#11 初めての
「修司、どうしたの?」
おやつのレアチーズケーキをぼんやり眺めていたら、母さんが怪訝そうに声をかけてきた。
「ううん、なんでもないよ。いただきます」
僕はレアチーズケーキにフォークを刺した。
僕は僕の両親がとても好きだった。
母さんは少し過保護なんじゃないかと思うこともあるけど、いつも僕のことを思ってあれやこれやと世話を焼いてくれる。
習い事をすればいつも車で送り迎えをしてくれるし、欲しい物はなんでも買ってもらえたし、食べたいと言ったものはその日か次の日には必ず食卓に上がっていた。
虫歯になるからとお菓子類はあまり買ってもらえなかったけど。
父さんは何でも僕の意思を一番に尊重してくれる。
「もし何かやりたいとことがあったら、なんでも遠慮せずに父さんに言ってごらん。修司がやりたいことならなんだって父さんは全力で応援するからな」
とは父さんの口癖だった。
実際、昔からやりたいことは何でもやらせてもらった。
5歳からピアノを始めたけどすぐに飽きて、今度は地元のサッカークラブに入った。
結構楽しかったけど転校した先でも続けるほどではなくて、しばらくしてボーイスカウトに入った。
また転校したら今度はスイミングスクールに通ったりと色々好きなことをやらせてもらった。
そのどれ一つとして転校してまで続けたいものはなかったけど、両親は別にそれを咎めるでもなく
「一つの事だけでなく、色々な事を経験するのも良いだろう」
と寛容だった。
話は変わるけど、僕は他の子よりも見た目が良い。
勉強だってできるし、スポーツも得意だ。
もちろんそうあることのできるように努力はしていたけど、その甲斐あってか僕は引っ越したどの先でも人気者だった。
だからなのか、父さんの仕事の関係で転校が多くても別にそれを嫌だと思ったことはなかった。
今の友達と離れても、転校した先ですぐまた友達はできるし。
母さんはそんな僕のことを社交性に富んだ良い子とよく褒めてくれたし、父さんも自慢の息子だと言ってくれた。
中学二年の初夏、父さんがまた転勤になるかもしれないと言った。
僕はああまた転校か、くらいに思っていたのだけど、今回はいつもと展開が少し違った。
「修司も来年は受験生なんだからあまりこの大切な時期に環境がころころ変わるのは良くないわ」
「と言っても次の転勤先は東京なんだ。そっちに引っ越した方が修司も高校の選択の幅は広がるだろう。この辺は公立の高校が1つあるだけじゃないか」
「選択肢が多いと言ってもそれが必ずしもいいものなの?かえってどこを選んでいいかわからなくなるんじゃない?どうせ間を取って普通の高校に行くならこっちの高校に行っても同じじゃない」
両親は僕の高校受験が近いと言う事で、父さんだけ単身赴任か僕も一緒に引っ越しかで揉め始めた。
どっちも僕のことを考えての提案だったけど、正直僕はどっちでも良かった。
少し違うかな。
どうでも良かったんじゃない。
どちらでも僕にとっては同じようなことだった。
だから僕はどっちでもいいよと言った。
すると父さんも母さんも急に静かになって、
「修司、自分のことなんだから父さんや母さんに遠慮しないで自分のしたいほうでいいんだぞ?別に東京じゃなくたって、学生寮のある県外の高校に進学したって、中学の3年からでもエスカレーター式の私立の学校に行っていいんだぞ?」
「今のお友達と離れたくないならそう言っていいのよ?無理に私達の機嫌を伺う必要なんてないのよ?」
と言ってきた。
ほんとにどっちでもいいんだけどな・・・。
その後、僕は二人から自分がこれからどうしたいかちゃんと考えるように宿題を出された。
今の友達と離れるのは嫌と言えば嫌だけど別に苦ではない。
引っ越した先でも上手くやっていく自信はある。
でもそうまでしてやりたいことも目指しているものも僕にはない。
そんな理由で父さんと母さんを引き離すのは気が引ける。
かといって、ここに残っても特にやりたいことも無いから転勤先についていくと言っても二人はこの様子じゃ納得しないだろう。
僕はどうしたらいいんだろう。
そんなことをグルグルと考えていたら学校で随分と心配された。
「困った時はいつでも相談に乗るぞ」
と、今の中学で親しくなった龍太も言われたけど、話をきいてもらっても結局答えを出すのは自分なのだから相談してもあまり意味がないように思えた。
そうして悶々と悩みながら2日ほど過ぎた水曜日の放課後、なんとなくまっすぐ家に帰る気にはなれなくて、ぼんやりと橋の上から川を見ていた。
「その川、深いところでも水深1メートルちょっとしかないから飛び込むのはおススメしないな~」
不意に声をかけられて振り向いて見ると鈴木さんがいた。
「そんなんじゃないよ。ちょっと考え事してただけだよ」
そう言って笑うと鈴木さんは小首をかしげて言った。
「思いつめて川に飛び込もうとしてたんじゃないの?」
「さすがにそこまで思いつめてないよ」
そう返すと
「じゃあ川に飛び込まないくらいには思いつめてたんだ」
鈴木さんは楽しそうに笑った。
・・・あれ、鈴木さんってこんなキャラだったっけ?
