#19 主導権
「・・・ねえ龍太、龍太は咲耶の事好き?」
雛月はしばらく黙った後、唐突に聞いてきた。
さっきは何を考えているのかと一瞬肝が冷えたが、雛月は特に何か考えていた訳ではなさそうだ。
「え、まあな、小さい頃からずっと一緒だったし、兄弟みたいな感じだな」
ふーん、と興味ありげに相槌を打つ雛月を見て話題がすっかりそちらに移ったと気づき内心胸をなでおろした。
「じゃあ鞠亜は?」
「何で鞠亜が出てくるんだよ・・・・・まあ、す、好きだよ・・・」
「へぇ・・・」
雛月はニヤニヤとしながら俺の顔を覗き込んでくる。
「ふぅん、そうなんだぁ・・・へぇぇ・・・」
さっきとは打って変わってわざとらしく相槌を打ち続ける雛月はなんとも憎たらしかった。
「なんだよ、別にそんなんじゃねえよ!」
「え?そんなんって、どんなの?ねえどんなことを指してるの?」
更に雛月は楽しそうに追求してくる。なんかムカつく。
ここは下手にしゃべらない方がいいかもしれない。
「別に・・・」
そう言って雛月から逸らした瞬間、急に雛月に殴られた。
正確には雛月の拳が俺の頭を突き抜けただけなのだが。
「うわっ!いきなり何するんだよ!」
抗議する俺をよそに雛月は立ち上がると、俺を指差して高らかに宣言した。
「龍太がどんなに鞠亜のことが好きでも、鞠亜の一番は咲耶なんだからね!」
雛月はそう言うと壁を突き抜けてどこかに行ってしまった。
一体なんだって言うんだ。
しかし、さっきの会話で咲耶と雛月のことでわかったこともある。中村さんはどこまで視えているのだろうか?
俺は携帯を取り出して中村さんに電話をかけてみた。
すぐに中村さんと繋がった。
「やあ龍太君。そろそろ電話が来るんじゃないかと思ってたよ」
「まあ、色々あって。これからも色々ありそうなんですけど、親父からどこまで聞いてます?」
「咲耶ちゃんがもう感覚を伴った幻覚を見せられて、タルパを使った遠隔透視もできるようになったって所までかな」
やはり既に親父から先週起こったことは伝わっているようだった。
「あの、そのことでさっき雛月と話したらわかったことがあって、咲耶が一度に干渉できる人間はそんなに多くないみたいなんです。それに、雛月がこのまま強くなり続けると、咲耶が死ななくても雛月を手に負えなくなるかもしれないです」
中村さんの反応は思ったよりも落ち着いていた。
「そうか、詳しく聞かせてくれるかな」
俺はさっき雛月と話した事を事細かに中村さんに説明した。
「結論から言うと、それはどちらもあまり問題ないよ。咲耶ちゃんが一度に干渉できる人間が少ないのは、パソコンで言うメモリが少ないからで、一度に処理できる情報にに限界があるだけだよ。タルパと言うのは術者の脳の一部を貸して別の人格を飼っているようなものなんだけど、雛月ちゃんは更にそこから咲耶ちゃんのイメージを核として、外部の霊的エネルギーを取り込んで、雛月ちゃん自身がある程度の力を持った霊的存在にクラスチェンジしたんだ。そして雛月ちゃんが他の霊的存在を取り込むたびに雛月ちゃんの存在は大きくなり容量も重くなる。それと同時に雛月ちゃんの処理能力、つまりメモリもその分増強される」
だからね、中村さんは一度言葉を切った。
「今後は咲耶ちゃんの代わりに雛月ちゃんが周りの人間に対して干渉を行って、咲耶ちゃんは雛月ちゃんにだけ干渉して雛月ちゃんに指示を与えればいいんだ。咲耶ちゃんではなく雛月ちゃんがメインメモリになる感じだね。それでさっきの雛月ちゃんがこのまま強くなると咲耶ちゃんの手に負えなくなるって話たけど、それはやり方だよ。雛月ちゃんを構成している核の部分は咲耶ちゃんが存在している限り変わらない。いうなれば咲耶ちゃんは雛月ちゃんの魂そのものなんだ。だから咲耶ちゃんがそこだけに焦点を当てて雛月ちゃんに干渉すれば、どんなに雛月ちゃんが強大な存在になろうと、問題なく咲耶ちゃんが雛月ちゃんを支配できるはずだよ。それもこの調子ならすぐできるようになるんじゃないかな」
ということは、さっきの雛月にうっかり言ってしまった雛月が主導して干渉をするというのも、結果的にはそうする事になるし、別に問題は無かったのか?
