23th Period ターマイト駆逐サイバー
栄花はそう言うと窓の方に向き直り、未だおぼつかない足取りで近づいていってその窓を押し開けた。既に周囲は大量のシロアリ型サイバーが埋め尽くし、近くのビルに張り付いているものもいた。唯一この病院だけは、自衛隊が何とか食い止めているおかげで侵食を免れていた。大希も隣でその光景を見下ろし、呆然と呟く。
「な、何なんだよこれ……」
「ターマイト型駆逐サイバー。ギャラクシウム爆弾を確実に発破するために、自衛隊その他を日ノ出市から追い払うために作られた量産型のサイバー兵器なの。そして最大の特徴は……」
栄花は早口に答えながらタクトをサイバーの一群に向かって振る。すると、今まで青い目をしていたサイバーが、その目を赤くして窓の上の栄花を見上げた。すると、彼女は眼下の自衛隊が驚くのも構わず、そのサイバー達を別のシロアリ達に飛びかからせた。しばらく取っ組み合っていたサイバーは、目の青いシロアリ達の体をバラバラに砕いてみせる。
しかし、彼らが栄花の指示に従ったのもそれまで、再びサイバーは目を青くして自衛隊達に威嚇を始めてしまった。
「これ。『マザー』直轄の『クイーン』が全て操作してるから、私達の指示は受け付けないようにできてるの。……きっと、私みたいなのを予測してたのかもしれない」
「ってことは、その『クイーン』を潰せばこのサイバーは止まるのか?」
「そういう事」
栄花が頷くと、大希は踵を返して部屋を出ようとした。
「待って、どこ行くの」
「自衛隊に今のことを話すよ。自衛隊の戦車や戦闘機でクイーンに攻撃すれば倒せるじゃないか」
「それは無理だよ」
ドアがいきなり開かれ、大きな鉄製のケースを二つぶら下げた未成が大希の前にずいと進み出る。その顔を見た途端、栄花ははっとなった。
「来栖先輩……」
一歩退いた大希は、信じられないという顔をして、その手に持っているケースと、思いつめたような顔をしている未成の顔を交互に見つめた。
「未成。……無理って、どういうことだよ」
「『クイーン』は動く必要が無いお陰でいくらでも丈夫にできる。核攻撃でもしない限り、その外装を打ち破ることはできないよ」
「そんな。それじゃあどうすればいいんだよ? というか、何でお前がそれを知ってるんだ」
未成は首を振ると、二つのケースをベッドの上に置き、一気に開いた。その中にあったのは、栄花などが身に着けていた銀色のプロテクター、噴射口のついたバックパック、インカムのついたバイザーそしてレーザー銃だった。未成は銃を取り、大希に差し出した。
「詳しい話は後だ。大希、クイーンを倒すにはその機能を止めるしか無い。その為には君がクイーンのもとにたどり着くしか無いんだ」
大希は目を瞬かせ、自分を指差しながら尋ねた。
「お、俺が? どうして俺なんだよ?」
「少し考えたらわかるはずだよ。君の前ではどんな巨大なサイバーも平伏した。君の前ではどんなに強力なレーザー銃も意味を成さなかった。そうだろう?」
「それは……」
大希は言い淀んだ。未成はさらに顔を引き締めると、改めてレーザー銃を突き出した。
「君が望めば世界は変わる。今度こそ変わる。その為には……無限エンジンの生産が間に合わなくて、ガソリンエンジンで動いているあのシロアリ達を蹴散らさないといけない。だから……栄花、君も大希を援護してほしい。……栄花、やってくれるよね」
急にその鋭い視線を向けられ、栄花ははっとなった。だが、彼女はまもなく晴れやかな顔で頷いた。
「もちろんです。大希は私にとって大切な人ですから」
「そうか。……良かった。大希、この街、いや、世界の運命は君にかかっているんだよ。この銃を取ってくれ」
