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Second Perod 翌朝

「はいはいはい! もっと離れて! 近づいちゃだめ!」

 早朝、大希は殺人現場に現れ、おっかなびっくり死体を覗き込んでいる人々を上司と共に追い立てていた。紺色の制服に身を包み、帽子を被ったその姿は正しく警官である。素早く黄色いテープを張り巡らして人々を閉め出し、それからブルーシートを張って人々の視界に現場が入らないようにしていく。

「おやっさん、様子はどうですか?」

 署への連絡を終えて、ブルーシート張りに加わった広田憲剛ひろた けんごに大希は尋ねる。四十を超えてなお逞しい体つきをした彼は、太い眉を寄せて渋面を作っていた。

「背後からブスリだ。うつ伏せに倒れてるから、これ以上のことはよくわからんな」

 交番勤めの二人に遺体を動かすような権限はなく、できるのはちょっと覗いて他殺か自殺かを判断することくらいだ。大希はため息をつき、後ろ髪を掻く。

「歯がゆいですね。ちょっと顔を見ることもできないなんて」

「まあそう言うな。お前は殺人事件が初めてだからそう思うかもしれないけどな、現場の保全は本当に重要なんだぞ。今回はむしろ失敗だ。野次馬のせいで証拠が消えちまったかもしれない」

「そうですね……すいません」

 大希は静かに頭を下げる。その顔は、いかにも悔しそうにしかめられていた。広田は肩を竦めると、大希の背中を勢い良く叩いた。

「俺達の仕事だって必要だ。俺達が現場の保全をやり遂げることで、捜査が楽になるんだからな」

 広田の諭すような口調に、大希は深々と頷いた。若々しく、使命感に溢れた表情だった。

「了解しました」

 その時、いきなりブルーシートをめくり上げて二人のスーツ姿の男達が現れた。一人は壮年、いかにも場数を踏んできた刑事の雰囲気で、目を細めて死体の周囲を見渡した。もう一方は端正な男らし顔立ちの青年だ。まだまだ経験も浅いと見え、メモを片手に切れ長の目をさらに細めてじっと死体の姿を見つめている。

剣人けんと!」

 その姿を見て大希が声を上げると、青年は目を丸くして振り向いた。

「む? 大希が来てたのか。朝っぱらから大変だったな」

「いや。殺された人のことを考えたら、文句なんて言っていられないさ」

 大希が首を横に振ると、青年は同意する様子で小刻みに頷いた。そんな彼の肩を、眉間にしわを寄せた刑事が軽く叩いた。

やなぎ、挨拶はそれくらいにしておけ。俺達の仕事は聞き込みだ。行くぞ」

 刑事は青年の前を横切り、ブルーシートに囲まれた現場を後にした。柳剣人は刑事に向かって小さく礼をし、それから大希達にも礼をして立ち去っていった。それを見送った広田は、深く息を吐きながら大希の肩に手を置いた。

「俺達はそろそろ戻ろう。後は専門家に任せるぞ。いつまでも交番を開けっ放しにするのはまずい」

「はい!」

 悠然と歩き出した広田の背中を追い、大希は囲いを後にした。


 日ノ出駅前交番。そこが大希の勤める場所だ。この日のように、何か事件があればすぐに飛んでいって、後の捜査がスムーズに進むようにすることも彼らの仕事だが、主な仕事は、パトロールをしたり、落し物を預かったりすることである。


 四畳ほどの狭い空間の中、入口から見て右のデスクに向かって腰を落ち着けると、大希は目の前に昨日拾った化学の教科書を置いた。広田はそれを覗き込む。

「教科書? どうしてそんなものを持ち込んできた」

「昨日拾ったんです。名前もないから、とりあえず持って来ました」

 大希がそう答えると、広田は教科書をおもむろに取り上げ、表紙を見つめる。光の粒が飛び回る絵が中心に据えられ、下には『日ノ出書籍』の文字があった。広田は顎をさすりながら、教科書を再び大希の方に押し戻した。

「これは……近くの高校に問い合わせてみたほうが早いかもな。使ってる高校を探して、教科書を失くして困っている奴がいないか聞いてみる方がいいかもしれない」

 大希は頭を掻きながら、中途半端に頷いた。その煮え切らない態度に広田が顔をしかめると、大希は苦笑いしながら教科書を取り上げ、パラパラとめくり始めた。

「いやあ、僕もそう思って、昨日この教科書を使っている学校をネットで調べたんです。そしたらどこにもなくて。だから僕、これは何かのセットなんじゃないか、って思ってます」

