19th Period ドラゴンフライ掘削サイバー
「何してたんだよ。もうすぐ話始まるぞ」
ホールに戻ってきた大希を見つけ、剣人は腕組みしながらつっけんどんに声をぶつける。ホールの中央には機動隊から一般警官まで一堂に会しており、一段高い所に日ノ出署の署長が一枚の紙を手にして立っていた。大希は目を瞬かせながら頭を掻く。
「話? 今日の会議はまだじゃなかったか?」
剣人は顔をしかめると、大希の首根っこを掴んで軽く自分の方に引き寄せた。
「緊急発表があったから時間が早まったんだよ。ほら、間抜けた顔してんな」
「大希、有事なんだぞ。自分の立場にちゃんと責任を持て」
「わかってるさ……」
健にまで渋い声で説教され、大希は軽く肩を竦めた。
「さて、サイバートラブル担当職員は手を挙げてくれ」
署長はゆっくりと話しだす。さくらや理加など、スーツ姿の十数人がおずおずと手を挙げた。そんな彼らを見回し、署長は隣の警官に一枚の紙を手渡した。
「それを向こうに……サイバートラブル担当職員は、拿捕したサイバー兵器の解析を行ってもらう事になった。この結果次第で事態の改善が見えるかもしれない。詳しいことは今渡った紙に書いてある。山本、頼んだぞ」
山本はさくらや理加とともにプリントを眺め、そして静かに頷いた。
「了解しました」
「ありがとう。……さあ、ここからが重要な話だ。我々に使命が下った」
署長はいきなり声のトーンを変えた。重要という言葉に、元々引き締まっていた空気がさらに張り詰める。大希にも、どこか上の空だった表情に生来の真面目さが戻ってくる。
「本日閣議決定により、日ノ出市は緊急避難区域及び防衛ラインに決まった。自衛隊は後者、防衛任務に当たり、我々警察は、市内より避難する市民達の警護に当たることになった。全員の尽力で、無事に人々をこの街の外へ避難させるぞ。いいな」
「はい!」
署長の朗々と響き渡る声を聞き、集まっていた警官達は力強く応えた。署長は頷くと、素早くグループに分け指で差し始めた。
「君達から君達までは東へ行け。湾岸部の住民は海路で脱出する。船に乗り込む人々に混乱が起きないようにするんだ。君達は境界付近についてもらう。既に脱出は始まっている。滞りなく済むよう交通整備に当たるんだ」
素早くふたグループに指示を出すと、それから署長は大希や剣人を含む十人を指差した。
「君達はこの病院の人々を市街の病院へ搬送しろ。既に受け入れ体制はできているはずだ」
すぐさま応えかけた大希だが、すんでのところで言葉を飲み込み代わりに手を挙げた。
「署長。ここに拘束している捕虜はどうなるんです?」
「ここに置いておく事になった。そのうちここは私達や自衛隊の拠点となるそうだから、捕虜を置いておく方が何かと都合がいいらしい。これで大丈夫か?」
それを聞くと、大希は相変わらず厳しい顔のままだったが、そこに何故だかほっとしたような色を含めて頷いた。
「はい。了解です」
署長は小さく頷くと、まだ割り振りされていない機動隊員、そして健を指差した。
「君達は避難所を回って住民を輸送車に載せ、避難区域の外まで運んでくれ。そして、運転手以外はパトロールカーに乗って輸送車を護衛しろ。絶対に輸送車を守れ。何としてでもだ。……それが我々の使命だ。いいな。行動開始!」
「了解!」
健は大声をもって応えると、機動隊に混じって走り出そうとする。しかし、その腕にわずかに抵抗を感じて立ち止まった。
「理加か……どうしたんだ?」
理加はじっと健の目を見据え、小さな声で呟いた。
「……無事に帰ってきてね」
「大丈夫だ。俺は死なない」
健は理加の髪をそっとくしけずり、そのまま再び走り出した。
「一列に並んで冷静に乗って下さい! 決して押したりしないで下さい!」
一時間後、第一高校のグラウンドにて滝川と森本の二人は機動隊の所有するバス型の輸送車に乗り込み、安堵の吐息を洩らしたところだった。
「ふぅ……これで私達も逃げられるんだね」