大希は口元を真一文字に引き締め、未成が握っている銀色の銃を見つめた。未成が何故当たり前のようにそれを持ち出しているか、大希は知らない。だが、彼はじっと未成を見据え、一言だけ尋ねた。
「後でちゃんと説明してくれるんだよな」
「ああ。僕はもう嘘をつかない。約束する」
「……それだけ聞けたらいい。信じてるからな」
大希は銃を取った。
ロビーは緊迫していた。その数をもってシロアリ型のサイバーは周囲を埋め尽くし、徐々に自衛隊の防衛網を押し縮めつつあった。単体は大して強くなく、外では必死に撃退しているのだが、姿がシロアリならば性質もシロアリ、次々と湧いてくるため既に対処しきれず、大量のサイバーに押し切られようとしていた。
「どうしますか! ここに篭っているだけだと日ノ出市は終わりです!」
署長が自衛隊の士官に向かって叫ぶ。士官もひどくうろたえた様子で、次々と舞い込む無線の報告を聞いていた。
「日ノ出だけじゃない! こんなものを外に逃がしたら、取り返しのつかないことになる!」
さくらや理加は、ただおろおろしてサイバー兵器がどんどん市中を埋め尽くしていく様子を眺めていた。銃も持たない彼女達に為す術はなく、ただただおろおろとして外を眺めている他になかった。銀色の装備に身を包んだ二人が目の前に降り立ったのは、そんな時だった。
「大希!」
さくらは思わず素頓狂な声を上げ、窓に張り付いた。そこに立っていたのは紛れもなく大希であり、その隣に立っていたのは、病室に閉じ込められていたはずの栄花だった。
「あの兵士もいる……まさか、大希君が逃がしたなんてこと……」
理加が小さな声で呟くと、さくらは小刻みに首を振った。信じられないというよりは、信じたくないという顔だった。
「それこそまさかよ。大希がそんな……」
その時、二人はサイバーに向かって持っていた銃を向ける。そして引き金を引いた途端、その前にいた十匹あまりのサイバーが一気に吹き飛んだ。それを見た二人は衝撃のあまり口が利けない。そうして二人が黙り込んでいるうちに、大希と栄花は時計塔を目指して走りだしてしまった。
「栄花! あんまり先走るなよ!」
タクトを振り回してサイバーを同士討ちさせ、襲いかかるシロアリ達にレーザーの洗礼を浴びせながら駆けていく栄花の背中を追い、大希は諫めるように叫んだ。
「大希こそ! 無茶して死んだらこの世界の望みは薄くなるんでしょ? 来栖先輩の言い分をひっくり返したら! だから、絶対死なないでよ」
大希と栄花は二人でサイバーの取り囲む中に背中合わせで立ち、肩越しに見つめ合った。
「わかってる。死んだらあいつらとの約束も不意にしちまうからな……お前こそ、絶対に死ぬなよ」
「もちろん。……二人で生き残れたら、ご褒美あげる」
「そう、じゃあ楽しみにしておく!」
二人は一気に地面を蹴り、背中のブースターを噴射して飛び上がった。そのまま二人は地面から見上げているサイバーをレーザーで蹴散らすと、再び地面に降り立ち走りだした。右から襲いかかるサイバーに、栄花は他のサイバーをタクトで引き寄せぶつけあう。大希は背後に集まるサイバーを排除し、振り向きざまにサイバーを蹴り飛ばして上空に舞い上がる。そのまま一体のサイバーを踏み倒し、横から突っ込んできたサイバーを撃ち落とした。
徐々に時計塔が近づいてきた。その足元には巨大なドームがあり、近くには戦車の残骸が転がっている。二人は頷き合い、いっそう足を早めた。いっそう多くのサイバーも二人に向かって襲いかかってきたが、二人はいっそう引き金を引く手を早めることで対処していた。
「来栖先輩、調整してくれたのかな。普通は連射できないんだけど……」
