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Third Perod 被害者は今村?

 夜。大希は広田に頼まれていた夕食の買い出しを終え、駅前のコンビニから戻るところだった。大希は弁当の入った袋をぶら下げ、人の行き交う様子に目を配りながら歩いていた。そんな時、大希の胸ポケットのスマートフォンが震える。大希はゆっくりと電話を取った。

『もしもし、俺だ。今何してる?』

 声の主は剣人だった。大希はいかにも不思議そうな表情になった。

「今飯食うところだ。どうした?」

『いや、何となく、何となくだけど、お前の耳に入れておきたいことがあってさ』

 剣人の声はやけに上ずっていた。大希は目を瞬かせ、首を傾げながら目の前のベンチに腰掛けた。

「何だ? 手短に頼むぞ」

『わかった。じゃあ単刀直入に言うぜ。事件の被害者が、お前にそっくりだったんだ』

 大希は目を見開いた。弁当を脇に置き、思わず携帯を両手で握り締める。

「な、何? 俺にそっくり?」

『ああ。結局他人の空似で結論づけられたけど、俺は引っかかるんだよな。どうしてかというと――』

「待て待て。ちょっと待て。そんなややこしい話は電話でしたくない。直接会わないか? 夜に時間取れるだろう?」

 大希が慌てて剣人の言葉を制すると、電話越しに彼は唸り始めた。

『まあ……明日も聞き込みしなきゃならないけど……夜なら何とかなるだろ。でも、この話はあんまり他人に聞かれないほうがいい。一応事件に関する話題だ』

「『旭日きょくじつ』でいいんじゃないか? 牧田さんは刑事だった人だし、理解もあるだろ」

『そうだな。それが最善だ。……よし。午後九時辺りに時間を作るから、『旭日』で会おう』

「了解。じゃあな」

 大希は電源を切ると、しばしの間目を丸くして携帯を見つめていた。


 翌朝。同僚や上司がまだ誰も出勤していないような時間に、未成は鑑識課にやってきていた。教室ほどの広さの中、資料をまとめた棚が壁際に並び、パソコンが六台ほど並べられている。未成は部屋の入口から最も遠いところに陣取って、パソコンをそっと操作していた。

「やっぱり、あれは他人の空似じゃない、か……」

 未成は一人呟く。目の前の画面には、遺体から採取された指紋と、大希の指紋とが一致したことを示すものだった。彼は指紋と大希の名前を交互に見つめる。言葉じりに確信めいた色があれば、目にも不審を抱いている様子はなく、真っ直ぐに画面を見据えていた。

「誰が……何のために殺した? 殺すべき存在にも見えなかったはずなのに……」

 未成は深く唸り、再び呟いた。彼は目を閉じ、腕組みをしながら息をゆっくりと吐き出していく。右手の指が規則的に動く様子は、何かを深く考えているようだった。

 ふと指の動きを止めると、未成は静かに目を開いた。彼は素早く誰もいない部屋の周囲に目を走らせると、そのままパソコンをインターネットに繋ぎ、どこかのアドレスを打ち込み始める。黒い画面に繋がると、未成は深々とため息をつき、重苦しい動作でさらにキーボードを叩き始めたのだった。


 同じ日の夕方、古ぼけた六畳間の中、大希はせんべい布団からようやく起き上がった。非番明けの常である。大希は目を擦りながらぼんやりと周囲を見回した後、ゆっくりと立ち上がり、スウェットを脱ぎ始めた。ついでに部屋の隅にある小さなテレビのスイッチを入れる。

『日ノ出量子化学研究所が、一二六番元素と並行し、一三七番元素の研究に着手しました。一三七番元素とは、リチャード・ファインマンによって、存在可能な最後の元素と指摘された元素であり、その名を取ってファインマニウムとも呼ばれる元素です』

 テレビに映し出されたのは、海岸にある白い研究所の姿だった。大希はそのニュースに首を傾げる。昨日見た教科書のセットは、既に一三七番元素の開発が進んでいるような素振りで作られていたからだ。しばらく動きを止めてキャスターのやり取りを見つめていた大希だったが、やがて着替えを再開した。

「まあ、書くだけならいくらでも書けるよな」

 大希は何気ない様子で呟くと、長袖シャツを着て、ジーンズに履き替え携帯を取る。寝ている間に剣人からメールが来ていたらしく、画面に剣人の名前が出ていた。大希は無造作にタッチする。

