄さんが、二年目にはお母さんが、三年目にはお父さんが死んでいる。
そしてお父さんが死んだ後母方の遠縁の柿芝家に引き取られたらしいんだけど、なぜか今は別の母方の親戚の家に下宿している。
これが僕の伝や仲間の力もフルに活用して調べた情報から推測される彼の大まかな生い立ちだよ。これ以上詳しい事はわからないけど」
「・・・・・・・」
「どんなに探してもこちらからは悠人君本人を絶対に見つけられなかったことや、魂の情報が改ざんされていることを考えると、悠人君は既に神人として覚醒していると考えるべきだろう。そして、そんな彼がわざわざこんな所までやって来て咲耶ちゃんや鞠亜ちゃんに近づこうとしている。彼が何を企んでいるかわからないんだよ」
「流石にいくらなんでも柿芝が咲耶と鞠亜目当てにこの町に来たというのは無理があると思います。きっと偶然ですよ。それに、柿芝が咲耶と鞠亜を利用していると言いますけどたぶん、柿芝も俺達に対して同じように考えてますよ」
遮るように俺が言うと、中村さんが驚いたように俺を見た。
「悠人君がそう言っていたのかい?」
「たぶん柿芝は、咲耶と鞠亜に昔の自分を重ね合わせてるんだと思います。自分を都合のいいようにコントロールしようとする人間が信用できないとも言ってました。きっと柿芝は過去にそのことで辛い目にあって、柿芝にはには俺達のことが昔柿芝を利用しようとした人間と同じように見えてるんだと思います」
中村さんは少し考えるように黙った後、口を開いた。
「・・・・・龍太君は、咲耶ちゃんや鞠亜ちゃんのことをそう思ってるかい?」
「そんな訳無いじゃないですか。二人は俺の幼なじみでしかもつい最近まで二人が抱えてる事情なんて知らなかったのに、利用するとかされるとかそんなこと考えるわけ無いですよ」
「柿芝君はそれを信じてくれそうかい?」
「わからないですけど、そんなに気になるならお前が俺を見張ってればいいだろって言ってやりました。それと、今日少し遊んでみて思ったんですけど、柿芝は普通の遊びとか生活とかを経験しないまま育ったみたいで、それに憧れみたいなの持ってる様な気がします。今日も俺が薦めたマンガとかゲームに食いついてましたし」
俺が中村さんにそう言った時、親父が遮った。
「つまり、柿芝君がこの町に来たのはあくまで偶然で、柿芝君は神人ではなく人間として過ごしたがっているということか?」
「まあそんな感じだ。確かに色々普通じゃないところもあるみたいだけど、素の状態の柿芝は割りと普通の中学生なんじゃないかって思うんだ。神人だとか考える前にただの中学の後輩だと思ったら、柿芝とも仲良くなれると思うんだ」
「上手くいけばいいけど・・・」
中村さんがそういいかけた瞬間、俺の携帯が鳴った。
画面を見ると柿芝からだった。
親父達の顔に一気に緊張が走ったのを感じつつ目を逸らしながらハンズフリーモードにして電話に出る。
「先輩!先輩に借りたマンガ!すっごい面白かったです!続きって持ってますか!?」
親父達の心配をよそに聞こえてきたのは随分興奮した様子の柿芝の声だった。
「あるけど、あれもう全部読んだのか?二十巻まであっただろアレ」
「マンガなら一時間あれば読み終わりますよ。それよりいい所で終わって続きが気になるんです」
時計を見れば柿芝が帰ってからとっくに一時間以上過ぎていた。
マンガとはいえ二十冊を一時間でって、単純計算して一冊三分じゃねえか。
速読というやつか。
「なら明日うちに来たときに最新刊までまとめて貸してやるよ」
「よろしくお願いします!」
電話を切ると親父と中村さんが目を丸くしていた。
「な、普通だろ?」
「柿芝君とはもうそんなに仲良くなってたのか」
「まあ、明日鞠亜も一緒にウチで勉強会することになってる」
実際そこまでとは言えないが、とりあえずそう思わせておいたほうが今は柿芝と親父達双方にとって良いような気がした。
「・・・・・わかった。柿芝君のことは龍太に任せる。味方についてくれるのならそれが一番だ」
その割には親父は難しい顔をしていた。
「なんでも『はいそうですか』って信用できるほど簡単な話じゃないからね。でもそうやって疑ったりするのは僕らの仕事だから、龍太君はこのまま柿芝君と信頼と友情を育んでくれたらいいよ」
そこに中村さんが付け足すように俺に言った。
「そういえば、さっき中村さんは俺に柿芝のこととか色々聞いてましたけど、それって俺の魂の情報見れば一発なんじゃないんですか?」
「本来はそうなんだけどね、今龍太君の周りにはセルフ結界みたいなものが張られてるからそんなに詳しくは探ったりできないんだよ」
言われてみれば、とさっき親父に背中を触られてバチッという音と衝撃を感じたことを思い出した。
「柿芝君からさっき健さんからされたようなことはされてないんだよね?」
「あのバチッて音がするヤツですよね。無いですよ」
雛月にはこの前やられたが。
「まあ詳しい説明は省略するが、龍太、その数珠はできるだけはずすなよ。はずしても解けないけど脆くなるから」
さらっと重大なことを言われたような気がするが、親父はじゃあ今日は飯食っていくよな?とか中村さんと話しながらさっさと部屋を出て行ってしまった。
取り残された俺はしばらく呆然としたが、急いで親父達の後を追った。
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