「あの、ところで神人って、結構そこらにポンポンいるものなんですか?」
「そんなにポンポンはいないと思うけど、もしかして前に話していた廃屋の仕掛けのこと?」
「はい。その仕掛けを作った奴が今日咲耶の前に現れたんです。俺達の一個下で、咲耶が今日一日雛月をソイツに張り付かせて観察してたみたいなんですけど、いざ干渉しようとしたら弾かれたみたいなんです」
俺が言い終わると中村さんは考えているのか少し黙った。
「廃屋の仕掛けも今の咲耶ちゃんの干渉を防ぐのも、ある程度の訓練を積めば神人じゃ無くてもできるんだけど、その子の年齢も気になるな。その子のこと、できるだけ細かく教えてくれるかい?」
俺は柿芝悠人のことを知っている限り話した。
と言っても俺達と同じ学校の生徒で、歳は俺たちの一個下、後は名前と外見くらいしかわからなかったのだが。
「そうか、ありがとう。彼についてはこっちで調べてみるよ。何かわかったら龍太君にも報告する」
「はい。よろしくお願いします。それと一つ聞いてもいいですか?」
「なんだい?」
「たとえば、今から今年の冬までの間に俺が何かしら修行なり訓練をして、鞠亜や咲耶の未来をどうにかできるレベルになりますか?」
俺は先週中村さんに俺なら鞠亜と咲耶の未来を変えられると言われてからずっと気になっていたことを聞いてみた。
「結論から言うと龍太君が望む結果は得られないね。それどころか咲耶ちゃんの干渉を受けて更に鞠亜ちゃんとも親交が深い状態でそんなことしたら、二人を救うどころかより被害を広げるだけだと思うよ」
中村さんの返答は俺の思ったとおりのものだった。
咲耶と鞠亜の危険さはなんとなくわかったが、これから一年足らずでその二人の未来を霊的な方面の力でどうこう出来るとはとても思えなかった。
「つまり、中村さんが俺に求めているのは咲耶を中村さんの言う道徳心のある慈悲深い人間にするとかそういうですか?」
先週の中村さんの口ぶりからして、俺にさせたいのはそういうことのような気がしていた。
しかし中村さんの答えはなんとも拍子抜けするようなものだった。
「まあそれも関係あるけど、今はとりあえず咲耶ちゃんと鞠亜ちゃんの仲を取り持ちつつ、雛月ちゃんの機嫌を損ねないでくれれば良いよ」
「・・・はあ、そうですか」
それでは今までと何も変わらない。
しかし予言のことを考えると、鞠亜と咲耶の関係を悪くしないことは重要なのだろう。
それに、雛月のことも近くで監視しつつ様子を伺うと言う意味では、鞠亜と咲耶の幼なじみで雛月になつかれている俺が適役なのだろう。
「もし、咲耶を助けたとして、鞠亜はその後どうなりますか?」
「・・・どうなる、と言うのはどういうことを指しているのかな?」
その返事からはあまり答えたくなさそうな雰囲気を感じられた。
「鞠亜は、このままだと自分の引き寄せた悪霊に取り殺されるんじゃないか、ということです」
「そうなるね。でもそのことについては僕等ではもうどうにかできる状態じゃないよ。もし何とかできるとすれば、咲耶ちゃんくらいかな」
「それは、もし雛月が鞠亜に寄ってきた悪霊を片っ端から取り込んでそれを咲耶が完全に制御できるのなら、鞠亜の寿命も少しは延びるかもしれない。ということですか?」
「うん、まあ大体そうだね。制御できればだけど」
中村さんの答えはどこか否定的だった。
しかし、鞠亜を助けられる可能性も、ゼロじゃないようだ。
そうなるとやっぱり咲耶が雛月をコントロールできるかどうかが鍵になってくる。
そのことについてはさっき中村さんが問題ないとは言っていたが・・・
中村さんとの電話を切った後、なんとなく窓の外を見ると大学生くらいの男の人三人がよくウチに清掃のボランティアに来てくれるおじさんに付き添われてやって来た。
三人は何かに怯えている様子だった。
俺はこっそり階段の上から玄関でのおじさんと親父の話にこっそり聞き耳を立ててみた。
「この三人が一昨日山の中の廃屋に肝試しに行ってから黒い影に付きまとわれているらしい。あそこにはそんな祟られるような謂れ(いわれ)は無いと言っても黒い陰がそこにいるの一点張りで・・・」
自分の耳を疑った。
咲耶が廃屋の黒い影の本体を雛月の餌にしたのが先週。つまりあの3人に黒い影が一昨日憑いたということは、咲耶が仕掛けを壊した後新しく同じものが設置された事になる。
なぜ、そうまでして柿芝は人の恐怖のエネルギーを集めなければならないのだろう。
何か嫌な予感がした。
気がつくと俺は咲耶に電話をかけていた。
「もしもし龍太?何か用か?」
「ああ、ちょっと聞きたいことがあってな、今大丈夫か?」
「ああ、平気だが」
「今、一昨日廃屋に行って黒い影に憑かれたって人達が来たんだけど」
「まあ、先週のは溜まってたエネルギーを貰っただけで、仕掛け自体は破壊しなかったものな」
「・・・は?」
