#13 神人(カミビト)
「つまりね、僕達が防ぎたいのは正確には咲耶ちゃんの死なんだよ。鞠亜ちゃんとのことだって、一番近い咲耶ちゃんの死の可能性が鞠亜ちゃんに殺されることというだけさ。僕達は咲耶ちゃんの死を阻止したい。そうしないと雛月ちゃんは僕らの手にも負えなくなるからね。そして行く行くは、咲耶ちゃんに力のコントロールを覚えてもらって僕らの仲間にしたいんだ」
中村さんがニコニコと楽しそうに話す。
「仲間・・・?」
俺はなんとなくその中村さんの言葉に違和感を感じた。
「そう、咲耶ちゃんの力を持ってすれば、僕達みたいな色々な力を持った人間を束ねて、その頂点に立つことができるだろう」
「話が超展開すぎてついていけないんですけど・・・」
思わず俺はそうつっこんだ。
しかし、中村さんは気にも留めずに話を続ける。
「考えてもみなよ、近しい人間の精神に自在に干渉できるんだよ?意識を共有すると言ってもいい。つまりそれだけ相手の精神の深い部分まで彼女は侵入して自在にコントロールする事ができる。そしてそれに必要なのは相手の魂の情報だ。咲耶ちゃんは相手と接することで無意識にこれを読み取っているみたいだけど、僕みたいに相手のことを見ただけで魂の情報を視ることのできる人間や、地球の裏側まで見通す千里眼を持つ人間に自在に干渉できるようになれば、それだけで世界中の人間が彼女の干渉の射程に入るんだよ」
「・・・・・」
「そして咲耶ちゃんが世界中の人間に自在に干渉できるようになった時、同時に世界中の人間のあらゆる力、超能力とか、霊能力とか魔術とか、全部咲耶ちゃんの物になる」
そうなったら無敵だよね、と中村さんは随分と楽しそうに笑った。
「・・・中村さん達は、咲耶をどうしたいんですか?」
話がいきなりでかくなりすぎて思考が停止しそうになったが、かろうじて俺は中村さんに質問をぶつける。
「新しい世界の絶対的な支配者、かな?」
両肘を机の上に乗せて顔の前に手を組んだ中村さんがドヤ顔で答える。
「そんな事してどうするんですか」
「少なくとも世界は今よりもっといいものになると思うけどな、戦争も飢餓もない、みんなが豊かな安定した世界。咲耶ちゃんと僕らならそんな世界を作る事も夢じゃないと思うんだ」
もう大の大人が真剣な顔でここまで言い切ってしまうと、咲耶の中二病なんてかわいいものに思えてきた。
ある意味、咲耶と言ってることは同じなのだが。
俺があまりの話のぶっ飛び具合に呆けていると今までずっと黙っていた親父が口を開いた。
「俺と幸仁の昔からの知り合いの一人に、千里眼を持っている人が居る。その人は時々予知夢なんかも見ていた人なんだが、その人が15年前、ある夢を見たんだ。超越的な、神のような力を持った人間達が、自然を操って大災害をあちこちで起こして今の人類を大量に殺して根絶やしにする夢だった」
親父は腕を組みながら真面目な顔で言ってくる。
「そんなの、ただの夢だろ?」
俺が若干引きつった声でそう言うと親父はため息を吐きながら言った。
「普通ならそう思えるんだがな、その人は基本的にはいつも夢の内容を覚えていない人なんだ。ただ、たまに覚えている夢の内容はどんな大きなことや小さなことでも全部未来に起こるんだ」
親父の言葉に横から中村さんが口を挟んだ。
「たとえば、大きな災害とか、有名人の電撃結婚とか、次の総理の名前とかね」
「そしてそれは、今のところ的中率100%だ」
地球の裏側まで見通せる千里眼とか、そういえばさっき中村さんがそんなこと言ってたような。
もはや俺の中から常識的な日常が遠のいて行くように感じた。
「僕達はその未来を阻止したいんだよ」
「まさか、咲耶を使ってそいつらを倒す・・・とか?」
俺は、ファンタジー過ぎる話に一旦考える事を放棄した。
「まあね、ただこのまま咲耶ちゃんが生き残っても十中八九根絶やしにする側に回っちゃうだろうけどね」
しかし中村さんのその言葉に俺の意識は引き戻される。
「なんでそうなるんですか、少なくとも咲耶はそんな訳の分からない虐殺を好き好んでするような奴じゃないです」
そう、咲耶は中二病で馬鹿で、はた迷惑な奴ではあるがそんな奴じゃない。
少なくとも自分の周りの人間は大切にしようとする奴だ。
「それはね、咲耶ちゃんが完全に進化した新しい人類、『神人』だからだよ」
聞きなれない単語に思わず聞き返す。
「神人?」
