10th Period 襲撃
翌々日の昼頃。日ノ出市の時計塔前南広場には、ぽつぽつと昼休みを過ごす人々の姿があった。ポプラ並木に挟まれた広場には、数々の彫刻と共にベンチが置かれている。特に何か心躍る場所ではないが、ぼんやりと時を過ごすにはもってこいだ。
そんな中で、スーツ姿の若者は時計塔を見上げていた。ドーナツ片手に、一人ベンチに座る彼の表情は穏やかだった。時計塔が眩しく跳ね返す日光に、男は目を細める。
そして、彼は違和感に気がつき、眉根にしわを寄せた。時計塔の文字盤が、一向に進まないのだ。自分の時計に目を下ろすと、既に正午を過ぎている。しかし時計塔は正午のままだ。今まで時計塔が故障したことなどなく、男は訝しげに顔をしかめた。その時、いきなり時計塔の像が歪み、いきなり周囲が霧に包まれる。さらに、男はいきなり見えない力に引きずり倒された。そのまま彼は霧の中へと向かって引きずり込まれようとしていく。男は慌て、肩で息をしながら必死にもがいた。何かただごとでないことが起きているのは明白だった。
しばらくして、ふと力が弱まった。男は硬直し、空白の時間がほんの数秒流れていく。そして、いきなり男は霧と共に激しく吹き飛ばされた。もんどり打って地面に倒れ、男は呻いた。何とか顔を上げて見れば、そこには奇妙な服装に身を包んだ人間達が立っていた。
彼らは黒みがかった迷彩服の上に白銀のプロテクターを身に付け、手にはSF映画にでも出てきそうな、機械化された銃をぶら下げている。表情は白いフルフェイスヘルメットで隠され、何の感情も窺えない。人々は彼らを困惑の眼差しで見つめる。公園で昼食をとっていた女性が、呆然と口を開いた。
「な、何なの……」
静寂が過ぎる。風が吹いて紅葉が散っていった。その瞬間、いきなり集団のうちの一人が銃口を並木の一つに向ける。銃身の表面に浮かぶ赤いラインが薄く光り、彼は引き金を引いた。
広場中に響き渡る高い音。燃え上がる炎にもうもうと上がる白煙。焦げ付く臭い。人々は悲鳴を上げた。銃から放たれた光が、いきなり木を発破して炎上させたのだ。震え上がっている人々に顔を向け、十人の兵士は銃を構えた。
「立ち去れ。ここから立ち去れ!」
「う、うわあぁ!」
恐怖に萎縮した人々は、武装集団の言葉に従うより他になかった。震える体で立ち上がると、どうにかこうにか走りだした。足がもつれて何度も転びそうになる。その背後で次々に木が爆ぜる音が響き渡った。閑散とした並木道が、一気に火の海へと変わる。恐慌状態の人々は、蜘蛛の子を散らすように逃げていった。
「始末しなくてもよかったのですか?」
転んだり、つまづいたりしながら必死に逃げていく市民達を見送りながら、小柄な兵士が銀色の腕章を着けた上官らしき人物に尋ねる。炎上させた木々を見つめながら、彼は静かに頷いた。
「『干渉』による影響はまだわからない。それに、我々はいち早く『サイバー隊』がこちらへ来られるように整備するのが役目だ。行き過ぎた行動は慎め。いいな」
「了解です」
「ならいい。さっさと行動に移れ」
「はい!」
二人は背負っていたバックパックからメガホンのように見えるものを取り出し、銃口に取り付けた。
大希と広田は慌てて外に飛び出し、時計塔の奥から聞こえてきた破裂音と、立ち込めている煙を認めた。何が起こったのか見当もつかず、二人は戸惑った顔を見合わせた。もちろんそのままではいられず、二人はどちらからともなく時計塔の南広場へと向かおうと足を踏み出した。それと向かい合うように、スーツ姿の青年が広場から必死の形相で駆けてきた。その瞳からただならぬ恐怖を感じ取った大希は、とっさに彼を呼び止めた。
「すいません! いったい何があったんですか!」
青年は大希の姿を認めるなり、いきなりその肩を掴んで大希の事を揺すぶった。
「お、お巡りさん! 大変なんです! 何だかわからない武器を持って、わけのわからないカッコして、