森本は疲れきった顔に何とか笑みを作り、滝川の横顔を見つめた。その顔はどことなく物憂げで、ぼんやりとした目で乗り込んでくる人の列を見つめていた。やがて、彼はぽつりと呟く。
「何か、やだな」
「……どうして?」
森本がその悔しそうな表情を覗き込みながら尋ねると、滝川は視線を下に落としながらとうとうとした調子で答える。
「確かに俺達はあんな化け物とは戦えない。でも、この街を化け物に壊されていくのを見ながら我先に逃げるなんて、何だか申し訳ないっていうかさ……」
「そっか。そう言われてみると、何だか……」
滝川の苦々しげな口調に感化されたか、森本も時計塔の方角を見つめてため息をついた。そんな時、入口の方から人々の揉める声が聞こえてきた。見れば、まだ歩きもおぼつかない様子の兄妹を連れた夫婦が、入り口の前に立つ機動隊員に向かって必死に訴えていた。
「もう乗れない? じゃあ私達はどうすればいいんですか?」
「この方々を送り届けたらまた戻ってきます。どうかそれまで……」
「それまでにまたあの兵器が襲ってきたらどうするんですか! この子たちは……」
「すぐに戻ります! どうか待っていてください!」
「お願いします。どうかこの子達だけでも……」
「ママも一緒じゃなきゃやだぁ!」
最早輸送車の前は収拾の付かない有様になっていた。滝川はその光景から目を離し、バスの中を見渡した。同情するような顔も見えたが、いかにも非難するような顔も多かった。
滝川は森本と顔を見合わせる。彼女の顔は同情を寄せる顔だった。滝川は深呼吸すると、森本の肩に手を当て、一家の方を一瞥してみせた。森本は一瞬青ざめたが、滝川と顔を見合せているうち、そんな表情も薄れていき、静かに彼女は頷いた。滝川はにっこり笑うと、森本を連れて素早く輸送車を降りた。
「すいません! 僕達と席を代わって下さい。僕達が待ちますから!」
「え……いいんですか?」
「はい。私達なら、もしあの機械が襲ってきても何とか逃げられますから」
降って湧いた幸運に母親は言葉を失った。隊員は眉間にしわを寄せ、胸を張っている二人の顔をじっと見つめた。
「……本当にいいのかい、君達」
「ええ。大丈夫です」
「ありがとう。このお礼はいつか必ずする。どうか無事でいてくれ」
「はい」
今にも泣き出しそうな父親に笑顔で応えると、二人は輸送車へと乗り込む家族を見送った。間もなくドアは閉じられ、輸送車は走りだした。森本は背中の後ろで手を組むと、ほのかに暖かい風を感じて目を細めた。
「少しは、私達にもできる事をやれたのかな」
「……巻き込んじゃって悪かったな」
「ううん。どこまでも付いてくよ。……なあんてね」
森本が健気に微笑んで見せた時、その背後に一台のパトロールカーが止まった。そのパトカーが軽く鳴らしたクラクションの音に、二人は反射的に振り返る。同時に、パトカーのドアが開いた。
「……よくやったぜ、お前ら」
「空井先輩!」
パトカーから降り立ったのは、引き締まった笑みを浮かべている健だった。彼は後部座席のドアを開けると、親指で座席を差した。
「乗れよ。待つ勇気を持てたお前達の特等席だ」
前方を走る輸送車を見つめながら、滝川は今も狐につままれているような顔をしていた。
「なんだ。パトカーの席も使うなら、最初からそう言ってくれればよかったのに」
「そうはいかない。悪いが、元々俺の車両に一般人を載せるつもりは無かったんだ」
健の低く押し殺したような声に、二人は思わず顔を強ばらせた。
「え? どうしてですか?」
「俺は襲撃があった時、サイバー兵器をおびき寄せるための囮だからさ」
あっさりと言い切った健とは裏腹に、高校生の二人は思わず震え上がってしまった。森本の顔がにわかに青ざめた様子をバックミラーで一瞥し、健はため息をついた。
「おいおい。せっかくお前らの勇気を買ってやったのにそんな顔するなよ。一応運転技術はカースタントマン並みって言われてるんだ。囮になっても死ぬつもりはない。お前らを死なすつもりもな。……ただ、あんまり騒がれて気が散っても困るから載せなかっただけさ。さっきのちびっこみたいにな」
