表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/29

14th Period スコーピオン攻撃サイバー

 風が鳴り、あられ混じりの雨が天幕を襲う。炊き出しを買って出ていたさくらと理加は、天幕の中で豚汁の様子を見ながら、不安そうに天幕に雨あられが当たる低い音を聞いていた。手を休め、理加ははためく天幕の壁を見つめる。

「こんな状態で、みんなは救助活動してるんだね……まだ暴風域に入ってないし、これからもっと強くなるのに……」

 さくらも理加と同じ方角を向いて頷いた。常に笑みを絶やさない彼女も、この日ばかりは少し表情が曇っていた。

「そうね。この天幕だって、いつまで持つか……」

 さくらが、天井の骨組みを見上げると、いきなり入り口が開き、ずぶ濡れになった大希と剣人が姿を現した。さくらと理加に気付くなり、入り口の方を指差しながら大希は大股で二人に近付く。

「さくら、佐藤。救急救命センターに本部を移すってさ。撤収するぞ」

 さくらと理加(苗字は佐藤といった)は顔を見合わせ、納得した顔で頷きあった。救急救命センターは、ここから一キロと少し離れたところにある。少し現場から離れているが、新たな本部には適任だ。

「この豚汁はどうするの?」

「それはそのまま蓋をして運ぶつもりだ。重いだろうから俺達が持つよ」

 そう言って密封用のプラスチックの蓋を取った剣人に、さくらは片手を軽く挙げながら尋ねた。

「ねえ、じゃあ私達はどうしたらいい?」

「ん? ああ、火の始末と、そこら辺の物を片付けてくれ。終わったら、天幕の撤去を手伝え」

 剣人は天幕の中央に寄せられた段ボール箱を指差す。調理道具などが入っていた。さくらはにっこり笑って頷いた。

「わかった。じゃあ、救命センターで会おうね」

「お、おう」

 彼女の笑顔に思わず見とれた後、剣人はぎこちなく頷き返した。


 外では、透明な合羽に身を包んだ健と未成が必死に負傷者を車の中に運んでいた。

「大丈夫ですか。肩貸しますよ」

 健は、昨日大希が助けた女性に声をかける。右足のふくらはぎが縦に裂けていた彼女は、全く歩行不能というわけではなかった。が、それでも顔に血の気はなく、立っているだけでも相当苦しそうだ。それでも、彼女は気丈に首を振った。

「気にしないで下さい。私は大丈夫ですから。それより、動けない人を助けてあげてください……」

 だが、その消え入りそうな声は、雨が地を叩く音と風鳴りに阻まれ健に届かない。戸惑った顔で女性に歩み寄る。

「今、何と……」

 女性は深く息を吸い込み、声を張り上げた。

「私に構わず! 行ってください!」

 その勢いに押されて健は飛び上がり、慌てて敬礼した。

「は、はい!」

 途端、天幕の中から未成の声が飛んできた。

「健! こっちを手伝って!」

「ああ、今行く」

 右足を引きずりながら警備車に向かう女性を見送り、健は天幕に飛び込んだ。未成は、頭に包帯が巻かれた男性の足元にひざまずき、担架の片一方を握っていた。

「健、早くこっち持って!」

 健はすぐさま負傷者の頭側に膝まずき、未成と一緒に担架を持ち上げ、天幕を出た。間を置かず、激しい雨、身を切る寒さが健達を襲った。

「さっさと運ぼう。この寒さは体に毒だ!」

 あられの激しさに目を開けていることができず、健は顔をしかめながら未成に叫んだ。

「わかってる!」

 未成も大声で答え、いそいそと二人は救急車を目指していった。


 救命センターの一階は、設備が一変した。待ち合い用のベンチは並べられて簡易なベッドと変わり、安静が求められる患者が寝た。病棟のベッドの空きが少なく、重体患者しか寝せられなかったからだ。軽傷の人々は、床にシートなどを敷いて雑魚寝した。勤務中の医師が総出で手当てに回り、ロビーは戦地のようになった。それでも、雨風がしのげるお陰で人々の表情は安堵に包まれていた。


「何とかなったな。この先もこの調子の対応ができりゃいいけど」

 さくら達が作った豚汁で体を暖めながら、健は呟く。目の前のテレビにはキャスターが早口にニュースを読み上げる姿が映っていた。今回の事件は深刻に取り上げられていた。曲がりなりにも日ノ出市は東京のお膝元であるし、緊張するのも当然だった。レポーターがレインコートを着込んで現場中継していたが、そのレポーター以外にも、カメラの前で喋っているらしい人影が映っていた。

「見てないで手伝え! って感じよね」

 いきなりつっけんどんな声がして、三人は思わず振り返った。いつの間にかさくらが隣にやってきて、腕組みをしながらテレビを見つめていた。彼女の目には、カメラの脇で必死に動いている自衛隊員しか映っていない。大希も頷いた。

