22th Period 告白
栄花は白米を見つめてうんざりとため息をついた。今までがぬるいおかゆだったために、熱い白米を食べたら思わずむせ返ってしまったのだ。思いっきり布団やトレーの上にご飯粒をぶちまけてしまい、栄花はため息混じりにそれを拾っては空いたおかずの皿に戻していた。
「あーあ。久しぶりのご飯だと思ったら……」
そんな時に大希がいきなりドアを大きな音で押し開けたために、栄花は赤面して振り返った。
「ど、どうしたのいきなり! 食事中に押しかけないでよ!」
大希はひどく慌しい様子で椅子を引っ張り出すと、栄花の隣に腰を据えてそのまま詰め寄る。
「ごめん。でも急に聞きたいことができたんだ。お前の名前を聞いたお陰で」
大希の目はただならぬ雰囲気で、栄花は思わず真剣な表情になった。大希の瞳を見つめ返し、抑えた声色で尋ね返す。
「私の名前が……どうかした?」
「お前は日本人なんだろ? その名前……栄花。ちょっと考えればわかることだった。日本語がペラペラじゃないか。肌も髪も、日本人のそれだ。なあ、そうだろ?」
栄花は大希の強い眼差しに引きこまれ、思わず頷いてしまった。
「……そうだけど?」
「だからこそわからないんだ。日本に『あんなもの』を作る技術はない。けど君は日本人だ。一体どういうことなんだ? 頼む、教えてくれ。頭がこんがらがりそうなんだ」
必死にまくし立てる大希を見て、栄花は静かにうつむいた。その目はとにかく逡巡していた。大希が見つめれば見つめるほど、彼女は深くうつむいてしまう。大希は焦り、再び口を開く。
「栄花頼む。お願いだ」
栄花はついに頷き、おもむろに向き直った。
「わかった……全部教える。でも、全部信じてね。それが条件」
静かに尋ねた栄花の目には、強い決意が宿っていた。
「ああ、わかった。全部信じる」
「それなら。……私は、私は、もう一つの日ノ出市から来たんだ」
一階に下りたさくらは、待ち構えていた山本の元に駆け寄った。
「すみません。お待たせしました」
山本は何でもない様子で手を振ろうとしたが、彼女が一人で来たことに気づき、目を瞬かせながらさくらを覗き込んだ。
「それはいいけど、城は人を呼びに行ってたんでしょう? どうして一人で戻ってきたんです?」
さくらは苦笑いして肩をすくめた。
「急用を思い出したらしいです」
「へえ……まあ、仕方ないですね。城、準備はできてますか?」
さくらはファイルから紙の束を取り出す。紙面には、『サイバー兵器の製造元と年代について』と示されていた。
「はい。この事実が何を変えるのかはわかりませんが、それでも、私たちは知らせなければ」
「私が『サンレイザー』と呼ばれる、向こうの日ノ出市を守るために結成された組織に徴用された時、私は教えられたの。私の世界はもうすぐ崩壊して、その世界に存在が根付いている私たちも消えるんだって」
信じるとはいった大希だったが、栄花のとつとつとした語りは初っ端から飲み込みがたかったのか、大希は唸ってこめかみを押さえた。
「待ってくれ。まず、向こうの世界って何なんだ。もう一つの世界って、つまり、SF映画に出てくるようなパラレルワールドってことか?」
栄花は布団を握りしめ、小さく首を振る。何かに怯えている彼女は、小刻みに肩を震わせていた。
「違う。平行世界だったら、私はここをサイバー兵器に襲わせる必要なんかなかった。私達の住む世界は、タイムワープの失敗で生まれた。……この世界の欠片みたいなものなんだ」
さくらはロビーに集まった人々に用紙を配り終え、山本に向かって目配せした。彼は頷くと、パソコンやプロジェクターの前に座っている理加を指差した。彼女は操作を始め、スクリーンにその画面が映し出された。その中央に、一つのファイルが開かれている。それを見つめながら、山本は静かに話し始めた。
「まずは謝らなければなりません。調査は進めましたが、未知のプロテクトに阻まれ、結局私達はサイバー兵器の概要を知ることしかできませんでした。ですが、その事で我々は恐るべき事実を確認したのです」
紙面に目を通した警察官や自衛官達の、驚きや疑いの視線がプロジェクターへと一気に移る。そこにあったのは、サソリのメインコンピューターから吸い出してきたバージョン情報だった。そこには、やはり誰もが目を疑う文字が並んでいた。
『製造元 日ノ出市 製造年 二一二○年』と。
「その事故が起きたのは二〇七〇年。無限にエネルギーを生み出す『ギャラクシウム』という元素を用いたタイムワープの実験が、世界各国で同時に行われたの。けれど、量子コンピューターで導き出されたはずの方法は失敗。タイムマシンは暴走を起こして、作り出されたタイムホールは、日ノ出市や、世界各国の都市をも巻き込んで……私たちの住んでる世界、偽物の百年前に飛ばしちゃったっていうのが全ての始まり」
ぽつぽつと語る栄花の言葉に、大希はじっと耳を傾けていた。
「わかった。で、その失敗の後どうなったんだ?」
「うん。最初は大混乱が起きたんだって。その世界には人がいないし、建物もなかったから。でも、何とか立ち直ろうと、都市と都市の間で協力して、どうにか迷い込んだ新しい世界に順応しようとしてた。それが私の生まれた頃」
栄花は鬱鬱とした感情が言葉の端々にこもり、病室の沈黙がより沈痛さを掻き立てていた。そのまま、彼女は大希の顔を一瞬見た後、さらにトーンを落として語りを再開する。
