18th Period 歯向かう少女
「来んなよ! 私に構うな!」
病室に栄花の言葉が響く。大希は宣言していた通り、翌朝栄花の病室を再び訪れたのだ。だがと言うべきか、当然と言うべきか、彼女の態度は相変わらずだった。
「君、そうやって医者も追い払ったらしいな。ここは俺達の病院なんだけど、わかってるかい?」
栄花は口をつぐんだ。返す言葉が見つからなかったらしく、ただただ彼女は大希の事を睨んだ。大希は仕方なしに微笑み、そっと彼女に歩み寄る。食事もそっと彼女のベッドの横に置いた。
「まあ、俺は別にいいんだけどさ。ただ、そうやって治療も拒んでたら、治るものも治らないし。言っとくけど、俺は心配してるんだぜ? 君の言葉を借りるんなら、一応女だし」
大希は小さく微笑みながら、両手を小さく広げてみせた。栄花は固く結んだ口元をひくつかせ、またしても大希を睨み付けた。
「何だよ。私をバカにしたいのか?」
大希の態度に舌打ちし、栄花は顔をしかめて吐き捨てる。大希は一瞬肩を縮めたが、それでも辛抱強い口調で続けた。
「そんなつもりはないさ。ただ、君は何かにかなり怯えているような気がするから、もっと気を楽にしてもいいんじゃないか、って俺は個人的に思っただけだ」
栄花は顔を引きつらせた。投げやりな雰囲気の漂う笑みを見せ、喉を震わせるような笑い声を上げた。肩をかばいながら彼女は上体全てを大希に向けるような姿勢を取り、並びのいい歯を剥き出しにした。
「私が何かに怯えてる? 冗談キツイな。私はこれでも兵士だぞ? 何かに怯えてやっていけるわけないだろ。敵のくせに、ただのサツのくせに、あんたに何がわかるんだよ」
大希は目を丸くした。肩をすくめ、両手を胸の高さまで持ち上げて控えめに栄花の表情を窺う。投げやりな笑みで隠していても、その眼の奥にはやはり、潜む苦しみが透けて見えた。
「そうか……俺は人の気持ちを見抜くのが得意な方だと思ってたけど、大してあてにならなかったな」
大希は頭の後ろで手を組んで、何の気なしに呟く。栄花は目をらんらんと光らせ、鼻を鳴らした。
「ああ、そうだな。お前の勝手な考えなんかあてにならないって事さ。もうあっち行けよ。私に構うな」
栄花は目を見開き、再び歯を剥き出しにして威嚇する。大希は肩を竦めると、時計を確かめたり、制服の襟元を正したりしながら一歩一歩離れ始めた。
「わかったよ。俺は君にメシを運びに来ただけだし。ちゃんと食っておけよ。力つけなきゃ、治る怪我も治らないからな」
「余計なお世話だ! 敵のお前にそんな事言われたくねえよ!」
大希はやれやれと首を振り、これ以上は何も言わずにそそくさと立ち去ってしまった。その背中を白い目で見送った後、栄花はため息をつき、トレーの真ん中にあった粥に手を伸ばし、口を尖らせながらぶつぶつと呟いた。
「何なんだろ。敵のくせに……変なやつ」
右肩が痛むせいであまり腕は動かせない。自分の口を粥の椀に近づけるようにして、必死に掻き込む。丁寧に噛んで飲み下しながら、栄花は静かに呟いた。
「……でも、おいしい」
大希は扉を閉じてため息をついた。彼女の言う通り、本来はテロ犯罪者として捕らえているわけだから、ドライに適当な扱いをしたって他の誰も、彼女すらも文句を言わないだろう。しかし、大希は病室の扉を見つめてがっかりとうなだれるのだった。
「また怒鳴られてたね」
少しからかいが交じった口調で話しかけられ、大希は顔を上げた。未成が、いつものように多少の弱々しさも伴う笑顔でこちらを見つめていた。
「ああ。参ったよ。ちょっとくらい大人しくしてくれてもいいのに」
「どうしてそこまで彼女を気にかけるんだい?」
腕組みをして、ぶつぶつ文句をたれる大希に、未成は不思議そうな表情を見せた。大希は瞬きすると、小さく唸りながら宙を見つめた。
「ん? えぇと……」
唸ったり頭を掻いたり、大希がすぐに答えられないでいると、未成はにやりと笑って、大希の鼻先を指差した。
「そうか。彼女が結構美人だからかな?」
大希は目を細くして未成の表情を見つめる。確かに、外見だけならかなりの美人だ。だが、大希は思い切り首を振って顔をしかめてしまった。
「いや。あんな美人がいてたまるかよ。……でも、人として、何だか放って置けない気がするんだ。何だかひどく無理してるように見えて仕方ないんだよ」
「ふうん。なるほどねぇ……」
未成は病室の扉を見つめる。その目は、奥にいるであろう女性兵士の姿を見透かしているかのようだ。ぼんやりとした目は、感傷に浸っているかのようにも見える。大希は鼻で笑い、未成の肩をつついた。
「何だ。お前も結構気になってるんじゃないか?」
未成は大希の方をちらりと見て、微かに頷いた。
「まあね……君が望んでいるような意味とは、違うんだけどさ」
大希が未成の言葉に首を傾げた時、遠くから剣人の鋭い声が飛んできた。
「おい! 食事出してくるだけなのにどんだけ時間食ってんだよ! さっさと戻ってこい!」
「おっと。今行く」
大希はもう一度病室を一瞥すると、ロビーに向かって走り出した。