「セット?」

 広田がオウム返しにすると、大希は今度こそ深々と頷いてみせた。

「ええ。『ゆうがたワイド』でやってましたよ。『科学の日の出都市』宣言から二十周年の記念ドラマを作るとか何とかで、エキストラを募集してるって。近未来の学園モノらしいですし、多分こういう小道具が必要なんでしょう」

「なんだ。そこまで見当をつけてるなら先に言えばいいだろう。もったいつけるな」

 広田が唸ると、大希は愛想笑いしながら軽く頭を下げた。呆れたように肩を竦めると、広田は椅子に深くもたれかかった。

「まあいい。署に届けよう。探偵や刑事じゃないんだ。俺達があれこれ考えたってしょうがない」

「了解です。……うん、それにしてもよくできてる……」

 大希は感心したような声を上げながら教科書を隅々まで眺め回した。今彼が開いているページには、最近開発が始まったばかりだという一三七番元素の性質が羅列されていた。大希の背後から、広田もこっそり覗き込む。

「何々? 『一三七元素、ギャラクシウムは、現在実用化されている最後の元素である。この元素は時空間に歪みを作ることで安定な状態を作り出し、超重元素でありながら半減期は五千年にも及ぶ。空間の歪みから生み出される強力なエネルギーを我々は利用し、化石燃料に変わる新エネルギーの筆頭となっている』……? 俺にはよくわからんなあ。よくこんなものを考えつくもんだ」

「そうですねえ。今からドラマが楽しみです」

 大希がにこにこ微笑むと、それに合わせて広田も目を細めた。

「サイエンスフィクション好きは変わらないな」

「SFには夢がありますから」

 大希は嘆息をつくと、そっとその教科書を机の上で裏向きに閉じる。そこにはやはり、『K・M』の頭文字があった。


 その頃、来栖未成は上司と共に殺人現場で現場検証を終えたところだった。特に目ぼしい物的証拠は見当たらず、鑑識達の間には重苦しい空気が立ち込め始めていた。

「さあ、ホトケさんを見よう。どう考えても他殺だがな」

 上司の覇気のない口調に小さく頷き、未成は上司と共にうつ伏せのままでいた遺体のそばに跪く。目配せすると、二人はそっと遺体を仰向けに返す。その顔を見て、未成は驚いたような声を上げた。

「うわっ! ……大希にそっくりだ……」

「大希? 誰だそれは」

 未成の上司が眉間にしわを寄せると、未成は肩を竦めながら答えた。

「今村大希巡査、日の出駅前交番に務めている私の友人です」

「その巡査が殺されたんじゃないかって言いたいのか?」

「いいえ。そんなはずは……」

 未成が口ごもっていると、いきなりブルーシートの囲いを開いて剣人とその先輩の刑事が中に入ってきた。二人とも目を丸くしている。

「どうしたんですか? 外まで聞こえてきましたよ」

 刑事がそう言って外の方を親指で指し示すと、未成は苦笑いを浮かべながらうなじ辺りを掻いた。

「いえ……別に何かあったわけでは……」

「何だ。ならそんな風に変な声を上げないでくれ。びっくりするだろう」

「すいません」

 未成が深々と頭を下げると、刑事は仕方なしといった様子で肩を竦め、呆然とした表情で立ち尽くしている剣人を引っ立てて外へ戻ろうとした。しかし、剣人は石のように動かなかった。刑事は訝しげに顔をしかめ、剣人の肩を掴む。

「おいおい、どうした」

「いえ……背格好が、友人とあまりに似ているものですから」

「何? 被害者はお前の友達だっていうのか?」

 剣人はしっかりと首を振る。しかし、虚ろな死相を凝視するその目は、疑念に満ち溢れていた。

「いえ……先輩だって、さっき会ったじゃないですか。真っ先に駆けつけていたあの巡査ですよ」

「あ……そうか。どうも見覚えがあるなと思ったら、さっき見たばっかりだったからか。……じゃあ、目の前のこいつは一体誰なんだ?」

 四人は狐に包まれたような表情を浮かべて、呆然と亡骸の顔を見つめていた。



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