「結構昔から予言はされていたんだ。人類が新しい段階に進んで進化した人間のことは。人心を掌握し、あらゆる天候や物理法則を操る圧倒的な、神に等しい力を持つ新人類が今、この時期に現れて世界を変えるってね」
お茶をすすりながら中村さんは続ける。
「ただ彼等の新しく作る世界は、今の旧人類を完全に根絶やしにした神人だけの世界だとも、あらゆるものが共に平和に暮らす豊かな世界だとも言われている。僕が思うに、未来は完全には決まっていないんだ。だからこそ今から咲耶ちゃんを道徳心のある慈悲深い人間に育てれば、皆が幸せになれる未来を作る事だって可能なんだよ」
中村さんは力説したが、俺はある言葉が引っかかった。
「彼、等・・・?」
「そう、厄介な事に神人は一人じゃないんだ。今は世界中に生まれている。一人一人が神の如き圧倒的な力を持っている。今の人類を根絶やしにしようとしているかもしれない。でも、咲耶ちゃんの干渉の力なら彼等を上手いことして従える事もできるかもしれない」
「・・・相手も咲耶と同じことできたら終わりじゃないですか?」
そんな俺の言葉に中村さんは胸を張りながら答える。
「だからこそ、僕達が咲耶ちゃんを全力でバックアップして相手に気づかれる前に彼らの精神を掌握してしまうのさ。咲耶ちゃんは神人の中でもそれらを束ねる存在になるって、さっきの千里眼の人が予言しているしね」
もう、どこまで本気でどこまでが冗談なのか、全部本気なのか全部嘘なのか、それとも夢落ちなのかさえわからなかった。
「ていうか、その計画に俺要らなくないですか?特別な力とかも無いし」
「いやいや、だからこそ重要なんだよ。咲耶ちゃんと一番近しい普通の人間。もし自分が暴走したら真っ先に危害が及ぶ存在がごく身近に居たら、少しは力の使い方に慎重になるだろ?」
「人質ですか・・・」
「それもあるし、同世代の親しい友達、しかも小さい頃から兄弟同然に育った龍太君だからこそわかることやできることがあるんだよ」
何を、とは中村さんは言わなかった。
「でもそれなら鞠亜だって・・・」
言い掛けて俺は口をつぐんだ。
予言のことを思い出したからだ。
「鞠亜ちゃんはだめだよ。占いのこともあるけど、考えが咲耶ちゃんにおもねり過ぎているからね。それに鞠亜ちゃんも一般人じゃないし」
「それは、鞠亜の祟られ体質のことを言ってるんですか」
「正確にはその祟られる元凶のことだけどね。こっちはまだ言えないけど、鞠亜ちゃんの魂は普通の人間の物じゃないんだよ」
その言葉を聞いて、頭から冷や水をかけられたような気がした。
「まさか、それが鞠亜が咲耶を殺す事と関係があるんですか?」
「有るとも言えるし、無いとも言えるね」
ただこれだけは言えるよ、と中村さんは続けた。
「龍太君なら、二人の未来を変えられる。正確には可能性がある。だけどね」
中村さんがまた例のドヤ顔で俺を見つめる。
「・・・・俺はどうしたらいいんですか」
ここまで言われて、何もしない訳には行かないだろう。
「今までどおり咲耶ちゃんと鞠亜ちゃんを気をつけて見ててくれればいいよ。それで何かおかしなことがあったらすぐ教えて欲しい。それと、咲耶ちゃんの力の成長が早いとそれだけ咲耶ちゃんが殺される時が早まるだろうから注意しててくれないかな。大きな力を持つとそれだけ狙われやすくなるからね」
言い終わると中村さんは立ち上がって
「じゃあ今日は2時から予約入ってるからもう行くよ。何かあったらメールでもいいから連絡してね」
と言って玄関にむかった。
親父は忙しい中すまんなと言いながら中村さんを見送りに行った。
客間に残された俺はなんとなく頬をつねってみた。
痛い。
時計を見るともう12時を過ぎていた。
その後俺は昼飯を食った後、中村さんと親父のとんでも話でだいぶ疲れたので自分の部屋で少し寝ることにした。
目が覚めると目の前に咲耶の顔があった。
いや、土曜日の昼下がりに呼んでもいないのに、当たり前のように俺の部屋にいるということは雛月か。
「あ、起きた」
「・・・いつからそこに居た」
「さっき来たとこ。龍太に聞きたいことがあって」
悪びれる様子も無く雛月は答える。
「何だよ?答えるから答えたら出てけ。俺はもう一度寝る」
「廃屋の事なんだけど、これから行くからいろいろ確認しとこうと思って」
それをきいて俺は飛び起きた。
「廃屋に行くって、鞠亜と二人だけでか!?」
俺の気迫に押されたのか雛月がたじろいだ。
「ううん、今回は危ないから咲耶一人で行くって」
それを聞くと俺は咲耶の携帯に電話をかけた。
咲耶は2コール目であっさりと電話に出た。
