17th Period 邂逅
栄花は、複雑に組まれたやぐらの上に立ち、カマキリ型サイバーの整備をしていた。その頭部を開き、カマキリのメインコンピュータと手持ちのモニターを繋げ、それが映し出すデータにじっと目を通していた。その顔に表情は無く、ただ淡々と彼女はモニターを見つめていた。
「北星! そっちの整備は済んだか!」
下から上司の声がした。栄花はモニターから目を逸らし、自分を見上げている眼鏡をかけた上司と目を合わせた。
「はい。もうすぐ済みそうです」
「そうか……北星、頼むぞ。このサイバー兵器の働きで全てが決まる。俺たちが生き残れるかどうかが」
上司の必死な表情を見て、栄花はわずかに顔色を曇らせた。モニターを横目で見て、カマキリの持つ刃のデータを見つめた。その大型振動剣『プテロプスγ』は、一般のビルなら容易く破壊してしまうだろう。栄花はこっそりとため息をつき、抑揚の無い声で立ち去りかけた上司に話しかけた。
「待ってください。……どうしても、この方法しか無いんですか」
上司は振り返った。その冷たい視線に、一瞬栄花は身を縮めてしまう。
「今さら何を言っているんだ。このままでいれば、消えるのは俺達の方なんだぞ」
栄花の目が泳ぐ。その目にカマキリの刃が映った。天井から降り注ぐ白い光に照らされ、毒々しいほど鮮やかに光っている。上司の方に振り返ると、栄花は青ざめた顔で叫んだ。
「でも! 向こうには何十億もの人々が暮らしているんですよ。それを全部犠牲にしてまで、私達が生きる意味はあるんですか!」
上司は目を剥いた。そばに落ちていたナットを拾い上げ、栄花に向かって投げつける。それは僅かに狙いが逸れ、鉄骨に当たってひどく甲高い音を立てた。二人の他に動くもののない倉庫に、その音が染み渡っていく。
「……なら、お前はできるのか? 自分の命を犠牲にすることが!」
「そ……それは」
栄花は再び目を泳がせ、口ごもった。
「できないだろ! そういう事だ! 誰だって死ぬのは怖いんだ。ただそれだけだろ。お前、最近そればっかりらしいな。いい加減に自分の立場を自覚しろ!」
もう一個落ちていたナットを、再び上司は栄花にめがけて投げつけた。栄花はとっさに腕で顔をかばい、その手の平にナットを受けた。ナットの角が栄花の手を傷つけ、そこからうっすらと血が滲む。傷口を押さえながらやぐらの下を窺うと、肩を怒らせながら立ち去る上司の背中が見えた。栄花はため息をつく気力すらも失い、肩を落としてサイバー兵器と向き合う。工学における天賦の才を授けられた彼女にとっての誇りであり、汚点だった。
唇を噛みしめ、彼女は傷口を強く押さえる。血が流れ、鉄骨に赤い染みを作っていった。
栄花ははっと目を覚ました。とっさに起き上がろうとしたが、右手をベッドに付いた瞬間真っ青になって再び倒れてしまう。彼女はため息をつくと、足掻くのは諦め天井を見上げた。何度か瞬きをすると、涙が彼女の横顔を伝って流れていく。
「またか……」
呟き、栄花は涙を無造作に拭った。呆けた瞳で、栄花はぼんやりと周囲を窺う。辺り一面全てが真っ白だ。寝ているベッドも、壁も、カーテンも、全て白だ。ようやくこの場が病院であることに気付いたのであろうか、栄花は訝しげに顔をしかめた。
「何で私、病院なんかで寝てるの?」
栄花は自分の体に目を走らせ、そして右肩に巻かれた包帯に気が付いた。それを見た途端、栄花ははっと目を見開いた。
「そうだ……私、右肩怪我して、それで……」
布団の端を握りしめ、栄花は怯えた猫のように縮こまって周囲を見回す。
「どうして。どうして私、こんなところに……」
