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IF Routes  作者: ひまうさ
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ディ×アディ「剣術指南とサンドイッチ」

緋桜さんのリクエスト

If アディ×ディ

 長い長い旅をしてきた。

 気が遠くなるほど長い旅だ。


「お前に従者を譲ろうと思う」


 そう俺の師が古い女神の遺跡の中で俺に言ったのはいつだっただろうか。

 もう思い出せないほど昔のことだ。

 俺が彼の弟子となって、ようやく一年が過ぎようと言う頃だ。

 俺の師はその言葉を言った一年後にあっさりと病で亡くなった。


 それから俺の女神の眷属を探す旅が始まった。

 最初は師の遺言だからという理由をつけて、各国に点在する女神の遺跡をめぐり、手がかりを求めるだけだった。


 いつ頃からだろうか。

 師でさえもいないと笑い飛ばしていた女神の存在を感じるようになったのは。

 遺跡を訪れる度に、違うと誰かが俺に囁き、焦燥させる。


「考え事なんて余裕」


 目の前で甲高い金属音が鳴る。

 俺が今相手にしているのは、一回り以上も下の少女だ。

 肌もあらわなショートパンツに、肩の出るキャミソール。

 その上に薄く丈の短いジャケットを羽織っているのは、俺がそうするように頼んだからだ。

 一回り以上も下だとはいえ、女であるのだから気にかけろといったら、素直に従ってくれた。

 最初の頃であれば、意地になってしまうところだ。


「そりゃ、曲がりなりにも騎士だからな」


 俺の大剣に対して、彼女は逆手に持つ二振りの刀だ。

 拳も使え、剣も使えるからとその武器を薦めたのは俺だが、アディは難なく使いこなす。

 まるで最初から己が武器であるように、最初から扱いに戸惑いもためらいもなかった。


 アディの繰り出す剣を俺も軽く剣を振ってあしらう。

 それが気にくわないと言われても、アディに怪我をさせるわけにもいかないし、自分とアディの実力差も目に見えている。


「アディ、熱くなるな」

「っ、な……なって、ないっ!」


 両手で斬りつけてきたアディを俺はとっさに剣を払って吹き飛ばしていた。

 いつのまにか熱くなっていたのは自分だったかと軽く反省する。


「……また、負けた……」

「だから、無駄だって言っただろ」


 剣を鞘に納め、俺は床で座ったまま俯いているアディに歩いて近寄る。

 肩を落とすアディの前に膝をつき、その両手から剣を取り除く。


「ディは強すぎるよ。

 それで、剣術士だなんてふざけてるとしか思えない」


 ふいに見上げてきたアディに、俺は不覚にも少年のように胸が高鳴った。

 さっきまでの運動のせいで全身に赤みがさし、負けた悔しさで瞳が潤んでいる。

 喉が乾いているのか微かに開いた口、が。


 頭を振って、俺は自分の欲望を押さえ込んだ。

 アディが自分に心を開いてくれているのは知っている。

 だが、そこに恋愛感情などと言うものはないだろう。

 女神とは古来より愛や恋とは無縁だと聞く。


「それでも、剣術士なんだから仕方ないだろう。

 それより、休憩にしようぜ。

 腹も減った」


 座っているアディを片腕で抱え上げる。

 自分との身長差は頭二つ分もある。

 どう見ても親子にしか、良くて仲の良い兄妹。


(ありえねぇよなぁ)


 自分がこの少女を好きになるなど、異例中の異例だ。

 騎士が姫に入れあげる物語は多かれど、相手はただの姫じゃない。

 城は大陸、統べるは世界という唯一無二の女神なのだ。


 俺を見下ろすアディはまだ不服そうに頬をふくらませている。

 そんな様子も愛らしいと、本人はまったく気付いていない。


 自分が言えたことではないが、アディは恐ろしいほど恋愛に疎く、自分に向けられる恋情といったものを恐れる。

 女神や女神の眷属といったものはそういうものなのだと知ってはいるが、アディの場合はそこに別なものが混じる。

 それは、失う恐怖、だ。


 物心ついたときには刺客に狙われ、自分を慕う者たちが次々と目の前で死んでいったのだという。

 本人が望む望まないに関わらず、世界の理が期限まで彼女らを生かす。

 それを知っていてもアディは納得しないで、俺に稽古をつけてくれとせがんでくる。


 ふわりと俺の頭に手が回され、彼女の好む向日葵の香りに包まれる。


「ディ」


 俺を呼ぶアディの声は、家族を呼ぶのと少しだけ違う時がある。

 俺の髪に指を通す小さな手。

 明らかに、子供の手。

 だけど、どうしてこんなにも愛しさが募るのか、俺は自分でも分からない。


 近くのベンチまで移動し、アディをおろす。

 その離れる一瞬、アディが俺の腕を掴んだ。


「ん、なんだ?」


 アディは自分の行動に驚いた様子で、慌てて手を引っ込める。


「な、なんでもないっ」


 時々だが、こうして離れる一瞬をひどく怖がるアディの様子は俺は首を傾げる。

 いつも物事をはっきりと言い切るアディにして、唯一不可解な行動。

 その意味を俺は知らない。

 追求もできない。


 俺は少し考えてから、すぐに考えを辞めて、アディからひとり分離れて座った。


 ベンチのそばにはここに来たときにアディが持っていた籐編の籠が置いてある。

 アディはそれを開けて、二人の間に緑のチェック柄のナプキンを敷き、長方形に切られたサンドイッチを並べてゆく。

 普段のがさつな様子からは思いもよらない行動だ。


「はい、用意出来たよ」

「ああ」


 俺は差し出された小さなカップを受け取り、喉へと流し込む。

 今日の冷たいアイスティーは誰が用意したものだろうか、と思ったが口には出さないで素朴なハムサンドを手にした。


「あ……」


 口に運ぶ寸前、アディが小さな声を上げて俺を見る。

 気づいたときにはそれは俺の口に入ったあとで、咀嚼しながらアディを見ると、かすかに頬を赤らめている。


「どうした?」

「う、ううんっ!