「もしもし龍太?何か用か?」
「・・・今どこだ」
「家だが、それがどうかしたのか?」
「今雛月から、咲耶が例の廃屋に行こうとしてるって聞いたんだが」
「何か問題でも?」
「あるだろ。あそこ結構荒れてて治安悪いから一人で行って何かあったらどうするんだよ!」
「私は、あそこにどうしても行かなければならないのだ。邪魔をするな」
咲耶の今までの行動からしてそう答えるだろうことは分かっていた。
止めたところで隠れて勝手に行くだろうことも手にとるように分かる。
「俺も行くって言ってるんだ。別にそれならいいだろ?」
俺の声が荒くなってきているのが、自分自身でもわかる。
「・・・心配しなくても、今回は鞠亜は来ないぞ?」
「知ってる。さっきも一人で行って何かあったらどうするんだって、言っただろ?」
「・・・今から出かけるから迎えに来い。今すぐだ」
「今からかよ・・・まあ、暗くなってからよりはいいか、じゃあ今から行く」
とりあえず電話を切った後、部屋着から着替えようとした時、
「きゃっ!」
と部屋の隅から小さな悲鳴が聞こえた。
声の方を見ると顔を赤くした雛月がいた。まだいたのか。
「な、なんでいきなり脱ぎだすの!?この露出狂!」
雛月はそう叫んで消えていった。
咲耶の顔でそんな反応をされるとなんとも新鮮な感じがした。
咲耶本人ならたぶん涼しい顔して
「早く着替えろ、下僕」
とか言ってくるに違いないからだ。
その後、着替えて自転車に乗って咲耶を迎えに行くと
「よう露出狂」
と咲耶が言ってきたがスルーした。
咲耶は白いワンピースに斜めがけの鞄をさげ、サンダルを履いていた。
「お前そんな格好で行って、汚れても知らんぞ」
とつっこんだら無言で脛を蹴られた。
俺が何をしたって言うんだ。
「しかし、お前は裏山のあの坂道を自転車で上るつもりなのか?」
咲耶が自転車を見ながら怪訝な顔をした。
裏山から廃屋まではなだらかだがアホみたいに長い坂になった一本道が続いている。
「いや、行きは押していく。でも帰りはそんなにカーブも急じゃないし、自転車で下りたら気持ちよさそうだったからな」
「なるほど、そうなのか」
咲耶は俺の話を聞くと当たり前のように自転車の後ろの席に座った。
「それなら自転車もよさそうだな。よし出発だ」
俺の腰に手を回しながら咲耶が言った。
「いや待てよ、なんで後ろに座ってんだよ、お前は自分の自転車出せよ」
「この膝丈のワンピースの裾がめくれるところを見たい訳か、変態め」
咲耶がワンピースのすそをつまんでヒラヒラと動かす。
「待ってるから下にズボンでもはいてこいよ」
「めんどくさい」
きっぱりと言い切る咲耶に、もうこれは自分で自転車こぐ気無いな。
と確信し、仕方が無いのでそのまま自転車をこぎだした。
「しかし、どういう風の吹き回しだ?今までこういうことに龍太はあまり乗り気じゃなかっただろう」
学校の裏山に向かう途中、咲耶が尋ねてきた。
「今も乗り気じゃないけどな」
「じゃあなんで・・・」
咲耶がが言いかけて口ごもる。
「さすがに女の子が一人であんなところに行くのは危ないと思ったから」
言わせんな恥ずかしい。
「・・・普通、そういう時は止める物じゃないのか」
「止めても勝手に行くだろ?」
「まあな」
俺の言葉に当たり前のように咲耶が即答した。
「だったら、最初から一緒に着いて行った方がいいだろ」
俺がそう言うと、後ろから俺に回される咲耶の腕の力が少し強くなった気がした。
「龍太は、いつも私が何かやろうとしたとき、それがどんな事でも止めたりしないな」
「どうせ止めても、俺の言う事なんて聞きやしないのは分かりきってるしな」
そう答えると咲耶そうだな。とだけ答えて会話は途切れた。
そうこうしている間に学校の裏山の入り口まで着いた。
自転車から降りて歩きながら俺はふと気になった事を聞いてみる。
「早瀬の話を聞いて興味を持ったのは分かるけど、なんで今回は一人で来ようとしてたんだ?」
「もともと私が鞠亜をそういう場所に誘うのは良い餌をつるして獲物をおびき寄せるような物だからな。今回みたいに餌をつるさないでも勝手に獲物が現れるような場合は、ただ危険なだけだからいない方がいいだろう」
「餌ってお前、確かに鞠亜は祟られ体質だけど。だからこそ、そんな危険な目に遭わせちゃダメだろ」
「餌は餌でも極上の餌だからな、鞠亜は。その辺の土地神とか悪魔とか悪霊とかいくらでもおびき出せるだろう」
何か今かなり物騒な事言ってなかったか?