十人くらいの人が――うわぁぁ!」
青年の言葉を割って、再び何かが弾けるような音が遠くから飛んできた。青年は再び恐慌状態に陥り、喚きながら一目散に逃げ出してしまった。大希は隣で唖然と南を見つめている広田に向き直った。
「おやっさん、これは……」
「俺が知るか。でも相当やばい事だけは確かだ。……のこのこ歩いて出向くのは危険だろう。一旦戻って連絡を付ける。お前はパトカーの準備だ」
「はい!」
大希は踵を返すと、交番までの百メートルを慌ただしく駆け抜けた。腰に下げていた鍵を取ると、素早くパトカーに乗り込んでエンジンを掛ける。大希はハンドルを握り、深呼吸を繰り返して広田が乗り込んでくるのを待った。その渋い顔は、一抹の不安と戦っているかのようだった。
「よし。署には連絡を付けた。一斉にかかるから、合図を待てとのことだ」
「はい」
大希はエンジンの音を聴きながら、汗ばんだ手でハンドルをさらに強く握りしめた。一体日ノ出市に現れた存在とは何なのか。大希は心の奥がざわつくのを感じていた。
「南広場へ向かえ! 奴らを囲んで逃がすな!」
「よし行け!」
「はい!」
ついに無線からゴーサインが発せられた。助手席の広田に肩を叩かれ、大希はアクセルを踏み込み、パトカーを南広場へ向かって走らせ始めた。サイレンを鳴らし、大希はさらに強くアクセルを踏んでいく。そうして脇に避ける車をすり抜けるうちに、南広場の有り様が次第に明らかになってきた。
「これは……一体どうなって……」
大希は呆然と南広場を見ていた。ことごとく並木が焼き払われてしまった中を、十人程の物々しい姿が白銀の銃を構えて歩いていた。そのラッパのように広がった銃口を元は彫刻だった大理石の塊に向けると、いきなり大理石はバラバラに砕け散った。
大希は息を呑み、再び前を見つめる。手がわずかに震え、額にもじわりと汗が浮かんだ。盾となるはずのパトカーが、ひどく頼りなく見えた。しかし、既に賽は投げられてしまった。今さら取って返すことなどできないのだ。大希は目をしかと開き、唇を固く結んでハンドルを切った。
同時に四方八方からパトカーや白バイが現れ、南広場へ向かって走る。武装した集団は、素早く銃口をそのパトカーへと向ける。しかしパトカーの動きに澱みはなく、一糸乱れぬ動きで南広場を取り囲んでしまった。大希はパトカーを降りると、拳銃を取り出しパトカーの影から広田と共に武装集団を狙った。
「お前達は包囲されている! 大人しく武器を捨てて投降しろ!」
メガホンを持った初老の男が、武装集団に向かって大声で呼びかけた。既に武装集団には二十もの銃口が突きつけられている。その事実に支えられ、未知の武器を持つ集団を相手にしても、男の声は堂々としていた。しかし、集団は銃を下ろす気配を見せない。
「それで我々を止めたつもりか」
銃を構えたまま、一人が一歩前に踏み出しながら、低い声を発した。それに従い、もう一人の男もその隣に並んで言葉を続ける。
「大人しくするのはお前達だ。武器を降ろし、即刻この場を離れろ」
さらにその男が足を踏み出そうとした時、甲高い銃声とともに、弾丸がその足下に突き刺さった。
「動くな! 自分の立場がわかっているのか! これ以上動くなら、次は威嚇では済まないぞ!」
二人は黙り込み、顔を見合わせる素振りを見せた。それから彼らは後ろを振り向き、仲間達の姿を見回した。銃の引き金には指がかけられたまま、全く恭順の意思は無い。その様子に警戒感を抱いた警察達が拳銃を握る手を強めた時、長身の一人がラッパのように広がっている銃口に手を伸ばした。
「お前達に手を出すつもりは無かったが……仕方ない。自分の置かれている立場を少し理解してもらう」
その男が銃口を握ると、ラッパのような銃口は外れ、銃らしい形の銃口が現れた。そんな銃を、男は一台のパトカーへ向ける。
