佐伯姫子
※
三が日は、会社は休みだ。
とは言っても、そんなのお構い無しに連絡をくれる作家さんは多くいる。
こんな時期でも、作品作りに熱を出す彼らを尊敬するものの、なるべく連絡は控えて欲しいというのが、俺の正直な本音だ。
会社員には夏休みも冬休みも春休みもまともにない。
こういう時くらいゆっくりしたいなとは思うが、わざわざ連絡をくれるということは俺を頼ってくれているということだから、そう易々と期待は裏切れない。
だからどこに行くにしても、一応会社支給のスマートフォンは持っていく。
中には、個人のスマホで全部やり取りする人もいるらしいが、俺はどちらかと言うと仕事とプライベートは分けたいタイプだ。
会社の仕事は会社で完結させたいし、プライベートの時間は何にも邪魔されたくはない。
おそらくだが、俺はこの仕事には向いてないタイプだと思う。
プライベートを費やしてでも作品に尽くすのが、きっと編集者の理想の姿。
でも、俺はと言うと、仕事の間なら誠心誠意頑張れるが、さすがにそれ以外の時間までもとなると……。
家族ぐるみで仲良くとかは、あまりしたくはない。
給料も出ないのにメールの返信とかも、あまり。
別にお金が欲しいという訳では無いが、仕事以外の時間と言われると急にやる気が半減する。
じゃあ何かやりたいことが他にあるのかと言われたら、特には無い。
編集者らしい趣味というのは、まあ作品鑑賞とかになるのか。
読書は本屋大賞の作品を年に数冊読む程度、アニメとかは流行りのを流し見、映画も同様。
流行を知ることは、編集者にとって何より大事だ。
流行りを知らなければ、観察眼は鈍る。
世間の物差しで作品の評価は大きく傾く。
作家さんがいくら傑作だと思っていても、世間に全く伝わらなければそれはあまり売れない。
せっかく出版するのなら、もちろん売れて欲しいというのが会社としての方針だ。
俺ら編集者の仕事は、作家さんの作品を世間に合うようにチューニングする部分も大きい。
だから、もっと読んだり、見たりしなきゃいけないんだろうけど、やっぱり仕事以外の時間までも仕事に費やすのは、俺の性分に合わない。
お金には困ってないが、やはり手当てでも出ないと、今以上に何か作品に触れるということはしないだろうな。
「……」
じゃあお前はこの三が日を何をして過ごすんだ、と。
編集者らしく仕事に邁進する訳でもなく、世間の流行をインプットする訳でもない。
ならば何を。
別に、突飛なことはしないさ。
ある意味では、世間に合わせたことだ。
車を走らせ片道四時間。
着いたのは、片田舎にある祖母の家。
大きな庭に雪が積もる、まあよくある木造の古家。
車が何台も駐車してあるその庭に、俺の車も駐める。
降りて足で雪の感覚を味わいながら、玄関に向かいインターホンを押す。
「はーい」
「こんにちは、一樹です」
「あら、カズちゃん? すぐ開けるわ」
祖母が出迎えてくれるのを、俺は軒下に生えてるつららを眺めながら待つ。
都会ではまず見ないほど、太く鋭利に尖ったつららを指で押して地面に落とす。
小さい頃はただ見ているだけだったこいつは、今は俺の手の届くところに。
こんなので成長を感じるのは、なんかまだ子供っぽいな。
そうしているうちに、扉はガラガラと開く。
「まあ、こんなに大きくなって……!」
久々に見た祖母……ばあちゃんは、何だかまた一段と小さくなったように見えた。
「去年と変わらないって。入ってもいい?」
「どうぞ。先に徹……カズちゃんのお父さんとお母さんも待ってるよ」
親父とお袋に会うのも、なんだかんだ盆以来。
高校までは毎日顔を合わせてた関係だと言うのに、久々に会うとなるとどうしてか軽く緊張する。
寝癖とかないか、玄関にちょうどあった鏡で確認してから、俺はおばあちゃんの後ろを付いて歩いた。
「おお、一樹。久々やな」
