表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
25/29

25th Period 大希と未成

 その頃、大希はぼんやりと栄花を見つめていた。彼女は昼食をゆっくりと頬張りながら、顔を綻ばせている。そのにこやかな表情を見つめ、大希は嘆息した。

「おいしいか?」

 カップ麺を勢い良くすすり、栄花はそのままにっこりと笑った。

「うん。……まあ、この手の物はカロリー多いから困っちゃうけどね」

「……いいのか?」

 腕組みして顔をしかめた大希の呟きを聞くと、栄花は首を傾げて大希の顔を見つめた。

「何が?」

「栄花が俺達の味方をして、この世界を守ったら、お前ごと向こうの世界に住んでいる人々は消えるんだろ? ……そりゃあ、それに甘えようとしてる俺にお前を責めることはできない。ただ、お前、自分が何をしようとしてるのか、わかってるのかって、何となく気になって……」

 大希が口ごもる間に、栄花は大きく喉を鳴らしてカップ麺のスープを飲み干した。空の器をテーブルに載せると、彼女は笑みを吹き消してベッドに寝転んだ。

「……いいんだ。私の母さんも父さんも死んじゃったし、兄弟姉妹はいないし、友だちも……いないし。五千万人と心中するのと、八十億人と、それから大希を殺すのとじゃ、全然重みが違うから」

「数の問題なのか……?」

 栄花はため息をつくと、大希に背を向けてしまう。

「そこを否定されたら、私はもう自分の正しさを証明できないよ……そこは、黙って私のしようとしてることを見てて欲しかったな」

 落胆の混じった声色に、大希は唇を噛み締めて俯いた。

「悪い……ただ、俺もお前に死んでほしくないんだ。わがままだけど……誰にも死んでほしくない。どちらかが消えるなんて、そんな事受け入れられない」

「理想ばかり見たって現実は何にも変わらないよ……私だって、理想を追うのが科学者の役目だと思う。私もその端くれだし、ずっと理想を追っていたい。でも、それだけじゃどうにもならないことはあるよ。大希だっていい年なんでしょ? いい加減学ばなくちゃ……」

 諭すような言葉を並べてみても、やはり彼女の声は震え始めていた。大希は栄花の肩に手を置き、空いた方の手で目尻を擦った。

「……そんな事、俺だってわかってる……でも、こんな風に栄花を強がらせて、苦しめて、その上で生き残るんじゃ、俺も納得いかない……」

 大希が宙を見上げ、かすれ声を絞り出す。その時、いきなり背後の戸が開いた。

「大希」

 そこにいたのは未成だった。しかしどうしたことか、彼の手にはダガーナイフが握りしめられていた。その目は釣り上がり、あらん限りの気迫を込めて大希のことを睨みつけていた。

「み、未成?」

 未成は大希の言葉に全く応じず、右手のダガーナイフを大希の胸に向けて歩み寄る。大希は守りを固めるように右手を差し出した。それでも、未成は静かに近づいてくる。栄花は異変に驚くあまり目を見開くことしかできない。

 大希の目の前で、ようやく未成は足を止めた。頬を緩めると、ゆっくりと右手を開いてナイフを落とす。床を打つ高らかな音が部屋に響き渡った。その音を聞きながら、未成は静かに口を開いた。