「……な、なるほど」
「ん? 森本、怖くなったか」
すっかりしおれてしまった森本に健が半ばからかうような口調で尋ねると、彼女は自分で自分を抱きしめるようにしながら小刻みに首を振った。
「い、いえ……期待されてるなら、頑張ります……」
「滝川、お前は?」
「ま、先輩がいるんですから、大船に乗ったつもりでいますよ」
滝川もやや血の気が失せていたが、それでも彼女の手前、腕組みをして窓の外を眺め、気楽な口調を装って頷いてみせた。そのわかりやすい強がりに健が苦笑していると、いきなり無線から通信が飛び込んできた。
『空井! サイバー兵器が一機そっちに向かってる! トンボ型だ!』
「トンボ、ですか。了解、私にお任せください!」
ついに来た襲撃。滝川達は慌てて振り返る。そこには、虹の光沢を持つ二対の羽根を大きく広げて飛んでくる、白銀の巨大なトンボがいた。
健は眉根にしわを寄せてサイドミラーからそのトンボの姿を確かめた後、素早く左手を無線に伸ばした。
「加嶋さん、聞こえますか」
輸送車のハンドルを握っているであろう機動隊員は、間髪置かずすぐに応じてきた。
『空井! 来ているのはあの一体だけか!』
「はい! 俺が引き付けます! 加嶋さんは一刻も早く目的地へ急いでください!」
『ああ。頼むぞ!』
輸送車はクラクションを鳴らすと、一気にスピードを増して健達を引き離していった。健は無線を戻すと、パトランプのスイッチを入れ、サイレンを鳴らした。ハンドルをしっかり握りしめ、再びサイドミラーに映るトンボの姿を見据えた。顔の大半を覆う眼が、薄赤い光を伴いパトカーを見据えていた。
「滝川、森本、トンボを見張っててくれ。今から俺は運転に集中する」
言うやいなや、健は一気にアクセルを踏み込んだ。車は一気に速度を増していく。トンボははっきり彼らに狙いを定め、急降下を始めた。滝川は後ろを見つめて叫ぶ。
「トンボが真後ろに来ました! 何かしてきそうです!」
「させん!」
健はハンドルを大きく切り、タイヤを鳴かせながら東にハンドルを切った。それと同時に、トンボはその尾を強く地面に突き刺した。
「お、おっかない……もうちょっとで刺さるとこだった……」
森本は真っ青な頬に冷や汗を流した。後ろを見れば、そこには地面から尾を引き抜き、再びこちらに向かって飛んでくるトンボの姿があった。森本は健の方に振り返る。
「空井先輩! まだ来ます!」
「じゃなきゃ困る! 何のために鬼ごっこしてるんだ」
健はそう言うと同時に反対車線へずれた。もといた位置には再びトンボの一撃が突き刺さる。その隙に、健は北にハンドルを切った。あまりのスピードに、シートベルトをしていなかった二人はしたたかに肩や腕をドアに打ちつける。呻き声を聞きながら、健は呆れたようにたしなめた。
「シートベルトしろ。吹っ飛ぶぞ」
健は再び車線を変えた。十字路でハンドルを強く切り、再び東を目指して走りだす。余りに荒っぽいハンドルさばきを物怖じせずに繰り出す彼を、滝川は賞賛の目で見つめた。
「すごい。……俺だったら、こんな運転怖くてできないです……」
「俺だって怖いさ。……でも、ハードボイルドな男ってのは、こういう荒業も眉一つ動かさずにやり遂げなきゃいけないからな!」
今や健の目は爛々として、パトカーをまるで手足のように動かしていた。タイヤの滑りすらも計算に入れた方向転換は、まさに彼が言ったカースタントさながらで、事ある毎に振り回されている森本は震えるばかりだった。トンボが追い縋ってくるのを何度も窺いながら、森本は前に身を乗り出した。
「い、いつまでこんなこと続けるんですか!」
「知らん! 奴がくたばるまでだ!」
健はアクセルを踏み込みながらハンドルを切る。いきなりスピードが増し、二人はいよいよ顔を青くする。が、後輪が滑ったお陰で、むしろすんなりと曲がれた。目を見開いたまま、森本は頬を引きつらせて呟く。
