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Ninth Period 地震

 早朝の鑑識課。未成は同僚と共に解決した事件の資料をまとめていた。遺体から採った指紋の照合結果のプリントを手に取り、眠たそうな顔つきの同僚が呟く。

「結局ニュースで身元は公表しなかったよな。……まあ、死んでない奴を四回死んだことにしちまうからできないのは当たり前なんだけどさ」

 未成はプリントを覗き込みながら小さく頷いた。四人の遺体から採った指紋は、いずれも大希のものと一致していた。初めこそは確率の問題と片付けることもできたが、三人、四人と一致するようになるとさすがにただの偶然とは終わらせられない。同じ指紋の持ち主が何人もいるという事態に、人々の中には何かの陰謀を感じるという者もいた。

「未成、今村にこの事は話したのか?」

「いや。……でも、五人のうち三人に出くわしてるし、知ってると思うよ」

「そうか。まあ、今病院にいる奴のDNA検査をするって課長も言ってるし、今度今村に会ったときにきちんと伝えてくれよ」

「ああ。わかってる」

 照合結果がファイルに綴じられていくのを見つめながら、未成は静かに頷いた。


 久方振りに定刻通り訪れた昼食時間。未成は左手をポケットに突っ込んで、小銭入れを握りしめながら署の廊下を歩いていた。窓から望める外の景色は、昨日から続く曇り模様だ。未成は物憂げに窓の外を見つめ、小さくため息をついた。

 そんな折、事務職員が本庁に送る拾得物を整理している側を通り過ぎようとしていた彼の耳に、職員達の不思議そうな声が聞こえてきた。未成は立ち止まり、導かれるようにふらふらと歩いていく。

「なあ、この教科書って一体何だと思う?」

「は? 教科書は教科書だろ?」

「バカ。こんな教科書、どこの学校も使ってねぇよ。発行年が二一一五年って、そんな教科書があるわけないだろ」

 未成ははっとなり、教科書を前に話を交わしている二人の青年達のところまで駆け寄った。

「ねえ君達、その教科書、ちょっと僕に見せてくれないかな?」

 寄ってくるなりこんなことを言われたところで、職員達は戸惑ってしまうばかりだ。二人は顔を見合わせ、小さく肩を竦めた。

「いいから、渋ってないで少し見せてくれないかな? もしかしたら僕、それの持ち主を知ってるかもしれないんだ」

 未成は手を合わせ、二人の目をじっと覗き込んだ。なおも顔を見合わせた二人だったが、別に渡して減るようなものでもない。二人は肩を竦めると、そっと教科書を手渡した。未成は愛想良く笑ってそれを受け取ると、表と裏を確かめ、そしてぱらぱら中をめくりながら心得顔で頷いた。

「やっぱり。これ、放送局に勤めている僕の知り合いが作った小道具だ。……スペアがあるから別にいらない、って言っていたけど……僕から届けておくよ。任せてもらえないかな?」

 未成の言葉に首を傾げていた二人だったが、しばらくして渋々頷いた。

「え、ええ。落とし物が持ち主に返るのなら、どんな形だって構いません」

「そうか。ありがとう」

 未成は一度歯を見せて笑うと、そのまま足早に職員達の前を離れる。誰もいない廊下に差し掛かると、一気にやつれた面持ちになって教科書の裏表紙を見つめた。

「どうしてこれが……こんなところに……」

 彼の目は、『K.M』の文字に釘付けとなっていた。


 十月三十日。大分肌寒さも増してきた秋の夜長、大希は健、剣人、さくらと共に『旭日』に集まっていた。四人は互いに小学生の頃から続く交わりで、いわゆる『幼馴染』という関係だった。互いに気の置けない関係で、遠慮もない。

「いやあ、四人全員揃うって、結構久しぶりだよね」

 コップに入った焼酎を飲み干すと、さくらはやたらとにこにこした表情を浮かべながら剣人の横顔を窺った。剣人はふと息を吐き出し、小さく頷いた。

「まあな。事件もあって忙しかったしな」

 健は腕組みすると、何やら考え込むように顔をしかめ、剣人の目を見つめた。

「それにしても不思議な事件だったな。被害者が全部大希に似てたんだって?」

「ああ。正直、似てたなんてもんじゃないな。人払いに大希が出ていることを知らなかったら、俺は遺体が大希だと信じて疑わなかったかもしれない」

「でも、機械は遺体が大希だって言ってるんだろ?」

 剣人も口元を歪ませながら頷いた。被害者の身元が分かれば容疑者もそれなりに絞れるところだが、結局身元は不明としたままで刑事部は事件を捜査することを強いられたのだ。

「ああ……最初は機械の不具合だろうって、色々と検査したらしいけど、結局機械に異常はなかった。……でも大希はこうして生きているだろ。……仮定を内包した判断はできない。だから、被害者の身元は判断不能って結論になったんだ」