「大希。本当は、ここで僕は君を殺そうとするはずだったんだ。『特異点』として」

「トクイ、テン?」

 大希は目を瞬かせた。未成は落としたナイフを蹴り払い、穏やかに口角を持ち上げた。

「そう。特異点は二つの世界の接触が始まった瞬間、二つの世界を僅かでも安定させるために、それぞれの世界に生まれ落ちたプログラムだ」

 栄花は口を小さく開けたまま、呆然と首を振った。

「そんな、そんな話、今まで聞いたこと……」

「無くて当然。僕にしか知らされてない話なんだから」

 未成は栄花に向かって優しく微笑むと、大希の脇をすり抜け、丸椅子を取って腰を落ち着けた。

「さあ、長くなるよ。君が聞きたかったことも全部話すよ」

 大希は黙り込む。未成の表情は、何かを悟ったような超然とした雰囲気をまとっていた。彼は無意識の内に目を擦っていた。眉根にしわを寄せ、大希は訝しむ目で未成を見る。

「じゃあまず教えてくれ。どうして未成が俺を殺そうとするはずだったんだ」

 未成は組んだ指を見つめ、そして息を吐き出すように力なく答えた。

「君も『特異点』なんだ。こっちの世界のね。僕達の世界が生き残るようにするには、君の存在は最も大きな脅威なんだよ」

 大希は目を見開き、力なく笑いながら何度も首を振った。

「特異点? 俺が? バカ言うなよ。俺は普通の人間だろ」

 未成は静かに微笑み、呆れた表情の大希を見つめる。

「君は、錠前に家を守っている自覚があると思うかい? 思わないでしょ? それとおんなじさ。君は、君として持っている『守りたいという思い』で、時空間の歪みを知らないうちに修正していたんだ」

 大希は表情を歪めて頭を抱え、小さく首を振った。

「そんな事、信じられるわけないだろ」

「なら、もう一度考えてみればいい。『修正軍』の動力は、全てギャラクシウムを使ってる。シロアリ以外、全部だ。だから、君がギャラクシウムの周辺で発生している時空間の歪みを押し留められると、全部形無しだ。……現に、シロアリの『クイーン』だってそうして止めたじゃないか」

 大希は茫然と未成を見つめた。未成は相変わらず穏やかな顔のままだ。その真っ直ぐな眼差しに目をあわせていられず、大希は再び俯いてしまう。

「……そういう事にしておこう。でも、どうして未成が俺を殺さないとならないんだ」

 未成はその通りだと頷き、ゆっくりと口を開いた。

「特異点の僕が、特異点の君を殺すのは、世界が世界を殺したのと同じ事なんだ。僕が『世界を変えたい』と強く願いながら君を殺した時、この世界の均衡は深刻なダメージを受ける。そこに僕達はギャラクシウムを濃縮した爆弾を、各地で一斉に爆発させるんだ。そうしたら、この世界は時空間の歪みで崩壊寸前になった状態で僕達の世界と衝突して、消滅する。僕達の世界が消える代わりにね」

 未成は自分の手の平を見つめ、一回大きく身震いした。大希も自分の心臓辺りを押さえ、気の抜けた顔で未成の怯えたようなその顔を見つめた。

「恐ろしいよ。そんな事……だけど、僕は自分の世界を見捨てることはできなかった。だから、君を殺すためにこっそりこの世界に降り立ったんだ。『マザー』の根回しで、僕はどこからか転属された鑑識官として働き始めた。そしてまもなく、君に出会ったんだよ」

 大希は口を固く結び、まぶたをきつく閉じた。

「なら……あの時の、『旭日』で初めて会った時のあの笑顔は、全部嘘だったのか……」

「……確かに、あの時は笑顔を作ってた。僕が君を簡単に殺せるわけないと思ったから、君に接近して機会を狙おうと思った。だから、話題を合わせようとして、君が好きだっていうSF映画は全部見た。そして君と気の置けない仲になってみせて、君の心を油断させようと思っていた……けど、油断してしまったのは僕もだったんだ……」

 未成は苦しそうに顔をしかめ、そして目頭を押さえながら呻いた。

「僕は僕の心の弱さを侮ってた。君の人格もね。君と、そして君の友だちと一緒にいるのが楽しくて、いつの間にか僕は君達と本当の友達になってた。苦しかった。親友の君を殺したくなんかない。でも殺さないと、僕はもちろん、僕の暮らしている世界のみんなも消えてしまう。だから今日、さくらを目の前で失い、自暴自棄になってシロアリに特攻して、そのまま死んでいった剣人の前で呆然としていた君を殺そうとした……」

 うつむいたままで話を聞き続けていた大希は、驚きのあまり顔を上げた。さくらはもちろん生きている。剣人も一応生きていて、今は二人とも別の病室にいる。大希はわけがわからないという顔をしていた。