「未成か……どうしてお前が未成のことを先輩って言うのか、それも含めてたっぷり聞かせてもらわないとな」
二人は左右から襲い掛かってくるシロアリを蹴散らすと、再び正面に向き直る。そこには、数十匹のシロアリが集結していた。揃いも揃って目をぎらぎらとさせ、二人を殺さんと睨みつけていた。
「こんなの、私が上からまとめて!」
栄花は叫ぶと、一気に地面を蹴って跳び上がった。そのまま銃を構え、徒党を組んでいるシロアリ達をレーザーで次々撃ち抜いていく。その動きの鮮やかさに、瞬間大希は目を奪われてしまった。そして、そうして上空を見上げていたおかげで、ビルの屋上から栄花に向かって真っ直ぐ飛び込んでくる一体のシロアリを見つけられた。
「危ない!」
大希はシロアリに向かって跳び上がると、その横腹を蹴って地に叩き落とした。そのまま銃を構えると、栄花とともにサイバーの列を打ち崩しながら着地した。
「……ありがと」
頬を染め、一方で澄ましたような顔をしながら栄花は呟いた。大希はほっとため息をつくと、飛んできたシロアリを銃身で叩き落とした。
「だから先走るなって言ったんだよ。後ちょっとなんだ。気を抜くなよ」
「うん」
栄花は頷くと、前のシロアリを撃っていく大希の後ろに付いて側面を守った。格段にシロアリは増えてきたが、二人はきっちりしのいで攻撃を受け付けなかった。
そして、二人は直径も高さも二十メートルはある白銀のドームに向かって、ブースターの燃料を使い切る勢いで一気に飛んだ。大希はそのドームの壁に手を付き、そのまま斜面に張り付く。栄花が隣でシロアリを食い止めている姿、そして病院の方角をそれぞれ一瞥し、大希は深く息を吸い込んだ。
「……さあ、止まれ!」
その瞬間、空気がしんとなった。全てのシロアリが動きを止め、栄花も引き金を引く手を止める。大希は目を閉じ、強く自分の右手をドームに向かって押し付け続けた。そして、冬の乾いた風とともに、ついにその静寂が破られた。
「内燃機関に異常確認。任務続行不可能。強制終了します」
ドームのてっぺんから小さく声が響いた瞬間、ドームは急に光を失った。取り残されたシロアリ達にも変化が訪れる。彼らは一斉に目を赤くしたかと思うと、おろおろと周囲を見渡し始めた。すっかり彼らは意気を失い、大人しくなっていた。
「……終わった、のか」
大希はドームを滑り降り、地面に足を付きながらため息をついた。その瞬間、大希はいきなり側面から襲い掛かられた。
「うわぁっ!」
「やったよ! やったんだ、大希!」
栄花の満面の笑みを見つめ、大希はため息をついた。
「まあな……でも、お前を無断で解き放っちまったし、どんな事言われるかな……」
「まあね……そうだ。ご褒美あげなきゃね……」
栄花は大希のバイザーを外してしまうと、いきなり大希と唇を重ね合わせた。その柔らかい感触に、大希は思わず目を丸くしてしまう。そのまま彼が何もできないでいるうちに、栄花はゆっくりと一歩退き、はにかむように笑ってみせた。
「ファーストキスなんだから、ありがたく思いなさいよ?」
栄花は頬を赤らめると、そのまま踵を返し、口笛を吹きながら病院に向かって歩き出していった。大希はその背中を見つめ、静かに呟いた。
「僕を守れて、君はとても満足できたのかい……?」
珍しく晴れた空。未成は病室の中から、じっととあるビルの方角を見つめていた。その屋上には、栄花と大希の姿があった。彼は会心の笑みを浮かべ、ゆっくりと窓を開いた。二人は屋上で頷き合うと、ブースターをレバーで操作し、窓から中に入ってきた。
「先輩、ありがとうございます」
ブースターを外しながら、栄花は未成に向かって頭を下げた。未成は寂しそうに微笑むと、肩を竦めた。