「メメント・モリ(死を想え)」
「な、何を――」
いきなり不可解な言葉を口にした男は静かに引き金を引いた。降伏を呼びかけていた男が顔をしかめたまさにその時、銃口が光り、彼が盾としていたパトカーの燃料タンクに穴が開く。一瞬の後、パトカーは轟音と共に爆ぜた。近くの警官はその爆発に吹き飛ばされ、地に叩きつけられた。大希は目を見開き、呼吸を忘れた。
「な……何だ……」
「わかったか。これが我々の思いの力だ。我々の決意の力だ! 貴様らなどに、我々を止めることなどできない!」
未知の武器に惑う警官達を昂然と見渡し、集団の中の一人が叫んだ。その剣幕に、警官達は身じろぎしてしまった。
「怯むな! 撃ってでも取り押さえろ!」
大希は上司の叱咤で我を取り戻した。息を深く吸い込むと、集団の一人の足元を狙って発砲した。その一発は、確かにその太ももに命中した。だが、男は全くその一撃に反応する素振りを見せなかった。
「貴様……」
あまつさえ、この一撃はその男をただ怒りに震えさせただけだった。
「貴様……消え行くに過ぎないこの世界の住人が、我々の邪魔をするのか!」
男の太ももから銃弾が落ちた。彼の身にまとう服に阻まれ、大希が放った銃弾はその男に傷一つ付けられていなかったのだ。
「き、効いてない……」
撃たれた男は大希の方に向き直り、静かに歩き出した。こちらの武器はまるで効かず、相手の武器は車両すらも破壊する。圧倒的な力の差を前にして、悠然と歩く男を阻もうと動く者は誰もいなかった。
「我々に手出しをしないならば、今日の命は捨て置いてやろうと思っていた……だが残念だな。お前がそういうつもりなら、容赦はしない」
大希の目の前で、男が銃を突きつけながら傲然と言い放ったその時、大希は静かに目を見開いた。うわついていた足を踏ん張り、歯を食いしばって、大希は警棒を引き抜き男の額に突き付けた。
「いい気になるなよ。俺は日ノ出市を不安に陥れるような奴は絶対に許さない!」
「……そうか。ならもう話は終わりだ。死ね」
男は大希の胸に突き付けた銃の引き金を引いた。大希の心臓は大きく跳ね上がり、胸に刺すような痛みを感じて顔をしかめた。一気に血の気が引いていくのも感じていた。
「何故だ! 何故撃てない!」
しかし、目の前の男の叫びで大希は傷一つ受けていないことに気付いた。男は銃を両手で抱えて見つめ、呆然としている様子がありありと分かる。男は首を振ると、再び大希に銃を突きつけた。
「くそっ! どうなってる!」
しかし、いくら引き金を引いても銃はうんともすんとも言わない。完全に銃はその機能を失ってしまったようだった。大希にもわけがわからなかったが、その機会をみすみす見逃すほど間抜けではなかった。
「うらぁ!」
大希は警棒を発止と男の手首に打ち込み銃を叩き落とすと、そのまま大外刈りの要領で相手を突き倒した。
「貴様!」
男の仲間は素早く大希に向かって引き金を引いた。しかし、彼の銃もまた無反応であった。それを見た集団は、いよいよ事態の異変に気付く。
「何故だ! 何故動かない!」
「故障? そんなまさか!」
「こ、このままでは……」
男に手錠を掛けた大希は、混乱している集団に向かって突撃する。そしてそばにいた男の右手を捻り上げ、その手から銃をもぎ取った。
「……こ、好機だ! 取り押さえろ!」
大希と集団のやり取りを戸惑いの眼差しで見つめていた指令役が、ようやく我に帰って大音声で命じる。警官達はパトカーを乗り越え、一斉に武装集団に飛びかかっていった。
『……建造物や並木を破壊するなどの損害を出しましたが、程なく全員取り押さえられました。死者は出ておりませんが、日ノ出署勤務の警察官数名が軽傷を負いました……』