「まさか、こっくりさんの時みたいに鞠亜を使って悪魔を召喚する。なんて言ってるんじゃないだろうな」
「・・・龍太、何か勘違いをしていないか?土地神とか悪魔とか悪霊とかは私が鞠亜を使っておびき寄せるんじゃない。何もしなくても勝手に寄って来るんだ。そしてそれらは少し前の私では対処すらできなかった」
・・・私では対処すらできなかった・・・?
まるで試したような口ぶりだ。
咲耶の顔は俯いていた顔を上げて、空を見上げなら続けた。
「こっくりさんは元々その辺にいる低級霊を任意に呼び出すものだからな。まだ何もいない校舎で、結界を張った教室で、鞠亜を使って本格的な方法で呼び出せば、餌は鞠亜でも、程よく雛月の餌になる私にも対処できるレベルの霊が呼び出せるという訳だ。レベル1の勇者がいきなりレベル100の魔王に勝負を挑んでも勝てるわけ無いだろう?」
つまり弱い敵をちょくちょく倒して雛月のレベルアップを図っていた、ということだろうか?
「仮にそうだとして、なんでそこまでして雛月に餌を与える必要があるんだよ?鞠亜だって100%安全なわけじゃないだろ」
「私にはもうそんなに沢山の時間は無いんだ。なりふり構っていられない。ある時期までにある程度の力を蓄えて置かないと、消されるから。それに、一応鞠亜を誘う時はちゃんとお守りが万全な時を狙ってる」
消される?いったい誰に?いや、それもあるが、
「お守りが万全って、どういうことだよ?」
「鞠亜にとってお守りは消耗品だからな。ひどい時は魔除けのお守りを10個持っていて、一週間で全滅した事もある。聞いてないのか?」
「知らねえよ、全滅ってどういうことだよ?」
「お守りの中の木の護符が全部割れてた」
その言葉を聞いて俺は思わず立ち止まった。
だってそうだろ?普通お守りの中の護符は割れるものじゃないし、ましてや10個のお守りが一週間で全滅なんて明らかに普通じゃない。
いくら鞠亜がそういう物を引き寄せやすいと言ってもこれは異常だ。
「小さい時から、鞠亜は月一で健さんから泊りがけでお祓い受けたり特注のお守り貰ったりしていたのは知っているか?」
そんなの初耳だ。というか、そうだとしても・・・
「今初めて知った。というか、なら何で中学に上がってからはやってないんだよ、中学に上がってからはほとんど泊まりに来てないだろ」
「やってない訳無いだろう。お払いをする場所が鞠亜の家になっただけだ。頻度が週一回になった。小学校の終わりからは家にもいろいろ住み着いて大変だったみたいだからな。家の結界の点検も一緒にやってるんだろう」
なんだよそれ、何でそんな事になってるんだよ
「龍太が知らないなら、たぶん鞠亜の希望で健さんが黙ってるんだろう。鞠亜は普通の女の子でいたがっていたからな」
不意に鞠亜を初めて遊びに誘った時のことを思い出した。
「私と遊んでもきっと恐い思いするよ?」
鞠亜は困ったように微笑んでそう言ったんだ。
「そうだとして、なんで咲耶はそのことを知ってるんだよ」
俺がそう聞くと
「・・・・・・さて、何ででしょう」
咲耶はそう言って話をはぐらかすと、歩くスピードを上げて先に行ってしまった。
こいつもこいつで色々あるのだろう。
「なあ、なんで鞠亜がそんなにヤバイ物を引き寄せるか、咲耶は何か知らないか?」
一人で随分先に行ってしまった昨夜に少し大きめの声で咲耶に問いかける。
すると咲耶は立ち止まったかと思うと振り向いて、ニヤリと笑った。
「ああ、だって鞠亜は天使だから」
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