『ちゃんと九時頃に時間が取れそうだ。ちゃんと来てくれよ』

『わかった。お前こそ忘れるなよ』

 大希は素早く返信すると、寝ぼけ眼を擦りながら流し台へと赴いた。


 午後九時。大希は一足先に『旭日』を訪れ、牧田に砂肝を頼みながら座敷に腰を下ろしていた。酒の準備をし、牧田は串を炭火の上に並べながら尋ねる。

「今日は誰が来るんだい?」

「剣人が来ます。もう約束の時間なんで、そろそろ来ると思いますよ」

 大希がまさに言い終わったその瞬間、戸がいきなり開かれた。颯爽と店に入ってきた剣人の身なりはスーツ姿だった。彼は大希を見つけると、素早くそのそばに腰を下ろし、靴を脱ぎ始めた。

「よ、大希。何とか抜け出せたぜ」

「大変だな。何軒回った?」

「二十……三十いったかな。でも手がかりらしい手がかりはない。参ったよ」

 剣人は上着を脱ぐと、ズボンのポケットからハンカチを取り出して手を拭く。その頬は困ったように引きつっていた。大希もつられて苦笑いする。そこへ牧田が水を運んできた。

「まあ、とりあえず休め。急がば回れだ。焦ったって何も解決しない」

「ありがとうございます。牧田さん」

 剣人は大先輩に向かって深々と頭を下げた。コップを傾けながら、大希は剣人に尋ねる。

「で、お前の考えって何だ」

 剣人は頷いた。水で唇を湿らせると、脇に置いた上着から手帳を取り出し、一ページ一ページつぶさに見つめながら顎を手でさすった。

「ああ。ホトケさんがお前に似ているって話まではしたよな。単に他人の空似だとしたら、お前にはあまり関係のない話なのかもしれない。けどな、この事件にはおかしいことがたくさんあるんだ」

 大希は相槌を打ってみせた。剣人はある一ページでめくる手を止め、目を凝らすようにしながらそのページを指でなぞり始めた。

「まず、事件が起きたのは大体十月二十日の午後十一時だろうと思う。その時間帯に普段は騒がない犬がやたら騒いだっていうんだ。まあ、ここは死亡推定時刻が明らかになり次第確定するな」

「犬が騒いだ……? まさか、あの時か?」

 大希が目を見開きながら呟くと、剣人は訝しげに視線を送った。

「何だ? 何か心当たりあるのか」

「いや……飲んだ帰りに犬がやたら遠吠えしてたんだよ。……そうか。俺がほろ酔いで帰ってるあいだにそんな事があったのか。世界って、何が起きてるかわからないな、やっぱり」

 腕組みをしながら感傷に浸っている様子の大希に、剣人はやれやれと苦笑した。

「お前らしいコメントだな。……ともかく、この事件が不思議なのはこっからだ。とりあえずは事件の前後状況を掴もうって、被害者が殺害されるまでの動向を探ろうと思ったんだ。……悪いけど、お前の写真を使いながらな」

 当然大希はあまりいい顔をしなかった。剣人はまたしても頬を引きつらせ、何度も頷きながら片手を上げ、いかにも大希の言わんとすることをわかっているような態度をとった。

「いや、他人の写真を使うのはおかしいとは思ったさ。でもそれくらい似てたんだ。顔もそうだけど、身長も、体格も、髪型も、何もかも。それで何とか被害者の動きを何とか掴んだんだけど、これがえらく活動的なんだよ」

 剣人の『活動的』という言葉は、ひどく皮肉めいた響きだった。目を細くした大希はいきなり身を乗り出し、剣人に顔を近づける。

「活動的?」

「ああ。目撃場所がかなり離れていて、そして時間が短すぎる。聞いた情報通りに被害者の動きを追ったら、九時四十分頃陽光区ようこうくの河川敷にいて、五十分あたりに中央区のビル街にいて、五十五分あたりには時計塔の下にいて、そうして五分後にはまた陽光区に戻ってきて、その住宅街で殺されてるんだ。地下鉄使おうが、タクシー使おうが、どれも十分や五分で移動するのは無理だ。ついでに、不気味な話もあるぞ」

「……なんだ?」

 剣人は俯き、顔の陰影が強くなった。大希は思わず緊張し、親友の顔を慎重に窺うようにしてゆっくりと尋ねた。剣人は頷くと、声を潜めて答えた。

「死んだはずの被害者を、今日路地で見たっていう人がいたんだよ」

「おいおい、本当かよ」

 大希は剣人の顔を凝視したが、互いに熟知しあっている幼馴染の瞳には一点の濁りもなかった。

「確かに、いたずらで嘘をついたのかもしれない。でも、被害者のおかしい動向を聞いてた俺や先輩は、嘘だなんてとても思えなくてさ。さっきまで被害者の姿を探してたんだよ」

「……それ、見つかったのか?」

「いや。ま、そんなオカルトめいたことはあってほしくないし、ちょっとホッとしてるんだけどさ……」

 店の蛍光灯がいきなり一本消えた。それをじっと見つめつつ、大希はため息をついて腕組みした。

「オカルトか……」



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