広間に入って早々、声をかけてくれたのは親戚のおじさん。
親父の兄で、よくお年玉とか貰ったっけ。
「お久しぶりです。みんな元気そうでよかった」
「カズちゃんも来た事だし、とってたお寿司でも食べましょ」
エアコンじゃない、昔ながらのストーブで暖められた部屋で、親戚一同集まっておせちや寿司などの食事を取る。
テーブルの上に続々料理が並べられると、段々と部屋の中に人が増えていく。
二階で遊んでいた小さな子供達も集まってきて、ちょっとした宴会会場のようになっていた。
佐伯の親戚は毎年正月はこうして集まり、泊まり込みの集まりを開く。
年に一度くらいは親戚でも顔を合わせたいだろう、という曽祖父の意向で開かれたこの集まりは、いつしか佐伯一族の恒例行事となり、今でも続いている。
数年前までは、祖父がやっていた乾杯の音頭。
今では親父の兄がこなす。
「じゃあ、乾杯!」
みんながそれぞれ飲み物を持ち、乾杯の言葉を合図に掲げる。
子供たちは、だいたいオレンジジュースか、地元の根付く炭酸飲料。
大人は、ばあちゃんを除いてだいたい日本酒。
俺は正直酒はあまり得意ではないが、こういう場だと何故か無意識に酒を選んでしまう。
周りの雰囲気というやつなのか分からないが、酔わない程度に嗜む。
おじさんがかなりの酒好きで、持ち寄る日本酒は結構値の張る物らしい。
注がれるから俺も飲むが、正直美味い不味いは分からないな。
行われるのは、大人はだいたい仕事の話。
こんな仕事をしていて、こんなことがあったと愚痴を話すのが主だ。
「一樹は、今は出版社か。医者にさせる言うて勉強させてたのに、まあまあんとこで落ち着いたな」
「ははは……。出版社も悪いとこじゃないですよ。まあ、激務は激務ですが」
「そうかそうか」
苦労話をあてに酒を飲む。
酒の場では、みんなかなり本音で喋るそうで、普段の会話じゃ使わないような方言なんかも飛び出たりする。
お店で飲むより理性が働かないのか、全然無礼な暴言も出る。
年長者になるほどそれは顕著で、酔いが回るほどさらに加速する。
この中じゃ、まだまだ年下な俺は正直酔えない。
親や、その兄弟の前で無礼を働く訳には行かないというスイッチみたいなものが働いているのか、全く。
酒の味も好きじゃなければ、酔えるほどの余裕もない。
楽しいか楽しくないかでいえば、楽しくない側だ。
そんな俺が、何故ここに来たのか。
正月、親戚の集まり、大人と子供。
ここまで揃えば、一択だろう。
社会人ならではの苦労話に花を咲かせていると、そろそろタイミングだ。
「じゃあ酔いつぶれる前にお年玉渡さんとな」
おじさんを皮切りに、大人たちは用意ポチ袋を取りだし、子供たちに配り始める。
貰って早々中を見て、袋をぽいっと捨てる子。
それをたしなめる親を周りは大変そうだなと笑い、それをツマミとして酒を飲む。
その子、確かまだ三つとかの歳の子が掲げているのは、千円札。
覚えてる限りだと、俺が最初に貰ったお年玉は確か五百円玉一枚だった気がするが。
まさか、こんな所にも値上げの波が来てるとは。
俺も急いで中身を入れ替えて、と。
大人たちを、まるでスタンプラリーの会場かのように順番に訪れて行く子供たち。
そしてとうとう俺の元にも。
「はい、どうぞ。響くん、サッカー頑張ってね」
「ありがとう、おじさん」
とまあ、こんな感じだ。
これが、俺がここに来たもっともな理由。
子供たちのお年玉係だ。
未就学児には、千円、小中学生には五千円。
計三万六千円の出費。
手痛い出費といえばそうなのだが、週六で働く大人からすると、実はあまりそこまでな額である。
子供からするとお札なんて大金を手にしたら、ゲームカセットや流行りのぬいぐるみなど、夢が広がることだろう。
俺が子供の頃も、色んなことを考えてたな。
何に使おうってのを貰う前から皮算用して、でも貰ったら結局は新作のポケモンとかを買ってしまっていたような。