いつもなら、もう少しシニカルな話し方をするのに、今日はやたらフランクだ。
「この後どうせヒマだから思いつめてる訳ぐらいはきけるよ」
断ろうと思ったけど、彼女が随分と笑顔で機嫌がよさそうだったのと、ここで断ったらまたあらぬ誤解を受けてより心配をかけそうだと思ったので、その申し出に甘えさせてもらうことにした。
橋の上で立ち話をしても邪魔だからと、僕達は橋を渡った先の土手に腰掛けた。
そういえば鈴木さんとこうやって二人きりで話すのは初めてかもしれない。
「それで、落ち込んでた理由って転校のこと?」
「まあね」
僕の席は天野さんの隣だ、一昨日龍太と話していた時、鈴木さんは天野さんの席に来ていたし、その時に聞いたんだろう。
「転校したくないとか?」
「確かに転校したくはないんだけど、別にそれは今までもよくあったから、そこまで嫌じゃないんだ。ただ来年には高校受験だし両親は僕を転校させたくないみたいなんだ」
僕がそう答えると鈴木さんは不思議そうな顔をした。
「だったら転校しないでいいじゃない」
「でもそうすると父さんは単身赴任になるし、家族がバラバラになるのは嫌なんだ。今まで何度も転校してきたけど、家族はずっと一緒だったから」
そう言うと、鈴木さんはまた不思議そうな顔をした。
「それお父さんたちに話してみた?」
小首をかしげて、鈴木さんが僕に問いかける。
「話してないよ。父さん達の話聞いてると仕事とか進路とかの理由があれば家族がバラバラになってもいいみたいだし」
「じゃあそのこと言ってみたらいいんじゃないかな」
鈴木さんがさらりと言う。
「言っても納得しないと思うな。進路の事とまるで関係が無いし・・・何がしたいかとか、ちゃんと考えなきゃいけないし」
将来の夢とかまだ全然無いけど、父さんの言っている自分がどうしたいか考えろと言うのはそういうことなんだと思う。
「ふ-ん。じゃあ友達と離れたくないとか言ってもつっぱねられる感じ?」
「それは言ったことないけど・・・あ、でも母さんは友達と離れたくないならそう言っていいって言ってた」
「じゃあ別に家族と離れたくないって言ってもいいんじゃない?」
その発想は無かった。
もしかしたら、父さんたちが言っていたのは進路とか関係なしに今僕がどうしたいかという気持ちをきいてきただけだったのかもしれない。
それで僕がどっちでもいいと答えたから「自分がどうしたいのか考えろ」と言っていたのかもしれない。
すっかり進路の事についてきかれているのだと思っていたけれど。
「そうか、それでもいいのかな?とりあえず両親にもそう話してみるよ。ありがとう」
お礼を言うと鈴木さんはどういたしましてと笑った。
「そういえば、今日は天野さんと一緒じゃないんだね。龍太は今日早瀬さんとどっか行っちゃったけど、いつも3人一緒に帰ってなかったっけ?」
「ああ、一度帰った後忘れ物に気づいて取りに帰ったの」
そういえば鈴木さんは今セーラー服を着てはいるが手ぶらだった。
携帯でも忘れたのかな?
「そういえば、鈴木さんの連絡先まだきいてなかったよね、きいてもいいかな?」
携帯を取り出して聞いてみる。
「ゴメン今携帯持ってないの。明日学校ででもいいかな」
「それはいいけど、あれ、じゃあ鈴木さん何を学校に忘れたの?」
「えー・・・・・家の、鍵・・・?」
「家の鍵?じゃあカバンは?」
「りゅ、龍太の家に置いてきた。家から5分もかからないし学校から家に帰る途中にあるし」
更に尋ねると、どうやら鈴木さんの家は両親とも共働きでこの時間家にはいないらしい。
それで小学校の時は龍太の家で親が帰ってくる時間まで過ごしていたらしく、今でも家族ぐるみの付き合いがあるんだとか。
先週も週末に天野さんと一緒に龍太の家に泊まりに行ったそうだ。
何それ羨ましい。
その日の夜、早速僕は両親に僕の気持ちを話そうとした。
が、父さんは今夜仕事で遅くなるらしい。
どうせなら家族揃った時に話したいので明日話すことにした。
次の日の体育の時間、龍太にお泊り会のことをことをきいてみた。
どうやら鈴木さんと天野さんは小学校の頃は月一回ペースで泊まりに来ていたらしい。
中学に入ってからは特にやらなかったけど、この前誘ってみたら二人ともあっさりOKだったそうだ。
鈴木さんと天野さんがもう付き合っていることはクラスの女子から聞いていたけど、ここはあえて、
「幼なじみの女の子二人を呼んでお泊り会とかそれなんてエロゲ?」
と言ってからかってみた。
鈴木さんと天野さんは当然のように一緒にお風呂に入って一緒の部屋で寝たらしい。
「それって、龍太の家ホテr・・・」
と言いかけて龍太に無言でしばかれた。