「栄花、ちゃんと僕にも敬語を使うようになったんだね」
「ええ……まあ」
「大希もよくやってくれたよ。これだけでも君は日ノ出市の英雄だ」
「単に巡査が一人で暴走しただけかもな」
大希は照れ隠しに顔を背けると、ぶつぶつと聞こえにくい声で呟いた。未成はそれをしっかり聴きとって微笑むと、ベッド脇のテーブルに置いてあった二杯の高級感あるカップラーメンを指で差した。
「そんな事は無いさ。まあ、表立っては褒められないみたいだけどね」
大希と栄花は一瞬見つめ合うと、どちらからともなく笑い出す。その姿は、ただの男女二人とは、到底言えなかった。未成はにっこりと笑いながら、そっと出口に向かって歩き出した。
「じゃあ、僕はちょっと用事があるから、しばらく二人の時間を楽しんでなよ。十五分もしたら戻るから」
「ん? あ、ああ。ちゃんと戻ってこいよ? お前には聞きたいこと山ほどあるんだからな」
「わかってるさ」
未成はゆっくりと病室の外に出る。そして、彼は少々騒がしいロビーには背を向けると、病院の隅へ向かって歩き出した。
そして、未成は工藤の拘束されている暗い空間を訪れていた。
「来栖。どうやら今回はうまくいきそうだな」
工藤は両手を拘束され、壁に背を預けていた。傲然とした口調はこの期に及んでも変わらない。それでも、未成は神妙に目を細めただけだった。
「あなたの叱咤のお陰かもしれませんね」
暗がりの中、工藤は未成の顔を横目に一瞥した。
「そりゃあ。俺は何でも知ってるからな……。今回の世界は大きく変わった。膠着した流れが動いて、もう元には戻らない。今村大希の幼馴染が全員生き残ったのは大きいな。お陰で奴は冷静なままだ」
未成は頷き、何かを思い返すかのように目を閉じた。
「ずっと、どんなに足掻いたところで、生死の運命だけは変えられないと思っていました。でもそれは、僕の動く気が少し足りなかっただけなんですね……」
寂寥感を含んだ未成の呟きに、工藤はため息をつきながら応えた。
「運命は、長い鎖の柵みたいなものだ。鎖を揺らしたところで、鎖を留める杭は抜けない。お前はずっとそうだった。策士策に溺れて、自分の過ごしてきた世界と築いてしまった友情の間に迷い、中途半端に鎖を動かすばかりだった。そうだろう」
心の奥底をあっさりと見抜かれても、未成はもう身動ぎ一つしなかった。懐に手を当てながら、目を細めて工藤の事を見つめる。
「本当に、あなたは何でもわかってるんですね……」
「ああ。俺は全てを感じてきたんだ。全てが一つで、一つが全ての世界でな」
工藤の言葉は、わずかにやつれていた。未成は小さく頷く。『マザー』からある情報をもらっていた彼は、工藤がどんな出来事に遭遇したのかも知っていた。未成に同情の念を送られながら、工藤は静かに続ける。
「だがもうそんな事もおしまいだ。というよりは、おしまいにしてもらいたいもんだな。来栖未成」
未成は今度は深々と頷くと、懐に手を滑り込ませた。
「わかっていますよ。……過去に足跡を刻むはずだった、時間調査士の工藤征尚さん」
工藤は肩をすくめ、暗がりの中で動き続ける時計を見上げた。その表情は、どこか柔らかだった。
「なんだ。ようやくわかったのか」
「ええ。『マザー』から教えてもらいました。……『母親』のくせに、こんなに大切な事を隠すなんて」
「だからミスを起こしたんだ。アレが嘘をついたせいでな」
工藤が吐き捨てた言葉に未成は心得顔をして、ゆっくり懐から手を抜いた。そこに握られていたのは、刃渡り十センチほどのダガーナイフだ。それを睨めつけるように凝視して、未成は小さく呟いた。
「そして、その混乱を僕が大きくしてしまった……だから、この片は僕が付けます」




