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21th Period 栄花と大希

「そんな事があったのか。だからそんなに暗い顔を……」

 栄花は朝食を運んできた大希の顔を覗き込んだ。大希はうつむきがちに座ったまま、疲れきった笑顔を浮かべていたのだ。大希は目を瞬かせると、慌てて表情を緩めた。

「そんなに暗くなってるか? あいつは輸血も受けてちょっと元気になったみたいだし、別にくよくよ考えてるわけじゃないんだけどな。まあ、看病しててちょっと疲れたけどさ。心配させて、ごめんな」

 大希の繕わない笑みを見て、栄花はうなだれた。その口元はわずかに震えている。

「悪いのはこっちの方だ。私があんなもの作らなかったら、今村の友達も足を失わずに済んだし、たくさんの人が死ななくてすんだのに」

 栄花がか細い声で呟くと、大希は考えこむように唸りながら首を振った。

「まあ、ね。どうして日ノ出市を狙ってるのか、躊躇なく攻撃できるのか。どうして、って許せなく思うことがたまにある。でも、剣人の怪我に関しては、絶対に引きずらないってみんなで決めてるんだ」

「足を失くしたのに、引きずらないでいられるわけ? そんな事できるわけ――」

 栄花が首を傾げて疑り深く大希の目を覗きこむと、大希はその言葉を遮って再び話し始める。

「この取決めは十余年来のものさ。昔色々あってさ。その時に、四人で生きてる限りは、笑顔を忘れないって決めたんだ。確かに剣人は足を失くしたかもしれないけど、それでもあいつは生きてる。だから、それでいいんだよ。生きてりゃいい事あるって、俺達知ってるからな」

 栄花はあくまで明るい大希から目を逸らす。彼の気丈な振る舞いを、栄花は見ていられなかった。歯を食いしばると、呻きながら頭を掻きむしり、そして大希をじっと見据えた。

「ぶん殴ったっていいんだぞ」

「え? な、何で?」

 栄花は大希の眼前まで強く迫る。その気迫に思わず大希はたじろいでしまった。

「殴れよ。私達の事が許せないなら好きにして。私は恨まないから。殴ってよ」

 大希は心底戸惑ったように目を白黒させた。一瞬の空白の後、彼は軽く笑いながら首を振る。

「ありがたい話だけど、殴れないし、殴る気もない」

「どうして。許せないんでしょ? そうでもしてくれなかったら、私の心もぐちゃぐちゃだ……」

 栄花が呟くと、大希は前触れもなく鋭く右手を振りあげた。その勢いに、栄花は思わず縮こまる。しかし、大希は彼女の頬を軽くはたいただけだった。栄花は呆然として目を見開き、大希の顔を見つめる。やはり屈託の無い笑顔だった。

「じゃあ、お前の為にこれだけはしとく。あのな、確かにお前達は許せなく思うことはあるさ。でも、『許せなくても憎むな』って、それが父さんの考えだからさ」

「許せなくても、憎むな……?」

「ああ。罪を犯した人を、許さなくても憎んじゃいけない。憎しみは人から冷静さを奪う。正しく物を見る目を奪う。俺は警察だけど、たとえばそうした時に冤罪が生まれる。そしたら俺達が今度は憎まれる番だ。現実に憎まれてるよ。今の警察はクソだって言う奴もいる。まじめに頑張ってる人だって、いっぱいいるのにさ」

 そう言った彼の表情は、ひどく寂しそうだった。栄花はそれを見て顔を曇らせる。そんな彼女の眼差しには、すでに殺伐とした雰囲気が無くなっていた。膝を抱えて座り込み、栄花は静かに天井を見上げる。

「何だかわかるかも。今村の寂しい気持ち。私も一生懸命頑張ってきたのに、みんなは私の事をまともに見てくれない。『あいつは天才』『あいつは孤児』『あいつは女』って。みんな色眼鏡をかけて私を見てた。工学は男の世界だ、女の私がトップにいるのが許せないなんて奴もいた。結局私を必要としたのは、この街に攻撃を仕掛けようとした時だけ」