「ドリフトだったっけ……ゲームセンターでしか見たことないよ」
「俺もだ」
滝川も小刻みに息をしながら呟いた。二人が半ば呆然として健のハンドル捌きを見つめていると、その様子に気づいて健は首を振った。
「トンボはどうなってる!」
鋭い剣幕に、滝川は慌ててサイドミラーを見つめる。そこには、なおも追いかけてくるトンボの姿があった。燃料が切れたりする様子は毛ほどもなく、トンボはパトカーを中心に捉え急降下を始めていた。
「空井先輩! まただ!」
滝川の叫びに合わせて、健は再び車線を変える。そして、例のごとくトンボはその尾を地面に突き刺してしまった。それでも、トンボは素早く尾を引き抜き迫ってくる。森本はその様子を瞬き一つせずに見つめていたが、いきなり彼女ははっとなった。
「先輩。あのトンボの尻尾、大分ボロボロになってきてます」
森本の視線の先には、外装がひしゃげて歪んだトンボの尾があった。
「そうか……無茶苦茶するから大分壊れてきたのか……なら」
健はぽんとアクセルを離してしまった。エンジンブレーキがかかり、九十キロを越えていたスピードがどんどん緩んでいく。もちろん、トンボは一気に間を詰めてくる。滝川は焦り、声を上ずらせた。
「空井先輩! どうしたんですか!」
トンボは尾を動かし、じっくりこちらを狙っていた。その様子が映るサイドミラーを健は一瞬見た。そして前を睨んだ彼は、一気にアクセルを踏み込んだ。トンボが尾を振り上げた瞬間、パトカーは一気に加速して間合いを引き離していく。
「これでどうだ!」
健が叫んだ瞬間、トンボは地面に深々と尾を突き刺した。毎度のごとく尾を引き抜こうとするトンボだったが、どうにもそうはいかなかった。最大出力で突き刺したその尾は、深々と突き刺さり全く抜けなくなっていた。それでも、機械は諦めることを知らなかった。
「任務遂行!」
トンボはそう叫び、フルスロットルで急上昇した。途端に亀裂が入っていた尾は甲高い音を立て、ついに先端が千切れた。そのまま内部の配線までズルズルと抜けていき、トンボは無惨に中身を晒しながら地面に墜落した。その目からは光が失せ、最早足一本動かすことはなかった。
その様子をじっと窺い、森本は微かな声で呟いた。
「終わった、んですか……?」
「ああ。だろうな」
「……もう俺、トンボが嫌いになりそうです」
健が頷くと、魂まで抜けてしまいそうな息とともに、滝川は肩を落として力なく呟いた。健はそんな後輩たちの姿を見つめて小さく微笑むと、静かに無線を取った。
「空井です。加嶋さん。そちらはどうですか?」
『おお! 無事だったんだな! こっちも何とか防衛ラインを抜けたぞ。全員無事だ』
「わかりました。今そっちへ向かいます」
加嶋の元気そうな声を聞き、健は会心の笑みを浮かべた。そんな表情をバックミラー越しに見つめ、滝川は安堵、賛嘆、呆れ、様々な感情が入り混じった顔で尋ねた。
「凄いですね、空井先輩は。……俺だったら、やっぱり怖くてこんなことできないです」
「言っただろ。俺だって怖くないことはない。ただ、ハードボイルドを志向するものとしては、こんなんで怖い怖いなんて言ってるわけにはいかないんだよ」
「ハードボイルド、ですか?」
「ああ。恐怖その他の感情に流されず、自分の職務をまっとうする。それが強い男の証、ハードボイルドだ。……ま、俺はあくまで志向してるだけだけどな。全然そんな境地には至れてないよ。孤独な一時、夜の叙情、あてもない旅……まだハードボイルドな記号を集めて喜んでるだけさ」
健の自嘲混じりの一言を聞き、森本は首を傾げた。
「そうですかね? 私には、ハードボイルドが本当に何なのか、よくわからないですけど……でも、今の空井先輩が、きっとそれなんだろうなあ、って思いますよ」
健は照れくさそうに鼻の下をこすると、にっこりと笑ってみせた。
「そうか。ありがとうな」




