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11th Period マンティス強襲サイバー

 十一月三日、文化の日。さくらの友人である理加は、自宅近くの、そして南広場跡近くのコンビニを訪れていた。仕事前の食料調達だ。

「さて。たまにはお菓子でも買いますか……」

 ハーフフレームの眼鏡を持ち上げるような仕草をすると、理加はプレッツェルの品定めを始めた。派手なものよりも、飾りっけのない地味なものの方に目が向く。ふと顔を上げると、鏡のように磨き上げられた窓に一瞬彼女の顔が映った。教科書のイラストにでも出てきそうだ。不細工なわけでもなく、美人でもない。印象にも残らない。名前の通り華のあるさくらとは大違いだ。肩を落とすと、理加はうすしお味のプレッツェルをサンドイッチが入ったかごに落とした。

 踵を返し、理加はレジへと向かう。再び窓の外に目を向けると、今度は南広場の跡が目に入った。今では全くの更地となっており、警戒テープがそこを囲っていた。機動隊が立って、いたずらに入る者がいないか見張っている。理加はため息をつく。先日の出来事は彼女にも暗い影を落としていた。

「嘘みたい……あんな出来事……」


 手早く支払いを終えて店を出た理加は、うつむきがちになり、小さくなってその向かいを通った。

「どうして私、こんな所にマンション借りちゃったんだろ……」

 理加の住むマンションは南広場に程近い場所にあった。普段は交通の便が良く、暮らしやすい部屋だったが、今にも何かが出てきそうな今となっては、理加はこの近くにマンションを借りたことを後悔していた。彼女は表情を曇らせ、やや小走りになって角を曲がる。そして、南広場から離れられたことに安堵してほっと息をついた、まさにその時だった。

 理加の体が急に南広場の方角へ引っ張られた。大の男に無理やり引っ張られたような感覚で、抗おうとしても抗えない。理加はふらつきながら広場の方へと引っ張られていく。

「な、何?」

 理加は蒼白な顔で振り向いた。そこに広がっていたのは、先日の目撃者がニュースで語っていたのと同じ白い霧。広場の周囲を取り囲んでいた警官が、霧に包まれて全く見えなくなる。胸の中で激しく警鐘が鳴り響くのを聞き、理加はとっさにホテルの軒を支える柱に掴まった。その目の前で、浮き上がった人々がどんどん霧の中へと飲み込まれていく。

「これって……もしかして……」

 理加は唇を噛み締めて表情を引き締め、柱を伝って引力の方向とは反対側の場所に移る。そして、携帯の在り処を探った。スーツのポケットを探り、ついに携帯の感触を指で確かめた時、今度はいきなり何かで突き飛ばされたかのような衝撃に襲われ、理加は簡単に吹っ飛ばされてしまった。そのまま全身をホテルの自動ドアにしたたか打ち付けられる。理加は息を詰まらせて地面に倒れ伏した。それでもふらつきながら起き上がった時、目の前に広がる光景を見て理加は呆然としてしまった。

 白銀の巨大なカマキリが、物々しい雰囲気を放って南広場に立っていた。青白い目が不規則に明滅し、周囲に倒れて呻いている人々を無慈悲に見つめている。そして、最も理加の目を引いたのは、銀色に光る前腕の刃だった。

「……撮らなきゃ」

 身の毛がよだち、足も震える。しかし、世界でモノを言うのは情報だ。それをわかっていた理加は恐怖を理性で抑えこみ、携帯のカメラで必死にカマキリを写した。その威圧的な風貌を、全体像一枚、そして部位ごとに十枚。理加は撮った。そうして逃げ遅れた理加は、そのカマキリの恐怖を、身を以って知ることになってしまった。

「任務遂行」

 電子音の無機質な声を発した後、カマキリはその大きな鎌で理加がいる側とは反対のビルを殴りつけた。ガラスが砕ける甲高い音が通りを満たし、鉄が捩じ切れていく、耳を塞ぎたくなるような音がその後に続いていく。そして、阿鼻叫喚の叫びが最後に通りを占めた。恐慌した人々は、蜘蛛の子を散らすようにカマキリから逃げ出していく。

「攻撃!」

 理加もまた同じだった。狂ったようにビルの破壊を始めたカマキリを見て、理性など吹き飛んでしまった。本能で安全な場所を求め、理加は思わずホテルの中に飛び込む。彼女は恐怖で口をぱくぱくさせることしかできず、元々ホテルにいた数人の人々が必死にどこかを目指して逃げ出す中、ただただ魂が抜けたようにカマキリを見つめていた。

 ビルの瓦礫に混じって、何かうごめくものが地面に叩きつけられたのが見えた。五体満足のまま、絶望に顔を凍りつかせた人もいれば、カマキリの攻撃によって語るに堪えない有様になっているものもあった。生き地獄と化した街を呆然と見つめているうち、その刃は理加の方へと向けられた。