 栄花の吐き捨てるような言葉に、大希は微かに苦笑いした。

「そうか。お互い苦労あるな」

「だね」

 大希は何度も頷くと、膝を叩いて立ち上がった。栄花は体育座りしたまま、寂しそうな上目遣いで大希のことを見上げた。

「なんだ。もう行っちゃうの?」

「ああ、そろそろ戻らないと叱られるからな。……何だか寂しそうな顔してるな。いいのか? 俺はい一応、お前にとっては敵なのに」

 栄花は肩を竦め、ベッドに寝っ転がった。

「なんかどうでも良くなってきた。ここで一人になってると、誰が敵とか、彼が味方とか、もう気にするの疲れちゃったっていうか……」

 その言葉を聞いて、大希は顔を綻ばせた。彼女は大分自分を繕わなくなっていた。怯えて威嚇を続ける捨て猫のような姿はもう影を潜めていた。満足気に頷くと、大希はゆっくり彼女のベッドから離れだす。

「そうか。……じゃあ、また明日来るからな」

「待って」

 その時、栄花がいきなり大希を呼び止めた。振り返って大希は首を傾げる。

「どうした」

 呼び止めた栄花は、思いつめたように唇を噛み、目を大きく開いて大希を見つめていた。何度か彼女は言いよどみ、そうして恐る恐る口を開いた。

「私の名前、言ってなかったよね? ……北星栄花っていうんだ」

「ホクセイ、エイカ?」

「北の星、栄える花って書いて、北星栄花」

「……そうか。お前によく似合ってると思うよ。……じゃあ、そろそろ行かないと」

 大希は栄花が初めて見せた笑顔を見て微笑むと、静かに戸を開いて病室を後にした。栄花は頬を染めながら、面と向かって言えなかった言葉をようやく口にした。

「大希。ありがとう」


 大希が病室の外に出ると、ちょうどさくらと鉢合わせした。小脇に大きなファイルを抱えて、ついでに例の銀縁伊達眼鏡もかけている。さくらはあくびをしながら、大希の肩を叩く。

「今日は自分から出てきたんだ? もうすぐ会議始まるから、行こ」

 眼鏡で少々目立たなくなっていたが、彼女の眼の下には深いくまがあった。大希は目を疑い、さくら、目元を思わず指差してしまう。

「さくら、お前寝てないだろ」

 さくらは眼鏡を外し、目を擦りながら頷いた。

「あいつ、朝になるまで目を覚まさなかったんだもん。いつ目を覚ますのかな……って待ってたら夜が明けちゃって……これで貫徹二日目」

 さくらが力なくピースしたのを見つめ、大希は呆れてため息をついた。

「ったく、ちゃんと寝ろよ。美容に悪いぞ」

「余計なお世話」

 さくらが鼻先を指差すと、大希は一旦口をつぐみ、目を逸らしながら尋ねた。

「で、剣人の様子はどうだ?」

「もうだいぶ元気だよ。おかゆじゃ体力戻らないってごねてた」

「そうか。ならもう大丈夫だな」

 大希は力強く頷き、さくらとにっこりと笑いあった。さくらは眼鏡をかけ直すと、踵を返して一階に向かって歩き出す。大希もその後に従い、下の階に降りようとした。

 その時、病室の方からひどくむせ返る声が聞こえてきた。大希は一瞬振り返った。途端に大希ははっとなり、慌ててさくらに追いつくと、軽く彼女の肩を叩いた。さくらが足を止めると、そのまま大希は真剣な顔で訴える。

「ごめん。俺、あの人に確かめなきゃいけないことができた。悪いけど会議には出られない」

「え? ちょ、ちょっと何言って――」

 さくらが言い終わらないうちに、大希はすでに病室の方へと駆け戻ろうとしていた。

「ごめん! 俺の代わりに山本さんに謝っといて!」

 慌ただしい親友の動向に、さくらはやれやれとため息をついてしまった。

「大希……今更あの兵士に何を聞くの……」



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