#23 夏休みの目標
俺が家に帰ると親父は既に帰ってきていた。
帰ってきた俺を見るなり何かを察したらしい親父はそのまま俺を書斎まで連行した。
「林間学校で何があった?」
親父が真剣な面持ちで尋ねてくる。
四時間前の俺だったら、乃亜のことや蛇神のことなど事細かに洗いざらい全て話していたことだろう。
「特に何も無かったよ」
「嘘だな」
俺が引きつった顔で答えれば親父がすぐになぜ嘘をつくのかと追求してきた。
「咲耶に口止めされてる」
「・・・・そうか、わかった」
俺が理由を話すと親父は案外あっさりと引いた。
「えらく簡単に引き下がるんだな」
「咲耶ちゃんから口止めされていて、それを無理に聞いた場合、最悪親子揃って咲耶ちゃんからの信頼を失うことになりかねないからな」
後々のことを考えればそっちの方がマズイ。
そう言ってため息をつく親父を見ながら俺はついさっき咲耶の家での出来事について思い出した。
「コレだけの力があれば、普段鞠亜に寄って来る悪霊くらいならもう余裕で対処できるだろう」
咲耶が満足そうに言った。
「じゃあ、鞠亜も俺ももう狩りで引っ張りまわされることは無くなる訳だな」
「何を言っている、これからが本番だ」
咲耶が憮然と答える。
「冬になる前に、なんとしても仕留めておきたい奴がいる。これからは鞠亜におびき寄せられた奴等を片っ端から取り込んで雛月を強くして、できれば夏休み中にそいつを雛月に取り込む」
「・・・なんだよ、その仕留めたい奴って」
「まあ、土地神の一種だ。大分凶悪で、そいつに対する専門の拝み屋がいる位だ。だが、そいつを取り込むことができれば当面は安泰だ」
「安泰って、つまりむちゃくちゃ強くてヤバイ奴だけど、そいつを取り込めば咲耶を消そうとする奴にも対抗できるようになるってことか?」
咲耶がそうだと答えると同時に、今まで黙っていた鞠亜が声を上げた。
「待って、咲耶ちゃんが消されるって、どういうこと!?」
俺は鞠亜の反応を見た途端、しまったと思った。
鞠亜は咲耶が殺されると言う予言について知らないのだ。
しかし、咲耶は動じずに鞠亜に向き直る。
「今年の冬から来年の冬にかけて、私の死の危険が高まる。そしてその時私は何者かに殺される。そんな予言が出ている」
咲耶はちらりと俺の方を見た。
咲耶自身は確信のある予感と言っていたが、中村さんもそれに近い事を予言していた。
そう、近いうちに咲耶は鞠亜に殺される。
「それは、中村さんの占い?」
鞠亜が不安そうに俺を見る。
「ああ、まあな」
俺がそう答えると鞠亜はしばらくうつむいた後、咲耶の肩を力強く掴んだ。
「その咲耶ちゃんを殺そうとしているのは誰かわかる?雛月ちゃんを強くしたら咲耶ちゃんはその相手から殺されなくて済むの?」
鞠亜はかなり焦った様子で鬼気迫るものがあった。
「少なくとも雛月を強くすれば、その相手に対抗する力にはなる。もし鞠亜が私に協力してくれるなら、雛月はきっとそれだけ多くの力を蓄えられる」
「協力する!私にできることは何でも協力するから、だから・・・」
だから咲耶ちゃん死んじゃ嫌だよ。
そう言って鞠亜は咲耶に抱きついた。
そんな二人を見ながら、どうしてさっき初めて言われたことをこうも簡単に受け入れてしまうのだろうと思った。
鞠亜は中村さんとの初対面の時に秘密を言い当てられているからか?
