#14 無制限混沌の歌( アンリミテッド カオス スクリーム)
はぁ?
鞠亜が天使?
まあそりゃ鞠亜はマジで天使みたいだけど。
鞠亜自身が善良すぎて狙われる。とか、咲耶はそういうことを言いたいんだろうか?
色々考えているうちに、咲耶はどんどん先に進んで行ってしまう。
とは言っても廃屋はすぐそこという所まで来ていて、道路脇の木々の上に廃屋の屋根が見えていた。
咲耶は廃屋の前まで行くと立ち止まっていたので、俺ものろのろと自転車を押しながら咲耶の所まで歩いて行った。
異変に気づいたのは咲耶の隣まで来て正面から廃屋を見たときだった。
「なんだよこれ・・・」
廃屋全体をなんとも言えない禍々しい雰囲気が包んでいた。
直感的にここに入ったらヤバイと思った。
「その反応からすると、前に来たときとは違うみたいだな」
咲耶は目線を廃屋に向けたまま淡々と話す。
「ああ、前来たときはただ嫌な感じしかしなかった」
「そうか、じゃあ行くぞ」
俺の言葉を聞くと、咲耶は今の話を気にも留めていない様子で歩き出した。
「おま、躊躇無しかよ!」
俺が思わずそう言うと、咲耶は立ち止まって振り返った。
「なんだ恐いのか、ならそこで待ってろ。30分くらいで戻る」
咲耶はそう言うと廃屋の方へ歩き出した。
「い、行かないとは言ってないだろ!」
咲耶の言葉にカチンときた俺は自転車を廃屋の脇に泊めて咲耶の後を追った。
廃屋に入ると、まだ明るい時間なのに妙に薄暗い気がした。空気も重い気がする。
家の中のものは普通に見られる明るさだけど、前に来た時はもう少し明るくなかったか・・・?
「それで、お札というのはどこにあるんだ?」
「2階の部屋の押入れの中だよ。案内する」
口で説明するのも面倒だったので、咲耶を引き連れて2階のお札の部屋まで案内する事にした。
途中、この前来たときよりゴミが増えてたり、誰かが暴れた後なのか、ドアが外れて机とセットの椅子が倒れているところがあったりして、それはそれで嫌な感じだった。
「ここだ」
例のお札がびっしり貼ってある押入れの部屋に入ったが、この部屋は特に変わった様子は無かった。
「ここでオルカは黒い影をみつけたのか」
咲耶は右手で手近なお札をなでて興味深そうに見ながら俺に尋ねる。
「らしいな。俺は全く気づかなかったけど」
「その時、オルカに何か変わったことは無かったか?」
「無いと思うけど、あ、でもお札見たときびっくりしてたな。その後、帰り道が分かれるところまでしばらく俺の袖を掴んでたけど。あの時はただ恐がってるだけかと思ってたんだが、今思えばあれは急に出てきた黒い影に怯えてたんだな」
俺がそう言うと咲耶は考え込むようにしばらく黙った後、俺の前に左手を差し出した。
「龍太、ちょっと手出せ」
早瀬が黒い影を見た状況を再現したいのだろうか?よく分からないまま俺が手を差し出すと咲耶は俺の手を握った。
・・・一瞬、視界が揺らいだような気がした。
その時、ふと押入れの中を見ると、長い黒髪を振り乱し、青白い顔を90度以上傾け蛇のような長くて赤い舌を出してニタニタと笑う女がいた。
「ひっ!?」
俺はかなり情けない悲鳴をあげて、握ったままだった咲耶の手を引き寄せて一気に後ずさった。
その時、後ろに気配を感じて振り向くと黒い人型の影が俺達を見下ろしていた・・・。
逃げ出したいのに、俺の両足は床から離れなかった。
叫ぼうとしたのに、声も出せない。
「成功だな」
咲耶が随分と誇らしげに言った。
何を悠長に話してるんだよ!