懐かしいな。
この笑顔を前にしたら、この程度の出費なんて痛くも痒くも……というのはさすがに嘘だが、まあ、回り回って俺の番が来たということだ。
子どもの頃いい思いをさせて貰った分のお返しだ。
お年玉を配り終え、いよいよ大人たちは酔いつぶれる前提のペースで飲み始めた。
俺のところにも酒は注がれるが、先にトイレに行こうと席を立つ。
「よいしょっと。ひぃっ、寒いな」
賑やかな大広間、そこから一歩踏み出すだけでしんとした廊下に出る。
ストーブが届かない凍てつく廊下を進み、やっとこさトイレに。
一人きりの空間で、目に入るのは誰かの絵。
トイレに飾られてるそれは、多分学校の美術の時間に描いたんだろうけどなかなか上手だ。
社会人になってからは毎年正月ここに来てるけど、トイレに来る度、一体誰が描いたんだろうと思う。
美術系の趣味を持ってるなんて人の話、なかなか聞いたことは無い。
おばあちゃんかな、なんて思うが、控えめな性格の彼女がわざわざ自分の絵を飾るなんてするかな。
毎年、考えをめぐらせるのだが、結局トイレから出たあとには、この絵のことは忘れていて誰にも聞けていない。
多分今年もなんだろうな、なんて思いながら一息つく。
トイレから出ると、騒ぎ声が廊下まで響いてくる。
結構わんさかやってるなと、激しくなったテンションについて行けるか不安になっていた。
「……ん?」
すると、廊下の奥の方。
何者かが、階段の上から降りてくる。
一歩、また一歩と降りてくる影。
暗がりでよく見えないが、多分……。
「姫子ちゃん……?」
声をかけると、その人物は、恐る恐るこちらへと歩み出してくる。
「なんで分かったの」
彼女がそう言うのも無理はない。
最後に彼女に会ったのは、確か俺が大学入りたての頃。
だから、だいたい十年前とかになる。
その頃の彼女の年齢は、まだ確か四、五歳とかだ。
あれから随分と成長した彼女は、その頃の記憶の中の彼女とは似ても似つかないはずだろう。
「多分、雰囲気かな。あとは、居ない子誰かなって思ったら、姫子ちゃんくらいしかいないからさ」
彼女は、階段を降りて俺の元へ。
近づくと、だんだんはっきりしてくる。
俺の中の四、五歳の姫子ちゃんは、大きな瞳が特徴の人見知りで、いつもお母さんのそばにいた。
母親の趣味で、フリフリの洋服をいつも着ていて、名前の通りお姫様のようだった。
そんな彼女の成長した姿……。
きっと、綺麗になっているのだろうな。
そう思い、俺は彼女に目を向けた。
「……!?」
えっと、どういえばいいんだろう。
いやまあ、ちゃんと成長はしていたんだ、けど。
緑色のジャージ姿。
長い髪がボサボサに渦巻く彼女。
どことなく陰のオーラを漂わせるその風貌は、なんというか、お風呂にちゃんと入ってるか心配になってくる。
この全体像見てからだと、多分あの姫子ちゃんだとは気づけなかった。
あの純真無垢なお姫様が一転、今はどうしてこうなったんだ……。
「えっと……姫子ちゃん、なんだよね。前と印象が変わったなって」
「多分思春期だから」
「そんな万能なもんじゃないと思うぞ、思春期……」
佐伯姫子。
どこかジメッとしてる空気を纏う彼女の姿は、乾杯の時にどこにもなかった。
まさか集まりの中に居ないで、ずっと二階に居たのか。
「上で何してたの? お寿司無くなっちゃうよ」
「お寿司はいいや」
「そっか、じゃあお年玉は」
年齢的に多分、高校生くらいだよな。
さすがに中学生とは差をつけて、一万円くらい渡した方がいいか……。
そう思い、財布に手をかけると。
「いらない」
まさかの返事が。
「えっ、ほんとに……? バイトとかしてるの」
「してない。けど、いらない」
「ほんとに? 高校生なんて一番お金が欲しい時期だと思うけど」
「必要なものはだいたいママが買ってくれるし、それにもう全部貰ったから」
