15th Period 夜明け
その後、大希はそのまま夜明けまで救助隊の交代時間を待つことにした。知り合った自衛隊の男曰く、これより自衛隊は付きっきりでこの近辺の防衛に当たるつもりらしい。一◯式戦車だのなんだの、最新鋭の装備が時計塔広場に来るということで、時計塔の前は迷彩服が盛んに行き交うようになった。大希は、瓦礫の撤去を手伝いつつ、その様子をじっと見つめていた。
「大希!」
そんな折、さくらの大声が、東雲の空を突き抜けるようにして飛んできた。大希は飛び上がって南の方を見る。そこには、剣人や健達の先頭に立ち、般若面のようにその目をつり上がらせたさくらがいた。大希はまともにその顔を見られず、視線は明後日の方に向いた。
「さ、さくら……」
さくらは舌打ちをした。一応お金持ちのお嬢様である彼女がここまで態度を悪くするということは、想像を超える怒りようだということだ。大希はつかつか歩いてくるさくらを見て震え上がった。彼女は大希の目の前で止まり、鋭く右手を振り抜いた。
「このバカぁ!」
大希は瓦礫の上に尻もちをつき、目を白黒させながらさくら達を見上げた。
「ご、ごめん。さくら、心配かけて」
さくらは頬を膨らませて腕組みする。
「みんなにも言ったらどうなんですか?」
「あ、はい。もちろんそうするさ」
大希はゆっくり立ち上がると、じっとこちらを見つめている五人の方に向かった。さくらのように怒りを全身から立ち上らせているようなのはいなかったが、皆一様に神妙な顔をしていた。
「みんな、ごめん」
大希は静かに頭を下げた。
「俺、夢中だったんだ。何とかしないと、何とかしないといけないと思ったら、勝手に体が動いてたんだ。心配かけたと思う。悪かった」
剣人は肩を竦めてため息をついた。頭のてっぺんから足の先まで見つめて、そこに一分の怪我も無いとわかると、ようやく表情を緩める。悄然としている大希の肩を叩き、にやりとした。
「まあ、お前に怪我もないことだし、さくらに一回きついの張られたってことで、とりあえず許してやるよ」
剣人は健達の方を見た。健もまた表情を緩め、大希にわざとぶつかりながら歩き出した。
「ああ。約束だからな。生きてた以上は笑ってやるよ」
大希は肩を竦めてさくらを見た。口は相変わらず尖っていたが、その目は既に怒っていなかった。
「いい? もう心配させないでね!」
「はい。了解です」
「なら許してあげる。『助かった』んだからね。……じゃ、先行ってるから」
さくらは手を振ると、健達の方に駆け出していった。取り残された大希は、彼らの背中を見つめてほっと息をつく。その横に、そっと未成がやってきた。
「さくらって、随分さっぱりしてるんだね」
「ん? ああ。『約束』に助けられたよ」
「約束?」
未成がオウム返しにすると、大希は小さく笑いながら空を見上げた。
「ああ。昔色々あってさ……まあいいや。今はそんな話してる場合じゃない。行こうぜ」
「うん。そうだね」
二人は頷き合うと、剣人達のいるところまで走りだした。
大希達はひとまず無事に作業を終え、お昼時になって病院に戻ってきた。食事をして仮眠して、次の活動に向けて鋭気を養おうというところだったが、そんな思いを忘れさせるような緊張感が、その頃病棟を包んでいた。
「どうかしたのか。みんなテレビに見入っちゃって」
ロビーに入るなり、健はさくらに尋ねた。彼女は昼食を作るため、一足先に病棟に戻ってきていたのだ。皆一様にテレビを見つめている怪我人達の真ん中に立ち、さくらは目を丸くして、すっかり当惑した顔をしていた。
「ねえ。これ見てよ」
「あ、はい」
先ほどのこともあって、大希は思わず気をつけをしながらテレビを見つめる。しばらくはぼんやりと見つめていたが、時間が立つにつれ、大希はその映像に釘付けられてしまった。
「アメリカ軍が日本全国から一時撤退?」
テレビの中では、防衛大臣がマスコミに対して汗をかきながら答弁していた。その顔にも驚きの色が浮かんでいる。
『撤退の理由は知らされておりませんが、十時間ほど前、千葉県日ノ出市に出現したものに酷似した兵器がニューヨークにも出現したという情報がありますので、それが理由とみて間違いないと思います』
「日本全国からだけじゃないの。アフガンからも他からも、全部。それに、アメリカだけじゃないのよ」
さくらが付け加えて言うことには、先進諸国はもちろん、中国やインドにもかのサイバー兵器が出現し、各国の市街を破壊したということだった。ニュースでも、各地の映像が絶えず報道されており、人々も不安な表情を隠せず、ぼそぼそと隣り合った人同士で小さく会話を交わしていた。テレビを見つめながら、未成はぼそりと呟く。
「まあ……他の街はこの時代も広場だし……」
「ん、なんか言ったか?」
大希が尋ねると、未成は慌てて首を振った。そして取り繕うように腕時計を見る。あと十分で十二時半だ。未成はふと広場の方角を見つめる。目を閉じ、手を強く握り締めた。骨が白く浮き出て、爪が深く手のひらに食い込む。未成はうつむきがちで、何かに少し迷っているかのようだった。だが、彼はやがて顔を上げて、まっすぐに広場の方角を見据えた。
……僕は変えるって決めたんだ。
未成は手を開いた。世界の緊張を伝えるテレビに背を向ける。怪訝な顔をした大希の手が、肩に伸びてくる。しかし、未成はそれを振りきって、陽の光が差し込んでくる出口の方へと走りだした。




