28th Period 世界の内側で
白い輝きの他には何もない空間で、ようやく大希は気がついた。重たい身体を何とか起こすと、立ち上がって周囲を見渡した。
「ここが……世界の中なのか……?」
「そう。僕たちは、今世界に溶け込もうとしているんだ」
大希はハッとなって振り向く。何もなかったはずの空間から、未成が歩み寄ってくるところだった。彼は宙を見上げると、再び柔らかい口調で話しかける。
「大希、世界を想起してみるんだ。そうすれば、君の前に世界は姿を現すよ」
「え? あ、ああ……」
大希は未成の見つめる方角を凝視した。途端に何もなかったはずの白い空間に大きな欠片が次々生まれ始めた。それらは大希の目の前で集合し、巨大な二つの球を形作っていく。
それらは独立して完成するかに見えたが、半分ほど組み上がった瞬間、いきなり二つはぶつかり合った。大きな球体に、小さな球体がめり込む。同時に、せっかく組み上がろうとしていた球体の欠片が再び周囲に散らばっていく。大希は感嘆のこもった声を上げて未成に話しかける。
「未成。これが世界なのか?」
「ああ。世界が、一番わかり易い形で現れたんだ。僕達が為すべきことは、この散らばったピースを組み直して、足りないピースを補うことだ」
そう言われ、大希は周囲を呆然と見回した。そこには数百のピースが散らばっている。どれもこれも彼の身体並に大きいかそれ以上だ。大希は首を振った。
「どうするんだよ。こんなの手で持てないぞ」
「何を言っているんだい。ここは現実の世界じゃない。意思が全てを支配しているんだ。世界を組み直すイメージ、ただそれだけを考えればいいんだよ。そうすれば全て解決する。……さあ、君はそっちの世界を頼むよ」
言われるがまま、大希は半信半疑な様子でバラバラになろうとしていた世界に向かって念を込める。すると、ゆっくりと球は二つに離れ、散らばっていた欠片が急に集まり、球は再び元の形を取り戻し始めた。隣では未成がもう一つの球に手を出し、形を取り戻させていた。
最後の欠片が前を飛び、残った隙間に嵌り込む。上手く行ったように見え、安堵した大希は未成の方に気を配った。ほぼ完成していたその小さな球は、しかし隙間を幾つか残していた。大希は周囲を感知してみたが、欠片というべき存在は何一つ見つからない。
「未成。……残りの欠片は」
「大希、それは――」
その時、背後から工藤の声が割り込んできた。
「残りの欠片は、俺達だ」
二人が慌てて振り向くと、工藤はそのまま世界に向かって手を突き出す。すると、ピースの隙間が埋まり、二つの世界は滑らかな球になった。その瞬間、工藤は粒のような光に分解され、世界の中に融け込んでいく。
『さあ。大希、未成。自分が世界の一部だと強くイメージしろ。そうすれば、小さな世界の綻びは埋まる』
「わかった。今すぐに……」
大希は工藤に諭されるまま、目を閉じて思いを込めようとした。しかし、それは未成が手で制してしまった。
「大希、君がそんな事をする必要はないよ。君にはしてもらいたいことがある。こんなところで、世界の一部になって終わりなんてダメだよ」
「何言ってるんだ。それじゃあ、問題は解決しないんじゃ……」
「解決させてみせるさ。未成の名前は未だ成らずから来てる。いつまでも最善を求め続けろ、ってね。君まで消えてしまうことが、果たして最善なのかい?」
その時、世界が再び引き寄せられた。同時に大きな世界の欠片が一つ浮かび上がる。そして、小さな世界の隙間が、そこにぴったりと嵌り込んだのだ。その時、二つの球は輝きを増した。
『……何をした、未成』
「世界を繋ぎました。全ての根本となった日ノ出市の時計塔で。日ノ出市のマザーで。そして、人間という概念で。これで、欠けた概念の一つは埋まりました。後は僕がもう一つ、人工物の概念を埋めるだけ……」
未成は淡々と答えると、唯一空いた隙間に向かって手を差し伸べた。ついに二つで一つになった世界は完全となる。彼は光に融け合いながら、ただただ驚いた様子の大希に向かって満面の笑みを浮かべた。
「大希、君は戻れる。何となくわかるんだ……さて、僕には想像がつかない。繋いでしまった事が、二つの世界に一体どんな影響をもたらすか。だから、君には元の世界に戻って、見届けて欲しいんだ。君を生かすという僕の選択が誤ったものじゃないように、しっかり見守ってほしい……いいかな。もう選択は誤りたくない。誤っていないと、僕は信じたいんだ」
驚きのあまり呆然としてしまった大希は、たった一言を搾り出すことしかできなかった。
「ありがとう……未成」
「さあ、もうお別れの時間だ。思い浮かべるんだ。君が帰るべき場所を。世界が完全に安定しきっていない今なら、工藤さんのように、きっと君は外へと出ていける……」
大希は目に涙を溜めて唇を噛み締めると、静かにまぶたを閉じた。大希の周囲が暗くなり、彼はその暗闇の中に取り込まれていく。大希はわずかに目を開けて、消えゆく未成に呼びかけた。
「未成こそ、俺達の事を見守ってくれよ……?」
彼は頷くと、光となって世界へと消えていった。
大希ははっと目を覚ました。慌てて起き上がろうとしたものの、片腕が縛られていたせいでできなかった。大希はため息をついてベッドに倒れ込む。
「……戻ってきた瞬間にこれか……」
見れば、病衣に身を包まれ、点滴も打たれている。個人の病室をぐるりと見回し、大希はようやく合点がいった。
「そうか……それで俺は戻ってこれたのか……」
わずかに身を起こして外を見れば、空は今までの荒れ模様が嘘のように晴れ上がり、真っ青に澄み渡っていた。大希は満足気に微笑むと、近くにあったナースコールを押し、ゆったりとベッドに寝転んだ。
「未成、俺とお前の約束、きちんと果たすからな」
やたらと慌ただしく足音が廊下に響いてくる。それはまるで、希望のやってくる足音のようであった。