今はそれどころじゃない!!
目の前には黒い影、後ろにはヤバそうな女が!!!
・・・あれ、いない?
押入れの方を振り向くと、さっきまでいたはずの女がいなくなっていた。
しかし、また後ろを振り向くと黒い影はそのまま何をするでもなく俺達を見下ろしている。
・・・まさか!
俺は咲耶の方を見た。
「・・・咲耶、さっき成功とか言ってたけど何をやって何に成功した?」
できるだけ平静を装って咲耶に話しかけた。
「黒い影は人の恐怖心に反応して出てくるのかもと思って、龍太に恐怖を覚えるような幻覚を見せて反応見てた」
クソッ!やっぱりか!
自分の顔が羞恥と怒りでみるみる赤くなっていくのがわかった。
しかし、それと同時に今朝の中村さんの言葉を思い出した。
既に咲耶は雛月以外の幻覚も見せられるのだ。
変に機嫌を損ねない方が良いかもしれない。
「なかなかに面白い。私の波長だと見えないのに、龍太の波長に私の波長を合わせると影が見えるようになる」
咲耶が何を言っているかはわからないが、黒い影の周りをぐるぐる周って観察しているのはわかった。
「雛月、ちょっとコイツ殴ってみろ」
咲耶がそう言うと雛月が急に空間に浮かび上がったみたいに現れた。
「りょーかい」
言うが早いか雛月は黒い影の腹を軽い動きで殴った。
黒い影は殴られるとあっさりと消えてしまった。
・・・あまりにあっさりというか、弱すぎないか?
咲耶と雛月も若干驚いたような顔をしていた。
「・・・これはただの餌を取ってくるだけの分身かもしれぬ」
ぼそりと咲耶がつぶやく。
「分身?」
「本体が別にいて、そいつを倒さないと無限に今の黒い影が出てくるだろうということだ」
そう言うと咲耶はあたりをキョロキョロ見回し始めた。
「何探してるんだよ?」
「いや、今の黒いのはうっかり消してしまったので、他にもう一体いないかと思ったのだが・・・」
そう言うと咲耶は繋いだままになっていた手を見つめる。
「な、なんだよ!もう種はわかってるんだからそう簡単に・・・」
簡単にはひっかからない。そう言いかけたとき、俺の頭の上にぽたり、と水滴が落ちてきた。
見上げると目と鼻の先に血走った目をした青白い肌の男が、逆さまに吊るされながら自分の両手のすべての指を噛みながら血を滴らせ、恨めしそうに俺を睨んでいた。
「ひゃっ!?」
思わず俺は後ずさり尻餅をついて咲耶から手を離した。
瞬間吊るされた男は霧のように消えてしまった。
今のも咲耶の幻覚なのか?
思わず頭のさっき血が落ちてきたあたりを触った。
特に濡れた様子も何も無い。さっき確かに滴っていた血が頭に落ちてきたはずなのに・・・。
「成功だな」
と言う咲耶の目線を追っていくと、またさっきの黒い影が立っていた。
「立てるか?」
咲耶はそう言って左手を差し出す。
しかし俺はその手を握る気にはなれなかった。
咲耶は、もう雛月以外の幻覚を見せるだけでは無く、かなりリアルな感覚まで再現できる。
「人は思い込みだけで死ねるんだよ」
そんな中村さんの言葉を思い出した。
「ん?あの黒い影、さっきより大きくなってないか?」
咲耶が黒い影を見ながら言った。
見てみると確かにさっきより影は少し大きく、よりどす黒くなっていた。
「もしかしたら、恐怖の度合いによって影の大きさや、強度は変わるのかも知れんな」
咲耶は淡々と黒い影に関する考察を述べる。
「そんなことより、どうするんだよアレ!」
俺は床から立ち上がって抗議した。
「せっかく消したのにまた黒い影を出して、何がしたいんだよ!」