「いや……来ないで」

 ひと通りビルを破壊しつくしたカマキリは、重く胸に響く音をさせながらホテルの方に振り返った。その目が全て光りだす。理加はうわ言を呟き、その恐怖から逃れようとフロントへと向けて走りだした。そこにはもう誰もいない。元々いたはずの受付嬢は、あてもなくホテルのどこかへ逃げ出してしまったらしい。理加はもたつきながらそのカウンターを乗り越え、その狭いスペースの中で身を縮める。

「やだよ……さくら、さくらぁ……」

 親友の名を呼んで、理加は顔をくしゃくしゃに歪めて泣きじゃくっていた。体は震え上がっており、もうどこにも動けない。カマキリの甲高い動作音だけが強く耳に焼き付いていた。そして、カマキリはホテルの前でその歩を止める。

「標的確認。破壊!」

 カマキリは鎌を振り上げ、ホテルを切り裂いた。蛍光灯が弾け飛び、天井が砕けた。そして、カウンターの角に身を寄せていた理加の頭上に、彼女の体の数倍はある大きな瓦礫が降り注ぐ。彼女の悲鳴が虚しくこだました。


 時同じくして、大希は交番の前に立ち、唖然とした表情で南を見つめていた。もうもうと立ち込める煙。崩れていく建物。時計塔の土台が目隠しとなり、南広場の様子ははっきりと窺えない。大希は拳を固く握りしめてただ向こう側を見つめていた。

「大希。一体向こうはどうなってるんだ」

 広田も交番から飛び出し、大希の隣で崩壊していくホテルの姿を呆然と見つめていた。大希はしばらく目を見開いて街を見つめていたが、突然大希は息を詰まらせ、目の辺りを手の平で押さえた。

「あっ! な、何だ……?」

「お、おい。どうしたんだ大希!」

 大希はふらつき、広田は慌ててその肩を支えた。

「……カマキリ、のロボット?」

 大希は戸惑いに満ちた表情で自分の手を見つめ、微かな声で呟いた。

「大希、どうした? カマキリが何だ?」

 広田の問いかけにはまるで応えず、大希はゆっくりと顔を上げて南の彼方を見つめた。そのまま大希は広田の手を離れ、何かに導かれるように歩き始めた。広田は慌てて大希の肩を掴んで引き止める。

「お、おい待て! 準備もなしに行くのは絶対に危険だ!」

 大希は静かに振り返った。その表情はどこかぼんやりとしていて、自分が何をしようとしているか自分でも分からないでいる様子だった。しかし、彼は小さく微笑んだ。

「……そうかもしれません。でもおやっさん……俺は行かなきゃならないです。それに、向こうでは傷つき倒れている人がいるはずです。それなのに、今動かないわけには行きません!」

 大希は広田に向かって敬礼を送ると、彼の手を振り切って南広場へ向かい駆け出した。広田は何度も大希の名を呼んだが、大希は振り返らずに行ってしまった。広田はしかめっ面を作って、普段よりも大きく見える大希の背中を見つめた。

「……仕方のないやつだ……」

 広田は表情を引き締めると、時計塔の土台の階段を登りはじめた大希を追って駆け出した。


 時計塔の土台の上に立ち、大希は南広場の惨状を言葉もなく見渡した。目の前に転がっている遺体が、血なまぐさい臭いが、粉塵を巻き上げて吹きつける風が、大希の五感に耐え難い事実を突きつける。その真ん中に立って、今も人々を省みることなく白銀の巨大なカマキリは暴れていた。

「そんな……何が一体どうなって……」

 蒼白になった大希は、時計塔の上で足が固まってしまった。足はわずかに前へ動き出そうとする。しかし二の足を踏むばかりで、ちっとも前には進まない。いつ尻尾を丸めてもおかしくない雰囲気だった。

 だが、思わずカマキリから目を逸らしてしまった時、その目に一人の女性の姿が飛び込んできた。足下を血だらけにして、彼女はカマキリのそばに倒れ伏していた。彼女は必死に逃げ出そうともがいていたが、足に大怪我を負っていた彼女は這うことしかできない。いつカマキリに踏み潰されてもおかしくなかった。

 それを見た瞬間、大希の足から震えが消えた。怯えに緩みきっていた表情は再び芯を取り戻し、彼は真っ直ぐに前を見据えた。地面を蹴り出し、大希は一直線に女性のもとまで走った。瓦礫を乗り越え、飛び越え、血や泥に足を滑らせながら、大希は女性のそばに駆けつけた。

「大丈夫ですか!」

 彼女の顔は真っ青で、既に一歩も動けぬほどに弱っていた。しかし、大希の顔を見るなりわずかに微笑み、掠れ声で話しかけた。

「助けに……来てくれたんですか?」

「はい! 掴まれますか? とにかくここを離れましょう――」

「お巡りさん! 後ろ!」

 女性の振り絞るような声に息を呑み、大希は慌てて背後に振り返った。そこにいたのは、こちらを傲然と見下ろすカマキリの姿だった。

「排除」

 一言呟いたカマキリは、右腕の鎌を空高く振り上げる。大希はとっさに女性を背後に隠し、固く目を閉じた。



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