「まあな。……後一時間遅かったら、俺はあいつらにつっかかってたかもしれない」

 大希の言葉を聞き、健や剣人はテレビに向かって鼻を鳴らして笑った。一時間後には、大希達が捜索・瓦礫撤去をしている手はずになっていたのだ。

「まあ、適当に報道させといてやれ。手伝ってくれたところで、足手まといかもしれないしな」

 剣人が含み笑いをしながらさくらに目配せしてやると、さくらも小さく肩を竦めた。

「そっか。その可能性もあったわね。なら、ちょっと見届けてやるとしますか……」

 そう言って彼女がため息をついた時、急に映像がおかしくなった。何かもやのようなものが映り込み、さらに映像が歪んでいく。四人が戸惑っているうちに、レポーターが悲鳴と共に地面に倒れた。急にカメラの映像が霧に包まれたかと思うと、大きく揺らいで下に落ち、何かが割れるような音と共に映像がブラックアウトした。

 四人どころか、テレビを見ていた人々は皆息を呑み、にわかにロビーが騒がしくなった。四人も目の前で起きた奇々怪々の事態に戸惑いを隠しきれずにおろおろしていると、背後に理加がのっそりと現れ、独り言のように口にした。

「カマキリが出たの、この後なの……」

「何だって?」

 大希はテレビを注視した。突如起きた事態に動揺しながら、スタジオのアナウンサーは決して時計塔広場には近づかぬよう日ノ出の市民に呼びかけている。大希は周囲で恐怖に怯える人々を見つめた。青い顔をしてただただ黙りこんだり、自衛隊員の安否を気遣う人もいた。その時、大希ははっと息を呑み、いきなり顔を苦悶に歪めて頭を抱え込んだ。

「おい、大希?」

 いきなり苦しみ始めた大希を健が揺すぶる。しかし、大希は余計に呻き声を強めるだけであった。剣人が名前を呼びかけても反応は鈍い。さくらと理加は不安な顔で苦しむ大希の姿を見守っていた。

「……行かなきゃ」

 呻き声が少し緩んだ途端、大希は急に健の手を払いのけて立ち上がり、出口の方へと足を踏み出した。親友のどこかぼんやりとした口調に剣人は戸惑い、慌ててその腕を掴んで引き止める。

「行くって、一体どこにだ?」

「時計塔のところだよ。決まってるだろ」

「待って! そんなの危ないでしょ!」

 剣人の手を振り払った大希を、今度はさくらが止めにかかる。しかし、神妙な表情の大希は彼女のてをあっさりとかわし、さくらの目を静かに見つめた。

「行かなきゃいけないんだ。……どうしてもそんな気がする」

「おい、大希!」

 大希は踵を返すと、四人が止める間もなく病院の外へと出ていってしまった。剣人が大希の名を叫んだが、それは通り抜けた影が鎮めていった空間に虚しく響くだけだった。


 街に重く響き渡る豪雨の中、大希は南広場を目指してひた走った。大粒の雨は、氷のように冷たく突き刺さる。雨具は最早役に立たず、身を切るような寒さが徐々に大希の体を侵し始めていた。それを振り払うかのように、大希はさらに足を早めた。

 次第に、広場の方から雨の音も凌ぐ喧騒が聞こえてきた。人の怒号や、何かが破裂するような音が聞こえてくる。大希はビルの陰に身を潜め、こっそりと南広場を窺った。

 そこにいたのは、巨大なサソリとクモだった。白い体を持ったサソリは、二対のハサミを振り上げ、尾をあちこちに向けて、その攻撃的な様子を余すところ無くむき出しにしていた。右の鋏の付け根にはガトリング砲のような銃口が覗き、左のハサミの付け根には、以前現れた兵士達が持っていた武装と同じ、メガホンのようなものが備え付けられている。尾の先には、ひどく刺々しいパラボラアンテナが付いていたが、それがどんな武装なのか大希に知る由もなかった。

 サソリは瓦礫と化した建物を、今度こそ完膚なきまでに破壊しようとしていた。ガトリング砲を瓦礫に打ち込んで石ころのように砕き、メガホンを使い、ジェット機のような轟音をさせながら粉々に破砕する。大希は苦悶に顔を歪める。まだあの中には助けを待っている人がいるかもしれなかった。

 自衛隊は、用意している兵器の全てを以てこれを阻止しようとしていた。しかし、それを虹色の光沢を持ったクモが嘲笑うかのように防ぎ止め、無に帰していた。サソリに向かって放った戦車砲、手榴弾はクモの体の至るところから放たれる光線に打ち落とされる。マシンガンの弾は流石に撃ち落とせなかったが、そもそもサソリが受け付けない。『必要最小限』とされながら、世界でも有数と噂されていたはずの『実力』。それは、サイバー兵器の前には全くの無力だった。