自分でもかなり間抜けな声が出たと思う。なら先週の廃屋での出来事はなんだったのか。
「霊体だけで行ったんだから物理的な仕掛けの大本は破壊できないだろう?それに、これから仲良くなりたい相手の仕掛けを完全に壊したら、印象が悪くなるではないか」
咲耶が当たり前のように言い放つ。
「つまり、目的は廃屋の様子を見てあわよくば溜まってるエネルギーだけつまみ食いすることだったってことか?」
「メインはあくまで廃屋の調査だ。実際どんな仕掛けがされてるかわからなかったし、だから万が一のために霊体だけで行った訳だったんだが、溜め込んだエネルギーの割に大して強くなさそうだったから、ついそのまま雛月の餌にしてしまったな」
電話の向こうで咲耶はケタケタと笑う。
「相手が溜め込んだエネルギーを盗み食いするのは印象を悪くするとは思わないのか?」
「まあ心霊スポットとしてもあそこはすっかり有名になっているようだったし、仕掛けさえ残っていればエネルギーはすぐまた溜まるだろう。それに仕掛けを作った相手に対して多少は私の存在をアピールしておきたかったしな」
「咲耶はなんでそんなに廃屋の仕掛けを作った奴と仲良くなりたいんだよ?」
俺は少し呆れながら咲耶に聞いた。
「例えるなら、あとちょっとのところでクリアできそうでできないゲームのための攻略本が欲しいのだ。もしくは攻略仲間と言うべきか」
たぶんそれは、鞠亜に引き寄せられてくる悪霊のことを言っているのだろう。
「言いたいことはわかるけど、それなら他にも相談できる相手はいるんじゃないか?俺の親父とか、中村さんとか、咲耶の母さんとか」
「母は昔それに近いことを相談した時、そんなの自分で解決しろとしか言わなかったし、中村さんは信用できない。健さんだって中村さんとの繋がりがある以上頼ることはできない」
「どうして中村さんをそんなに警戒するんだよ?」
「言ってる事が信用できないというか、自分の都合の良いように私達を誘導しようとしている気がするのだ。もしやることが同じでも、誰が主導して事を進めるかによって最終的な結果は違ってくるのではないか?」
そう言うものだろうか、誰が主導するのであれ、やることが同じなら結果も同じだと思うのだが。
「なあ龍太、ところでもうすぐ夏休み前の林間学校な訳だが」
俺が黙っていると、咲耶が急に話題を変えた。
「そこに鞠亜が参加したい言ったら、どうする?」
「え、鞠亜大丈夫なのか!?」
鞠亜は小学校の時から林間学校や修学旅行には家の都合や体調不良を理由に参加してこなかった。
今思えば出先で変なものに憑かれないようにということなのだろうが、より深刻な状況になっているこの時期に2泊3日の林間学校に参加するというのはどういうことなのだろうか。
「大丈夫なわけ無いだろう。ただ、鞠亜がこの前『どうせなら最後に泊まりでの学校行事に参加したかったな』と言っていたのでな」
「・・・何が言いたいんだよ」
「林間学校が無理でも、夏休み中に泊まりで遠出することはできるんじゃないかと思っただけだ」
「言っとくが夏休み中は、寺の大掃除とかお盆参りとか他にも色々あるから親父は忙しくて無理だぞ」
俺がそう言うとそれもそうだなとあっさり咲耶は引き下がった。
しかし、その声はなぜが楽しそうで明らかに何かを企んでいる様な気がしてならなかった。
「お前はなんでそう鞠亜を危険に晒すようなことばかりしようとするんだよ」
「何を言う、これも鞠亜のためだ」
鞠亜のため、そう言う咲耶の声は相変わらず笑っていた。
「雛月を強くして鞠亜を守りたいにしても、もっと他にやり方があるだろう。それで無理してお前も返り討ちに遭ったら目も当てられないだろ」
「・・・龍太、私が鞠亜に寄って来る奴等に負けるとでも思うのか?」
急に咲耶の声が真剣な物になった。
「何言ってんだよ、この前も自分で歯が立たなかったとか言ってただろ」
「それは昔の話だ。それに、龍太は随分と中村さんの言ったことを気にしているようだが、もし本当にこのままだと私が鞠亜に殺されそうで、それを本気で阻止したいのなら私と鞠亜を危険だと思われる期間中、引き離したら良いんじゃないか?」
「いくらなんでもそう簡単に他所の子供をどうこうはできないだろ」
「中村さん曰く、私は新世界の支配者なんだろう?本気でそう思っているのならそれ位多少強引にやってもおかしくないんじゃないか?そうしないということは、もしかしたらあえて危険な状況を作り出して、私達に有る事無い事吹き込んで私と鞠亜を殺し合うようにしむけたいんじゃないか?」
「それは、いくらなんでも話が飛躍しすぎだろ」
「そうかもしれないがな、少なくとも中村さんはコレと同レベルのぶっ飛んだ話をドヤ顔で語っていた。ということを忘れるなよ」
咲耶の声は平静を装っていたが、不機嫌な様子だった。
次回更新予定は9/27です。