そんな俺を尻目に咲耶は黒い影の周りをグルグルと周りながら観察していた。
「どこかに本体がいるはずなのだが、この影からじゃ全くわからんな・・・」
黒い影は咲耶がどんなに近づいても攻撃をしてくる様子は無い。
「恐らくコイツは廃屋で少しでも恐怖心を抱いた奴に反応して現れて、影を見た人間の恐怖心を吸って成長する。さっきの脆さを見る限りコイツに戦闘力は無い。ただ恐がらせて、恐怖心を吸うだけのものだろう。今みたいに条件が揃えば次々に出てくるという事は、やはりどこかにその本体がいるはずだ。コイツ等に餌を持ってこさせて力を蓄えてる奴がな」
咲耶はそう言って考えだしたが、その話だとまるでこの影が人間に着いてまわって、恐怖心を吸うだけで特に害が無いみたいな言い方だ。
「待てよ、でもこの黒い影が付いてきてケガや病気になった奴もいるって聞いたぞ!?」
「肝試しに来て恐い思いをした人間の前に黒い影が現れて、四六時中着いてまわったら何も無くてもさぞ恐いだろう。自然と注意力散漫になるし、気持ちも滅入る。何か悪い事があればすぐこの影のせいだと思うし、その恐怖心を吸った影はどんどん成長していくしでまた恐い。何もしなくても勝手に恐怖心を貢いでくれる相手が完成するわけだな。もっとも、この影程度ならお祓いなんてしなくても、塩やファーブリーゼあたりで簡単に消えるだろうが」
こいつはそれくらい弱い。
黒い影を指差しながら咲耶が言う。
つまり、この廃屋に入る前に感じた禍々しさは、この影の本体が出していたものなのだろうか。
「龍太、おまえならこの影の本体を見つけたい時、どうする?」
黒い影を見上げながら咲耶は俺に尋ねる。
「俺ならそんな事は考えずにこの影をこの場で消して帰る。早瀬みたいに家まで着いて来られるのは嫌だからな」
意見を俺に求めるのは間違っている。
正直言えばこの黒い影に害が無いとわかった時点で、こいつに塩をかけて消して、家に帰って寝たかった。
「・・・そうか、その手があったか」
しかし当の咲耶は今の俺の話を聞くと感心するように頷いた。
「なんだよ大人しく帰るのかよ?」
「そんな訳無いだろう」
咲耶は不敵な笑みを浮かべ、雛月の右腕を掴んだ。
そして人形のパーツをはずすように雛月の腕をもいだ。
目を疑った。
咲耶は雛月に触れるのかとか、当の雛月は右腕を取られてなんで平然としているのかとか思ったが、そんなことを言ってもたぶんコイツ等にはきっと理解されないんだろうな、という確信があったので特に何も言わなかった。
咲耶は雛月の腕を黒い影に押し当てた。
すると雛月の腕は黒い影に同化するように吸い込まれていった。
「準備完了だ。コイツを殴れ雛月」
咲耶がそう言うと、
「よしきた!」
雛月はそう答え、さっきと同じように左手で黒い影を殴った。
黒い影はまたさっきと同じように消えていったが、咲耶は何がしたいんだ?
「これでどうなるんだよ?」
俺が尋ねると咲耶が随分と自身ありげに答えた。
「本体の場所がわかる」
「さっきの黒い影に雛月の右腕を仕込んで消した。と言う事は消えた影は雛月の腕と一緒に本体へ帰るだろう?だからこっちは雛月の右腕の気配を追って影の後を着いて行けばいい」
咲耶がそう言うと雛月が咲耶以上に得意満面の笑みを浮かべて俺の前に立った。
「本体の場所はもう解ったよ、あの押入れの上の天袋の中の、折り鶴がアイツの本体!」
雛月はそう言って左手でお札が貼られている押入れの上の天袋を指差した。
近いにも程がある。外にはあんなに禍々しいオーラが出てたのに、なんで本体のある押入れは全然そんな雰囲気を感じないんだ?