「仮定?」

 さくらが首を傾げながらオウム返しにした。

「バカみたいな話だけど……被害者は大希のクローンじゃないか、なんて話が一度上がったことがあるんだ」

 剣人が呆れた口調で呟くと、健はさらに呆れた口調で吐き捨てた。

「クローン人間? そんなのまだSFの領域だろ。そんなふわふわした話題を持ち出してないで、整形とか、まずそっちの可能性を疑うべきだろ」

「当然考えてたさ。でも、顔はともかく、指紋まで整形なんてできない。第一、加害者がそうするならともかく、被害者には大希になる理由がない」

「……そりゃそうかもな。……けど、クローンなんかもっと有り得ないだろ」

 健と剣人は仏頂面で見つめ合ったまま黙りこんでしまった。大希はしかめっ面で交互に二人の顔を窺っているだけで、その強張った雰囲気に口を挟めずにいる。すっかり笑顔が消えてしまった三人の顔を見渡すと、さくらは頬をふくらませて焼酎を一杯飲み干し、コップの底で乱暴にテーブルを叩いた。

「ちょっと! 今日はもう事件の話はやめ! せっかく四人で集まったのに、楽しまないでどうすんのよ!」

 お酒で勢いがつき始めていたさくらは、眉間にしわを寄せ、剣人達を白い目で睨みつける。その鋭い剣幕に気圧され、剣人と健はお互いに見つめ合うと、ため息をつきながら肩を竦めた。

「わかったよ。悪かった」

「よろしい。考え込んだってしょうがないじゃない。犯人は一応捕まってるんだから」

 さくらは頬を緩め、剣人や健に笑いかけた。二人は苦笑を返すと、静かに焼き鳥を手に取った。そんな様子を見つめながら、大希はなおも表情を固くしたままコップの縁を撫でながら呟いた。

「クローン人間……同一人物……」


 その頃、未成は拘置所の暗がりの中を歩いていた。ぼんやりとしている者、ふてくされたようになっている者、色々な人間が牢に入れられている。未成は一人一人にそれぞれ一瞥を送っていたが、やがて一人の男の前で足を止める。その男は、粗末なベッドの上に寝転び、静かに目を瞑っていた。

「起きろ」

 未成は懐から化学の教科書を取り出しながら、静かに工藤と呼び掛けた。男はわずかに身じろぎすると、上体を起こしながら未成を見て目を細めた。

「何だ。何か用か。来栖未成」

 初対面の人物に名を言い当てられても、未成は眉一つ動かさない。懐から教科書を取り出しながら、未成は工藤の顔を睨みつけた。

「……やはり僕の名前を知ってたか。そうだろうな。この教科書を持っていたんだから」

「うん? ……お前の手に渡ったのか。奇妙な偶然もあるもんだな」

「そうか。やっぱりお前は……何故だ? まだ『計画』までは一週間あるじゃないか。……どうしてお前はここにいる? 誰から命令を受けているんだ」

 一瞬沈黙した後、工藤はいきなり未成を鼻で笑った。未成が眉根にしわを寄せると、工藤は歯を剥き出して笑いながら立ち上がった。

「俺は誰からの命令も受けてはいない。ただ俺は、自分の意志で動いている」

「自分の意志? 自分の意志だけでここに来れるわけがない。『マザー』がそれを許したのか」

 未成が訝しげな目をすると、工藤は彼の言葉を一笑に付す。

「あれに従う必要などあるものか。あれに俺の行動は阻めない」

「まさか。一人の暴走を『マザー』が許したのか」

「許す? 俺はあれに許しなど請わない。むしろ俺が俺をこっちに送るよう命じたんだ」

 工藤は蛇のように未成の方へ擦り寄る。わずかに差し込む月明かりに照らされたその顔もやはり、蛇のように狡猾な表情を浮かべていた。未成は思わず後退りしかけたが、それを引き止めるように鉄格子を掴んで足を止めた。