夜。自分の暮らしている小さなアパートの一室に帰ってきた未成は、テレビだけつけて映った光景を見下ろしていた。破壊されたパトカーがレッカーされる横で、警官達が見るも無残な有り様になった南広場を片付けていた。未成は大きく溜め息をついてテーブルにカバンを置くと、そのままソファーに腰を落とした。テレビには木目の目立つ簡素なスタジオが映しだされ、見慣れたアナウンサーと共に初老の男性がスーツ姿で座り、中央に浮かび上がっている白銀の銃のCG画像を見つめるような形になっていた。
『現在出ているのは武装集団が保持していた武装の再現画像です。高橋さん、現在この武装の解析が進んでいるそうですが、現在わかっていることはどのようなことなのでしょうか』
若い女性のキャスターが目の前のCG画像を指差すと、高橋と呼ばれた初老の男性は指を組みながら静かに口を開いた。
『そうですね。詳細に関しては私も正式発表を待つところですが、目撃証言などから、ある程度の予測は我々理研の方でも立てているところです』
『それは一体どのような?』
『まず、この兵器の主武装はレーザーであろうということです。木が弾け飛んだということですが、おそらくレーザーによって内部の水分が急激に水蒸気に変化したことによるものでしょう。また、パトロールカーの爆発も、レーザーによってガソリンが熱せられ、発火点に達したために起きたものでしょう』
キャスターは深々と頷いてみせたが、その目は曇っており、話の何割を納得できたのかよくわからない表情を浮かべていた。未成は暗闇の中でリモコンを探りあてると、違うチャンネルに合わせた。そこでも昨日襲撃を仕掛けてきた集団に関するニュースが放映されていた。そこでキャスターと共に座っていたのは、白髪に白衣の出で立ちという老人で、一昔前のアニメにでも出てきそうな、いかにも科学者という出で立ちの老人だった。
『この武装集団は数々の不可思議な事象と共に突然登場したとのことですが、一体どのような推測をお持ちですか?』
『ええ。日ノ出市時計塔の時計が巻き戻ってしまった、そして引力が発生したという事象は、きっと亜空間転送装置による時空間の歪みでしょう』
『亜空間転送装置、ですか?』
白衣の老人が真剣な顔で言い切った言葉に、キャスターは目を白黒させた。他の出演者も顔を見合せている。周囲が不審がる様子に全く気を配る様子のない老人は、さらに話を続けた。
『はい。我々の技術力では到底成し得ないものですが、クラリオン星人が持つと言われる技術力なら十分可能です。日ノ出市は現在一三七番元素の研究を進めているそうですが、その研究がおそらく亜空間転送装置の開発に関わるもので、我々地球人がその技術を手にすることを恐れて襲撃に来たのでしょう――』
未成は顔をしかめながらテレビの電源を切った。それでもしたり顔に物事を騙る怪しい老人の姿は脳裏に残るのか、未成は不快そうに頭を何度も振った。
「宇宙人なんて、そんな馬鹿げたことあるわけ無いだろ。事実はもっとひどい……」
未成はふと壁にかかるカレンダーを見上げ、大きくバツ印の付けられた十一月三日、文化の日を見つめた。その目は曇り、目尻には涙さえ浮かんでいた。
「変わらないよ工藤。お前一人が動いたところで何が変わるもんか。……でも僕は変えてしまう。変えなきゃならないものも、変えたくないものも……」
未成は顔を覆い、ソファーの上に倒れ込む。
「何で……どうして僕なんだよ……」
苦しみに肩を小さく震わせながら、未成は蚊の鳴くような声で呟いていた。
赤いラインが光る白銀の高い塀に囲まれた円形の空間の中、中央に向かってカマキリが一体歩いていく。白銀の鎧に包まれ、頭部には青いダイオードが目のように光っている。その高さ十メートル程もある体躯は、周囲を威圧するに十分過ぎるほどだった。
機械でできたカマキリは空間の中央に静かに佇む。そのうち、赤いラインがさらに光を増し、地面が闇に包まれ始めた。その闇の中に飲み込まれながら、カマキリは静かに青い目を光らせた。
「任務開始」