「はぁ……」
全部ってのが何を指しているのかは知らないけど、お金で買えるものは欲しくないってことなのかな。
物欲がないのか、でも、高校生なら友達とカラオケとか行くだろうしやっぱりいるんじゃないのか。
まさか、友達も居ないのか……。
なんて色々考えが頭の中を過っていたら、姫子ちゃんから言葉を。
「おじさ……お兄さんはさ、出版社に勤めてるんでしょ」
「え、あっ、うん」
「お兄さんの出版社の、ラノベの新人賞の作品、全部読んだよ」
なんと。
うちの読者さんだったとは。
「ああ、それはどうも……」
「でもさ、だいたい想像の範疇というか」
「えっと、面白くなかった……?」
「そういう訳じゃないけど、その」
人差し指同士を突き合せ、口をごもごもさせて何か言ってるが、何を言ってるのか聞き取れない。
「わた、わた……」
わた……。
……ん、待て。
ラノベの新人賞を全部読んで、それでいて面白くなかったって、あれ、なんかで聞いたぞ。
えっと確か、あれは何ヶ月も前で……なんだっけな。
思い出そうとするも、鍵がかかったかのようにあと一歩で出てこない。
でも、それをこじ開けたのは、彼女の一声。
「わた、わた……私の方が、面白かった!」
「!?」
思い出した。
あの衝撃的な迷惑メール。
「だから、その……」
「私をデビューさせてください、だろ?」
「え?」
言いたいことを当てられた彼女は、鳩が豆鉄砲食らったかのような表情で驚く。
「まさかだけどさ。姫子ちゃん、うちにメール送って来なかった?」
「あっ、えっと……はい」
「そっか」
彼女が、メールを。
差出人を見てなかったから気づけなかったが、そうか。
なんで俺の元にあのメールが転送されてきたのか、少し疑問に思っていたが、おそらく差出人の佐伯姓を見て担当者が気を利かせてくれたのだろう。
まさか、こんな所に差出主が居たとは。
驚きは色々あるが、まずは何から言おうか。
俺が言葉を選んでいると、彼女の方から声を。
「届いてたってことは、読んでくれたってことだよね。どうだった、私の小説」
彼女は少し恥ずかしがりながら、俺に感想を聞いてくる。
そうか、まずそこからだな。
「ふへへ、面白かった、よね。流行りを取り入れて、ウケを狙って作ってみて、序盤から謎とか入れてみたんだけど――」
少しこもった声の彼女の言葉をさえぎって、俺は言う。
「捨てたよ」
「……えっ?」
「読んでない。読まずに捨てたよ」
一瞬にして凍りつく場。
宴会の騒ぎ声だけが聞こえてくる廊下で、僕らの間には沈黙が走る。
先に声を出したのは姫子ちゃんだった。
「なんで。どうして」
僕に理由を求めるように、なぜ、どうしてを繰り返す。
まあ、そうだよな。
数万字の小説を書く労力は、並大抵のものじゃない。
数時間で読み終わる文量でも、書く側に回ればその十倍、百倍かかったっておかしくは無い。
作家たちの努力の結晶、それが作品だ。
頑張った苦労した、積もる話は沢山あるだろう。
初めは何となくで書いてたとしても、気づけばそこに愛が芽生えることも稀じゃない。
作者からすれば、何より大切な自らの魂を込めた分身、子供と言ってもいいだろう。
それが、読まずに投げ捨てられた。
今の彼女のように、動揺もするし悲しくもなるし、人によっては怒りを覚えたっておかしくは無い。
読まずに捨てられる、作家にとってそれは何より心痛い行為だ。
自らのアイデアが文章が、読む価値すらないものだと言われてるようなものだからだ。
作品は作者の子であり、魂を込めた分身。
作品作りをする者にとって読まずに捨てられるというのは、自分自身の存在を否定されているようなものなんだ。
「……」
再び訪れる沈黙に、先に言葉を口にしたのは俺だ。
「姫子ちゃんはさ、なんであそこに小説を送ったの」
「えっ、なんでって……それは」