「というか、折り鶴?」
「たぶんそれを寄り代にしていたのだろう。という訳で龍太、肩車だ」
そう言うと咲耶は押入れの前に立って催促をしてくる
まあ咲耶の身長では明らかに届かないのでとりあえず咲耶を肩車する。
肩に乗せた咲耶は、思っていたよりずっと軽かった。
咲耶は天袋を開けるとすぐに折り鶴を見つけたらしくすぐに下ろすように言ってきた。
「これだ」
そう言って咲耶は白い折り鶴を見せてきた。
「何だよコレ・・・・」
咲耶に見せられた折鶴は、見ただけで気分が悪くなるほどどす黒い何かを纏っている様だった。
本当に、何でこんなのがすぐ目の前の天袋の中に入っていたのに気づかなかったんだろう。
「凝縮された恐怖、と言ったところだろうな。集めるのが一つの感情に特化している分、より濃密なものになっているようだ。」
咲耶は興味深そうに見ているが、俺は正直それを見るだけで既に気持ち悪かった。
「さて、それじゃあ龍太ちょっと下がっていろ」
折り鶴をしばらく観察した後、咲耶はそう言って部屋の中央まで歩いていくと斜めがけの鞄から灰皿を出して折り鶴を乗せ、ライターで火をつけた。
「雛月、食事の時間だ」
咲耶がそう言った瞬間、炙り出される様に燃える折り鶴の上にもがく大きな黒い影が視えた。
影は逃げようとしたのか次々と分裂して蜘蛛の子を散らすように逃げようとするが、どういう訳かドアだって開けっ放しなのに、部屋からは出たくても出られない様子だった。
「折り鶴の波長に合わせて部屋の周りに壁を作った。お前達は私を殺さない限りもう出られない」
咲耶が邪悪な笑みを浮かべる。
影達はその咲耶の言葉に一瞬動きを止めると、寄り集まって2メートル程の大きな影になり、咲耶に向かって飛び掛っていった。
しかし雛月が咲耶の前に立ちはだかる。
「「無制限混沌の歌( アンリミテッド カオス スクリーム)!!!」」
いつだったか、俺が適当に薦めた技名を咲耶と雛月が叫んだ。
雛月は叫びながらも影の懐に入って左手で影を殴り飛ばした。影は殴り飛ばされた後、反対側の壁に強く打ち付けられた。
・・・無制限混沌の歌とか言う割に、やることは技名を叫んで殴るだけかよ。
影の方はというと壁に打ち付けられた後、横たわったまま悶絶するようにもがきだした。もうすぐ依り代の折り鶴が燃え尽きるんだろう。
雛月は悶絶する影に近寄ると、楽しそうに蹴りを何度も入れていた。
・・・・・えげつねぇ。
影は雛月が蹴るたびに小さくなっていき、最後には手のひらサイズになっていた。
雛月は手のひらサイズになった影をつまみ上げると、そのまま口に持って行き、ごくりと丸呑みしてしまった。
影を丸呑みした後、気がつくと雛月の手は元通り生えていた。
「あの折り鶴、蓄えていたエネルギーは結構な量だったはずなのに、溜め込んだエネルギーに対してびっくりする程弱かったな。まるでエネルギーを貯め込む事だけに特化されたような・・・」
咲耶はそう言いながら押入れの中のお札をもう一度なでた。
「それにこの仕掛け、素人のイタズラから自然発生したにしてはよくできすぎている、天袋の方もたぶん依り代の気配を遮るようなものが施されていたはず・・・」
咲耶が詳しく聞いて欲しそうに何かブツブツ言い出した。
俺も咲耶の言ってる事は妙に引っかかったので尋ねてみる。
「つまりどういうことだよ?」
「この廃屋の仕掛けを意図して作った奴がいるということだ」
そう言う咲耶の目は、近年稀に見る輝きを放っていた。
次回更新予定は8月23日です。