「ここからが本題。二年前、私達の世界では天災が頻発するようになったの。地割れが起きたり、台風が年中発生したり、火山が爆発したり……もう私達は災害の対処に追われすぎて限界だった。そして一年後、私達が『マザー』って呼んでる、量子コンピューターがその元凶を突き止めたの」
大希は顔をしかめた。この世界も昨今天災が世界で次々に発生していた。頷くと、大希はほんの少し栄花の方に身を乗り出して、続く言葉に耳を澄ませた。
「さっき、今村はここと私の世界を平行世界って言ったでしょ? それは半分当たりで半分違う。二つの世界は平行じゃない。交点があった。それがここの二〇二○年、向こうの二一二〇年。二つの世界が完全に衝突するのが今年の十一月末だって、『マザー』は言ったわ」
「衝突したら……どうなるんだ」
栄花が一際強く顔を強張らせ、布団の端を握りしめた。体を震わせ、恐怖を目一杯に湛えて、かすれ切った声で答えた。
「はじめに言ったじゃん。……元々事故から生まれた私達の世界は不安定だって。多少はこの世界にもダメージがあるかもしれない。けど、消えるのは私達の世界。絶対に」
栄花は口元を震わせ、必死に涙をこらえているようだった。何度も何度もつっかえ、鼻をすすりながら、ただひたすらに呆然としている大希に向かって話し続けた。
「それを逃れるためには、こうするしかなかった……この世界にあって、私達の世界になかったもの……つまり人間や建物を、この世界には存在しないイレギュラーな存在の私達が殺して、破壊することでこの世界の均衡を崩して、最後にギャラクシウムを使った爆弾でタイムワープの事故と同じ状況を引き起こして、そのまま衝突の日に持ち込む。そうすれば……そのせいで不安定になったこの世界が壊れて、代わりに私達の世界が残る……それが『マザー』の出した結論だった」
彼女の頬を、静かに涙が伝った。しゃくり上げて、何度も何度も鼻をすすりながら、栄花は大希の瞳を食い入るように見つめた。
「私は生き残ろうと、したの。生き残りたかったの。だって、私怖かったから……まだ二十歳なのに、まだ大学生だったのに、それなのに、自分の世界ごと死んじゃうなんて言われたら……」
栄花は一際大きく鼻をすすった。目を真っ赤に泣き腫らして大希を見つめるその顔は、まだまだあどけなさが残る一人の女性でしかなかった。涙で布団を濡らし、栄花は大希に言葉をぶつけた。
「けどもうわからない! こんな恐ろしい事をしてまで私達が生きる意味なんて! 私はみんなのためにって頑張ってきたけど、大希が私に優しくしてくれるから……本当にわからなくなっちゃった……」
栄花はいきなり布団を抜け出し、真っ直ぐ大希に飛びついた。大希は思わず抱き止める。大希の胸の中で悲嘆に暮れる彼女は、今にも脆く崩れ落ちてしまいそうだった。
「教えて! 私はどうすればいいの? 私は生きてちゃいけないの?」
大希は、肩を震わせてただただすすり泣く彼女を胸に受け入れ、力強く抱きしめた。その目には、うっすらと涙が浮かんでいた。
「栄花……俺は君に生きていて欲しいと思う……けど俺は……」
苦しそうに搾り出される声を聞きながら、栄花は大希の胸の中で小さく息をついた。ゆっくりと大希から離れ、涙に濡れた顔のまま、小さく微笑んでみせた。
「ごめん。大希はこの街を守る立場なのに。困らせちゃってごめんね」
「すまない……お前の味方をできなくて……」
「気にしないで。励ましてもらえるだけ、私は幸せだし。……どうして敵同士で出会っちゃったかな。普通に、警察官と大学生として出会いたかったな……そうすれば、一緒に買い物したり、映画見たり、できたかもしれないのに」
二人は肩を小さく竦め、そして涙ぐみながら笑いあった。超えることのできない壁を知った二人は、笑うことしかできなかった。
そんな時、ふと大希は下が騒がしくなったのを感じた。怪訝な顔をすると、栄花を黙らせ下の階に意識を集中する。誰かの怒号が聞こえた。そう感じた時、いきなり背後の戸が開いた。大希が慌てて振り向くと、そこには健が息を切らして立っていた。
「大希、大変だ。……サイバーが、シロアリみたいなサイバーが、何百体も久宇慈で暴れだした! たくさんこっちに向かってる! 今は自衛隊が外で食い止めてる。俺達も応戦するぞ!」
「あ、ああ。分かった!」
返事をしつつ、大希はちらりと栄花のことを窺う。彼女の表情を見つめ、大希は小さく頭を下げた。
「ごめんな。栄花」
栄花はしばしぼんやりと大希を見つめていたが、ふと真剣な顔になると、急にベッドから降り立った。途端に彼女はふらつき倒れそうになる。大希は慌てて駆け寄り、そんな彼女の肩を支えてやった。
「お、おい。いきなりどうしたんだよ」
「……私は迷ってた。生き残って、死んだ心地で余生を過ごしていくのか、生きた心地しながら、死んでいくのがいいのか。私は決めた。……私はやっぱり、たとえもうすぐ死ぬとしても、生きている気分を味わいたい。やっと見つけられた本当に大切な人……大希の味方をしたい」
彼女はそばに置かれていたボロボロの隊服を見遣ると、それをベッドの上に投げ出した。
「ちょっとあっち向いてて」
大希は栄花の鋭い言葉に、慌てて彼女から目を逸らした。僅かな衣擦れの音が背後でしばらく聞こえる。大希がうつむきながら待っていると、ようやく肩を叩かれた。
「終わったよ」
振り返ると、栄花は隊服姿になっていた。肩口の血痕が生々しい。大希は戸惑いながら彼女の決意に溢れた眼差しを見つめる。
「……栄花」
「私はもう迷わない。大希の味方をする」