その日、家に帰るとちょうど母さんが夕食の買い出しに行くところだった。
何が食べたいか聞かれたのでなんとなくカレーと答えた。
その時ふと今日クラスの男友達が自分の父親の本棚の奥を漁ったら予想外にマニアックなエロ本が出てきてカレーを食べられなくなった。
とか言っていたのを思い出した。
そういえば父さんはそういうものを持っているのだろうか。
気になって母さんが出かけたのを確認してから、とりあえず父さんの書斎の本棚の一番上の棚を探してみた。
一番上の棚にはハードカバーの古そうな本と写真屋さんでもらえるアルバムが沢山並んでいた。
そのアルバムの一つを見てみるとそれは父さんがアメリカの大学に留学していた時の物らしかった。
今よりも随分若い父さんの写真を見ながらやっぱり僕とは全然似てないなと思う。
一緒に写っている金髪の男の人の方が僕に似ている。
アルバムには金髪の男の人と明るい茶髪の女の人が結構な頻度で写っていた。
二人とも父さんと仲が良かったんだな、と思ったところであることに気づいた。
この女の人、よく見ると母さんに似ている。
でも母さんは僕と同じ金髪だし、この写真だと父さんよりむしろ金髪の男の人との方が親密そうに見えるな、と思いながらなんとなく次のアルバムを見た。
一気に時間が飛んで今度は生まれた時の保育器に入った僕の写真や父さんと母さんに抱かれている僕の写真だった。
母さんの髪は茶色かった。
自分の中である疑念が生まれたけど、それは見ないフリをしてアルバムを戻して部屋を出た。
リビングに行くと幼稚園の時の僕とと父さん金髪の母さんの写真が飾ってある。
手にとってまじまじと見つめる。
母さんの地毛は元々金髪で若い時は茶髪に染めてただけかもしれない。
あの男の人ともただの男友達だっただけかもしれない。
きっと欧米人だからスキンシップが激しかったんだろう。
この前見たドラマの中で、両親の血液型がA型なのにABの子供が生まれるわけ無いと揉めていたのを思い出した。
僕はそれを見て何を言っているんだろう、僕は実際そのパターンでに生まれているのにと思っていた。
たぶんそんなに多いケースではないにしても、稀に起こることもあるものなんだきっと。
そう自分に言い聞かせて写真たてを戻そうとしたら、手が滑って写真立てを落としてしまった。
落ちて後ろの留め具が外れてしまった写真立てを見てみると、飾ってある写真の裏にもう一枚写真があった。
あの金髪の男の人と若い頃の母さんが互いの顔をくっつけて肩を抱きながら写っている写真だった。
なぜ、この写真が僕達家族の写真の裏にあるんだろう。
心臓の音がやけにうるさく体中で鳴っていた。
・・・・・・・・・。
僕は壊れた写真立てと写真を元の場所に置いて、家を出た。
家を出たけど、特に行く当ても無かったので、なんとなく昨日鈴木さんと話した土手に行ってみた。
土手に座ってしばらくぼんやり目の前の川を眺めていると、隣に人が座った気配を感じた。
目を向けてみるとそこには青いワンピースに黒い半袖のパーカーを羽織った、私服姿の鈴木さんがいた。
「またなんか思いつめてるの」
まさか、昨日の今日でまた同じ場所で会うなんて思いもしなかった。
「うん、まあ・・・」
だけど今の状態で人と話す気にはあまりなれなかったので、あいまいな返事しか出てこなかった。
「・・・・・もしかして、家を飛び出してきたとか?」
いきなり言い当てられてびっくりしたけれど、荷物も持たずに制服で靴もちゃんと履いてない状態で土手に座ってる自分の状態を見たら、普通そう思うだろうなと気づいた。
「昨日の事で親と揉めた?」
「いや、そういう訳じゃないんだけど・・・」
僕がしばらく黙っていると鈴木さんは立ち上がって
「言いたくないならいいけど、今日家に帰れる?」
ときいてきた。
「・・・あまり、帰りたくは無いかな」
素直にそう答えると
「そう、じゃあついて来て」
と言って歩き出した。
えっと・・・・・これって、もしかして
「ちょっと待って鈴木さん!」
思わず立ち上がって鈴木さんを呼び止める
「その、さすがにこんな急に女の子の家に転がり込むなんて悪いよ」
僕がそう言うと鈴木さんは小首を傾げて言った。
「今から行くのは龍太の家だけど?」
え、なんで今ここで龍太の家なんだろう
「一応お寺だし、龍太も心配してたし、理由を話して頭を下げれば一晩くらい泊めてくれるよ、多分」
そういうものなのだろうか、個人的に仲の良い友達の家に泊まりに行ったことはないのでわからない。
でも、他に行くあても無いので僕は鈴木さんについて行くことにした。
次回更新予定は8/2です。