いや、それもあるだろうが鞠亜自身寄って来る悪霊が強くなりすぎてもう一年も持たないだろうと自分で言う程追い詰められている。
鞠亜は俺よりも今回のような霊的で不条理な事態に対する危機意識が強いのかも知れない。
だからこんな突拍子も無い話をすぐ信じられるのだろう。
そしてそれだけ危機感を感じている上で尚も進んで咲耶の狩りに付き合っているのだ。
俺は小さい頃からよく霊等の見えないはずの存在をそれなりに視てきた。
鞠亜と初めて会った時、鞠亜は俺の視線が鞠亜のすぐ後ろにいったことに気づいて、
「私と一緒にいると、恐い思いするよ」
と困ったように言っていた。
俺が鞠亜の後ろの男を視ていると俺の後ろから咲耶が出てきて、
「別にそのおじさんが一緒でもいいから遊びましょ」
そう言って咲耶は半ば強引に鞠亜と俺の手を引いて遊びに誘った。
しばらく俺は鞠亜の後ろの男を警戒していたが、俺達が危害を加えられることは無かった。
それ以降、俺は鞠亜の後ろに何が視えても特に気にしないことにした。
後ろに見える奴はよくコロコロと変わったが、俺が鞠亜の後ろに視えた奴に危害を加えられたことは無かったので鞠亜と一緒にいてする恐い思いなんてせいぜい変なものが視える位だと思っていた。
しかし鞠亜の話によれば、咲耶は鞠亜とと一緒にいたせいで危険な目に遭ったことがあるらしい。
予言されている鞠亜が咲耶を殺すと言うのも恐らくその延長なのだろう。
そしてそのことを二人とも薄々感づいているからこそ、この予言に関する現実味もすぐには信じられなかった俺とは全く違ったのだろう。
幼稚園の頃から鞠亜と咲耶のことはと知っていたはずなのに、今の二人はまるでドラマの中の登場人物のように別世界の人間に思えた。
中村さんは俺なら二人の未来を変えられると言っていたが、こんな俺に何ができるというのだろう。
「ありがとう鞠亜」
そう言って咲耶が鞠亜の背中をさすっていると家のインターフォンが鳴った。
「来たようだな」
咲耶はそう言うとソファーから立ち上がって玄関の方に向かった。
「来たって、誰か呼んだのか?」
「助っ人だ」
俺が尋ねると咲耶は振り返らずに答えて玄関に行ってしまった。
「紹介するわ、一年の柿芝悠人君」
しばらくして咲耶に連れられてリビングにやって来たのは、先週看板の隙間から覗き見た人物だった。
「初めまして。柿芝です」
学校から帰ってそのまま来たのか柿芝の服装は学ランだった。
「俺は高尾龍太。よろしくな」
柿芝のいきなりの登場に内心驚きつつもとりあえずあいさつを交わす。
「私は天野鞠亜、よろしくね。もしかして先週咲耶ちゃんにラブレター出してたのって柿芝君?」
そして柿芝の名前を聞いた鞠亜は早速先週の手紙のことを問う。
「はい。ラブレターと言うよりは果たし状に近かった気もしますが、以前から学校で明らかに異質な生霊のような何かを視ることがあったので、その生霊の主のことは前々から気になっていたんです」
柿芝はそう言って窓際に居た雛月の方を見た。
雛月は視線に気づくとバツが悪そうに軽く笑って消えた。
「ところがある日、とある場所にこっそり隠していたある物を盗られまして、その物の性質上そんなことができそうな人間は身近には生霊の主である鈴木先輩しか思い当たらなかったので手紙を出して鎌をかけてみました」
とあるの場所のある物とは、言わずもがな廃屋で折り鶴に集められていた恐怖という感情のエネルギーのことだろう。
つまり、柿芝は以前から雛月の存在に気づいていて、廃屋のエネルギーが雛月に食われて消えたとき、すぐに犯人だと思い当たる程度には咲耶を警戒していたということになる。
「それで、どうなったんだ?」
その後柿芝が咲耶を呼び出して何があったのかは覗き見ていたので知ってはいるが一応聞いてみる。
「盗られた分は利子をつけて返してもらいましたし、鈴木先輩が予想外に友好的で、話してみると面白かったのでなんだかんだで友達になりました」
柿芝はニコッと屈託の無い笑みを浮かべた。
あの後咲耶とはすっかり打ち解けたようだ。
「柿芝君がいれば、奴の攻略もより成功率が上がると思うわ」
咲耶はまた力強く言った。
「ところで奴って誰ですか?」
柿芝が出された麦茶を少し飲んでから咲耶に尋ねた。
俺もさっきよりも詳しい答えを期待したが、咲耶はさっきと同じ強くてヤバイ土地神だという説明を繰り返しただけだった。
「まあそいつのことは夏休みが終わるまでの長期目標にするとして、当分の目標はソイツを倒せるだけの力を雛月に付けさせること。そして、そのための作戦と意見交換をしたいのよ」
咲耶は力強く言い切った。
「おい、俺や鞠亜はともかく柿芝はまだ手伝うとも言ってないだろ」
「いいですよ。面白そうですし、僕の方も代わりに頼みごとを聞いてもらう約束なので」
咲耶の話の進行が強引なので突っ込んでみたが、どうやら柿芝とは既に話はついているらしかった。
その後、主に咲耶と柿芝の間で喧々諤々の意見が交わされ、夏休み中に雛月の大幅なレベルアップを目指す計画が組まれた。
そしてある程度話がまとまり解散となった時、咲耶が俺に言った。