 大希は一瞬身を震わせた。目には恐れの色が浮かび、傲然と立つ巨大な虫達を呆然と見上げていた。しかし、彼を突き動かしている何かは途方もなく強かった。彼の足は決して後には引かず、それどころか、大希は決意を秘めた表情で駆け出したのだ。

 瓦礫をかわしながら走り抜け、銃を構えた自衛隊員の横を走り抜け、制止も聞かずに大希はサソリに向かって叫んだ。

「止まれ!」

 サソリは瓦礫に向ける手を止めた。その赤く光るライトで大希を一睨みすると、ゆっくりとその体を正面に向ける。

「外敵排除」

 サソリは鋏を開き、ガトリング砲の狙いを大希に定めた。大希は目を見開いて踏ん張り、逃げ出そうとはしなかった。レーザーポインターの赤い印が、大希の胸を捉える。自衛隊員達は思わず固まり、呆然として大希の姿を見つめた。

 しかし、当のサソリがおかしい。狙いを定めているはずが、中々撃とうとしなかった。それどころか、いきなり胸を捉えていたはずのレーザーポインターが震え始める。大希はサソリの顔を見た。その目のライトが明滅し、よく見るとその体も震えていた。

「永久機関、異常発生。任務続行不能……」

 突然サソリがそう呟くと、目のライトから光が失せた。そのままサソリは、そしてクモまでも、いきなりその場に崩れ落ちた。大希は呆然としてガラクタになった兵器達を見つめる。さんざん自衛隊を苦戦させていたサイバーの末路は、あまりに呆気ないものだった。

 しばしの沈黙。大希は棒立ちになったまま、自衛隊員は撃ち方の姿勢のままで動かない。サイバー兵器は身じろぎ一つせず、不気味な雰囲気を保って黙り込んでいた。

 高く鳴る風に巻かれ、大希はふいに自分の今ある状況に気がついた。いつの間にか雨は止み、雲の切れ間から覗く月が、サイバー兵器を青白く浮かび上がらせていた。


「やっぱりだ。やっぱり動かなくなった。……一体どういうことなんだ?」

 サイバーが機能を止めてしばしの間、大希は目の前の事実を訝しむばかりで、背後から近づく人影に気付く事ができなかった。

「おい」

 いきなり低い声がして、大希は思わず飛び上がってしまう。振り返ると、自衛隊の一人が目の前に立っていた。彼もまた困惑した表情をしていて、いきなり大希の肩に手を置きながら詰め寄ってきた。

「お前、奴に何かしたのか? このわけのわからない兵器が一瞬で黙り込むようなこと」

 大希がのけぞりながら首を振ると、その男はため息をつき、周囲で固まっている同僚達を見つめた。未だに謎の兵器を警戒して銃を向けているものもいれば、粉々にされてしまったビルの瓦礫を見つめ、呆然としているものもいた。男は大希に向き直り、責任感に溢れたその目を見つめた。

「ともかく、何て無謀な事をしたんだ。死んでてもおかしくなかったんだからな、わかってるのか?」

 大希は不気味なガラクタとなった兵器を見つめる。自分のしていた事をようやくはっきりと認識したのか、一瞬びくりと身を震わせた後、目を伏せながら大希は頷いた。

「ええ。……ですが、まだ生存者がいる望みを壊された気がして、黙っていられなかったんです」

 自衛隊の男は一旦目を閉じ、それからゆっくりと見開いた。口元に疲れの見える小さな笑みを浮かべ、帽子を取って頭を掻いた。

「俺だって、あの山やこの山が壊されて、望みもまとめて壊された気分だ……確かに、俺がお前の立場だったら、おんなじ事をしてたかもな。人を助けるために動いてたら、やっぱりそうなっちまうのかもしれない。面倒くさい性分だな。俺達は」

 男はにやりとしてみせる。その様子に、大希は顔を綻ばせた。

「ええ、そうですね」

 大希が頷くと同時に、呻き声がどこからか聞こえてきた。まだサソリの手が及んでいなかった瓦礫の方からだ。ふと大希が足元を見ると、カメラの残骸が転がっていた。大希はふと『彼ら』を思い出す。

「そういえば、メディアの人達がいたじゃないですか。あの人達は」

 自衛隊の男はため息をついた。しかめっ面もして、どうやら彼らにいい印象を持っていないようだ。

「メディアの奴ら? 吹っ飛んできたから助け出してやったさ。いい迷惑だよ。手伝わないくせにピーチクパーチク。……何だ。あそこにもいたのか」

「まあ、精々この街の『惨状』とやらを伝えてもらおうじゃないですか。希望を伝えるよりショックを与える方が、人気出るんでしょ」

 大希はため息をつき、呻き声のする方へと全力で駆け出した。文句は言うが、やはり放っておけなかったらしい。男も鼻を鳴らすと、重い足取りで仕方なさそうに後に従っていった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