置かれた状況に戸惑い、栄花は掴んだ布団を引き寄せ左手で抱きしめる。男にも果敢に突っかかっていく女のはずだった栄花の瞳は、再び潤み始めていた。その時、いきなり病室の戸が開く。びくりと身を震わせ、栄花は反射的に戸の方角に目を向けた。そこには、短髪で、澄んだ瞳が誠実さを思わせる青年が立っていた。その顔に驚きの色を浮かべ、青年は栄花にゆっくりと近づいていく。
「もう起きたのか。医者の見立てじゃまだしばらく起きないって言ってたんだけど……」
栄花は思いきり眉根にしわを寄せた。追い詰められた猫のように、彼女は必死に息を荒らげて青年の事を睨み付ける。
「近づくな! 何なんだよお前は!」
青年は口を尖らせ、小さく両手を挙げた。
「何だよその態度。せっかく助けてやったのにそんな言い方無いだろ」
「助けた?」
栄花は警戒心を剥き出しにして、力の入らない体にムチを打ち、何とか半身を起こした。それから、不満そうな顔をしている青年を改めて睨み付ける。
「別に助けたってつもりは無いんだろ。私を適当に生かしておいて、情報でも何でも搾り取るつもりなんだろ!」
栄花は早口でまくし立てる。その言葉に合わせ、青年は困ったように目を瞬かせていた。栄花は一瞬自分の体に目を下ろし、それから口ごもりつつ続けた。
「それに、私は女だしな。色々使い出があるとか、思ってるんだろ。どうなんだよ」
今まで困り顔をしていた青年は、苦し紛れの栄花が最後に付け足した言葉を聞き、何と吹きだしてしまった。そのまま笑い続ける様子に戦慄し、栄花は布団で自分の身を守るようにしながら睨み付けた。
「どうして笑うんだよ。図星か?」
青年は必死に笑いを噛み殺し、再びこちらに歩み寄り始めた。
「俺達を何だと思ってるんだ。ま、そういう考えになるって事は、自分のスタイルに結構自信あるんだな」
思わず栄花は赤面した。唇を噛みしめ、今にも泣き出しそうな顔で青年を睨む。そのあまりに弱々しい表情に、青年は慌ててその場を取りなそうとした。
「ご、ごめん。セクハラだったかな。今のは……」
栄花は自分の姿を布団で覆い隠したまま、眉一本動かさない。ひどく困って、青年は目を泳がせた。
「ねえ、本当に他意は無いんだ。血だらけで倒れてる人を放っておけるかい? そんなわけないだろ」
青年は両手を広げ、必死に自分に敵意がないことをアピールしている。しかし、栄花にはそれが不審に見え、余計に布団をきつく握りしめる。青年はため息をつきながら肩を落とし、苦笑した。
「頑固だね、君も……じゃあ、名前を教えようか。名前も知らない奴に話しかけられたって、怖いだけだよな。俺の名前は今村大希。一応警察官さ。まあでも、怪我している君に詰問するような真似はしないから、信じてくれ」
栄花はうつむき、大希の温かい眼差しから目を逸らした。そして声を荒げながら頭を掻きむしると、彼女はきっと大希を睨みつけた。
「独り善がりだ。それで私のことを考えてるつもりかよ。見え見えなんだよ。私を油断させて、やっぱり情報を取ろうっていう魂胆だろ! 私は……私は騙されないからな!」
大希は肩を落とす。その目は至極残念そうな光を帯びていた。悲しげに微笑をたたえ、大希は一歩一歩と後へ下がっていく。
「そうか。まあ、すぐに理解してもらえるとは思ってない。でも、君が思っているようなひどい事は絶対にしない。また明日も来るよ。君の誤解が解けるまでね」
そう言い残すと、大希は扉を後ろ手で開き、廊下に姿を消してしまった。その途端、栄花は呆然となってしまった。今までの勢いはどこへやら、栄花は再び肩を震わせ、その目から涙を溢れさせる。拭っても拭っても、その涙は留まるところを知らない。栄花はしゃくりあげて鼻をすすった。
「私は……私はどうしたらいいのさあ……」
栄花は布団に顔を埋め、その晩顔を上げることは無かった。