 なんでもないよっ」


 そういって、アディも急いで口にタマゴサンドを運ぶ。

 直後にアディがむせたのは、余程慌てていたからだろう。

 俺はアディの膝の隣に置かれていたカップを手に、アディの背中を撫でながら渡す。


「なにしてんだ」


 カップから勢い良くアイスティを飲み込んだアディが落ち着くまで、俺は背中を撫で続けた。


 小さな背中だと、俺はしみじみ考える。

 華奢で、細くて、でも、決して折れない背筋は出会った当初から変わらない。

 いつまでも背中を撫でる俺を不審に思ったのだろう。

 アディは小さく首をかしげたまま、俺を見上げる。


「……いや、大丈夫そうだな」


 俺が手を離すと、またアディの視線が変わる。

 不安に揺れているようにも見えるのは、なぜだろうか。


 気を取り直し、他のサンドイッチに手を伸ばす。

 たいした量でもないので、すぐに二人の間にあったサンドイッチは全て無くなった。

 食べ終わってから、アディの淹れたアイスティを飲む。

 穏やかな陽気に絆され、つい警戒も解ける。


「あ、あのさ、ディ」

「なんだ?」


 俺が答えながら顔を向けると、アディは珍しく頬を染めている。

 そうしていると年相応の少女だ。

 俺にはとても手の出せない、少女だ。


 風がからかうようにアディの耳元を通りぬけ、後方へさらりと髪を揺らしてゆく。


「お、美味しかった?」


 珍しく感想を求めてくるアディをじっと見つめると、さらに頬が赤くなる。

 その口の端にパンくずがついているのをみつけた俺は、無意識に手を伸ばしていた。


「ああ」


 とろうと触れた手からパンくずが滑り落ちる。

 触れたアディの肌はしっとりと手のひらに吸い付く感触を返す。


「旨かった」


 俺が手を離してもアディは微動だにしない。


「アディ?」


 俺が呼ぶと、小さな少女は首から上を更に赤くし、口をなんどか開閉させた後で顔を逸らした。


「そ、そう」

「ああ」


 アディは時々様子がおかしくなる。

 それは、かつて共に旅をしていたハーキマーと同じで、だが彼女は俺から目を逸らすことはなかった。

 その時はそれでも良かったが。


「アディ」

「……ああ、もうどうしようっ!

 やっぱり無理だよーっ」


 自分の思考の波に飲み込まれているアディに俺の声は届いていないようだ。

 近寄り、百面相をしているアディの髪をそっと撫でる。


「っ……?」


 俺が触れた途端に、アディはピタリと固まった。

 緊張しているのが傍で見ていてもわかり、俺は小さく笑いを零す。


「ふっ」


 それに気づいたアディは俺に見て、しばし固まっていた。

 そんな表情も愛らしく、俺はただ静かにアディの髪を、愛しい少女の髪を一房つまんで口付ける。


「何を困る、俺の主」


 アディの硬質で黒い髪は、見た目に反して絹のように柔らかい。

 俺が口づけても直ぐに抜け出してしなやかさも含め、持ち主によく似た髪だ。


(いや、アディに主は似合わないな)


 今までになく目を丸くし、口を開閉させて俺を凝視する女神を、いつから恋焦がれるようになったのか、俺自身にも分からない。

 ただわかるのは、こうしてそばにいて守ることができることが何よりも幸福だということだ。


「ディは、時々とんでもないこというよね」

「そうか?」

「そうだよ」


 くすりと笑うアディの目に俺が映る。

 アディよりも一回りは年を取り、アディよりも無骨で大柄な俺が、その小さいけれど大きな目に映る。


「でも、ディだから」


 くるんと光がアディの目の中を回った。


「ディだから、構わない」


 俺に向かって腕を伸ばしてくるアディを抱き上げ、膝の上にのせる。

 アディは軽く俺の胸に身体を預けて甘えてくる。


「今日のサンドイッチ、私が作ったの」

「そうか」

「明日の練習でももってきたら、食べてくれる?」


 胸にアディの小さな手が押し付けられたと思うと、身体を離した彼女は顔どころか体全体を朱色に染めて、笑っている。

 俺には、もとより断る理由もない。

 この血をかけた誓いの有無に関わらず、愛しさが胸いっぱいにこもり、俺はアディの頭を自分の胸に引き寄せる。


「ああ」


 愛しくて、愛しくて、口に出せないほど、アディが愛しくて。

 気がついたら口にしていた。


「もちろんだ、俺の女神」

強制終了。

緋桜さんのリクエストで、ディとアディの甘甘な日常。

ちゅーも何も無いけど、アディのつくったサンドイッチをディが食べるだけだけど……

そこはかとなく、こそばゆい気分になっていただければ(え

(2010/06/11)


公開

(2010/07/16)

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