理由を問われ、言葉にしずらいのか黙り込む。
「言葉にしづらいなら俺が言おうか」
「え」
「怖かったんだろ、落ちるのが」
「怖か、って……」
「明確に合不合が別れる新人賞に、応募するのを躊躇ったんだろ。だから、届くかも分からない問い合わせのアドレスに作品を送り付けて、あわよくばを狙った。要は現実逃避だよ。違うかい?」
「……」
黙り込んでしまった彼女に、俺はさらに言葉をかける。
「きっと自信はあるんだろう。新人賞を受賞した本を全て読んで、その上で自分の方が面白いと思ってるみたいだから、きっと相当なものがあるに違いない。読まずに捨てられて、姫子ちゃんは多分少し怒ったと思う。当然だよ。丹精込めた自信作なんだろうから、無下にされてなんの感情もわかないはずがない。自分自身を否定されたような、そんな気分になったはずだ」
「……分かってるなら、なんで」
「正規の手順を踏んでないからさ。抜け駆けを許せば、正直者が馬鹿を見る。君がしようとしたのはそういうことだ」
「で、でも……」
「本当は分かってたんじゃないのかい。問い合わせのアドレスに送っても、読まずに捨てられるだけだって。君は多分、分かってて、そう言う場所に作品を送り付けたんだよ。自分の、プライドを守るために」
「……!」
「姫子ちゃんは、否定されたと思ってるはずだ。読まれずに投棄されて、俺に否定されたと思ってるはずだ。でもさ、本当は、新人賞に自分なんかが受かるはずがないと、自分自身が否定してるんじゃないのか」
「……っ」
「作品は作者の魂を込めた分身であり、子供だ。評価という舞台の上に晒すことを躊躇う気持ちは大いにわかるが、でも、作者自身が信じなければ、他に誰が信じるって言うんだ」
言葉を聞いて、下を向いて黙り込む彼女。
少しいいすぎたか、と何かフォローを入れようとするも特に言葉は出てこない。
居間の騒ぎ声だけが木霊するこの廊下に、ぐすんと音が。
長い髪で顔が見えないがおそらく泣いているのは。
「だって、ダメだったら、私には何も残らないから」
「そんなことは」
「あるんだよ……。甘やかされて育ってきて、勉強も運動も得意じゃないのに頑張らなくていいよって言われて、ずっと胡座をかいてたの。気づいたら、落ちこぼれになってて、このままじゃダメだって思っても、何もかももう手遅れで。唯一褒められたことがあるのが、夏休みの作文だけで、私はこれに縋るしか無かったの」
彼女が涙ながらに語るこれまでは、思春期の子供にとっては何より大きな悩みの種だろう。
「新人賞って、千人いて、五人くらいしか受賞できないんでしょ。私には無理だよ。高校の受験ですら、落ちちゃったんだもん……」
自信の無さ、それに加えて新人賞の高い壁。
段々とあのメールの真相が分かってきたな。
「姫子ちゃん、まずは顔を上げて」
「えっ……?」
顔を上げた彼女の頬には涙のあとが。
「よく分かったよ。姫子ちゃんが、どんな気持ちか」
「嘘……分かんないよ。お兄さんは、勉強出来たんでしょ。得意なものがあったんでしょ。無い人の気持ちなんて分からないよ」
「そんなふうに閉じてしまったら、一生なんにも伝わらないよ」
「えっ?」
「君がしようとしてること、小説を書くってことは、相手に自分を伝えることだ。伝えるってのは、まあ難しいんだ。気持ちや思い、体験を、味わったことの無い人にも分かってもらうこと。それには色々飛び越えなきゃならないハードルがいくつもある。だけど、それを全部飛び越えても、最後、その人が心を閉じてしまっていたらなんにも伝わらない。いちばん大切なのはさ、伝えようとする意思だ。そんなふうに分かりはしないと、独りよがりに決め付けてしまうのは、ものすごくもったいないよ」
「でも……」
ためらう彼女を前にして、俺は言う。
「なあ、分かち合わせてくれないか。俺に、その気持ちをさ」