「待てよ。さくらも剣人も死んでないだろ」

「大希の言う通りなんだ。『今回』はね。これまでは、さくらや剣人どころか、理加さんはもちろん、健も死んでしまった……それで君は相当不安定になってた。それに付け入って、僕は君を殺そうとした。でも、やっぱりできなかった。そして僕は君から逃げて、終末を待った。僕が作戦に失敗したのは、きっと僕達の世界の人もわかってた。それでも、彼らはギャラクシウム爆弾を発破させたんだ」

 顔を蒼白にして、未成は拳を固く握り締める。その手の内から、静かに血が溢れ出した。それでも未成は、拳に力を込め続け、声を震わせた。

「世界は揺らいだ。僕は止まることのない地震の中、そのまま僕は目も眩むような光のなかに放り出された。そこで僕は、世界や、自分の体が消えて行くのを見たんだ。このまま世界は終わりなんだって、僕はそう思った。……けれど、気づけば僕は二○二〇年の元日の日にいたんだ。何も変わっていない。大希も、みんなも、何事も無かったかのように無事だった。世界はリセットされたんだ。崩壊はしかけたけれど、結局何かを起点にして、世界が復元されたんだ。そう僕は思ってる」

 大希は苦悶する未成の言葉を飲み込みきれずに頭を抱えていた。曇り空がいつしか雪景色と代わり、激しく窓に向かって吹き付けていた。その時、何か思いついたように大希ははっとなり、恐る恐る未成に尋ねた。

「もしかして、別の俺って……」

 未成はうなだれるように頷いた。

「そうさ。僕はこれまで、同じことを六度も繰り返したんだ。情けないよね。散々迷ったよ。自分の世界と、君との間に苦しんで、どっちに味方するか決めきれないまま僕は行動し続けた。毎回ちょっとした出来事は変わったけど、結局死ぬ人はみんな死んで、この日にもつれ込んで、結局僕は君を殺すことができないままに終末を迎え続けた……」

 未成はゆっくりと手を開く。血まみれになった両手が、彼の心の痛みを如実に表していた。

「その度、僕にはその失敗の記憶が魂に刻まれ続けた。体は二十三のままだけど、心は少し老けたよ。心は蘇った世界にも引き継がれたからね……。そして君は逆だ。世界が崩壊した時、特異点の君は肉体が残って、心が消えた。だから、巻き戻った世界の中に抜け殻の君が引き継がれたんだ。死ぬことも、生きることもできないで、ただただ徘徊し続ける存在になり果てた君が。その一方で、心身共に健全な君が世界と共に再構築されて、新年の挨拶をしに僕のところを訪れたんだ」

 栄花は何も言うことができずに口を震わせ、大希もまた、未成の告白をどこか遠い目で聞こえていた。

「すまない、未成。お前が苦しんでいるのに、全く気づいてやれなかった」

「いや。全部僕が悪いんだ。決断力のない僕が、全て引き起こしたことだ……」

 未成の頬を、一筋涙が伝う。それを見ていた栄花も静かに涙を浮かべる。大希も、かける言葉を見つけられずに再びうつむいてしまった。だが、未成はそれ以上涙を流さなかった。涙を強く拭き取ると、表情を明るくして顔を上げた。

「でも、今回だけは違う。工藤さんに会って、僕は振り切ることができて、理加さんを救えた。その理加さんが健に自信を持たせて、健は後輩をパトカーに拾った。そのお陰で彼は後ろを見る目を手に入れて、サイバーから逃げ切れた。こうして二人が生き残ったから、さくらは『剣人だけは』と無茶をしなくて、瓦礫に押し潰されることも無かった……とにかく、君に関わる人は、みんな生き残ったんだ。どれもこれも、工藤さんが助けてくれたお陰だよ」

「さんだって? どうして工藤をさん付けにするんだ」

 工藤を賛嘆する未成に、大希は信じられないという顔をした。彼を見つめて呆然としていると、いきなり扉が開く。そこに立っていたのは、紛れもなく工藤雅人だった。

「それはな、俺が全ての原点だからさ。俺は工藤雅人。タイムマシンの事故で、全ての次元を超えた世界に飛ばされて、ようやく戻ってきた男だ。……今から教えてやるよ。全てをな」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