「……この一件は、みんなお前の考えだって言うつもりか……? まさか。まさかお前、殺した人物はみんな大希の『ロスト』だと知ってて……」

「ああ。知らずにやったとでも?」

 未成は一気に蒼白になった。体を震わせ、鉄格子を握る手は関節が白く浮かび上がった。

「誰なんだお前は……どうしてそれを。どうしてそれを知っているんだ。……その、その事実は……」

「お前だけが知っているとでも? 思い上がるなよ。俺は全部知ってるんだ……」

 工藤は未成の呆然とした顔を舐めるように見つめながら、自身も鉄格子を掴んで未成に顔を突き合わせた。したり顔の工藤は、さらに未成を責め立てた。

「ああ、全部だ。お前がやろうとしていることも、お前が幾度と無く失敗し続けてきたことも。お前のその決断力の無いぶれた行動のせいで消えていく、人々の最期に見せた表情一つ一つも……お前の後輩の顔なんか、ひどいもん――」

「うわぁ! やめろ! やめてくれ!」

 崩れ落ちた未成は頭を両手で押さえ、肩で息をしながら叫ぶ。表情はみるみるうちに崩れ、見るに耐えないほどに歪んでいく。そんな男を見下ろしてため息をついた工藤は、いきなり手を伸ばして未成の髪を掴み、ゆっくりと引っ張りあげた。

「……いい加減にするんだな。お前がいつまでもそうしてグズグズとしているせいで、この世界はいつまで経っても変わらないだろうが! 世界はいつでも決断なんだ。思い切らなきゃなあ、世界はまるで動かない。わかってるだろ!」

 雷に打たれたような表情で、未成はわなわなと唇を震わせながら、呆然と工藤の鬼のような形相を見つめた。

「どうして……お、お前は一体何者なんだ……」

「俺は世界だ。世界そのものだ……」

 工藤がそう呟いた途端、いきなり地が震え始めた。細かく縦に揺すぶられたかと思えば、いきなり強く横に揺すぶられ、未成は横ざまに倒された。血の気を失った未成は、頭を抱えてうずくまり、思わず甲高く叫んでいた。そんな様子を見下ろし、工藤は舌打ちする。

「……情けない。どうしてお前が特異点なんだ」

 数十秒して、ようやく揺れは収まった。未成はふらふらと立ち上がると、一度だけ工藤のことを一瞥し、未成はふらふらと出口へ向かって走りだした。


 その頃、いきなり地震に襲われて硬直していた大希達は、ようやく動き始めたところだった。こぼれた酒で濡れてしまったジーンズを見下ろして顔をしかめながら、剣人はテーブルの下を覗きこんだ。

「大丈夫か? さくら」

「う、うん。何とかね」

 さくらはゆっくりとテーブルの下から這い出てきた。その髪は乱れて顔にかかり、ひどく慌てていた様子がありありと分かる。剣人はほっと息をつくと、彼女の髪を左右に分けてやった。

「良かった良かった。野郎はまあいいけど、とりあえず何があってもさくらは無事でいてもらわないと」

「何だよ。それが友人に対しての物言いか」

 微笑みながら軽口を叩く剣人を、大希は口を尖らせながら軽く叩いた。そこへ静かに牧田がやってくる。

「結構揺れたな。空井、ちょっとテレビを付けてくれないか」

「あ、はい。了解です」

 健はテーブルの上に転げたコップを立て直すと、素早くテレビの元に参じ、スイッチを入れた。あまり売れない芸人がめちゃくちゃに動き回っている映像の上に、白文字で地震の情報が示されていた。大希はそれを睨みながら呟く。

「震度四か……結構揺れたと思ったけど……」

「これで震度四? じゃあ、五とか六とかになったら……どんなになっちゃうんだろ」

 さくらが心配そうに呟き、剣人に健が暗い面持ちをしたその時、テレビが切迫したキャスターの顔を映しだした。

『ニュースをお伝えします。本日、世界各地で地震が発生しました。中国の上海、インドのデリー、フランスのパリ、イギリスのオクスフォード、アメリカのニューヨーク、日本の日ノ出市にて、震度四から五の地震が発生しました。この内、パリ、オクスフォード、ニューヨークにおいて建物が崩落するなど大きな被害を受けております。現在、被害状況は確認中です――』

 ニュースを見守っていたさくらは、いきなり不審な声を上げた。

「……変ね」

「何がだ?」

 健がさくらの方を見ると、彼女は目をつり上げ、いかにも真剣な表情をしていた。

「中国やインドならまだしも、アメリカやイギリス、フランスでそんなに大きな地震が起きるわけない。被害も大きくなって当然ね……一体何が起きてるの……?」

 大希は口を閉ざしたまま、ただじっとテレビに映るキャスターの顔を見つめていた。



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