「龍太、今回の乃亜や蛇神や夏休みの計画のことについては健さん達には絶対話しちゃダメよ。口止めされていることは話してもいいけれど、それ以上のことは絶対に話さないで。これからのこともよ。色々面倒になるから。鞠亜と柿芝君もさっき話した事は他言無用でお願い」
俺はしぶしぶ了承し、鞠亜と柿芝もそれに了承した。
「なあ、親父は普段の寺の仕事とは別にお祓いとかやってるけどさ、それができるようになるにはどうすればいいんだ?」
「お前にはまだ早い」
それは俺が幼稚園の頃から幾度と無く繰り返された会話だった。
昔、うちの寺で倒れた鞠亜を助けたり、心霊関係で寺に助けを求めてやってくる人達を助ける親父の姿は俺にとってはヒーローそのもので、そんな親父の姿は小さい頃から俺の憧れだった。
事あるごとに俺はどうやったら親父のようになれるのかと親父に尋ね、そのたびにまだ早い、時期が来たら等と言われていた。
今までは素直に親父のその言葉を聞いていたが、今回ばかりはそれで話を終わらせる気にはなれなかった。
「鞠亜と咲耶を守りたい。今じゃないと取り返しがつかなくなるかもしれないんだ」
「その今だからダメなんだ。鞠亜ちゃんと親しくよく一緒に行動する状態で、咲耶ちゃんにも干渉を受けている、精神的に不安定な年頃の今だからダメなんだ。そして不安定なのは鞠亜ちゃんと咲耶ちゃんも同じだ。今お前が二人を地に足を着けて支えてやら無くてどうする」
親父の言いたいこともわからないではなかったが、俺にはその言葉が現状に合っているようには思えなかった。
気がつくと俺は自分の部屋に戻ってベッドに寝転がっていた。
頭がぼんやりする。
確か親父と話した後、夕食を食べてまた親父の書斎で少し話したような・・・
話した内容は夕食前に話したことの延長だった気がするが、頭にもやがかかった様に思い出せない。
何気なく左手を見ると、手首に数珠がついていた。
そういえば、親父からお守りとして貰ったような気がする。
ぼんやりとそんなことを考えていた時、ふすまの向こうから声がした。
「龍太~入ってもいい~?」
そしてその声と同時にふすまをすり抜けて雛月が入ってきた。
「入っていいか聞くなら返事が聞こえてから入れよ」
体を起こしながら文句を言うと雛月がむくれながら言った。
「なによ、人がせっかく心配して見に来てあげたのに」
「は?何だよ心配って」
「だって今日なんだか元気なかったじゃない。龍太が今日の集まりの中で一番怪異に対して非力だから、自分の存在意義に悩んでないかと思って来てあげたのに」
その言い回しについては若干カチンときたが、雛月の言葉はあまりに的確で何も言い返せなかった。
「別にいいんだよ、龍太が何もできなくてもそこにいることに意味があるんだから。龍太と一緒にいるとね、私の存在がより強固になるんだよ。それは咲耶が私を作った大元の部分にも関係があるから。だから悪霊だとか土地神だとか、そういうのを取り込んでも私が私でいられるんだし」
雛月はそう言って俺の前に立った。
「だから龍太はただ私と一緒にいればいいの。だけどね、もしそれじゃあ情けないって言うなら・・・」
雛月はそう言って俺の頭の上に右手を置いた。
「龍太が強くなればいい」
雛月がそう言った瞬間、俺の頭上でバチッと大きな音と軽い衝撃がした。
「何するんだよ!?」
俺は驚いて雛月を見たが、雛月の顔も俺と同じように驚いているようだった。
「・・・龍太、今何したの?」
「は?何かしたのはそっちだろ?俺は何もしてねえよ」
俺がそう答えると雛月はしばらく俺を見て黙り込んだ後、
「・・・・・わかった。これについては他の方法を考えてみる」
と言って雛月は帰ってしまった。
何が起こったのかわからなかったが俺の頭頂部には依然違和感があり、不安になって携帯で写真を撮って確認もしたが、ハゲてはいないようだった。
将来寺を継いだら剃る予定とはいえ、せめて学生のうちは髪のある頭でいたい。
しかし、失敗に終わったようだったが、雛月は一体今何をしようとしたのだろう。
翌日、午前中に終業式を終えた帰り道、咲耶は上機嫌だった。
「とりあえず今日は四人の夏休みのスケジュールをあわせるために二時に私の家に集合だ」
帰り道、そう言って楽しそうに別れたのだが。
しかしそれから約三時間後、玄関先で俺を出迎えた咲耶のテンションは随分と低かった。
なぜか咲耶の部屋に通され、既に来ていた鞠亜と柿芝と合流した後、咲耶の様子があまりにもおかしいので何があったのか尋ねてみた。
「お母さんが、帰ってきたのよ・・・」
咲耶は重々しい口調でそう言った。
瞬間、鞠亜の表情も凍りつき、俺はああそういうことかと咲耶の様子に合点がいった。
「あの、鈴木先輩のお母さんってどんな人なんですか?」
俺達の反応を見て柿芝が不思議そうな顔で聞いてくる。
輝美さんのことを知らないのだから当然の反応だろう。
「一言で言うと・・・・・覇王かしら」
神妙そうな面持ちで咲耶が呟いた。
「いや、自分の母親に対してその説明はどうなんだよ」
俺はすかさずつっこんだが、内心その表現に少し同意した。
次回更新予定は10/25です。




