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24th Period 理加と健

 その頃、理加は健と共に流し台で食事の後片付けをしていた。最近は備蓄されている糧食ばかりだから、せいぜいゴミを分別して捨てるくらいであり、ものの数分で終わる仕事だ。だが、二人はそれをぐだぐだ十分近くも続けていた。

「何とか、なるのかな」

 理加は、ちらりと隣の健を窺いながら呟いた。彼女はカップ麺の空き容器をわざわざ丁寧に洗い、しっかり重ねてゴミ袋に捨て続けていた。一方の健は飲料水のペットボトルを、これまたフィルムを剥がし、キャップを外し、わざわざ時間をかけてまとめていた。

「ああ。大希と……あの兵士のお陰なんだろうな」

 にこやかな表情の健だったが、努めて真剣な口調を続けていた。理加の前に至っては、いつでも彼は堅苦しい雰囲気を保とうとするのだ。理加は困ったように笑いながら肩を竦め、宙を見つめた。

「あの兵士さん、きっと私達の味方をしてくれたってことだよね……どうしてかな」

「……女の考えることなんて知らないな」

 普段通りドライに返してみせた健。理加はため息をつくと、そっと指を伸ばして健の頬をつついた。

「嘘。健だって考えついてるくせに……私は思うよ。大希くんとあの兵士さん、好きあってるんじゃないかなって」

 健は口を尖らせ、参ったという調子で肩を落とす。そして理加の方に振り向くと、ほとんどノーメイクでいる彼女の頬を撫でた。

「いくら飾ってみても、飾らない女には全てお見通しか」

「健の考えてることなんてすぐわかるよ。……まあ、前よりはその飾りも馴染んできたみたいだけど」

「そうか」

 二人が静かに笑いあった時、さくらが水差しを片手にふらりと現れた。彼女は目を丸くすると、にやにやしながら二人の間に割って入った。

「あらら? 何だかいい雰囲気なんじゃない?」

 健は顔を小さくしかめ、手で払うような仕草をしてみせた。ふと奥を見ると、理加と視線がぶつかる。頬を赤らめた元恋人達は、同じように口を尖らせさくらに向き直った。

「まさか」

「そう? おっかしいなあ。頬を撫で合うなんて、ただの男女がするようなことじゃないと思うんですがねぇ?」

 さくらは二人の顔を交互に覗き込み、持っている水差しを二人に向かってちょこちょこと突き出す。健は仏頂面でその水差しを押さえつけた。

「うるさい。用事があるならさっさと済ませろよ」

「なにさあ。つまんない奴」

 口を尖らせると、さくらは勢い良く蛇口を捻って水を汲み始めた。その様子を横目で眺めながら、理加は小さな声で尋ねた。

「剣人くんはどうしてる?」

「別に。クロスワード解いたり、ジグソー作ったり、ルービックキューブしたり、のんびりしてるよ」

「パズルばかりだな。他に無いのか」

 健は半ば呆れて苦笑した。さくらも同じような表情を浮かべ、何度も頷いた。

「病院においてある推理モノはもう読んだものばっかでつまらないんだって」

「本の虫は相変わらずだな」

「ドラマとかだと、もっと打ちひしがれてめそめそして、それから立ち上がっていくっていうのがパターンだけど……事実は小説よりも奇なりだね。うん」

 いつものように明るい顔のさくらの肩を、健は微笑みながら軽く叩いた。

「まあ、あいつは俺達の中で一番強い男だからな。心配するだけ野暮かもしれない」

「うん。だから、いつも通り扱ってやることにした。では水も入りましたし、ここからは二人でお楽しみください」

 蛇口をしめると、さくらは二人に軽く手を振りながら駆け出した。健ははっと頬を赤らめ、後を追うように声を張り上げた。

「余計なお世話だ!」

 健の声は、廊下にむなしく響くだけだった。ため息をつくと、健は再びペットボトルのフィルムを剥き始めた。

「ったく、あいつまでいつも通りだな」

「そうだね。……お互い信頼しあってるから、支えられてるって感じるから、大丈夫なのかも」

「支えられてる……か」

 健はぽつりと呟いた。それきり二人は黙り込み、静かになってしまった。蛇口を捻る音、水がステンレスを打つ音だけが二人の周りを満たす。二人はお互いをちらちらと窺いあうものの、中々話しかけるができなかった。

 そうしてしばし続いた沈黙の後、思い詰めた顔で口を開いたのは理加だった。

「……さっきの話の続きなんだけど、私、健のためだったら頑張って自分を飾れると思う」

「何だって?」

 健は眉を上げ、理加の顔を見つめた。真剣な顔で、真っ直ぐに彼女は健を見つめ返していた。

「私、健が自分の憧れる姿になろうと必死に努力してんの見てると、私も努力したいな、って思えることに気付いたの。私も、なりたい自分になりたいって、思えるの。精一杯お洒落して、自分に自信持って、真っ直ぐ生きていきたいって……」

「それは……」

 健は小さく呟いたかと思うと、思いつめた顔で理加と正面に向き合う。彼女は、うつむきがちに頬を染めながら、じっと上目遣いに健を見つめていた。健は深く息を吸い込むと、いきなりその華奢な体を抱きしめた。

「それは俺も同じだ。お前と話してると勇気が出てくるんだ。お前に支えられてるような、そんな気がしてさ……調子いいのはわかってる。昔は、そんなお前を『わかってない』って突っぱねたんだからな。すごく後悔してる……なあ、理加。こんな、気取ってばかりで仕方ない男だが、もう一度、隣にいてくれないか」

 理加はくすりと笑うと、健の肩に頭を預け、うっとりとした顔で囁き返した。

「いいよ。じゃあ、これが収まったらコンタクトにしないとね……」

 健はさらに深く理加を抱きしめる。理加も健の腰に手を回すと、そっと引き寄せ、優しく抱き返した。

 それを、物陰から神妙な顔で未成は見つめていた。今までは、誰も彼もがいなくなっていた。それが、今回だけは、みんながみんな生き残り、そして未来を志向している。

「一本の杭を抜いただけで……どんどん抜けていったのか……」

 未成は微かに笑みを浮かべると、静かにその場を立ち去った。



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